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スカイウォーク
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「うん、今日は伊豆に行こうと思ってるよ」
「伊豆?」
しばらく東京を走ったあと、小鳥遊の車は首都高へと入った。東京タワーを過ぎ、スカイツリーも通過して、車はいつしか緑深い山の中へと入っていく。
「さやかは、こっちの方はあまり来たことがないんじゃないかとおもってね」
「そうですね。南の方は、全然……」
東京までが、さやかの知っている限界だった。
「雪が降らないからね、冬の車旅行は、南の方がらくだよ」
その言葉に、さやかは全力で同意した。
「そうですね。冬なんて、雪を見ない方がいいに決まってます」
「わぁ、実感のこもった言葉。やっぱ雪かきとかさせられるの?」
さやかの実家は、もうすでに雪に包まれているだろう。初雪の写真を、だいぶ前に母がスマホで送ってきたくらいだから。
「毎日毎日かいても降ってきますからね、ほんとうんざりしますよ」
小鳥遊はただ、さやかが雪の悪口を言うのをニコニコ聞いている。
(小鳥遊さんてーー私にいっぱいしゃべらせるけど、自分のこと、あんまりしゃべってくれないよね)
元カノの事も、誕生日苦手の件についてもーーなんだか、さやかから聞くのははばかられた。
(いや待って、そんな重大な事じゃなくて、どうでもいい事から聞けばいいんじゃないか?)
むしろどうでもいいところから、その人の人物って掴めるんじゃないだろうか。
たとえば、朝は紅茶かコーヒーか。目玉焼きには、ソースか塩か。
ピンときたさやかは、おもむろに聞いてみた。
「小鳥遊さんは、猫派ですか。犬派ですか」
「え、どうしたのいきなり」
「小鳥遊さん、あまり自分自身のこと、喋らないなって思って。聞いてみました」
すると小鳥遊は、呆気に取られたような顔をした後、くしゃっと笑った。
「そうか……そうだなぁ、うーん……どっちも可愛いから、選べないなぁ」
「さては動物好きですか」
「そうだね。飼ったことないけど。さやかは?」
「うーん……たしかに悩みますね……でも強いていえば、犬でしょうか。昔飼っていたので」
「そうなの? いいなぁ」
「小鳥遊さんは、自分が飼いたいって思わないんですか?」
「思うよ。茶色い柴犬とか、飼ってみたい。でも、仕事が忙しいからなぁ」
「あぁー、柴犬、かわいいですよねぇ」
犬に猫、スイカの塩、そして酢豚のパイナップルは許せるか許せないかーー。
そんなどうでもいい話をしているうちに、車は高速道路を伊豆で降りた。
富士山が近くに見える。そのことにさやかは興奮した。
「富士山だ! 大きいですねぇ。実物を見るには初めてです」
冬の富士山は、雪をかぶっていて、よくテレビなどで見る、見事な青富士になっていた。小鳥遊も富士山を横目で見つつ、うなずいた。
「うそ。東京からでも見えるよ?」
「高い場所からは見えるかもしれませんが、そんなところ行かないので……」
なるほど、と納得した様子で、小鳥遊は時計を見た。
「そっか……それにしてももう着いちゃったよ。早かったね」
「2時間ちょっとかかりましたね。これって早い方なんですか?」
さやかが聞くと、小鳥遊は前を見つめたまま笑った。
「いや、体感的に一瞬だったってこと。すごいなぁ」
なにがすごいのかさやかはよくわからなかったが、小鳥遊が嬉しそうなので、つっこまないでおいた。
「そうだ、富士山はじめてなら、もっと綺麗に見える場所行こうか」
ーー足の下で、吊り橋が揺れている。
「ひ、ひぇぇ、高い」
「大丈夫? 手を繋いで行こうか?」
「だ、大丈夫です、お気遣いなく」
峡谷にかかった長い吊り橋の上に、さやかは居た。
