ひどい目

小達出みかん

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恋愛成就のご商売(4)

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次の日の朝。千寿は先に起き、純四朗の衣装を整え彼を起こした。


「だんな様…もう、朝です」


 純四朗はまぶしげに千寿の顔を見上げた。


「もう、朝か…」


 朝日の中たたずむ彼女は神々しく、純四朗は思わず手を合わせた。


「…なにを拝んでいらっしゃるのですか?」


 彼女は困ったように微笑んだので、純四朗は拝んだまま言った。


「あんまりにも綺麗だから」


 千寿はますます困ったように眉を寄せた。


「…そんなおだてたって、お茶くらいしか出せませんよ」


「おっ、姫の茶をいただけるのか」


 機嫌よく言う純四朗を、千寿は控えめにたしなめた。


「…姫と呼ぶのはどうかおやめ下さい。私はただの…千寿なのですから」


 ここぞとばかりに純四朗は反論した。


「ならば姫も「旦那様」ではなく俺を名前で呼ぶべきだろう?」


「…わかりました。純四朗さま。さ、お茶をどうぞ」


 千寿はそういって茶托を差し出した。


「ああ頂くよ…千寿」


 一服する純四朗に、千寿はおずおずと切り出した。


「あの…例のこと、なんですが…」



 千寿が「彼」の事をほのめかすと、純四朗の幸福そうな笑みが、たちどころに曇った。まわりくどいことが嫌いな彼は直球を投げた。


「千寿は、まだあの男の事が好きなのか?」


 千寿は一瞬言葉につまったが、すぐすらすらと嘘が出てきた。


「違います。ただ、知りたいだけなのです。あの家がどうなったのか、心配で…」


 その嘘を純四朗が信じたかどうかはわからない。だが、彼は重い口を開いた。


「数年前だったかな…あの奥方も死んだ。詳しい原因はわからないが病死らしい。葬儀も内々で済ませた

そうだからな」


 そうか、あの母は死んだのか。千寿は複雑な思いだった。恨んでないといえば嘘になる。だが嬉しいも思わない。彼女は彼女で、きっと辛かったのだから…。


 そして、彼はどうなったのか。両親が死んだのなら、家督は彼が継いだはず。嫁とりだってしなくてはならないはずだ。


「では…家督は、誰が…」


「嫡男はどこぞの娘と祝言を挙げていたな。たしか、商家の娘だったか…」


 あの家で。一緒に育ったあの家で。今は他の女と一緒に暮らしているのか。


「…そう、ですか…」


 喜ばなくてはいけない。彼は今きっと、その娘と幸せに暮らしているのだから。

 だがやはり、辛いものは辛い。彼と一緒になりたかったのは他ならぬ私だったのに。


「千寿…」


 無言でうつむいている千寿は無表情だが、衝撃を受けているのは間違いなかった。その姿はただ哀れで、嫉妬も一瞬消えたほどたった。


「俺が言うのもなんだが…その、あまり気を落とすなよ」


「え…」


 千寿がはっと我にかえり顔を上げると、悲しいくせに笑っているような表情の彼に頭をくしゃっと一撫

でされた。


「男なんて、星の数ほどいる。…俺とかな」


 そのへたくそななぐさめ方に、千寿は思わず笑ってしまった。


「何を笑うんだ、この」


「いえ…すみません、純四朗さまにとっても私は星のひとつなのでしょうか?」


 笑いながら戯れ半分にそういうと、純四朗は真剣な顔になった。


「いいや、俺は今は、千寿ひとすじだ」


「またまた、そんな…じゃあ未来はわかりませんねえ」


 千寿がまぜっかえすと、純四朗は驚いたようだった。


「千寿…けっこう意地悪な事も言うんだなあ」


「そんな驚かないでくださいよ!私だって、人間ですからね」


「昨夜はまるで人形のようだったがな…」


 純四朗がにやりと笑って言い返した。千寿はぐっと詰った。


「いや、いろんな顔を発見してしまったな。…そういえば、千寿の舞を見逃したな」


「そういえば、そうですね…」


 揚屋の宴では、いつも客に舞いを披露するのだが昨夜はお互いそんな余裕がなかった。


「次は、ぜひ。私も見ていただきたいです」


 自然とそんな言葉が出た。


「また来てもいいのか?」


 純四朗はにやりと笑って顔を近づけた。


「喜んで。次は…ちゃんとしますから…」


「ほう。ちゃんととは、何を?」


「もう!やめて下さいよっ」


 千寿は赤くなってそっぽを向いた。そんな姿を見て純四朗は嬉しそうに笑った。


「でも…きてくれて、ありがとうございました」






 上機嫌で純四朗は帰ってゆき、千寿はとりあえずほっとした。大門の見送りを終えふっと息をつくと、後ろから逸郎がやってきた。


「お疲れさまです、千寿さん」


 昨日の殺伐とした空気を読んでいた逸郎は、心配そうに千寿に声をかけた。それを察した千寿はわざと元気よく言った。


「さ、帰ろっか」


 まだ日は明けきっていない。長い仕事だった。帰り道はいつも落ち込むが、今日はなおさらだ。歩きながら堰きとめていた「彼」への思いがあふれ出す。


 彼はどんな姫と、どんな生活を送っているのか。私の事などもう忘れたのか…。私は、今でも、こんなに想っているのに…。千寿は必死に涙をこらえた。


 彼は太陽でも月でもない。星の中のひとつ…。そう思える日がくるのは、まだ先のようだった。
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