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きれいなもの
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(まったく、欲深なのはどちらだが)
先ほどシャーウッド卿から聞いた事柄を頭の中で整理しながら、宰相バーンズはふっ、とため息をついた。最初は渋っておきながらも、ずいぶんたくさんの仲間を売ってくれた。これでまた改革を一歩先に進めることができる。そう思いながら時計に目をやると、深夜をだいぶ回っていた。
(そうだ、あの娘)
ふいにその事を思い出して、宰相は仮眠室のドアをあけた。
――しかし、誰もいない。
宰相はばっと部屋を見渡した。この部屋に窓はないし、ドアから出ていけばすぐに気が付く。となると。
「……こんなところに」
ベッドの下を覗いて、さすがに驚いてそうつぶやく。板張りの床の上で、身体を丸めた娘がすうすうと寝入っていた。
――この自分のベッドの下で、こうも無心に寝入っているとは。
そう思うとにわかにおかしくなって、その頬に笑みが上った。あまりにも無防備だ。この城ではまずお目にかかれないタイプの無邪気さだ。
(この娘――大胆なのか? それともただ単に頭が弱いのか)
最初、路地裏で起こされた時もそう思った。この自分を、ただの親切で助ける人間など、この都にはいない。そう思っていたのに、彼女は善意しかない目で言い切った。『ふつうは助けます』と。
実は、あれからずっと、気になっていた。喉にひっかかった小骨のように、彼女の存在を降りに触れて思い返していた。たとえば同じような下働きの娘が視界に入った時。たとえば仕事と仕事の合間、息をつくとき。あの娘は今頃どうしているだろうか、またあざを増やしてはいないかと。
(だがまさか――今日この城で会うとは)
当然『情け』とやらをかける気はない。バックの貴族が喜ぶだけだからだ。しかしこの娘本人に、薄汚い計算はないだろう。命じられて、無理やりこさせられただけ。
だからハンカチの借りを返す意図もあり、バーンズは彼女の事情を聞き、出ていく手助けをした。体のいい厄介払いと言ってもいい。
しかし――あんなに手放しで喜ばれるとは。
――こんな恐ろしい男に対して、心底から礼を言うなんて。
先ほどのキラキラ輝く目を、『宰相様のためにお祈りします』という声を思い出すと、笑みは苦い笑いに代わる。
(やはり頭が弱いな。今はいいかもしれないが――)
きっとこれから、この娘は不幸になるだろう。こんな無防備のまま、この汚い世界に一人出ていけば。
その事に思い当たると、どうも胃のおさまりが悪かった。
(ふ、どうでもいいじゃないか、こんな娘、どうなろうと)
しかし、この娘を見送る事を考えると、さらに胸の底がざわざわするような、落ち着かない心地になる。
金時計を拾ってくれたあざだらけの手、子猫を入れていた洗濯籠、似合わない夜会服。
――なぜだろう、彼女が不幸になるところを、見たくない。
その思いに、さらに苦笑が深まる。
(今更何を?――私はさんざん、人を不幸にしておいて)
しかしそう思いながらも、宰相は手を伸ばして、娘――ヘンリエッタを起こしていた。
「おい、起きろ。風邪をひくぞ」
「ふぁ……あっ!? すみません!」
慌ててベッドの下からはい出した彼女は、ほこりまみれで髪も崩れていた。
「行くぞ。もう仕事は終わったから帰る」
「えっ……お、お疲れ様でした。ありがとうございます、おかげでよく眠れました」
まだ寝ぼけているのかそんな事を言う彼女の手を掴んで引く。
「さっさと馬車まで歩け。これから帰るぞ」
「……………え?」
先ほどシャーウッド卿から聞いた事柄を頭の中で整理しながら、宰相バーンズはふっ、とため息をついた。最初は渋っておきながらも、ずいぶんたくさんの仲間を売ってくれた。これでまた改革を一歩先に進めることができる。そう思いながら時計に目をやると、深夜をだいぶ回っていた。
(そうだ、あの娘)
ふいにその事を思い出して、宰相は仮眠室のドアをあけた。
――しかし、誰もいない。
宰相はばっと部屋を見渡した。この部屋に窓はないし、ドアから出ていけばすぐに気が付く。となると。
「……こんなところに」
ベッドの下を覗いて、さすがに驚いてそうつぶやく。板張りの床の上で、身体を丸めた娘がすうすうと寝入っていた。
――この自分のベッドの下で、こうも無心に寝入っているとは。
そう思うとにわかにおかしくなって、その頬に笑みが上った。あまりにも無防備だ。この城ではまずお目にかかれないタイプの無邪気さだ。
(この娘――大胆なのか? それともただ単に頭が弱いのか)
最初、路地裏で起こされた時もそう思った。この自分を、ただの親切で助ける人間など、この都にはいない。そう思っていたのに、彼女は善意しかない目で言い切った。『ふつうは助けます』と。
実は、あれからずっと、気になっていた。喉にひっかかった小骨のように、彼女の存在を降りに触れて思い返していた。たとえば同じような下働きの娘が視界に入った時。たとえば仕事と仕事の合間、息をつくとき。あの娘は今頃どうしているだろうか、またあざを増やしてはいないかと。
(だがまさか――今日この城で会うとは)
当然『情け』とやらをかける気はない。バックの貴族が喜ぶだけだからだ。しかしこの娘本人に、薄汚い計算はないだろう。命じられて、無理やりこさせられただけ。
だからハンカチの借りを返す意図もあり、バーンズは彼女の事情を聞き、出ていく手助けをした。体のいい厄介払いと言ってもいい。
しかし――あんなに手放しで喜ばれるとは。
――こんな恐ろしい男に対して、心底から礼を言うなんて。
先ほどのキラキラ輝く目を、『宰相様のためにお祈りします』という声を思い出すと、笑みは苦い笑いに代わる。
(やはり頭が弱いな。今はいいかもしれないが――)
きっとこれから、この娘は不幸になるだろう。こんな無防備のまま、この汚い世界に一人出ていけば。
その事に思い当たると、どうも胃のおさまりが悪かった。
(ふ、どうでもいいじゃないか、こんな娘、どうなろうと)
しかし、この娘を見送る事を考えると、さらに胸の底がざわざわするような、落ち着かない心地になる。
金時計を拾ってくれたあざだらけの手、子猫を入れていた洗濯籠、似合わない夜会服。
――なぜだろう、彼女が不幸になるところを、見たくない。
その思いに、さらに苦笑が深まる。
(今更何を?――私はさんざん、人を不幸にしておいて)
しかしそう思いながらも、宰相は手を伸ばして、娘――ヘンリエッタを起こしていた。
「おい、起きろ。風邪をひくぞ」
「ふぁ……あっ!? すみません!」
慌ててベッドの下からはい出した彼女は、ほこりまみれで髪も崩れていた。
「行くぞ。もう仕事は終わったから帰る」
「えっ……お、お疲れ様でした。ありがとうございます、おかげでよく眠れました」
まだ寝ぼけているのかそんな事を言う彼女の手を掴んで引く。
「さっさと馬車まで歩け。これから帰るぞ」
「……………え?」
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