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一番怪しい容疑者は
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駆けつけてきた警官に事情を話した。すぐ警察署まで連れていかれ、しばらく拘束された。家に帰れた頃には日が暮れていた。
三日後、再び署に呼ばれた。取調室に連れ込まれ、乙川警部補という刑事と対峙した。昨日もこの人に事情聴取された。
乙川は深く息をついた。
「長話もなんですから単刀直入に言いましょう。一番怪しい容疑者は堀北晴さん、あなたなのですよ。どう思われます?」
心底驚いた。警察というのは無能なのか。僕は愛する恋人を失ったんだぞ。よくもこんなことをいけしゃあしゃあと口にできたものだ。
「僕は犯人じゃありません。加害者ではなく被害者です」
乙川は何かを見定めるように眼光を鋭くさせた。本気で疑われているらしい。
思いきって尋ねた。
「僕を疑うのであればそれ相応の根拠があるはずですよね。でないと人でなしと言われてもしかたがないと思いますよ」
いやにも口調がとがってしまう。乙川は顎に手を当ててしばし考えている様子だったが、まもなく口を開いた。
「こういうことを被疑者に話すのはご法度なのですが、特別に教えてあげましょう。姫宮氷雨さんの家に監視カメラがついているのはご存じです?」
「はい、知っています」
氷雨は両親の反対を押しのけて今の家にやってきた。そのときに両親と交わした条件が、「絶対に家に誰もあげないこと」と「監視カメラを取りつけること」だったそうだ。生前の彼女が少し悲しげな目で語っていたのは今でも思い出せる。
乙川が居住まいを正した。
「単純な話です。監視カメラには事件発生までの3週間、夏祭りの日の姫宮さん以外に誰一人として映っていませんでした。となれば、彼女に普段から容易に接触できるあなたが、毒を盛った食事をプレゼントした。そういう推測が成り立つのは自然でしょう」
僕はイライラしてきた。
「動機がありませんよ。僕が氷雨を殺すわけないじゃないですか」
乙川はため息をつく。
「恋愛感情なんて、1分1秒でコロコロと変化するものです。痴情のもつれによる殺人など日本では日常茶飯事です」
話している言語が違うのではないかと思えてきた。全く話が通じない。
「というか、氷雨は本当に毒殺だったんですか」
「今後の検視次第です。外傷や絞殺の痕などはありませんから毒殺が濃厚ですが。あなたが現場で推測したのと同様です」
「ふん。僕を疑うのは時間の無駄ですよ。考え直したほうがいいと思います」
「それはどうでしょうかね。姫宮さんの家についていた姫宮さん以外の指紋は、あなたが窓につけたものと一行日記につけたものだけでした。これも今後の捜査次第で変わるかもしれませんが、大まかにはこのままと見ていただいていいでしょう」
「それが何なんですか」
「あなたは犯人を捕らえる手がかりを見つけるために一行日記に触ったと昨日言ってましたよね」
「そうですけど」
「ですが普通の人間はそんなことはせずに通報するものです。だから我々はあなたの証言に疑いを向けざるを得ないわけです」
なんということはない。僕は全部本当のことをしゃべっただけだから、全ては警察側の邪推だ。僕は本当に犯人を捕まえたくて手がかりを探したにすぎない。それ以上でも以下でもなかった。
僕が次の言葉を発しようとすると、乙川に遮られた。
「8月20日の15時から21時ごろ、何をされていましたか?」
今度はアリバイ確認と来たか。アリバイなどもちろん確保しているはずもない。
「その時刻はずっと家にいました。スマホを触っていたかテレビを見ていただけです」
乙川は疑り深い目で眺め回してきた。
「そうですか。ふーむ、アリバイはなしか。今日のところは家に帰っていただいて結構ですが、証拠隠滅やその他の疑われる行為は絶対にしないことですね。あなた自身のために言っています」
終始失礼極まりない取り調べだった。なんとしても本当の犯人を見つけ出してやる。
僕は取り調べのあと、歩いて家まで帰った。尾行がついているのには気づいていた。
家に入っても落ち着かなかった。玄関の外にはずっと警官が張り込んでいる。プライベートも何もあったものじゃない。
迂闊に外には出られない。もはや僕には頭で考えることしか残されていなかった。
まず考えるべくは、氷雨の死因だろう。死因すら分からなかったら、犯人がどんな行動を取ったのか糸口が掴めない。
氷雨が8月20日の欄に遺した「今日昼ごはんに食べたカレーがとても辛かった。翌日もずっと辛いのが続いている。」という2つの文。この文字列は脳裏に焼き付いている。
乙川警部補は8月20日の15時から21時のアリバイを尋ねてきた。ということは死亡推定時刻がその辺りということだろう。
ならば、8月20日の翌日は8月21日。すでに氷雨は亡くなっている。……どういうことだ。この日記は8月20日に書かれたわけではないのか?
