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巻き込まれトライアングル
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するとココも改まってふうと息をついて、真剣な顔になった。
「まず、謝りたかったの。ごめんなさい。あなたの事、よく知りもせず、調べもせず――犯人扱いして」
「それは……大丈夫、です」
エヴァンジェリンは、意外な気持ちだった。ココはどうやら、真剣に謝ってくれているようだ。グレアムは一切何のフォローもなかったというのに。
(もしかして……いいひと、なのかな……)
「この学園にきてすぐ、グレアムと知り合って――それであんな事が次々おこって、私、すっかりあなたの事を悪い人なんだと思いこんでいた。でも、間違ってた」
ココは、エヴァンジェリンの手を指さした。
「さっき握った時に見たけど――その手のキズは、温室で私を庇ったときのものね? 昨日、箱を取ったのも、私をディックの呪いから守るため……」
「そ、そうですが……でも」
「私……そんなあなたの婚約者を、横から勝手に手を出していた。本当に最低の行為ね。それも、謝りたくて」
なんだか話の雲行きが怪しくなってきた。エヴァンジェリンは身がまえた。
「だから私……グレアム様とはもう、関わりません。一切今後はお付き合いしないわ。本当に、ごめんなさい」
それを聞いて、エヴァンジェリンは必死で首を振った。
「そ、そんなの駄目です、グレアム様は……」
私なんかよりも、ココの方が大事なんだから。しかしエヴァンジェリンがそう言う前に、二人の間にグレアムが割って入った。走ってかけつけてきたのか、その息は少し上がっている。
「何の話をしているのかな? ココ」
ココに向ける顔は、優しく甘い。声も穏やかだ。そんなグレアムに、ココははっきりと言った。
「私、あなたとはクラスメイトに戻ります」
グレアムは一瞬虚を衝かれたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「ココ、何て?」
「だから、もうお付き合いはなしと言っているの。なんでちゃんとした婚約者がいるのに、わざわざ私に言い寄ってきたの?」
その言葉を聞いて、グレアムはきっとエヴァンジェリンを振り返った。
「お前、ココに何を言ったんだ」
その顔は、エヴァンジェリンが今まで見た中で、一番恐ろしい顔だった。
「な……なにも、私は……!」
はぁとココはため息をついた。
「あなたの事、好きだと思っていたけれど……その態度を見ると、もうそう思えない」
「不快にさせて悪かった、ココ……悪いところがあるなら、直すから」
「だから、そこが怖いわ。なんで私にはそんなに気を使うのに、婚約者のハダリーさんには冷たいの? ハダリーさんにも最初は優しかったの? あなたの言う好きって……嘘なんじゃないの?」
そう訴えるココの目も、わずかに光っている。責めるようなその声は、エヴァンジェリンに対して謝っていた時とは違って、ひどく揺れていた。
(そっか……ココさんも本気で、グレアム様の事を好きになっていたのね)
「それは違う! エヴァンジェリンは君とは違うんだ、君は、特別なんだ……!」
グレアムは必死でそう説明した。
しかし、ココからしたら、もう何を言っても不誠実な男のその場しのぎの言い訳にしか聞こえない。ココは眉をひそめた。
「なにそれ……ハダリーさんが目の前にいるのに、そんな事を言うの? ひどすぎる……」
「違う、そうじゃないんだ!」
グレアムは悔し気に叫んだ。
彼の気持ちもまた、エヴァンジェリンには手に取るようにわかった。
(グレアム様が私を作ったのは、ココさんを助けるためなのに、それを責められて……)
まさに自分のまいた種。きっとグレアムは今、仮初でもエヴァンジェリンを婚約者にした事を、後悔しているに違いない。
