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高飛車姫

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「いやーそれが、日誌つけて帰ろうとデスク寄ったら、パソコンがエラー起こしちゃって」
「おおー? それじゃ、同行しますよ」
「ごめんね、残業中に」
「いえいえ。外回りお疲れ様ですよ」
 橋本がそういうと、小鳥遊は端正な顔をくしゃっとさせて笑った。
「あぁ……誰かと違って優しいな~橋本くんは……」
 こんなふうに言われるのは慣れっこの橋本は、苦笑して聞いた。
「もしかして、さっき亀山とバトりました?」
「えっ、なんでわかったの? 超能力!?」
「はは、さっきも聞いたな……いえ、こっちの話」
 そのとき小鳥遊は、橋本が小脇に抱えているペットボトルに気がついた。
「あぁ~……そういうことか。あいつめ……」
 ペットボトルをとん、と机に置いて、橋本はちょっと気まずい思いで肩をすくめた。
「いやぁ、すんません。ご馳走様になります」
 へへ、ととりなすように笑うと、小鳥遊はじっ、と橋下を見てきた。
「橋本くん、亀山さんと仲良いの?」
 うっすら笑顔を浮かべているが、なんだか眼光が鋭い気がする。
「……同期ですからね」
 すると小鳥遊はため息をついた。
「へええ、そっかぁ……」
 その声になんだか含みがある気がするのは、橋本の気のせいだろうか。
「まぁその、すみません、彼女ちょっと潔癖なところがあるけれど、悪いやつじゃないんですよ」
「知ってるよ。いい子だよね。一本筋通ってて、仕事に手を抜かないタイプ」
 おっ、と橋本は少し意外な気がした。
 小鳥遊は、決して見てくれと愛想だけではない。さやかのような目立たない社員のことまで、よく観察している。ダテに営業成績一位ではない。
「いや……さすがですね、小鳥遊さんは」
「えっなに、いきなり?」
「人をよく見ているなって。営業部でトップの理由、わかりますよ」
 すると小鳥遊のちょっと不穏な空気は薄れ、人好きする愛想のよさが戻ってくる。
「なんだよー、褒めても何も出ないぞ? でも……ちょっとちがうかな」
「?」
 軽く首を傾げる橋本に、小鳥遊は謎めいた笑みを浮かべ言った。
「誰でもよく見るわけじゃないよ」



「あ、叔父さん、お久しぶりです」
 レセプション会場のホテルのフロアで叔父をみかけたので、小鳥遊はめざとく駆け寄った。
「おお、祐一郎か。同じ会社なのに、なかなか会わないな」
「外回りばかりで、社になかなかいれなくて」
 世間話のついでに、背後にいた彼の秘書に、さやかから預かった稟議書を手渡す。
「こんなところですみませんが」
 小鳥遊は外向けの爽やかな笑顔で、秘書の女性に書類を差し出した。小鳥遊よりは年上だが叔父よりはずっと年下の秘書は、中身を確認したあとにこやかにそれを受け取った。
「まぁ、とんでもないわ。祐一郎さん」
 そのまんざらでもない微笑みに、小鳥遊も微笑みを返す。
 ーー自分も図太くなったものだ、と小鳥遊は思う。
 この容姿を使って、特別な便宜を図ってもらうことを、なんとも思わなくなった。
 昔は、女性に意味もなく良くされる事が苦痛だった。誰も、自分の内面を見てくれないと思い悩んでいた。
 だが、こうして社会人になってからは、もののみかたが変わった。
(仕事でも、容姿は武器にはなるけどーーそれだけでは、どうにかなるものじゃない)
 会社では、顔ではなく、仕事で評価される。生まれ持った甘い顔立ちのせいで、いつも容姿で評価されがちだった小鳥遊には、このことが新鮮だった。
 自分が頑張ったことが、評価される。自分そのものを認めてもらえたようで、嬉しかった。
 と同時に、周りに蝶々のごとく飛び交っている美しい女性たちに、何か期待することも、逆に見下すこともなくなった。
(これは仕事。それにこの容姿が使えるなら、使うに越したことはないさ)
 すべての女性に感じよく対応し、誘われれば誰でも、喜んで食事へ赴く。恋愛がからまなくなると、ここまで割り切ることができるようになった。その己の変化を面白いくらいに思って談笑していると、後ろからコツ、コツ、と冷たいヒールの音がした。
「あら、おじさま、それに祐一郎さん。お久しぶりです」
 来たな。小鳥遊はそう思って、笑顔を貼り付けて振り向いた。
「久しぶりだね。麗美さん」
 まるで皇室女性のような、ノーブルなツイードのスーツという出立ちで、小鳥遊のもと婚約者ーー天門館麗美が微笑んでいた。
 レセプション開始の時間となり、麗美がごく自然に小鳥遊の横へと並んだ。
 ここは礼儀として、会話すべきだろう。小鳥遊は司会の挨拶のあいまに、隣へ顔を向けた。
「久しいね。元気にしているかい」
 すると麗美は、わずかに不服そうな顔を見せたが、すぐに能面のような、表面的な笑顔に戻った。
「そう見える? あなたは相変わらずみたいね。今はどの人とお付き合いしているのかしら。もしかして、おじさまの秘書なんておっしゃらないでね」
「まさか。叔父と彼女の関係は、さすがに知っているよ。それより君は、元気じゃないの? もしかして、俺のせい……ってことはないよね?」
「当たり前でしょう。そちらから切り出されたこととはいえ、合意の上で婚約解消したんですから」
 笑顔で、冷たい皮肉を言う。しかし本心は一言たりとも言わない。
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