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心残り

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 久々に見た幼馴染は、さやかとおなじように、大人になっていた。昔の麗しかった容貌はとどめているが、たたずまいにはどこか影があり、以前にはなかった凄みのようなものが醸し出されていた。
(まずい)
 ちょっとコワイ。陰で女殴りそうな感じ。
(こ、こんな感じに成長しちゃったのかぁ……)
 まぁ、秦野たちと付き合い続けているのなら、それもわかる。 
(いや…‥絶対関わりたくない!)
 さやかは即、ゴミに向き直り、目を逸らした。
(わ、私はゴミを捨てにきただけの部外者! なんの関わりもありません!)
 しかし、彼はさやかに寄ってきた。
「さやか? さやかだよね?」
「そ、そうですけど……」
 どうしよう。何も持ってこなかった。スマホも何も。さやかは自分の迂闊さに舌打ちしたくなった。
「し、失礼します」
 できるだけ刺激しないよう、無難に挨拶をし、さやかはゴミ捨て場を後にした。
が、彼はついてきた。
「待ってよ。美奈子ちゃんの結婚式でしょ? 昨日帰ってきたんだよね。おばさんから聞いてるよ」
 ーーこいつ、うちのお母さんにはいまだにいい顔し続けているのか。さやかの顔が歪む。
 私のこと、秦野たちと嘲笑ったくせに。卒業するまで、グルになってずっと針の筵に座らせたくせに。
 秦野だけからの嫌がらせなら耐えられた。けれどそこに圭介が加わったことでーーさやかは相当な精神的苦痛を被ったのだ。高校を卒業してから、一度も故郷に帰れないほどに。
(あれだけやったくせに、まだ、私にどうこうしようってわけ?)
 もし、結婚式でも昔のことを蒸し返すつもりならタダじゃおかない。さやかの負けん気が、怖さを上回った。
「悪いけど、美奈子にお祝いだけは言いたかったの。今日の夜にはもう消えるから、美奈子の結婚式にケチつけるようなことだけはやめて」
 すると、圭介の顔に動揺が走った。
「そんなつもりはーー。ちがうんださやか、聞いてほしい」
 さやかは無視して歩き出した。しかし圭介が隣に並んでくる。
 ーーこいつ、まだついてくる。もしかして、まだ実家住まいなんだろうか。
「怒っているよね……俺のこと、まだ」
 まさか謝りでもするつもりだろうか。
 結婚式の前に、謝って許してもらって、すべてを綺麗に水に流す算段なのだろうか。
(それはそれで、腹立つ……!)
 ーーそんなの、許せるわけがない。
「やめて。謝らないで。もう私にも、お母さんにも関わらないで。それだけでいいから」
「お願いだ、聞いて。僕がどれだけこの日を待ってたかーー」
 するとその時、ざっざっと地面を蹴散らすジョギングシューズの音がした。
「ここにいたんだ、どうしたの?」
 ジョギングウエアの小鳥遊が、さっと歩みを止めてさやかの隣で止まった。この田舎の畑を背景に、無難なスポーツウエアでも様になってしまうのはどうしてだろう。
「た…祐一郎、さんー」
 思わず見上げてしまう。こんなときに現れるなんてーー本当に、この男は。
(悔しいけど、頼りになる……!)
「さやか……? 誰なんだ、この男は」
 唐突に現れた小鳥遊に、圭介はあきらかに怯んでいた。
 すると小鳥遊は余裕の笑み浮かべて自己紹介した。
「どうもはじめまして。さやかさんとお付き合いさせてもらっています、小鳥遊です」
「な、なんで……聞いてないぞ」
 強力そうな番犬にびびったのだろうか。彼が現れなければ、きっと無理矢理過去のことを水に流し、罪をなかったことにするつもりだったのだろう。
 さやかは冷たく言った。
「言うわけないじゃん、そんなこと」
 小鳥遊はおやおや、とどこか面白がるような顔をした。
「とりあえず家に戻ろうか。お母さんも待ってるし。では」
 
「あれが例の、仲違いの相手? 名前は?」
「うん……そう。飯田ってやつ」
 玄関に入ると、どっと気疲れした。
「へぇぇ、地元産業のナンバーツーかぁ……なるほどね。俺の敵じゃないけど」
「なに?」
「ううん、こっちの話」
 台所から、みそ汁のいい匂いがする。母が顔だけひょいと出した。
「あら、2人で帰ってきたの。ご飯にしましょ!」
 