(でも、私はどうしたってこの学園で魔術を身につけなければいけないし、彼は頻繁に私に触れて、魔力補給しなきゃいけないし……)
どう考えても、婚約者という設定が一番理にかなっていたのだ。
ただし、ほかならぬココには、嫌われてしまう可能性があるが。
一触即発の二人を見て、エヴァンジェリンは後ずさった。
(私……この場にいないほうが、いいかも)
一歩、二歩と下がるエヴァンジェリンに気が付いて、グレアムはきつい目をエヴァンジェリンに向けた。
「おい、どこへ行く気だ」
氷のように冷たい声。
ああ、とエヴァンジェリンは思った。
(ココさんの前でさえ――グレアム様は、建前だけでも私に優しくしようともしない)
どうがあがいても、エヴァンジェリンは彼の道具なのだ。
その道具が、大事なココとの恋路をぶちこわそうとしている――。今夜、部屋に戻ったら、グレアムがどれだけエヴァンジェリンに対して怒るか、考えるのも恐ろしい。
もしかしたら、魔力を補給してもらえないかもしれない。
今度はエヴァンジェリンが、はじかれたように二人に頭を下げた。
「すみません、すみません……! どうか、言い争わないでください」
「ハダリーさん、そんな……」
ココの言葉を押し切って、エヴァンジェリンは頼んだ。
「ごめんなさい、ココさん。私のことは……どうか、気にしないでください……」
それだけ言って、エヴァンジェリンは逃げるようにその場を後にした。
ちらりと振り返ると、二人はまだ何か言いあっているようだった。が、エヴァンジェリンはもう、聞きたくなかった。
朝なのに、エネルギーを使い果たしたような気持ちで、エヴァンジェリンは一人になった廊下の柱に寄りかかった。
無理して部屋を出てきたせいで、立ち眩みがして、身体が重い。
エヴァンジェリンはそのままずるずるとしゃがみ込んだ。
(……つかれた。)
口から、重いため息が出る。
ココが何を言おうと、今夜グレアムはエヴァンジェリンに対して怒るだろう。ココの心変わりは、エヴァンジェリンのせいだと。
(でも……でもそれなら、私はどうすればよかったの。存在しなければ、いいとでも……?)
じゃあ最初から、こんなもの作らなければよかったのに。
エヴァンジェリンは苛立ちに唇をかみしめた。
(もういや。それなら、私は今からでも消えてなくなりたい)
あてつけのようにそう思って、エヴァンジェリンははっと気が付いて顔をしかめた。
エヴァンジェリンが望もうと望むまいと、来年の冬、エヴァンジェリンは消えてなくなるのだ。
ココ・サンディの代わりに。
(そうよ……どうせ、消えるんだ。だから……だから、それまでの我慢)
せめてそれまでに、静かに穏やかに暮らしたいと思うのは、エヴァンジェリンには過ぎたわがままなんだろうか。
やるせない気持ちをぐっと呑みこむかわりに、エヴァンジェリンは再びため息をついて、上を見上げた。秋の空は高く、白い鳥が太陽を横切って飛んでいくのが見える。
(ああ、いいなぁ……自由で)
堂々と滑空する鳥を見て、エヴァンジェリンの胸に痛みが走る。
(私が死ぬ時になったら……ピィピィは、逃がしてあげなくちゃ)
グレアムが世話をしてくれるとも思えない。部屋で飢え死にするより、外に放したほうが安全だろう。
だが、ずっとエヴァンジェリンの手からバナナを食べていた温室育ちのピィピィが、外でちゃんと生きていけるだろうか。餌を自分で探して食べていけるだろうか。
自分が死んでも――ピィピィにはわからず、エヴァンジェリンを探し続けるんじゃないだろうか。誰もいなくなった部屋で、餌ももらえずずっと……。
その光景を想像すると、エヴァンジェリンは生きた心地がしなかった。
どんな時もこらえて流さなかった涙が、じわりと目の奥からしみ出る。
ピィピィだけは、しあわせに生きていてほしいのに。
「どうしよう……どうすれば、いいのかな」
震えるつぶやきとともに、涙が一粒零れ落ちる。
その時だった。
「あ……あんた」
男の子の声がして、はっとエヴァンジェリンは振り向いた。