しかし、たしか8月19日までの日記も丁寧に埋められていた。だから、書く日にちの行が途中でズレたということもないだろう。
頭に靄がかかってよく分からない。そこで、一度日記の内容を紙に書き起こしてみることにした。
じっと眺めていると――。
まさか。そういうことだったのか。
死因不明の氷雨の遺体。監視カメラに誰も映っていなかった密室殺人。氷雨を死に至らしめた真犯人。
全ての謎はこの2文に繋がっていたのだ。
そして同時に気づく。僕の命も極めて危ないことに。そして、これが明るみに出たら、日本中がパニックに陥ってしまうかもしれないことに。
三日後、再び署に呼ばれた。取調室に連れ込まれ、乙川警部補という刑事と対峙した。昨日もこの人に事情聴取された。
乙川は深く息をついた。
「長話もなんですから単刀直入に言いましょう。一番怪しい容疑者は堀北晴さん、あなたなのですよ。どう思われます?」
心底驚いた。警察というのは無能なのか。僕は愛する恋人を失ったんだぞ。よくもこんなことをいけしゃあしゃあと口にできたものだ。
「僕は犯人じゃありません。加害者ではなく被害者です」
乙川は何かを見定めるように眼光を鋭くさせた。本気で疑われているらしい。
思いきって尋ねた。
「僕を疑うのであればそれ相応の根拠があるはずですよね。でないと人でなしと言われてもしかたがないと思いますよ」
いやにも口調がとがってしまう。乙川は顎に手を当ててしばし考えている様子だったが、まもなく口を開いた。
「こういうことを被疑者に話すのはご法度なのですが、特別に教えてあげましょう。姫宮氷雨さんの家に監視カメラがついているのはご存じです?」
「はい、知っています」
氷雨は両親の反対を押しのけて今の家にやってきた。そのときに両親と交わした条件が、「絶対に家に誰もあげないこと」と「監視カメラを取りつけること」だったそうだ。生前の彼女が少し悲しげな目で語っていたのは今でも思い出せる。
乙川が居住まいを正した。
「単純な話です。監視カメラには事件発生までの3週間、夏祭りの日の姫宮さん以外に誰一人として映っていませんでした。となれば、彼女に普段から容易に接触できるあなたが、毒を盛った食事をプレゼントした。そういう推測が成り立つのは自然でしょう」
僕はイライラしてきた。
「動機がありませんよ。僕が氷雨を殺すわけないじゃないですか」
乙川はため息をつく。
「恋愛感情なんて、1分1秒でコロコロと変化するものです。痴情のもつれによる殺人など日本では日常茶飯事です」
話している言語が違うのではないかと思えてきた。全く話が通じない。
「というか、氷雨は本当に毒殺だったんですか」
「今後の検視次第です。外傷や絞殺の痕などはありませんから毒殺が濃厚ですが。あなたが現場で推測したのと同様です」
「ふん。僕を疑うのは時間の無駄ですよ。考え直したほうがいいと思います」
「それはどうでしょうかね。姫宮さんの家についていた姫宮さん以外の指紋は、あなたが窓につけたものと一行日記につけたものだけでした。これも今後の捜査次第で変わるかもしれませんが、大まかにはこのままと見ていただいていいでしょう」
「それが何なんですか」
「あなたは犯人を捕らえる手がかりを見つけるために一行日記に触ったと昨日言ってましたよね」
「そうですけど」
「ですが普通の人間はそんなことはせずに通報するものです。だから我々はあなたの証言に疑いを向けざるを得ないわけです」
なんということはない。僕は全部本当のことをしゃべっただけだから、全ては警察側の邪推だ。僕は本当に犯人を捕まえたくて手がかりを探したにすぎない。それ以上でも以下でもなかった。
僕が次の言葉を発しようとすると、乙川に遮られた。
「8月20日の15時から21時ごろ、何をされていましたか?」
今度はアリバイ確認と来たか。アリバイなどもちろん確保しているはずもない。
「その時刻はずっと家にいました。スマホを触っていたかテレビを見ていただけです」
乙川は疑り深い目で眺め回してきた。
「そうですか。ふーむ、アリバイはなしか。今日のところは家に帰っていただいて結構ですが、証拠隠滅やその他の疑われる行為は絶対にしないことですね。あなた自身のために言っています」
終始失礼極まりない取り調べだった。なんとしても本当の犯人を見つけ出してやる。
僕は取り調べのあと、歩いて家まで帰った。尾行がついているのには気づいていた。
家に入っても落ち着かなかった。玄関の外にはずっと警官が張り込んでいる。プライベートも何もあったものじゃない。
迂闊に外には出られない。もはや僕には頭で考えることしか残されていなかった。
まず考えるべくは、氷雨の死因だろう。死因すら分からなかったら、犯人がどんな行動を取ったのか糸口が掴めない。
氷雨が8月20日の欄に遺した「今日昼ごはんに食べたカレーがとても辛かった。翌日もずっと辛いのが続いている。」という2つの文。この文字列は脳裏に焼き付いている。
乙川警部補は8月20日の15時から21時のアリバイを尋ねてきた。ということは死亡推定時刻がその辺りということだろう。
ならば、8月20日の翌日は8月21日。すでに氷雨は亡くなっている。……どういうことだ。この日記は8月20日に書かれたわけではないのか?
しかし、たしか8月19日までの日記も丁寧に埋められていた。だから、書く日にちの行が途中でズレたということもないだろう。
頭に靄がかかってよく分からない。そこで、一度日記の内容を紙に書き起こしてみることにした。
じっと眺めていると――。
まさか。そういうことだったのか。
死因不明の氷雨の遺体。監視カメラに誰も映っていなかった密室殺人。氷雨を死に至らしめた真犯人。
全ての謎はこの2文に繋がっていたのだ。
そして同時に気づく。僕の命も極めて危ないことに。そして、これが明るみに出たら、日本中がパニックに陥ってしまうかもしれないことに。
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