不滅の誓い

小達出みかん

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不意の告白

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 レオン王子は、セレンが手助けするまでもなく、そうつなく晩餐会をこなしたようだった。そればかりか、明るい顔でトラディスにこう報告した。


「外の国の人と話すのは、面白い。良い勉強になったし、友人もできたよ」


 それを聞いて、イベリス一行はなんの憂いを残すことなく、次の日エウレデを発った。

 皆旅なれてきたこともあって、帰りの道は行きよりもスムーズだった。


「セレンさん見てくれよ、これ」


 その日の夜、居酒屋の暗いランプの下で、若い兵士が得意気にみやげものを見せびらかした。


「あら、銀めっきの髪留め。素敵ですね」


 兵士は胸をはった。


「セレンさんのおかげであいつにいいみやげができたよ」


 だいたいの兵士には妻や恋人がいる。なのでセレンはどの店で何を買うといいかあらかじめ教えておいたのだった。何しろ世間知らずの彼らのことなので、抜け目ない商人の口車にのってぼったくられる可能性もある。


「セレンさんは、なんも買わなかったのか?」


「オレンジを一箱ほど買いました。ミリア様と姫君たちにと思って」


 そう答えながら、セレンは彼らの恋人たちを少しうらやましいと思った。


(私は、誰もおみやげを買ってきてくれる男のひとなんていない…たぶんこれからも、ずっと)


 ふとしたことで暗くなってしまう心を、無理やりふるいたたせてセレンはぶどう酒を一気のみした。


 実のところ、大公に言われたことが、ずっとセレンの心に暗い影を落としていた。


(今さら何を恐れているんだ。戦をするのは、最初からわかってたこと)


  自分の仕事は、ただミリア様の安全を守り、トリトニアのため働くだけけだ。


(イベリスに同情する暇なんてない。だいたい私の両親を殺したのだって、彼らなんだ…)


 だがそう思う一方で、頭の中では別の声もする。


(本当に手を下したのは、隣にいる人たちじゃない。気のいい兵士たちや団長、そして姫君たちを、かつての私と同じ境遇に落として――何になる?不幸の再生産でしかない。それで得をするのは誰?私じゃない。ただお金の動きがかわるだけ…)