鮮やかな赤い髪が、視界に入る。柱のわきにしゃがみ込むエヴァンジェリンの顔を、アレックスが大きな体をかがめて覗き込んでいた。
「きゃ……っ」
「まず、謝りたかったの。ごめんなさい。あなたの事、よく知りもせず、調べもせず――犯人扱いして」
「それは……大丈夫、です」
エヴァンジェリンは、意外な気持ちだった。ココはどうやら、真剣に謝ってくれているようだ。グレアムは一切何のフォローもなかったというのに。
(もしかして……いいひと、なのかな……)
「この学園にきてすぐ、グレアムと知り合って――それであんな事が次々おこって、私、すっかりあなたの事を悪い人なんだと思いこんでいた。でも、間違ってた」
ココは、エヴァンジェリンの手を指さした。
「さっき握った時に見たけど――その手のキズは、温室で私を庇ったときのものね? 昨日、箱を取ったのも、私をディックの呪いから守るため……」
「そ、そうですが……でも」
「私……そんなあなたの婚約者を、横から勝手に手を出していた。本当に最低の行為ね。それも、謝りたくて」
なんだか話の雲行きが怪しくなってきた。エヴァンジェリンは身がまえた。
「だから私……グレアム様とはもう、関わりません。一切今後はお付き合いしないわ。本当に、ごめんなさい」
それを聞いて、エヴァンジェリンは必死で首を振った。
「そ、そんなの駄目です、グレアム様は……」
私なんかよりも、ココの方が大事なんだから。しかしエヴァンジェリンがそう言う前に、二人の間にグレアムが割って入った。走ってかけつけてきたのか、その息は少し上がっている。
「何の話をしているのかな? ココ」
ココに向ける顔は、優しく甘い。声も穏やかだ。そんなグレアムに、ココははっきりと言った。
「私、あなたとはクラスメイトに戻ります」
グレアムは一瞬虚を衝かれたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「ココ、何て?」
「だから、もうお付き合いはなしと言っているの。なんでちゃんとした婚約者がいるのに、わざわざ私に言い寄ってきたの?」
その言葉を聞いて、グレアムはきっとエヴァンジェリンを振り返った。
「お前、ココに何を言ったんだ」
その顔は、エヴァンジェリンが今まで見た中で、一番恐ろしい顔だった。
「な……なにも、私は……!」
はぁとココはため息をついた。
「あなたの事、好きだと思っていたけれど……その態度を見ると、もうそう思えない」
「不快にさせて悪かった、ココ……悪いところがあるなら、直すから」
「だから、そこが怖いわ。なんで私にはそんなに気を使うのに、婚約者のハダリーさんには冷たいの? ハダリーさんにも最初は優しかったの? あなたの言う好きって……嘘なんじゃないの?」
そう訴えるココの目も、わずかに光っている。責めるようなその声は、エヴァンジェリンに対して謝っていた時とは違って、ひどく揺れていた。
(そっか……ココさんも本気で、グレアム様の事を好きになっていたのね)
「それは違う! エヴァンジェリンは君とは違うんだ、君は、特別なんだ……!」
グレアムは必死でそう説明した。
しかし、ココからしたら、もう何を言っても不誠実な男のその場しのぎの言い訳にしか聞こえない。ココは眉をひそめた。
「なにそれ……ハダリーさんが目の前にいるのに、そんな事を言うの? ひどすぎる……」
「違う、そうじゃないんだ!」
グレアムは悔し気に叫んだ。
彼の気持ちもまた、エヴァンジェリンには手に取るようにわかった。
(グレアム様が私を作ったのは、ココさんを助けるためなのに、それを責められて……)
まさに自分のまいた種。きっとグレアムは今、仮初でもエヴァンジェリンを婚約者にした事を、後悔しているに違いない。
(でも、私はどうしたってこの学園で魔術を身につけなければいけないし、彼は頻繁に私に触れて、魔力補給しなきゃいけないし……)
どう考えても、婚約者という設定が一番理にかなっていたのだ。
ただし、ほかならぬココには、嫌われてしまう可能性があるが。