さやかはきりきりしているが、小鳥遊は余裕で歩いていた。今日は会社と違ってスーツではなく、シンプルな紺色のセーターに、チャコールグレイのロングコートを羽織っている。背の高い彼が、コートの裾を翻しながらすたすた橋の上を歩いていくのは、まるで映画のワンシーンのように見えた。
(ううーん、朝ドラ……いや、月9の俳優みがある……)
そして一方のさやかは、ひゅおおおと風が当たり、思わず橋の欄干を掴んだ。
(ひっ、橋揺れた! 風つめた!でも…… なんだろう)
広大な山々を渡ってきた風からは、山の清浄な香気と冬の森の匂いがした。足元から目を上げると、峡谷のその向こうに、富士山が聳え立っている。
(富士山から送られてきた風……って思うと、なんだかご利益ありそうな気がする)
空気の冷たさも、体の芯までこごえてしまいそうな容赦ないものではなく、どこかお日様の光をあびて温められたような、のどかな寒さだった。
「さやか? 平気?」
景色を眺めていると、月9俳優が隣から覗き込んできた。
いつもよりふわっと崩した茶色い髪が、彼を幼く見せている。見ているこちらもついつられてしまうような、はちみつみたいに甘く柔らかな休日の笑顔。
ーーピシッとしたスーツを脱いだら脱いだで、別の顔を見せてくるのだから、油断ならない。
「へ、平気です。そこまで寒くないので。いい場所ですね、伊豆って」
「でしょう。夏は涼しくて、冬は温泉もあるし」
橋のむこうで、なにか美味しいもの食べようよ、と小鳥遊が手を差し出した。
ーー男の子と、いや、誰かと手を繋ぐなんて、何年ぶりだろう。
ためらいながら、さやかはその手を握った。
すると、小鳥遊はちょっとほっとしたような顔をした。
「よかった、つないでくれて」
「そりゃあ、まぁ」
ここで恥ずかしいからといって拒否するのはさすがに子供っぽいし、さやかとて、手を繋ぎたくないわけじゃないーー。
「冷たいね、さやかの手」
手を繋ぐと、小鳥遊は急いで歩き始めた。
「冷えちゃったかな。早く暖かいところに行かないと」
さやかは雪国育ちである。手が冷たいのはただの体質で、こんな寒さはどうということもない。けど。
(なんだろう、嬉しいような、くすぐったいような)
大事にされるのって、こんな感じなんだーー。
さやかは少し頬を赤くしながら、黙ってついていく。
その間も、小鳥遊は心配そうに言っていた。
「そうだ、このあとは温泉に行こうか。貸切のいい場所知ってるんだ。海が綺麗に見えてるんだ。それからーー」
海の見える温泉、クリスマスマーケット、それにイルミネーション……
たった1日だったが、さやかは一生分の経験をしたような気持ちで、夕方車に揺られていた。車は、誰もいない山の中を走っていた。
「ついた、今日泊まるのはここ」
小鳥遊が車を停めた先は、そこだけ暖かなオレンジ色の灯りに染まっていた。
「ここは……? お宿…… ですか?」
小鳥遊が車を降り、すべての荷物を持ってさやかを誘導した。
「いや、ウチの別荘。コテージっていうのかな?」
さくさく落ち葉を踏みながら小鳥遊についていくと、その先には、まるでフェアリーテイルに出てくるような可愛らしいお家があった。
煙突のついた屋根に、煉瓦の石畳。窓の中は暖かそうな灯りに満たされてーー。
(す、すごい。おとぎ話の中に入っちゃうみたいな)
キィ、と扉を開けて中へ入ると、玄関を入ってすぐに、居心地の良い居間が広がっていた。ひろびろとした吹き抜けの空間を、暖かなライトが照らし出している。
至る所にキャンドルが置かれ、部屋の中央には、オーナメントがどっさり飾られたクリスマスツリーが立っていた。
「わぁ……」
サンタさんの家みたい、とさやかが感動する中、 勝手知ったる、という感じで、小鳥遊はふかふかの絨毯を横切り、暖房のスイッチを入れた。
「とりあえず、飲み物入れるよ。ここに座ってて」
「私も荷解きとか手伝いますよ」
「まず温まるのが、今のさやかのすることだよ」
小鳥遊はアイランドキッチンへと向かい、さやかはすみません、おかまいなく、とつぶやきながら暖房の前のソファに座った。
(わぁ、これって暖炉?)
