ひどい目

小達出みかん

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新人遊女

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あずさ・・・また来るからね」


  最後のくちづけをかわしたあと、客はなごり惜しげに部屋から出ていった。

 足音が遠ざかったのを確認し、梓は煙管をとりだした。


(はぁ、一仕事終わった)


  ちょっと一服しようと口をつけたら、ふすまがスッと開いた。


「また見送りをサボりましたね、梓」


 そこには店の遣り手やりて、松風が立っていた。


「客のほうがいいっていうから、いいんだよ。ったく口うるさいんだから・・・」


「ここは下級の河岸見世とは違うのですよ?」


 松風は眉間にシワをよせて腕を組んでいる。普段は目立たないがその顔面には大きく斜めに傷が入っていて、すごむと恐ろしい形相になる。これ以上怒らせないほうが良さそうだ。

 だが梓にも言い分がある。


「知ってるって。これはそういう手管てくだなの。もう立てないほどくたくたです、って演出して客をよろこばせてやってんの」


 ニヤリ、と笑って梓は煙草をふかした。


「・・はぁ。早く支度なさい。次の客が待ってますよ」


「はいはーい」

 一服する暇もありゃしない。梓はしぶしぶ立ち上がった。


「次の客は初会(初めての客)ですから、しゃんとしてくださいね?」


「え、初会?めんどうだなあ…。どんな奴?」


 松風は梓を冷たく見やった。


「もう外ですよ。その言葉遣いをおやめなさい・・・。まったく、もっと品があれば、まだ水揚げして間もない娘にお職を横取りされそうになることもないでしょうに」


「はん、なんだよ、穴がありゃいいってもんじゃっ・・・・うっ!」


 松風の裏拳が梓のみぞおちに入った。


「だからそういう品のない言葉を控えなさい」


 道を行く人々がちらちらと二人を見ている。彼らの目には、華やかな遊女が店の者を従えて歩いてるように見えるだろう。だが実際は男同士がドつきあっているだけだった。

 くやしいが痛いので、梓は言葉を改めた。


「す・・・すみませんでした・・・」







「ただいまァ、すぐ次いくから支度よろしく」


「はい、梓さん!」


 出迎えた秀かむろにいいつけ、ぼやきながら部屋に向かう。


「しっかし、紋日だってのに初会なんて…はぁ…めんどいなぁ…」


 渡り廊下にさしかかると、向こうから鮮やかな着物をまとった少女が現れた。


「あ、千寿せんじゅ


「梓さん」


 この見世で一、二を争う売れっ子の梓と、それを追い上げつつある千寿はしばし向かい合った。

 真紅の着物は見事だったが、千寿が着ていると子供っぽさが増しているように見えた。


「まぁ~豪華な着物だねぇ。似合ってるじゃん、赤いおべべ」


「っ・・・・失礼します!」


 かちんときたのか、千寿は梓を通り越そうと足をふみだした。


「悪い悪い、褒めたんだよ」


「梓さん、今日は忙しいんでしょう」


 千寿はじとっと上目遣いでにらんだ。


「まぁねー。客がつきっぱなしで一服する暇もないよ」


「紋日ですものね」


「そうそ。必ず客をとんなきゃいけない日。新人は心配ないだろうけどさ」


「梓さんこそ」


「あんたはどう?これから仕事?」


「はい、まあ・・・・」


 梓はちょっと悪戯っぽい目つきで千寿に迫った。


「あんたって、客の前ではどう鳴くの?」


「なっ・・・・!」


 千寿は目を白黒させた後、憤然とした表情で言い放った。


「そんなこと、言う義理ありませんっ!」


 早足で去っていく千寿を見ながら、梓はくっくっと笑った。


「おもしろいな~、あいつからかうの」


 鮮やかな赤をまとった細い後姿は、あどけない少女のように見える。しかし、元は舞姫だったという千寿はああ見えて入ってすぐ人気になった。いったい客の前では、どんな顔をみせているのだろう。 梓はそれが気になるのだった。


「…あんな色気も愛想もなくて、ねぇ…」


 そして、梓の正体に気がついたらどんな顔をするだろう。


 久々に、いい玩具がやってきたものだ。そう思うと笑みが止まらない梓だった。

い。

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