一触即発の二人を見て、エヴァンジェリンは後ずさった。
(私……この場にいないほうが、いいかも)
一歩、二歩と下がるエヴァンジェリンに気が付いて、グレアムはきつい目をエヴァンジェリンに向けた。
「おい、どこへ行く気だ」
氷のように冷たい声。
ああ、とエヴァンジェリンは思った。
(ココさんの前でさえ――グレアム様は、建前だけでも私に優しくしようともしない)
どうがあがいても、エヴァンジェリンは彼の道具なのだ。
その道具が、大事なココとの恋路をぶちこわそうとしている――。今夜、部屋に戻ったら、グレアムがどれだけエヴァンジェリンに対して怒るか、考えるのも恐ろしい。
もしかしたら、魔力を補給してもらえないかもしれない。
今度はエヴァンジェリンが、はじかれたように二人に頭を下げた。
「すみません、すみません……! どうか、言い争わないでください」
「ハダリーさん、そんな……」
ココの言葉を押し切って、エヴァンジェリンは頼んだ。
「ごめんなさい、ココさん。私のことは……どうか、気にしないでください……」
それだけ言って、エヴァンジェリンは逃げるようにその場を後にした。
ちらりと振り返ると、二人はまだ何か言いあっているようだった。が、エヴァンジェリンはもう、聞きたくなかった。
朝なのに、エネルギーを使い果たしたような気持ちで、エヴァンジェリンは一人になった廊下の柱に寄りかかった。
無理して部屋を出てきたせいで、立ち眩みがして、身体が重い。
エヴァンジェリンはそのままずるずるとしゃがみ込んだ。
(……つかれた。)
口から、重いため息が出る。
ココが何を言おうと、今夜グレアムはエヴァンジェリンに対して怒るだろう。ココの心変わりは、エヴァンジェリンのせいだと。
(でも……でもそれなら、私はどうすればよかったの。存在しなければ、いいとでも……?)
じゃあ最初から、こんなもの作らなければよかったのに。
エヴァンジェリンは苛立ちに唇をかみしめた。
(もういや。それなら、私は今からでも消えてなくなりたい)
あてつけのようにそう思って、エヴァンジェリンははっと気が付いて顔をしかめた。
エヴァンジェリンが望もうと望むまいと、来年の冬、エヴァンジェリンは消えてなくなるのだ。
ココ・サンディの代わりに。
(そうよ……どうせ、消えるんだ。だから……だから、それまでの我慢)
せめてそれまでに、静かに穏やかに暮らしたいと思うのは、エヴァンジェリンには過ぎたわがままなんだろうか。
やるせない気持ちをぐっと呑みこむかわりに、エヴァンジェリンは再びため息をついて、上を見上げた。秋の空は高く、白い鳥が太陽を横切って飛んでいくのが見える。
(ああ、いいなぁ……自由で)
堂々と滑空する鳥を見て、エヴァンジェリンの胸に痛みが走る。
(私が死ぬ時になったら……ピィピィは、逃がしてあげなくちゃ)
グレアムが世話をしてくれるとも思えない。部屋で飢え死にするより、外に放したほうが安全だろう。
だが、ずっとエヴァンジェリンの手からバナナを食べていた温室育ちのピィピィが、外でちゃんと生きていけるだろうか。餌を自分で探して食べていけるだろうか。
自分が死んでも――ピィピィにはわからず、エヴァンジェリンを探し続けるんじゃないだろうか。誰もいなくなった部屋で、餌ももらえずずっと……。
その光景を想像すると、エヴァンジェリンは生きた心地がしなかった。
どんな時もこらえて流さなかった涙が、じわりと目の奥からしみ出る。
ピィピィだけは、しあわせに生きていてほしいのに。
「どうしよう……どうすれば、いいのかな」
震えるつぶやきとともに、涙が一粒零れ落ちる。
その時だった。
「あ……あんた」
男の子の声がして、はっとエヴァンジェリンは振り向いた。
鮮やかな赤い髪が、視界に入る。柱のわきにしゃがみ込むエヴァンジェリンの顔を、アレックスが大きな体をかがめて覗き込んでいた。
「きゃ……っ」
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