ひどい目

小達出みかん

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舞姫人形よい人形(4)

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「で、その子の身元は?」


 灯紫様がひょいと扇子で指していった。


「えっと、ぼ、僕は…」


 いきなり奥まった座敷で楼主と対面し、少年はうろたえている様子だった。無理もないだろう。


「夢政様の庶子」


 千寿が助け舟を出してやった。ところが、少年は千寿に目をみはった。


「なぜ、それを…?」


 千寿は肩をすくめた。夢政は言っていた。気立てが良く、姿もうつくしい子だったと。くわえて本人と瓜二つだ。この少年のことだろう。


「本人から聞いた」


 少年は目を伏せて、灯紫様へ向かって話しはじめた。


「…そうです。僕は、夢政様の子です…」


「そう…で?」


 灯紫様が続きを促す。


「母は僕を産んですぐに、息を引きとったので…ずっと父上が僕の面倒を見てくれていました。でも…」


「正妻が追い出しにかかった、と」


「はい…。北の方様は由緒あるご身分のお方でいらして。これから生まれる自らのお子と、どこの馬の骨ともわからぬ女の子どもが同じ屋根の下に居るのは我慢できないと…」


「何故?庶子と正妻の子じゃ、扱いにはっきり差があるはずだろう、いくらあんたが最初の子だったとしてもさ」


 同席している梓が、疑問を口にした。


「もちろん、家をお継ぎになるのは、北の方様のお子と約束されております。ですが…」


 少年は口ごもった。千寿は淡々とその続きを言った。


「夢政様は自分に冷淡だ。なのに他の女が産んだ君を秘蔵っ子扱いしている。もしかしたら将来、自分の子より君を引き立てるかもしれない…それで君を排除しにかかった。こんな所でしょう?」


 妻を取るか、息子を取るか、彼は板ばさみとなって悩んでいたことだろう。


「それであんたは、家をでてここにきた、と?」


 灯紫様が目を細めて聞く。


「はい。父上はいつも、千寿さまの舞はすばらしい、お前ももっと精進しろと言っておりましたので…」


「ふぅん…あんた、どのくらい踊れるんだい?」


「…千寿様には及びませぬが…父はよく褒めてくださいました」


「夢政様がねえ・・・」


 とその時、スッと音も立てず障子が開いた。


「良いのではないですか。千寿の禿につければ」


「まぁ、格子に禿ひとりついてないってのもウチの外聞がわるいしねぇ…」


 灯紫様が思案顔でつぶやく。


「待ってください、本当の禿ならともかくこの子は男の子ですよっ!」


 危ない流れを察した千寿は抗議した。


「そんなの着物きりゃわかりゃしないよ」


「そうそう、大体千寿は俺が男ってのにもぜんぜん気づかなかったじゃねえか」


 梓もけしかける。


「そ、そんな横暴な…」


「千寿、今日からこの子、任せた」


 ばしっと灯紫様が宣言した。


「あ、ありがとうございます!千寿様、よろしくおねがいします!」


 松風もじっとみている。こうなれば、従うほかあるまい。


「…わかりました。お引き受けいたします…」


 体よく厄介ごとを押し付けられた気がする。千寿がため息をひとつつき、話し合いはお開きになった。


「ほーら、俺の言ったとおりになった」


 渡り廊下の角で、梓が千寿に言いかけた。


「心おきなくさっきの続きをやんなよ。なんなら、手伝ってやろうか?今、夜中だし」


「結構ですっ」


 からかうだけからかうと、梓は自室へ消えてしまった。千寿と少年の間の空気を、木枯らしがひゅっとゆらす。少年は奇跡的に禿になるのを許され、紅潮した頬で千寿を見上げている。そんな少年を見ると、千寿の胸に痛々しい思いが沸き起こった。


