11 / 28
さらわれて
しおりを挟む
連れられてきたのは、城下町からはやや離れた郊外にある屋敷だった。あまり大きくはないが、緑にかこまれていて、夜風に木々がざわざわ揺れる音がしている。
(ここが、宰相様の家……? でも、なんで)
ここで一晩あかした後、出発しろという事だろうか。疑問に思いながらもヘンリエッタは彼について中に入った。暗い部屋で、シュッとランプに火をともす音がする。
(あれ……偉い人なのに、召使の一人もいないのかしら)
夜、郊外の屋敷は暗い。そう思ったヘンリエッタは、手伝いを申し出た。
「一つ貸してください。火を灯すのを、手伝います」
すると彼は静かに首を振って、ランプを差し出した。
「いや、もう寝るだけだから、必要ない」
「そうですか」
「寝室はこっちだ。案内する」
彼に渡された明かりを頼りに、ヘンリエッタはついていった。居間らしき場所を出て、廊下の右の部屋に案内される。
「とりあえず、今夜はここで休みなさい」
「あ、あの、宰相様は……」
「私は隣の部屋にいる」
それだけ言って、彼はドアを閉めて出て行ってしまった。
(……どういうこと、なんだろう……)
そう思いながらも、ヘンリエッタは目の前のベッドに腰掛けた。デリラが使っていたような贅沢な寝台ではないが、ヘンリエッタが寝ていたものよりはよほど良いベッドだ。ふかふかとしたキルトの掛け布をかぶってみると、自分がいつも使っていたものとは比べものにならないほど温かい。
(あ……いい、これ……)
うと、と目を閉じるとすぐに先ほどの睡魔が戻ってくる。
きっと、彼は悪い人ではない。だからこのまま寝てしまっても、きっと何も怖い事は怒らないだろう。そう思って、ヘンリエッタは再び目を閉じた。
ぱち、と目をあけたら、すでに朝日が昇っていた。ヘンリエッタは跳ね起きたが、時はすでに遅し。宰相様の姿はどこにもなかった。
(もう出ていっちゃったのね……)
隣の部屋も人の気配はしないし、馬車も止まっていない。確定だろう。ヘンリエッタはふうと息をついて、今のダイニングテーブルの椅子に腰かけた。上等ながらも使い込んだ樫材のもので、飴色の艶が浮いている。――が、少しほこりっぽい。
(そういえば、ベッドも少し埃っぽかったような)
使用人もいないし、掃除が行き届いていないみたいだ。きれいにしたいなと思いつつも、ヘンリエッタは先の事を考えた。
(あんまりいるのもご迷惑だろうし――とりあえず、今から城下町の乗合馬車に乗って都を出よう。宰相様に、最後にお礼を言いたかったけど、仕方ない)
そう思って立ち上がった時、りりん、と玄関のベルが鳴った。
(あ……お客さん? でも、私が出て大丈夫かな)
躊躇していると、カチリと鍵のひらく音がし、ドアが開いた。
そこには、長身の女性が立っていた。一つにまとめられたダークブラウンの髪に、女性らしからぬ暗い色の服――ドレスではなく、男性のようにトラウザーズを履いている。
「おはようございます」
落ち着いてそう言われて、ヘンリエッタは慌てて頭をさげた。
「お、おはようございます。すみません、私いま、もう出ていくところで」
すると女性は軽く首を振った。
「いいえ。ヘンリエッタ様――で、お間違いないですか?」
「えっ!? はい、そうです。わ、私になにか……?」
女性はヘンリエッタの前まで進み出て言った。
「バーンズ様より、あなた様の身辺をお守りするようにと仰せつかりました」
女性の言うことの意味がよく理解できなかったヘンリエッタは、聞き返した。
「私の身辺……って、どういうことでしょう? 」
「言葉の通りの意味ですが」
何か行き違いがあったのかもしれない。ヘンリエッタは丁寧に説明した。
「ええと、私はこれから、都を出て仕事を探しに行くつもりで、宰相様にも紹介状をいただいていて――」
わかっています、とでもいうように、女性は軽くうなずいた。
「はい。バーンズ様からは、ヘンリエッタ様にこの屋敷の管理という仕事を任せた、と伺っております」
「えぇ!?」
今度こそヘンリエッタは素っ頓狂な声を出した。