目の前のモノリスのような立派な黒い暖房の中でーーあかあかと炎が燃えていた。暖炉というと、薪をくべるイメージがあったが、これスイッチ一つで起動する家電の暖炉、らしい。
(ああでも、火って暖かいな……)
暖炉の前に手を差し出して温まっていると、小鳥遊がマグカップを二つ持って隣に座った。
「どうぞ、ココアだよ」
チョコレートのいい匂い。真ん中には、ふわっとした星の形のマシュマロが溶けかけている。
「わ、美味しそう。小鳥遊さんが作って……?」
すると、小鳥遊は種明かしをするように、からの包み紙を見せた。英語で「ポーラスター」と書かれた下に、星のマシュマロが浮いたココアが描かれている。
「インスタントだよ。どこのかな……輸入品っぽいね」
「美味しそう……それに、可愛いです」
さやかはじっとマグカップをのぞいた。星が、チョコレート色の空の中に溶けていく。
「キッチンにいっぱいあるから、好きなだけ作ってあげるよ。ケータリングを頼んでおいたから、冷蔵庫のものは好きに食べてね」
ーーこんなにたくさん、さやかのためにいろいろしてもらった。今日一日のそれらが身に沁みて、さやかは頭をさげた。
「今日はありがとうございました、小鳥遊さん」
「ん? どうしたの、改まって」
「イルミネーション、綺麗でした。温泉も……。私、あんまり旅行とか行ったことなくて。だから、楽しかったです」
すると小鳥遊は嬉しげにさやかを見た。
「ふふ、本当? 嬉しいな。俺もすごく楽しかったよ。イルミネーションも、それを見てるさやかも、綺麗だった」
ーーもう、そんなこと言って。
とは、さすがにさやかももう、言えなかった。
だって、小鳥遊にそう思って欲しくて、さやかは今までしてこなかった服選びやメイクを、今朝頑張ってきたのだから。
だから、勇気を出して。
「あ……ありがとうございます。小鳥遊さんも、その、かっこよかっ……たです」
かなりつっかえながら、さやかが言うと、小鳥遊はじっとさやかの顔を覗き込んできた。
「ありがと。嬉しいな……でも、ねぇ、そろそろ苗字じゃなくて、名前で呼んでほしいな」
「伊豆?」
しばらく東京を走ったあと、小鳥遊の車は首都高へと入った。東京タワーを過ぎ、スカイツリーも通過して、車はいつしか緑深い山の中へと入っていく。
「さやかは、こっちの方はあまり来たことがないんじゃないかとおもってね」
「そうですね。南の方は、全然……」
東京までが、さやかの知っている限界だった。
「雪が降らないからね、冬の車旅行は、南の方がらくだよ」
その言葉に、さやかは全力で同意した。
「そうですね。冬なんて、雪を見ない方がいいに決まってます」
「わぁ、実感のこもった言葉。やっぱ雪かきとかさせられるの?」
さやかの実家は、もうすでに雪に包まれているだろう。初雪の写真を、だいぶ前に母がスマホで送ってきたくらいだから。
「毎日毎日かいても降ってきますからね、ほんとうんざりしますよ」
小鳥遊はただ、さやかが雪の悪口を言うのをニコニコ聞いている。
(小鳥遊さんてーー私にいっぱいしゃべらせるけど、自分のこと、あんまりしゃべってくれないよね)
元カノの事も、誕生日苦手の件についてもーーなんだか、さやかから聞くのははばかられた。
(いや待って、そんな重大な事じゃなくて、どうでもいい事から聞けばいいんじゃないか?)