「ここの暮らしは、辛いことばかりだよ。それに生きて出られる保障もない」


「いいんです、僕は…」


 言葉とはうらはらに、少年の眦からは大粒のしずくがあふれていた。


「帰りたい?」


 千寿はすかさず一番辛いと思われる問いかけをするが、指は、そのしずくを優しく指先で掬い取っていた。


「…に、決まってるよね」


 少年と千寿の眼差しが絡み合う。


「・・・私も、そうだったから」


 同じ痛みを持ったもの同士、ここでたしかに心が通い合ったのだった。







 急なことで部屋がなく、千寿の奥座敷に二つ布団をならべた。2人とも横になったはいいものの、隣からは泣いている気配がする。


「…大丈夫?」


「すみません…静かに…します…っ」


 少年が嗚咽を押し殺しながら言った。


「…夢政様には何て言って出てきたの?


「何も…ただ手紙だけを置いてきました。お別れの」


「…そっか」


 千寿は胸が痛んだ。夢政はあんなに悲しんでいた。このことを言うべきではないだろうか…


「あのさ、今からでも遅くないから、夢政様に…」


 しかし千寿が言い終える前に必死にさえぎられた。


「それだけは、それだけはどうか…!」


「なぜ?夢政様は必死で君を探してるんだよ。聞いていたでしょう?」


「それでも、駄目なんです。僕が居ては家がおさまらない。それに…」


 言いかけて少年はためらった。千寿は続きを促した。


「あの時父上が、自慢の息子だって千寿様に言ってくれた…それだけでもう、いいんです。それが聞けて、良かった」


 その言葉には、決心が感じられた。千寿が今何を言ったところで、それが揺らぐことはなさそうだった。本人が決めたことだ。千寿はそう思い説得をあきらめた。


「…そういえば君、名前は?」


「あっ、名乗っていませんでしたね…すみません。幸政と、申します」


「ゆきまさ、ね…じゃあゆきって呼べばいいかな」


 ゆき。きっと夢政は、雪のような肌のこの少年を、深く愛していたのだろう。引き受けてしまったからには責任がある。夢政には及ばないかもしれないが、今日から弟分として彼を育てよう。

 ふいに彼がぎゅっとしがみついた。千寿は無意識に身構えた。


「どうしたの、ゆき…?」


「千寿さま…父上の香りがします…」

何を言うかとおもったら、そんなことか。匂いはおそらく今日の移り香だろう。少し拍子抜けして、笑う。


「千寿さま、じゃなくて普通にねえさん、でいいよ」


「千寿…ねえさん…」


 一瞬ためらったが、千寿は布団の中でゆきと向き合った。


「なに?」


「ありがとうございます。僕を…拾ってくれて」


 その言葉に千寿は微笑んだ。が、口は厳しく言った。


「お礼を言うのはまだ早いよ。明日から禿の仕事をきっちりやってもらうから、そのつもりでね」





(これからは、勤めから帰れば、この子が部屋を暖めて私の帰りを待っているんだろうか…)


 そう考えるのはすこしくすぐったい思いだった。今まで部屋に帰れば一人で、友達といえば鈴鹿しかいなかった。


(それと、この子が一人前になれるようしっかりしなければ)


 いつもは、布団の中でこんなこと考えない。疲れきって眠りに落ちるか、鬱々と考えるかのどちらかだ。だが今夜は、自分でも驚くほど前向きな気持ちだ。


 こんな気持ちになるのは、久々だ。ゆきの小さな体に布団をかけ直しててやると、不思議と自分も満たされたような気持ちになる。


 すでに寝入っている寝顔は無垢で、必死で千寿に訴えかけていた面影はすっかりなりを潜めている。行き場を失い、話でしか知らない自分を頼りにきたのかと思うと捨てて置けない気がした。自分のような目にはあわせたくない、という思いも。


(私って、何てちょろいんだろう。もう完全に情がうつったな…)


 ふっと笑みをこぼし、千寿も眠りについた。

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