 気が弱っていると、酔いが早くまわる。セレンは収集のつかない頭をかかえ、早々に寝床へもぐりこんだ。






「セレン!たすけて!」


 ミリア様が、塔の上から叫んでいる。腕には赤子を抱いている。セレンは慌てて塔の階段をかけのぼったが、何の前触れもなく行く手は火に包まれた。


「セレン!あつい、あついわ…!」


 炎は塔の上部まで燃え盛り、ミリア様が悲鳴を上げた。セレンは必死の形相で火の中へ足を踏み出した。


「待ってください、今…っ!」


 ところが踏み出した瞬間、足元の階段がくずれ、セレンは石のレンガと共にまっさかさまに落ちた。


「セレン…たすけて…」


 落ちた先はあの地下牢だった。さびた冷たい鉄格子のむこうに、シザリアがいた。


「シザリア!なんでこんな場所に」


「喉がかわいたわ…もう何日も、何ももらえてないの」


 シザリアは苦しげにセレンにうったえた。セレンはふところにあったオレンジを差し出した。


「これを、さあ!」


 ところが横から別の手がそれを奪い取った。


 リンドウだ。


「セレン、ありがとう、いただくわ…。とても、とてもくるしかったの、わたし」


 リンドウの美しい顔はみるみるうちに痣が浮き出て腫れあがり、セレンの手をつかむその指は爪がはがれて血だらけだった。


「いっしょにきて…私に同情してくれたのは、あなただけ。男は私を利用して、苦しめるばかり」


 リンドウの手は氷のようにつめたい。彼女から逃れようと、セレンは目をつぶって歯をくいしばった。


「セレン!セレン!」


 はっと目をあけると、セレンは燃え盛るウツギの村に立っていた。


「逃げるのよ、早くっ!」


 ぐいっと女の人に手を引かれ、セレンはつられて走り出した。いつのまにか身体が小さくなっていて、足取りはたよりない。


「あっ!」


 案の定、セレンは足元の石につまずいて転んだ。

 はいつくばったまま固まるセレンに気が付いた女の人はさっと引き返そうとしたが、横から出てきた兵士に捕らえられた。


「早く、立って!逃げなさい!おまえだけでもッ!!」


「お・・おかあさ」


「はやくっ!!!」


 その鬼のような形相に、セレンは火がついたように立って走り出した。恐ろしさとショックで頭がいっぱいのセレンは、何も考えずに洞窟に逃げ込んだ。


「セレン…セレンなの?」


 暗がりの中から、ほのかに声が聞こえた。

 アジサイだ。セレンは声のするほうへむかって走り出した。が、とつぜん目の前が真っ暗になった。


「ひっ…!?」


 おびえるセレンの耳元で、優しい声がした。


「ごめんなさいね、セレン。ここは生きているうちにはこれない場所なの。少し、目をふさがせてもらうわ」


 わけがわからず、セレンはただ立ち尽くした。


「悲しまなくて大丈夫。もうすぐ、全ての願いはかなうのよ」


 アジサイはつづけた。その声は優しいのに、温度がなかった。彼女の口から出た声のようには聞こえなかった。すぐそばで聞こえるのに、どこか遠くで響いているような声・・


「私は、女神さまと約束をしたの。彼女の所にいくわ。だけどあなたは来てはだめよ、セレン…」


 その瞬間、激しい水音がし、再び静寂が訪れた。


「アジ…サイ?」


 ――返事はない。セレンの声だけが響いた。


「アジサイ!?おかあさん!シザリア…!ミリア様…!」


――みんな、死んでしまったのか


「いや!いや…!ああぁぁぁーーーーーッ!!」


 その瞬間、バチンと頬を張られてセレンは目を覚ました。


「おい、大丈夫か?!」


 見上げると、トラディスがセレンの肩をがっしりとつかんでした。


「あ…れ…団長?」


「熱でもあるのか?」


 セレンは正気に戻った。


「ああ、すみません。少しうなされてしまったようです」


「悪い夢か」


「ええ…」


 セレンは厳しい顔でうなづいた。自分の不安な心が見せた、ただの夢か? ならば良いのだが…


「すみません、ちょっと確認してきます」


 セレンはそういってベッドから出た。


「確認?何をだ」


「少し、気になることがあって」


 何のことだかよくわからなかったが、トラディスもすぐセレンの横へ並んだ。


「わかった。俺もついていく」


 セレンは宿屋のおかみを起こして、今日の客に他にイベリス人がいないかときいた。


「ないよぉ。あんたらだけさ。イベリス人なんて、めったに見ないからねぇ」


「この街の、他の宿屋はどこですか?」


「3件となりの、ジャックのとこさね。ここは小さい街だから、宿屋はうちとそこだけ」


 急いでそちらへ向かった2人だが、たたき起こされて不機嫌な店番の男はけんもほろろに2人を追い返した。


「え?マイスのおかみの宿にとまってるって?ふん。今日の客は0人だよ、おかげさまでな!」


 セレンは安堵半分、不安半分の気持ちで宿へと引き返した。


「すみませんでした、団長。とつぜんとびだして」


「別にいいが…何を確認したかったんだ?」


 セレンは言うのをためらうように唇をかんだ。その横顔ははりつめている。


「…ばからしいと思うでしょうが、ミリア様が城で苦しんでいる夢を見て。何か不穏なことがあったなら、イベリスから我々に使いが出ているんじゃないかと思って」


「そんなに恐ろしい夢だったのか」


「はい。シザリアは牢にとじこめられていて、ミリア様は塔で赤子を抱いていて…そこに火がついて…」


 その先は言えなかった。言えるはずもない。セレンの肩は小さく震えていた。


「俺は夢占などには明るくないが、お前は出発してからずっと妙に元気がなかったな。それが関係しているのではないか。何か、あったのか」


 団長はそう言ってセレンの肩に手を置いた。その手は大きく、温かかった。


「なぜ…気が付いたのですか。私がおかしいことに」


 皆の前ではかくしていたつもりだったセレンは、俯きながらそう聞いた。すると団長は少し目を逸らして言った。


「ずっと一緒に行動していたのだから、気がつくだろう」


「ですが私は…無駄な心配をかけないよう、人前では…あれ」


 そこでふと気が付いた。喪章のひるがえる街の広場で、城のテラスで、そして今、なぜトラディスはセレンが一人で落ち込んでいるところに居合わせたのだろうか。たまたまだろうか。


 セレンは顔を上げてトラディスを見た。2人の視線がぶつかった。


「なぜ、私が一人でいるとき、団長はいつも…?」


「そ…それは」


 団長は言葉に詰まった。セレンはすばやく聞いた。


「もしかして、私をまだトリトニアの間諜だと?」


「ちがう!」


 その声が大きかったので、セレンはびくっとした。その震えがトラディスの手に伝わったので。彼はあわててセレンの肩から手をはなした。


「では、なぜ…?」


 セレンはおそるおそる聞いた。


「な、なぜといわれても」


 沈黙が流れた。

 無理に聞いても仕方がないと思い、セレンは一人歩き出した。


「待て!誤解するな」


「…してませんよ」


 セレンはトラディスを置いて、すたすたと歩いていく。歯をかみ締めたあと、団長は言い放った。


「ずっと、見ていたからだッ!」


 その気迫に、さすがにセレンも驚いて立ち止まった。


「はい?」


 立ち止まり振り返ったセレンに向かって、トラディスはずんずんと近づいた。


「わ、なに…」


 気圧されたセレンは思わずあとずさった。中途半端に宙にあったその手を、団長はむんずとつかんだ。


「な、なんですか」


「…お前を見ていた。最初から」


 その声は、いつものトラディスの声とはちがう、触れればはぜそうな熱い何かが感じられた。


「見てたって…ど、どういう」


「その通りの意味だ」


 再び2人の視線がぶつかった。団長はいままでにないくらい真剣に、セレンをまっすぐ見ていた。その一世一代の大勝負に挑むような目を見て、さすがのセレンもその意味を理解した。わかったとたん、警戒体勢にあったセレンの表情が、ふにゃっと解けた。


 と同時に、トラディスの大きな手がセレンの頬へと伸び、顔が近づいた。

 恐怖なのか緊張なのか、未知の驚きにセレンの体がおののき、ぎゅっと力が入った。


「――!!」


 セレンは思わず目を閉じた…が、何もおこらない。


(…?)


 目をあけると、トラディスは先を歩いていた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよっ!」


 セレンは追いかけた。


「行くぞ、夜も遅い。もう…悪い夢など見るな」


 その声が存外優しかったので、セレンはたまらず全てを懺悔したい衝動にかられた。


(ごめんなさい、ごめんなさい、私はあなたを…)


 裏切っているのだ。

 だがいえるはずがない。セレンはぎゅっと唇をかみ締めた、


「はい」


 隣に立ったセレンを、トラディスは見た。まだセレンの肩をふるえていた。いくら自分やシャルリュスに殴られても平気だった彼女が、ミリアネスのことでこんなにも怯えている。

 トラディスは今この瞬間に、彼女を強く抱きしめて心配するなと言ってやりたい衝動に駆られた。


 だが、できなかった。




 お互い衝動を殺したまま、2人は帰り道を行った。


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