「つ、つまり、宰相様に雇っていただけた……ってことですか?」
(ここが、宰相様の家……? でも、なんで)
ここで一晩あかした後、出発しろという事だろうか。疑問に思いながらもヘンリエッタは彼について中に入った。暗い部屋で、シュッとランプに火をともす音がする。
(あれ……偉い人なのに、召使の一人もいないのかしら)
夜、郊外の屋敷は暗い。そう思ったヘンリエッタは、手伝いを申し出た。
「一つ貸してください。火を灯すのを、手伝います」
すると彼は静かに首を振って、ランプを差し出した。
「いや、もう寝るだけだから、必要ない」
「そうですか」
「寝室はこっちだ。案内する」
彼に渡された明かりを頼りに、ヘンリエッタはついていった。居間らしき場所を出て、廊下の右の部屋に案内される。
「とりあえず、今夜はここで休みなさい」
「あ、あの、宰相様は……」
「私は隣の部屋にいる」
それだけ言って、彼はドアを閉めて出て行ってしまった。
(……どういうこと、なんだろう……)
そう思いながらも、ヘンリエッタは目の前のベッドに腰掛けた。デリラが使っていたような贅沢な寝台ではないが、ヘンリエッタが寝ていたものよりはよほど良いベッドだ。ふかふかとしたキルトの掛け布をかぶってみると、自分がいつも使っていたものとは比べものにならないほど温かい。
(あ……いい、これ……)
うと、と目を閉じるとすぐに先ほどの睡魔が戻ってくる。
きっと、彼は悪い人ではない。だからこのまま寝てしまっても、きっと何も怖い事は怒らないだろう。そう思って、ヘンリエッタは再び目を閉じた。
ぱち、と目をあけたら、すでに朝日が昇っていた。ヘンリエッタは跳ね起きたが、時はすでに遅し。宰相様の姿はどこにもなかった。
(もう出ていっちゃったのね……)
隣の部屋も人の気配はしないし、馬車も止まっていない。確定だろう。ヘンリエッタはふうと息をついて、今のダイニングテーブルの椅子に腰かけた。上等ながらも使い込んだ樫材のもので、飴色の艶が浮いている。――が、少しほこりっぽい。
(そういえば、ベッドも少し埃っぽかったような)
使用人もいないし、掃除が行き届いていないみたいだ。きれいにしたいなと思いつつも、ヘンリエッタは先の事を考えた。
(あんまりいるのもご迷惑だろうし――とりあえず、今から城下町の乗合馬車に乗って都を出よう。宰相様に、最後にお礼を言いたかったけど、仕方ない)
そう思って立ち上がった時、りりん、と玄関のベルが鳴った。
(あ……お客さん? でも、私が出て大丈夫かな)
躊躇していると、カチリと鍵のひらく音がし、ドアが開いた。
そこには、長身の女性が立っていた。一つにまとめられたダークブラウンの髪に、女性らしからぬ暗い色の服――ドレスではなく、男性のようにトラウザーズを履いている。
「おはようございます」
落ち着いてそう言われて、ヘンリエッタは慌てて頭をさげた。
「お、おはようございます。すみません、私いま、もう出ていくところで」
すると女性は軽く首を振った。
「いいえ。ヘンリエッタ様――で、お間違いないですか?」
「えっ!? はい、そうです。わ、私になにか……?」
女性はヘンリエッタの前まで進み出て言った。
「バーンズ様より、あなた様の身辺をお守りするようにと仰せつかりました」
女性の言うことの意味がよく理解できなかったヘンリエッタは、聞き返した。
「私の身辺……って、どういうことでしょう? 」
「言葉の通りの意味ですが」
何か行き違いがあったのかもしれない。ヘンリエッタは丁寧に説明した。
「ええと、私はこれから、都を出て仕事を探しに行くつもりで、宰相様にも紹介状をいただいていて――」
わかっています、とでもいうように、女性は軽くうなずいた。
「はい。バーンズ様からは、ヘンリエッタ様にこの屋敷の管理という仕事を任せた、と伺っております」
「えぇ!?」
今度こそヘンリエッタは素っ頓狂な声を出した。
「つ、つまり、宰相様に雇っていただけた……ってことですか?」
0
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる