上 下
14 / 28

心残り

しおりを挟む
「私にそのような気遣いは必要ありません、ヘンリエッタ様」
 なんとなく彼女がそういうことを見越してたヘンリエッタはお皿を指さした。
「でも、二人分作ってしまったんです。もったいないので、食べてもらえたら嬉しいです」
 すると彼女は、それ以上断る事もなく、席についてくれた。
 おそらくヘンリエッタに気をつかってくれたのだろう。使用人同士、なんとなくそういう機微はわかる。
「ではいただきます、ヘンリエッタ様」
「あの、どうぞ様づけはやめてください。私、ただの使用人なのですから」
 するとレイズは、少し面食らったような顔をした。
「ですが……」
「レイズさんは宰相様の直属の部下で、そうなると私なんかよりもずっと上の立場になります、たぶん」
 そんな彼女が、なぜ昨日今日やってきた自分のそばについていてくれるのかはわからないが、きっと複雑な事情でもあるのだろう。
「だから、私の前ではどうぞ気楽にしてもらえると嬉しいです」
ヘンリエッタはソーンフィールド家の事を思い出しながら言った。あの屋敷の中ですら、使用人の中の上下関係があったのだ。ヘンリエッタはもちろんその中の最下層だった。
(お情けで引き取られた愛人の子――を、使用人として使ってる、っていう)
 腫物に触れられるような扱いで、誰も親しくなどしてくれなかった。だからヘンリエッタは、自分にできる仕事をもくもくとこなしていく日々だった。
 ヘンリエッタの言葉を受けて、レイズはしぶしぶだがうなずいてくれた。
「わかりました――ヘンリエッタさん」
 そして控えめにパンケーキを切り、口に運ぶ。彼女の目が、ほんの少し見開かれる。クールな表情が少し崩れて、なんだかうれしくなる。
「どうでしょうか? 味……」
 わずかに微笑んで、レイズはヘンリエッタを見た。
「ええ、おいしいです」
 よかった。昔の腕は鈍っていなかったようだ。ヘンリエッタはほっとして、自分もパンケーキにナイフを入れた。

 そんな風にして、ヘンリエッタは白樺の中の屋敷で、レイズと二人きりで数日を過ごした。レイズは最初は遠慮していたが、だんだん掃除や洗濯も手伝ってくれるようになり、屋敷はまるごと丸洗いしたように、ピカピカとなっていた。
(重たいカーペットもカーテンも全部洗っちゃったし――床もタイルも磨き上げたし、もうやる事がないなぁ……)
 しかし、相変わらずヘンリエッタが出て行こうとすると、レイズは止める。
 実はヘンリエッタには、一つ気がかりな事があった。
「あの……少しでいいから、出かけてはダメでしょうか? すぐに帰ってきますので……」
「すみませんが、それは禁じられています。何か用事でしたら、私が代わりに行ってきますので」
 重ねてそう言われて、ヘンリエッタはおずおずと口に出した。
「あの……私がもといたお屋敷のそばで……子猫が、いて」
 鍋の中の子猫を、ヘンリエッタは窓の外に逃がしてやった。けれど、もしまたあの街頭の下に、えさを持ったバート現れたらどうしよう。あのにやにやとした残酷な笑いが、容易に想像できる。
 もう、助けるヘンリエッタのあの家にはいない。もし捕まったら、子猫は――。
 そう思うと、ヘンリエッタはぞっとした。一刻も早く子猫を探しにいきたい。
「だから、その、子猫をつれてきて、この庭で放してやりたいのです。ここなら自然の中だから、えさも自分で捕れるでしょうし――決してご迷惑はかけませんから」
 ヘンリエッタは真剣に頼み込んだ。
「ご事情はわかりました。それなら私が……」
「それは大変です。レイズさんは、あの子を見たこともありませんし……私が餌をもって立てば、たぶんすぐに来ますから」
レイズが迷っているのがわかる。もう一押しだ。
「すぐに戻ります。お願いです、行かせてはもらえませんか……?」
 すると、ヘンリエッタの背後から声がした。
「ダメだ」
 低い男性の声。ヘンリエッタは驚いて振り向いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...