上 下
11 / 65

巻き込まれトライアングル

しおりを挟む
 するとココも改まってふうと息をついて、真剣な顔になった。



「まず、謝りたかったの。ごめんなさい。あなたの事、よく知りもせず、調べもせず――犯人扱いして」

 

「それは……大丈夫、です」



 エヴァンジェリンは、意外な気持ちだった。ココはどうやら、真剣に謝ってくれているようだ。グレアムは一切何のフォローもなかったというのに。



(もしかして……いいひと、なのかな……)



「この学園にきてすぐ、グレアムと知り合って――それであんな事が次々おこって、私、すっかりあなたの事を悪い人なんだと思いこんでいた。でも、間違ってた」



 ココは、エヴァンジェリンの手を指さした。



「さっき握った時に見たけど――その手のキズは、温室で私を庇ったときのものね? 昨日、箱を取ったのも、私をディックの呪いから守るため……」



「そ、そうですが……でも」



「私……そんなあなたの婚約者を、横から勝手に手を出していた。本当に最低の行為ね。それも、謝りたくて」



 なんだか話の雲行きが怪しくなってきた。エヴァンジェリンは身がまえた。



「だから私……グレアム様とはもう、関わりません。一切今後はお付き合いしないわ。本当に、ごめんなさい」



 それを聞いて、エヴァンジェリンは必死で首を振った。



「そ、そんなの駄目です、グレアム様は……」



 私なんかよりも、ココの方が大事なんだから。しかしエヴァンジェリンがそう言う前に、二人の間にグレアムが割って入った。走ってかけつけてきたのか、その息は少し上がっている。



「何の話をしているのかな? ココ」



 ココに向ける顔は、優しく甘い。声も穏やかだ。そんなグレアムに、ココははっきりと言った。



「私、あなたとはクラスメイトに戻ります」



 グレアムは一瞬虚を衝かれたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。



「ココ、何て?」



「だから、もうお付き合いはなしと言っているの。なんでちゃんとした婚約者がいるのに、わざわざ私に言い寄ってきたの?」



 その言葉を聞いて、グレアムはきっとエヴァンジェリンを振り返った。



「お前、ココに何を言ったんだ」



 その顔は、エヴァンジェリンが今まで見た中で、一番恐ろしい顔だった。



「な……なにも、私は……!」



 はぁとココはため息をついた。



「あなたの事、好きだと思っていたけれど……その態度を見ると、もうそう思えない」



「不快にさせて悪かった、ココ……悪いところがあるなら、直すから」



「だから、そこが怖いわ。なんで私にはそんなに気を使うのに、婚約者のハダリーさんには冷たいの? ハダリーさんにも最初は優しかったの? あなたの言う好きって……嘘なんじゃないの?」



 そう訴えるココの目も、わずかに光っている。責めるようなその声は、エヴァンジェリンに対して謝っていた時とは違って、ひどく揺れていた。



(そっか……ココさんも本気で、グレアム様の事を好きになっていたのね)



「それは違う! エヴァンジェリンは君とは違うんだ、君は、特別なんだ……!」



 グレアムは必死でそう説明した。

 しかし、ココからしたら、もう何を言っても不誠実な男のその場しのぎの言い訳にしか聞こえない。ココは眉をひそめた。



「なにそれ……ハダリーさんが目の前にいるのに、そんな事を言うの? ひどすぎる……」



「違う、そうじゃないんだ!」



 グレアムは悔し気に叫んだ。

 彼の気持ちもまた、エヴァンジェリンには手に取るようにわかった。



(グレアム様が私を作ったのは、ココさんを助けるためなのに、それを責められて……)



 まさに自分のまいた種。きっとグレアムは今、仮初でもエヴァンジェリンを婚約者にした事を、後悔しているに違いない。



(でも、私はどうしたってこの学園で魔術を身につけなければいけないし、彼は頻繁に私に触れて、魔力補給しなきゃいけないし……)



 どう考えても、婚約者という設定が一番理にかなっていたのだ。

 ただし、ほかならぬココには、嫌われてしまう可能性があるが。

 一触即発の二人を見て、エヴァンジェリンは後ずさった。

 

