次女ですけど、何か?

夕立悠理

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小学生編

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最近、夢を見ることが増えた。
 夢に見るのは、いつもただ、一人のことだ。私には、もうどうしようもないけれど、幸せであって欲しいと思う。いい加減、忘れるべきなのだろうか。でも、今の私にはそうするのは難しい。

 ――バタンッ
 かなり大きな音がして、振り返ると姉だった。ノックもなしに入ってくるとは、なかなかの暴挙である。今度はいつプールに行ってやろうか、と考えていた計画表を引き出しの中にさりげなく仕舞う。姉の前であの人のことを考えるのは、少し後ろめたかった。その後ろめたさを誤魔化すように笑うと、姉は不可思議なものを見るように目を細めた。

 「……何かあったの?まあ、なんでもいいわ。はい、これ」

 渡されたのは一枚の招待状だった。
「なんですか?」
「この前言ったでしょう。近々あなたを招待するって」

 なんだ忘れたのか、と言わんばかりの目だが、私としては全く持って身に覚えのないことである。
 私が首を傾げると、姉は呆れたように溜息をついた。

 ■  □  ■

 姉に渡されたものは、どうやら、生徒会の親睦会という名のつくパーティの招待状だった。
 今、目の前にはきらっきらしい衣装を身にまとった男女が談笑している。

 ちなみに現在、私は生徒会には入っていない。なら、なぜこのようなパーティに呼ばれているのか?
それは、二学期に入ったら、私も生徒会――正確に言えば生徒会執行部――の一員になるからである。姉から、昨日聞いた。

 もちろん、進んでなりたいとは思わない。前世では、食べるのが早いから、という何とも適当な理由で押し付けられた給食委員しかなったことのない私である。給食委員長ですらない。断固、拒否したい。でも、拒否することは許されないらしい。

 でも、中等科に上がれば生徒会を抜けることもできるようなので、その時はさっさと抜け出そうと思う。

 鳳海学園は、初等科、中等科、高等科なるものがある。あと付属の大学があるが、それは今関係ない。
 中等科、高等科は外部受験が可能だ。つまり、初等科のような生粋のお金持ちでなくとも、入学することが出来る。鳳海学園の学費は高いため、普通の家庭でも受験できるように、特待生制度もあるくらいだ。
 で、初等科と言えば、百パーセントお嬢様とお坊ちゃんしかいない。

 学園では礼儀やマナーと言った教養を身につけるため、そうなることは考えにくいが、お嬢様とお坊ちゃんがわがままし放題、となる可能性がある。そうなることを避けるため、初等科の生徒会のみ、選挙ではなく、家柄で役員が選ばれる。学園で勝手なことをすると、そいつらが黙ってない――ひいてはその背後にいる家が黙っていない――という抑止力になるのだという。

 でも、その生徒会がわがままし放題だった場合はどうするのだろう。意味ないと思うけど。


 今日のパーティに呼ばれる=アナタ生徒会に入るからね、ということらしい。

 「赤田様は、どういったことがお好きなの?」
「まだ趣味、と呼べるほどの腕前ではありませんが、ヴァイオリンを……」

 ちっ。思わず舌打ちが漏れてしまった。

 何となく、予想はしていた。でも、これとそれとは話が別だ。
 前川と赤田もパーティに来ている。

 そして、一応今回の主役は私たち。中心に集められて、あいつらとこのパーティを乗り切らなければならない。

 相変わらず、大魔王こと前川の機嫌は最悪だった。なんで俺がこんな面倒なことをしなければならない、という空気がダダ漏れだ。

 少しは上級生に気を使うということを知らんのか馬鹿者め!

 そう罵りたいが私も人のことを言えたものではないし、年上のお姉さま方はそんなクールなところもス・テ・キ。だそうだ。
 クマの件で脅してやろうかとも思ったけど、前川の隣にいる赤田に目をつけられたらまずいので、黙っておいた。不機嫌な前川とは対照的に、赤田はずっとハチミツに砂糖をぶちまけたような顔でにこにこしている。前川の失礼な態度に誰も咎めないのは、赤田のお蔭でもあるのだろう。

 私は、赤田は前川の親友などではなく保護者おかんなのではないかと、少し疑っている。


 ■  □  ■

 前川にも何人か上級生が話しかけていたが、どれも別に、や興味ない、と言った冷めた回答だったので、上級生たちも前川に話しかけるのは早々に諦め、少し離れた場所で見守ることに決めたようだった。イケメンは、遠くから眺めるのにかぎるということに気付いたのだろう。実に賢い選択だと思う。
 どんな質問にも、笑顔で答えていた赤田の周りには更に人が増えた。赤田をぐるっと取り囲んでいる輪は次第に大きくなり、いつの間にか中央にいたはずの私と前川は隅に追いやられた。

 いつもなら、これで気兼ねなく料理が食べられる!と大はしゃぎするのだろうが、隣にいるのは前川だ。話かけてはこないものの上級生の視線は未だに注がれている。何よりも沈黙が気まずいので、さっさと場所を移動しよう。

