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エビ天揚げちゃうぞ

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「わわ、もうこんな時間」
 ついつい、夢中になってしまった。さやかはテレビを消して、玄関ドアを開けた。
「おつかれさまです、祐一郎さん」
 ドアの外に立った祐一郎は、ほっとしたような顔で笑った。
「さやかぁ……遅くなってごめん。会いたかった」
 さやかは気恥ずかしく苦笑しつつ、彼を迎え入れた。
「どうぞ。寒かったでしょ。家は大丈夫ですか? 戻らなくて」
「大丈夫大丈夫、だって戻っても俺一人だし、ここより遠いし寒いし」
 そういえば、彼の家を知らない。
「どのへんなんですか? 祐一郎さんの家って」
 すると彼は、おもむろにメモを取り出して、住所を書きつけた。なにかあったとき念の為、とさやかに渡す。
「広尾のマンションだよ。大した場所じゃないけど、さやかも今度来てね。部屋番号はクレヨン、って覚えて」
「904、ですか……」
 高いところに住んでるんだなぁ、とさやかは思った。ちなみにここは二階だ。
「そうだね。東京タワーは見えないけど、裏の女学校くらいなら見える」
「ありがとうございます。年賀状、送りますね」
 それは嬉しいな、と言いながら、小鳥遊は部屋へと足を踏み入れた。
 祐一郎は、今日もまるで出社したかのようないでたちだった。コートの下にはネクタイを締めていて、そこにはさやかがプレゼントしたピンがついている。
「あ、それ」
「そう。いつもつけることにしたんだ。これ。お気に入りだよ」
 さやかは心からの笑みを浮かべた。自分の贈り物が役立っているのは、普通に嬉しい。
「よかったです。家、大丈夫ですか?一応ごはんありますけど、食べます?」
 すると小鳥遊の顔がぱーっと明るくなる。
「えっ、えっ、いいの!? さやかの手料理!?」
「はい。このあと急がないなら、お風呂も入って、ゆっくりしていってください」
「うそぉ……じゃ、と、泊まっても、いい……?」
 さやかは我が意をえたりと微笑んだ。
「実はそのつもりで、準備してました。狭い部屋ですけど、その、ー緒に年越しできたらいいなって」
「え……っ! そんな、俺、ちゃんと予定も言ってなかったのに……ごめんね」
「いえいえ、忙しいのはわかっていましたから。予定が合えばできたらいいなーって」
 小鳥遊はじんわり嬉しそうに言った。
「ありがと……嬉しいな。疲れてたはずなのに、一気にテンション上がってきちゃったよ」
 なにしよっか!?とワクワクする小鳥遊に、さやかは提案した。
「泊まるなら、まずお風呂はどうですか? 一応、部屋着も用意してあるんで」
「わ、ほんとだ……ありがとう!」
「その合間に、年越しそばの用意をしちゃうんで、ごゆっくり」
 さやかがそういうと、小鳥遊はお風呂にすっとんでいった。
(ふふ、なんか、年上だけど、子供みたいだなぁ)
 そして、さやかは気合いを入れた。
(よーし、これからエビ天、揚げちゃうぞ!)

「わぁ、すごい、なにこのご馳走……!」
 湯上がりでほかほかしている小鳥遊が、ちゃぶ台の前で歓声を上げる。
 量販店で買ったなんの変哲もない白い部屋着に、青シマのドテラというコーディネートだったが……
(なかなかどうして、なんかこうーーかわいいな)
 白くてもこもこした部屋着は、彼の甘い顔立ちにマッチしていて、かつ、ドテラのすそから覗く手が、萌え袖みたいになっている。
(あれだーーどてらなのに、アイドルの部屋着みたい)
 こんなシチュエーションでも似合ってしまうんだから、侮り難い。
 さやかはちょっと照れながらも、蕎麦をすすめた。
「どうぞ、エビ天揚げたてなので、冷める前に」
「えへへ、いただきます」
 小鳥遊は、熱々のそばの上にのったエビ天を箸で取った。
 お互いかぶりいつくと、さくっ、といい音がした。小鳥遊の頬が、へろっと緩む。
「おいしいなぁ……俺、こんな幸せなおもいしていいのかな」
「もう、大袈裟なんですから」
 苦笑するさやかに、小鳥遊は反論した。
「大袈裟なんかじゃないよ。この俺が、恋人と年越しできるなんてさぁ。こうやって一緒のこたつに入って、手作りの蕎麦を食べてるなんて。去年のおれに、見せてやりたい。きっと信じないよ」
 さやかは、ふと思った。誕生日やクリスマスの時から気になってはいたが。
「祐一郎さんはーーー家族とか季節の行事的なもの、あんまり好きじゃなかった感じですか?」
 そういうと、小鳥遊は少し寂しく笑った。
「そうだね。嫌いだった。さやかと付き合うまでは」
 聞いちゃいけないだろうか。でも、ここで聞かないのも、なんだか収まりが悪い。
 だって、そこにあるのは、きっと何か、辛いものだ。ちょうどさやかの故郷の過去と同じように。
 さやかはいったん箸を置いて、切り出した。
「私はずっと、過去のことに囚われていてーーでも、祐一郎さんのお陰で、向き合って乗り越えることができました。祐一郎さんがいるから、私も今幸せなんです。だから」
 まっすぐ小鳥遊の目を見る。
「祐一郎さんにも辛い事があるのならーー私も、その辛さ、どうにか消せる手伝いができないかなって、思います。余計なお世話かもしれませんが」
 すると祐一郎はあっけにとられたような顔をしたあと、ふうとため息をついた。
「本当に、さやかがあったような目に比べれば、たいした事じゃないんだ。行事が苦手な原因は。ただ、強いて言うならーー」
 小鳥遊は、ぽつりぽつりと語り始めた。
「行事の日って、家族みんなが楽しく過ごす日じゃん? 誕生日は、自分が主役になれる嬉しい日じゃん? おれはどっちもそうじゃなかったからさ。一年のうちでクリスマスが巡ってくるたびに、それを突きつけられるような気がして、なんか落ち込むんだ。自分はいらない存在なんだなって」
 さやかは目を丸くした。
「そんな……祐一郎さんみたいなひとがそんな存在なわけ、ないじゃないですか」
 さやかが意気込んで言うと、小鳥遊は寂しげに笑った。
「それが、そうなんだよ。10歳の誕生日だった、それを理解したのは」
 小鳥遊は、遠い目を宙に投げかけながら、語り始めた。
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