(私……この場にいないほうが、いいかも)



 一歩、二歩と下がるエヴァンジェリンに気が付いて、グレアムはきつい目をエヴァンジェリンに向けた。



「おい、どこへ行く気だ」



 氷のように冷たい声。

 ああ、とエヴァンジェリンは思った。



(ココさんの前でさえ――グレアム様は、建前だけでも私に優しくしようともしない)



 どうがあがいても、エヴァンジェリンは彼の道具なのだ。

 その道具が、大事なココとの恋路をぶちこわそうとしている――。今夜、部屋に戻ったら、グレアムがどれだけエヴァンジェリンに対して怒るか、考えるのも恐ろしい。

 もしかしたら、魔力を補給してもらえないかもしれない。



 今度はエヴァンジェリンが、はじかれたように二人に頭を下げた。



「すみません、すみません……! どうか、言い争わないでください」



「ハダリーさん、そんな……」



 ココの言葉を押し切って、エヴァンジェリンは頼んだ。



「ごめんなさい、ココさん。私のことは……どうか、気にしないでください……」



 それだけ言って、エヴァンジェリンは逃げるようにその場を後にした。

 ちらりと振り返ると、二人はまだ何か言いあっているようだった。が、エヴァンジェリンはもう、聞きたくなかった。



 朝なのに、エネルギーを使い果たしたような気持ちで、エヴァンジェリンは一人になった廊下の柱に寄りかかった。

 無理して部屋を出てきたせいで、立ち眩みがして、身体が重い。

 エヴァンジェリンはそのままずるずるとしゃがみ込んだ。



(……つかれた。)



 口から、重いため息が出る。

 ココが何を言おうと、今夜グレアムはエヴァンジェリンに対して怒るだろう。ココの心変わりは、エヴァンジェリンのせいだと。



(でも……でもそれなら、私はどうすればよかったの。存在しなければ、いいとでも……?)



 じゃあ最初から、こんなもの作らなければよかったのに。

 エヴァンジェリンは苛立ちに唇をかみしめた。



(もういや。それなら、私は今からでも消えてなくなりたい)



 あてつけのようにそう思って、エヴァンジェリンははっと気が付いて顔をしかめた。

 エヴァンジェリンが望もうと望むまいと、来年の冬、エヴァンジェリンは消えてなくなるのだ。 

 ココ・サンディの代わりに。



(そうよ……どうせ、消えるんだ。だから……だから、それまでの我慢)



 せめてそれまでに、静かに穏やかに暮らしたいと思うのは、エヴァンジェリンには過ぎたわがままなんだろうか。

 

 やるせない気持ちをぐっと呑みこむかわりに、エヴァンジェリンは再びため息をついて、上を見上げた。秋の空は高く、白い鳥が太陽を横切って飛んでいくのが見える。



(ああ、いいなぁ……自由で)



 堂々と滑空する鳥を見て、エヴァンジェリンの胸に痛みが走る。



(私が死ぬ時になったら……ピィピィは、逃がしてあげなくちゃ)



 グレアムが世話をしてくれるとも思えない。部屋で飢え死にするより、外に放したほうが安全だろう。

 だが、ずっとエヴァンジェリンの手からバナナを食べていた温室育ちのピィピィが、外でちゃんと生きていけるだろうか。餌を自分で探して食べていけるだろうか。

 自分が死んでも――ピィピィにはわからず、エヴァンジェリンを探し続けるんじゃないだろうか。誰もいなくなった部屋で、餌ももらえずずっと……。

 その光景を想像すると、エヴァンジェリンは生きた心地がしなかった。

 どんな時もこらえて流さなかった涙が、じわりと目の奥からしみ出る。



 ピィピィだけは、しあわせに生きていてほしいのに。



「どうしよう……どうすれば、いいのかな」



 震えるつぶやきとともに、涙が一粒零れ落ちる。

 その時だった。



「あ……あんた」



 男の子の声がして、はっとエヴァンジェリンは振り向いた。

 鮮やかな赤い髪が、視界に入る。柱のわきにしゃがみ込むエヴァンジェリンの顔を、アレックスが大きな体をかがめて覗き込んでいた。



「きゃ……っ」
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...