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好きなものは

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 彼が静かな動作で、フォークを口元に運ぶ。ことさら優雅な動作ではない、むしろ無骨な類の所作だった。しかしなぜか、彼の動きにヘンリエッタの目はひきつけられた。
 食事をすることは、人間の本能に根差した行為だ。だからいくら取り繕おうとも、食事をする際にはその人の本性が垣間見えてしまう。
 だから――ヘンリエッタはぶしつけと思いながらも、注視してしまっていた。
 あまり笑わない、本心を見せない男は、どんな風に食事をするのだろう、という、少しはしたない好奇心から。
「……何を見ている」
 だからふと目が合ってしまったその瞬間、ヘンリエッタは頬がかあっと熱くなるほど恥ずかしくなった。
「あっ……す、すみません、お味は大丈夫かと」
  すると彼はどう思ったのか、首を振った。
「悪くはない。そんな事をきにするな」
 無事お皿がからになったので、ヘンリエッタはほっとした。グラスに水を注ぎながら、何気なくきく。
「宰相様は、普段は何を飲まれるのでしょう? ワインとか?」
「……出された物はなんでも。安全であるかぎりは」
「安全? ああ……」
 そんなところまで警戒しなければいけないのか。そう思ってヘンリエッタは少しうつむいた。
「すみません、そんなお立場なのに、軽々しく食事をお勧めしてしまって」
「いや、かまわない。ここにはレイズもいるから」
 彼女がそばにいれば、毒殺の危険もない、ということなのか。
(毒見する間でもないものね。一緒にキッチンに立っているわけだし……)
 そうなると、ここにいる間は、宰相様も気負わず食事ができるということになる。それに気が付いたヘンリエッタは、重ねて聞いてみた。
「宰相様は、お好きなものはありますか?」
 しかし彼は少し沈黙したのち、首を振った。
「いや、好き嫌いは得にない。お前は?」
「え、私?」
 そう言われて、ヘンリエッタは戸惑った。
 自分こそ、好きなものも嫌いなものもない。出されたものをただ必死で食べるだけだった。
「……私もでした」
 わずかに笑って、秘密を打ち明けるようにヘンリエッタは言った。
「でも、しいて言えば――カラメルのかけらが好きでした。たまに鍋の底に焦げて残ったものを割って、シェフが配ってくれたんです」
「なるほど」
 真顔で無表情のまま彼がそう相槌を打ったので、ヘンリエッタはにわかに恥ずかしくなった。
(やだ、私ったら何を言ってるんだろう。聞かれてもないことまで) 
 しかし宰相は、どこか遠くを見るように、ふっと宙へまなざしを投げて言った。
「鍋の底の残りか……わかる気がするな」
 意外にも同意を得られたので、ヘンリエッタはうれしくなってぱっと顔を上げた。
「そ、そうですよね。焦げている事もありますが――それが逆においしかったりしますよね。宰相様も、そんなご経験が?」
「そうだな。故郷で、そんな事もあった気がする」
「宰相様のお生まれは、どちらなのですか?」
「リ・シエロだ」
 リ・シエロ。ヘンリエッタも地名だけは知っている。温暖な港町で、温泉もあり、風光明媚な地というイメージがあった。
「そうなのですね。療養地で有名な場所ですよね。温かで、海と山がきれいな場所だと聞いています」
「行ったことはないのか」
 ヘンリエッタはわずかに笑った。ヘンリエッタは、この都から出たことなどない。
「ないです。でも、いつか行ってみたいですね。どんな場所なのですか?」
「たしかに自然ばかりの場所だ。この都とは何もかも違う」
 短く彼はそう言った。しかしその目は、いつもよりもわずかに和らいでいるような気がした。ヘンリエッタは頑張って思い出した。
「たしか……ええと、有名なお花がありましたよね。春になると、そのお花畑の景色がとてもいいとか」
「ラナンキュラスだな」
 ヘンリエッタは思わず手を打った。
「そう、そうです! バラみたいで、けれどバラよりも花びらがふわふわしていて……一度鉢植えのものを見たことがありますが、綺麗なお花ですよね」
「ふわふわ……か」
 彼がヘンリエッタの言葉をくりかえし、わずかにくすり、と笑ったような表情になった。
「そうだな。春が来るとたしかに、一面畑に桃色の雲が広がったように見える」
「桃色の雲ですか……素敵」
 その光景を思い出しているのか――宰相の表情は、この時ばかりは穏やかだった。
(きっと故郷の事を、大事に思っていらっしゃるのね)
 少し彼の内面を垣間見れた気がして、ヘンリエッタはなんだかうれしくなったのだった。
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