むしろどうでもいいところから、その人の人物って掴めるんじゃないだろうか。
たとえば、朝は紅茶かコーヒーか。目玉焼きには、ソースか塩か。
ピンときたさやかは、おもむろに聞いてみた。
「小鳥遊さんは、猫派ですか。犬派ですか」
「え、どうしたのいきなり」
「小鳥遊さん、あまり自分自身のこと、喋らないなって思って。聞いてみました」
すると小鳥遊は、呆気に取られたような顔をした後、くしゃっと笑った。
「そうか……そうだなぁ、うーん……どっちも可愛いから、選べないなぁ」
「さては動物好きですか」
「そうだね。飼ったことないけど。さやかは?」
「うーん……たしかに悩みますね……でも強いていえば、犬でしょうか。昔飼っていたので」
「そうなの? いいなぁ」
「小鳥遊さんは、自分が飼いたいって思わないんですか?」
「思うよ。茶色い柴犬とか、飼ってみたい。でも、仕事が忙しいからなぁ」
「あぁー、柴犬、かわいいですよねぇ」
犬に猫、スイカの塩、そして酢豚のパイナップルは許せるか許せないかーー。
そんなどうでもいい話をしているうちに、車は高速道路を伊豆で降りた。
富士山が近くに見える。そのことにさやかは興奮した。
「富士山だ! 大きいですねぇ。実物を見るには初めてです」
冬の富士山は、雪をかぶっていて、よくテレビなどで見る、見事な青富士になっていた。小鳥遊も富士山を横目で見つつ、うなずいた。
「うそ。東京からでも見えるよ?」
「高い場所からは見えるかもしれませんが、そんなところ行かないので……」
なるほど、と納得した様子で、小鳥遊は時計を見た。
「そっか……それにしてももう着いちゃったよ。早かったね」
「2時間ちょっとかかりましたね。これって早い方なんですか?」
さやかが聞くと、小鳥遊は前を見つめたまま笑った。
「いや、体感的に一瞬だったってこと。すごいなぁ」
なにがすごいのかさやかはよくわからなかったが、小鳥遊が嬉しそうなので、つっこまないでおいた。
「そうだ、富士山はじめてなら、もっと綺麗に見える場所行こうか」
ーー足の下で、吊り橋が揺れている。
「ひ、ひぇぇ、高い」
「大丈夫? 手を繋いで行こうか?」
「だ、大丈夫です、お気遣いなく」
峡谷にかかった長い吊り橋の上に、さやかは居た。
さやかはきりきりしているが、小鳥遊は余裕で歩いていた。今日は会社と違ってスーツではなく、シンプルな紺色のセーターに、チャコールグレイのロングコートを羽織っている。背の高い彼が、コートの裾を翻しながらすたすた橋の上を歩いていくのは、まるで映画のワンシーンのように見えた。
(ううーん、朝ドラ……いや、月9の俳優みがある……)
そして一方のさやかは、ひゅおおおと風が当たり、思わず橋の欄干を掴んだ。
(ひっ、橋揺れた! 風つめた!でも…… なんだろう)
広大な山々を渡ってきた風からは、山の清浄な香気と冬の森の匂いがした。足元から目を上げると、峡谷のその向こうに、富士山が聳え立っている。
(富士山から送られてきた風……って思うと、なんだかご利益ありそうな気がする)
空気の冷たさも、体の芯までこごえてしまいそうな容赦ないものではなく、どこかお日様の光をあびて温められたような、のどかな寒さだった。
「さやか? 平気?」
景色を眺めていると、月9俳優が隣から覗き込んできた。
いつもよりふわっと崩した茶色い髪が、彼を幼く見せている。見ているこちらもついつられてしまうような、はちみつみたいに甘く柔らかな休日の笑顔。
ーーピシッとしたスーツを脱いだら脱いだで、別の顔を見せてくるのだから、油断ならない。
「へ、平気です。そこまで寒くないので。いい場所ですね、伊豆って」
「でしょう。夏は涼しくて、冬は温泉もあるし」
橋のむこうで、なにか美味しいもの食べようよ、と小鳥遊が手を差し出した。
ーー男の子と、いや、誰かと手を繋ぐなんて、何年ぶりだろう。
ためらいながら、さやかはその手を握った。
すると、小鳥遊はちょっとほっとしたような顔をした。
「よかった、つないでくれて」
「そりゃあ、まぁ」
ここで恥ずかしいからといって拒否するのはさすがに子供っぽいし、さやかとて、手を繋ぎたくないわけじゃないーー。
「冷たいね、さやかの手」
手を繋ぐと、小鳥遊は急いで歩き始めた。