 久々の母の朝食を食べながら、げっそりしているさやかに変わって、小鳥遊と母がニコニコ喋っていた。
「いやぁ、綺麗な場所ですね。走っていても、いろんな人が声をかけてくれるし」
「老人は朝早いからねぇ。みんな知らない人には興味津々よ」
「そうだ、さやかさんの同級生にも会ったんですよ、さっきそこで」
「あら誰かしら?」
 水を向けられて、さやかはぼそっと言った。
「飯田。あいつまだ隣に住んでんの?」
「まぁさやか、そんな言い方ーー。圭介くんね、実家建て替えたのよ。隣みた?」
 ーーそういえば、少し綺麗になっていたような。
「あんなことがあった後ーー会社で出世したみたいよ。今は事務所の近くに住んでるみたい」
「え……なんのこと?」
「僕も聞きました。なんでも林業の業績を立て直した切れ者の若者がいるんだとか」
 わけのわからないさやかに、母はお説教まじりの説明を始めた。
「あんた、ずっと帰ってこないから何も知らないのね。あんたの同級生に、秦野家のやんちゃ息子がいたでしょーー」
 さやかの体が固まった。忘れもしない。さやかと圭介を焼却炉にとじこめた、憎いあいつ。
「あの子ね、悪い薬やって、お父さんの社長を殴ったみたいでねぇーーこんな田舎でねぇ。それで今、塀の中よ」
「えええっ」
 さやかは驚いて、思わず箸をおとしそうになった。
「ほかにも従業員で暴行を受けてた人もいたみたいでね。余罪があるみたい。それで、落ち込んじゃった社長を支えてあげて、仕事を切り盛りしてあげたのが、若手の圭介くんだったみたい。いまじゃすっかり気に入られて、実の息子みたいになってるって」
「そ……そうなんだ」
「あのドラ息子より、圭介くんのほうが仕事できるだろうしねぇ……村のためにこうなってよかったよ。いまだにウチのことも気にかけてくれるんだよ。あんたが東京で元気にしてるかって……」
「そ、そうなの……」
「そうよ。だから圭介くんのこと、悪く言うもんじゃないよ。何があったか知らないけど、昔は仲良かったじゃないの」
 さやかはぎくっとした。
 ーーいじめのことも、圭介と仲違いしたことも、母は知らない。余計な心労をかけたくなくて、黙り通していたのだ。
「そ、そんなことないよ、別に……」
 さやかは慌ててご飯をかきこみ、逃げるように朝食の席をたった。
「10時からだから、もう着替えちゃうね」


「言ってなかった気がするから言うけどーーとても似合ってるね」
 呼んだタクシーの中で、小鳥遊はさやかを見て微笑んだ。今日はパーティー用なのか、光沢感のあるアッシュグレイ色の三つ揃えに、華やかな紫と金のネクタイを締めている。
 ーーまるで、ファッション雑誌から飛び出してきたような姿の彼に、さやかの方はなんとなく居心地が悪い。
「でも前髪はやっぱり、もう少しあげた方がいいと思う」
 さっと小鳥遊の手が伸びてきて、さやかの前髪に手を入れる。
「ほら、こっちの方がいい。あと、これも」
 ポケットからキラキラ光る何かを出して、さやかの耳元に触れた。
「これは……?」
 つけられたイヤリングに、そっと触れてみる。
「ドレスには、アクセサリーがあった方がいいでしょ。この間買い忘れちゃったから」
「え……ちょっと待って」
 さやかはバッグからスマホを出して鏡代わりに覗き込んだ。
 小粒だが、白く眩い輝きが、さやかの耳もとを彩っていた。
 複雑にカットされたその石は、いままでさやかがみたどんな宝石より、光っている。
(もしかして……ダイヤモンド、とかじゃないよね)
 落としたりしたら恐ろしい。
「ごめん……終わったらすぐ返すね」
 そういうと、小鳥遊は少し唇を尖らせた。
「返さなくていいし……謝るより、感謝の言葉がほしいなぁ」
 与える側からすれば、たしかにそうかもしれない。さやかは少し反省した。
「ありがとう。イヤリングとそれに……今朝、助けてくれて」
 そう言うと、小鳥遊は子供のように嬉しげにいった。
「へへ、どういたしまして」
 そしてふと、真面目な顔になる。
「例の彼、なにか言いたげだったね。心当たり、ある?」
「えっ、まったくありません」
 さやかは首を振ったが、小鳥遊は気遣わしげに言った。
「なにか心残りがあるなら、ちゃんと解消した方がいいよ。もちろん、俺がついてるから、危ない真似はさせないし」
 じっと、その目がさやかに注がれる。
 さやかは鬱々とした胸の内を、少し口にしてみた。
「いまさらーー謝って許してもらうつもりなんでしょうか。正直、許せないです」
「それなら、その気持ち、ちゃんと言えばいい」
「え……」
「謝られても許せないなら、その気持ち、ちゃんとぶつけたほうがいいよ。ずっと怒りや不安を抱えているより、そうしたほうが、きっちり縁も切れると思うしーーそれに、君がしんどそうにしてるの、もう見たくないよ」
 さやかはうろたえた。
 ーーなんだ。そんな目で見つめて、そんな優しいことを言わないでほしい。
 ーーバカな勘違いを、しそうになっちゃうじゃないか。
 さやかは目を逸らした。
「うん……考えてみる、ね」
 ーーもう、圭介と話したくはない。けれど、小鳥遊がいてくれるなら、きっちり縁を切るのもいいという気がした。
(もうお母さんに私のこときかないで、って釘刺しときたいしーー)
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