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寝室の貢ぎ物

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 夜半にさしかかったころ。デリラが買収したのかなんなのか、城についたとたんメイドに手引きされ、ヘンリエッタは主不在の執務室へと案内された。やや広い部屋で、ぽつんと立ちすくむ。するとメイドが奥の扉を開いた。小さい部屋に、そっけないベッドがある。仮眠室かなにかのようだ。
「宰相様は、屋敷には帰らず、おそらく今夜こちらでお休みになられます。では」
 それだけ言って、メイドは足早に去ってしまった。
(つまり――つまりこの部屋で、『仕事』をしろ、ってこと……?)
 城に足を踏み入れるのは初めてだ。あれよあれよという間に、こんなところまできてしまった。まだ頭が混乱しているヘンリエッタは、小さいベッドの横に立ち尽くしたまま軽く額を押さえた。
 今にも宰相とやらがこの部屋に帰ってきて、ヘンリエッタを摘まみだすかもしれない。最悪、不審人物として罰を与えられる可能性もある。
(いきなり、初対面の男の人とどうにかなんて……そんな……無理よ……)
 それも、冷酷と噂の男の人と。
(陛下の代替わりの時……処刑された人だっていたって聞いたわ)
もし、デリラから遣わされたスパイとわかれば――ヘンリエッタも処刑されてしまうかもしれない。そう思うと、身体が震えた。
(怖い……どうしよう、逃げ出そうかしら)
 ヘンリエッタはちらりとドアを見た。うまくすれば、誰にも見つからずに城を出れるかもしれない。だが。
(逃げたって……帰る場所なんてない)
 そう、どこにもないのだ。このまま帰れば、デリラやバートにどんな目にあわされるかわからない。
(ここで処刑か――家でバートのおもちゃになるか)
 どちらも最悪だ。それならいっそ、城を飛び出して、どこか別の街に逃げようか。どんな目に合うにしても、死ぬよりましだ――。そう思ったとき、キィとドアのあく音がした。ヘンリエッタはびくんと肩をすくめた。後ろから、怪訝な声が聞こえる。
「お前は――?」
 低い、冷たい声。ヘンリエッタはとっさに振り向き、相手に頭を下げていた。
「も、申し訳ございません。私、怪しい者ではございません……」
 頭を下げたヘンリエッタをちらりと見て、はぁと相手はため息をついた。
「……毎回毎回、懲りもせず……。おい、お前」
「は、はい……っ」
「今なら見逃してやる。とっとと出ていけ」
「あ、ありがとうございます。お騒がせ、いたしました……!」
 ヘンリエッタは、さっと頭を上げて、部屋を走り出ようとした。
 怖くて、宰相と目を合わせることもできない。早く出よう、彼の気が変わらないうちに――。
「きゃっ!?」
 しかし、宰相の横を通り過ぎようとしたその瞬間、ぎゅっと腕を掴まれた。
「お前――」
 宰相が、少し驚いたような顔でヘンリエッタをまじまじと見ていた。
 癖のある黒髪。冷たく整ってはいるが、疲れの見える顔。そして、上下黒でそろえた衣装。
「あなたは……もしかして」
 あの日、道で眠っていた男の人だ。そう気が付いたヘンリエッタは驚いたが、宰相の方はすでに冷静な表情に戻ってヘンリエッタを詰問した。
「……なぜここにいるんだ」
「それは……その」
「お前は何者だ。誰に命令されてきた?」
「っ……」
 言えない。言ったら殺されてしまうかもしれない――。
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