「冷えちゃったかな。早く暖かいところに行かないと」
さやかは雪国育ちである。手が冷たいのはただの体質で、こんな寒さはどうということもない。けど。
(なんだろう、嬉しいような、くすぐったいような)
大事にされるのって、こんな感じなんだーー。
さやかは少し頬を赤くしながら、黙ってついていく。
その間も、小鳥遊は心配そうに言っていた。
「そうだ、このあとは温泉に行こうか。貸切のいい場所知ってるんだ。海が綺麗に見えてるんだ。それからーー」
海の見える温泉、クリスマスマーケット、それにイルミネーション……
たった1日だったが、さやかは一生分の経験をしたような気持ちで、夕方車に揺られていた。車は、誰もいない山の中を走っていた。
「ついた、今日泊まるのはここ」
小鳥遊が車を停めた先は、そこだけ暖かなオレンジ色の灯りに染まっていた。
「ここは……? お宿…… ですか?」
小鳥遊が車を降り、すべての荷物を持ってさやかを誘導した。
「いや、ウチの別荘。コテージっていうのかな?」
さくさく落ち葉を踏みながら小鳥遊についていくと、その先には、まるでフェアリーテイルに出てくるような可愛らしいお家があった。
煙突のついた屋根に、煉瓦の石畳。窓の中は暖かそうな灯りに満たされてーー。
(す、すごい。おとぎ話の中に入っちゃうみたいな)
キィ、と扉を開けて中へ入ると、玄関を入ってすぐに、居心地の良い居間が広がっていた。ひろびろとした吹き抜けの空間を、暖かなライトが照らし出している。
至る所にキャンドルが置かれ、部屋の中央には、オーナメントがどっさり飾られたクリスマスツリーが立っていた。
「わぁ……」
サンタさんの家みたい、とさやかが感動する中、 勝手知ったる、という感じで、小鳥遊はふかふかの絨毯を横切り、暖房のスイッチを入れた。
「とりあえず、飲み物入れるよ。ここに座ってて」
「私も荷解きとか手伝いますよ」
「まず温まるのが、今のさやかのすることだよ」
小鳥遊はアイランドキッチンへと向かい、さやかはすみません、おかまいなく、とつぶやきながら暖房の前のソファに座った。
(わぁ、これって暖炉?)
目の前のモノリスのような立派な黒い暖房の中でーーあかあかと炎が燃えていた。暖炉というと、薪をくべるイメージがあったが、これスイッチ一つで起動する家電の暖炉、らしい。
(ああでも、火って暖かいな……)
暖炉の前に手を差し出して温まっていると、小鳥遊がマグカップを二つ持って隣に座った。
「どうぞ、ココアだよ」
チョコレートのいい匂い。真ん中には、ふわっとした星の形のマシュマロが溶けかけている。
「わ、美味しそう。小鳥遊さんが作って……?」
すると、小鳥遊は種明かしをするように、からの包み紙を見せた。英語で「ポーラスター」と書かれた下に、星のマシュマロが浮いたココアが描かれている。
「インスタントだよ。どこのかな……輸入品っぽいね」
「美味しそう……それに、可愛いです」
さやかはじっとマグカップをのぞいた。星が、チョコレート色の空の中に溶けていく。
「キッチンにいっぱいあるから、好きなだけ作ってあげるよ。ケータリングを頼んでおいたから、冷蔵庫のものは好きに食べてね」
ーーこんなにたくさん、さやかのためにいろいろしてもらった。今日一日のそれらが身に沁みて、さやかは頭をさげた。
「今日はありがとうございました、小鳥遊さん」
「ん? どうしたの、改まって」
「イルミネーション、綺麗でした。温泉も……。私、あんまり旅行とか行ったことなくて。だから、楽しかったです」
すると小鳥遊は嬉しげにさやかを見た。
「ふふ、本当? 嬉しいな。俺もすごく楽しかったよ。イルミネーションも、それを見てるさやかも、綺麗だった」
ーーもう、そんなこと言って。
とは、さすがにさやかももう、言えなかった。
だって、小鳥遊にそう思って欲しくて、さやかは今までしてこなかった服選びやメイクを、今朝頑張ってきたのだから。
だから、勇気を出して。
「あ……ありがとうございます。小鳥遊さんも、その、かっこよかっ……たです」
かなりつっかえながら、さやかが言うと、小鳥遊はじっとさやかの顔を覗き込んできた。
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