 「……おい」

 私が話しかけられたのだと気付くまで、たっぷり十秒はかかった。
「……何でしょうか、前川様」
あまりにも重々しい口調に、クマのクレームだろうか、と身構える。返品するなら喜んで受け取るつもりだ。でも、前川の口から出てきたのはそういう言葉ではなかった。

 「お前は、自分の姉に何か思うことはないのか」
「……それは、どういう意味でしょうか」
何の脈略もなく言われた言葉に、思わず漏れそうになった言葉を飲み込んで前川の視線の先を見て、納得した。ああ、なるほど。そういうことか。

 なるべく見ないようにしていた、一角には今日も姉の逆ハーレムなるものが作られていた。
 姉は中心で優雅に微笑み、それを見た逆ハーレム要員は溜息をもらしている。姉が意図して作ったのではないだろうけど、何というか、あまり見たくはない光景だ。

 「姉というか、この学園の未来が少し不安ですね」
「あれが会長だからな」


 「……は?」

 少し大きな声を出してしまったが、それは仕方ないことだと思う。そんなことを言われたら誰でも耳を疑うだろう。

 「お前、知らなかったのか?」

 信じられないような目で前川に見られた。確かに、よく壇上で話をするし、入学式の時も挨拶をしていたような気がするが、ただ目立つからという理由かと思っていた。

 「……赤薔薇」
ぼそりと呟かれた言葉に首を傾げた。
「レッドローズという名を聞いたことは?」
「姉がときどきそう呼ばれていたなぁ……と」
赤薔薇様と呼ばれていた気がするような、しないような。

 「赤薔薇は代々初等科生徒会の会長に受け継がれる二つ名だ」

 へぇ、と声を漏らすとギリ、と睨まれた。「この無知女が」と言われているような気がするのは気のせいではないと思う。事実なので何も言えない。


 「あれ、じゃあ青薔薇ブルーローズというのは……」
確か、誰かがブルーローズって言っていたような気がする。

 「ブルーローズは、副会長に受け継がれる二つ名だ。ほら、あそこにいるメガネの……」
前川の視線を辿った先にいたのはメガネ先輩だった。メガネ先輩がそんな大物だったとは。よかった、失礼な態度をとらな……いや、すでにとったような気がしないでもないけど、大丈夫だ。きっと。

 まてよ。メガネ先輩は確か三年生で、姉は二年生のはず。いくら家柄があろうとも、さすがに会長や副会長は五年生や六年生がなるのではないだろうか。

 そういう思いで、ちらと前川を見ると、深い溜息を洩らした。

「あの状態で会長が別の人間だったとして、機能すると思うのか?」
「……ああ」

 姉の逆ハーレム構成員は、姉の言うことぐらいしか聞かないだろう。かなりいいとこでのお坊ちゃんであるメガネ先輩は、姉の信奉者だ。姉に近づきたくて、権力をちらつかせた――ということだろう。

 それにしても、前川がここまで親切に解説してくれるとは、何か変な食べ物でも食べたのだろうか。私は、そう尋ねようとしたが、それが叶うことはなかった。

 私は一人の女子生徒に目が釘付けになったからだ。

 女子生徒は、姉の方へ駆け寄った。艶やかな黒髪がはらりと宙に舞う。
 姉に女友達がいたのか、羨ましい。というわけではない。少しそれもあったが、そうではなかった。私が釘付けになったのは彼女の容貌だ。

 「……今、お前の姉に駆け寄っていったあの女――」

 前川にとっては、そちらが本題だったようだけど、私の耳には全く入ってこなかった。

 先ほどちらりとしか見えなかった顔が何を思ったのか、振り向いた。

「……ッ!?」


 その時の私の表情はひどく狼狽したものだっただろうと思う。

 ――私は、一人だけ。姉以上に完璧な人を知っている。姉が赤薔薇だというのなら、あの人は白百合だ。

 艶やかな黒髪、何もつけなくとも桜色をした唇、そしていつも穏やかに微笑んでいた顔。
 先ほどはよく似た別人だろうと思った。けれど、その顔を別人と呼ぶにはあまりにも私の知っているものとそっくりだった。


 「なんで……」
なぜ、貴方がここにいる?

 もう二度と会うことはない、とそう思っていたのに。それとも、これも夢なのだろうか。

「ね……え……さん」

 姉さん。なんで。

 掠れた声でつぶやいた言葉は、前川に届いたらしく怪訝そうに眉を潜めた。

「お前の姉がどうかしたのか?」

 違う、姉じゃない。私は姉のことを姉さんとは呼ばない。私がそう呼ぶのは今も昔もただ一人だ。
 その言葉には答えず、混乱する頭を押さえ、微笑んだ。ともかくこの場に居続けるのは得策ではない。


 「……少し、体調が優れないので失礼しますね」

 前川にそれだけ言って、足早にトイレに向かった。
 個室に入り、カチリと鍵をかける。胸が早鐘のように脈打っていた。


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