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小学生編
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部屋中に響き渡ったアラーム音に、顔を顰めて飛び起きた。
「!!……は」
なぜか、頬が濡れていたのでそれをぬぐった。
いつもよりも遅い時間に首を傾げる。時計の設定時間がギリギリになっている。いや、それよりもなぜ、誰も起こしに来なかったのだろう。この時間だと遅刻してしまう。焦るように視線をカレンダーに向けて気づいた。
ああ、そうか。今日から、夏休みだ。
「……どんな夢、だったっけ」
一気に脱力するのを感じながら、頭を押さえる。泣くような夢ではなく、とても懐かしい夢だったはずだ。ほんの少し前まで、見ていたはずなのにもう消えかかっている。どうにか、思い出そうとしたけれど無理だった。仕方ない。休みだし、もう一眠りしてしまおう。再びシーツに体を沈めようとすると、ノックもなしに扉が勢いよく開け放たれた。
「楓ちゃん、アラームもなったし起きているでしょう。……あら、二度寝とは感心しないわね」
視線だけをそちらに向けると、姉が仁王立ちをしていた。
無視して二度寝に入ろうとすると、シーツをひっぺがされた。
最近、姉のお淑やか、という評価をお淑やか(外面限定)にしようかと真剣に悩む。漫画では、もっと清楚でお淑やかだったはずなのに、現実は少し違うらしい。
私が再び寝ることを防止するために、姉はぽいっと、シーツを放り投げて、女でも見とれるような笑みを浮かべた。
「出かけるわよ」
■ □ ■
夏だ、プールだ、夏祭りだ!……ということで、現在私たちは、プールに来ている。
でも、私にしてみればこれはプールとは言わない。この人口密度はプールじゃない。プールとはもっと人があふれ、いかにして空きスペースを探し楽しむかが醍醐味のはず。
それなのに、このプールはちらほら人がいるが、私が知るプールに比べて圧倒的に人が少ない。
会員制のプールとかいうヤツだ。泳いでいるのは、みんなお金持ちだけ。
姉は、そのお金持ちの子供たちの視線をたくさん集めていた。いや、姉だけではない。姉の近くで浮き輪をつけ、楽しそうに浮かんでいる、我が家のお姫様二号――……、私の妹であり、『三女の彼女』のヒロインである道脇桃どうわきもももだろう。
父と母はその様子を近くで微笑ましそうに見守っていた。
今は、道脇桜の妹、という視線で見られることが多いが、あと二年後にはそれに道脇桃の姉という視線も加えられるのだろう。
そんなことを思いながら、ぼーっとしていると、ちょんちょんとつつかれた。
「楓さんは、泳がないの?」
下に視線を落とすと、いつの間にかプールから上がっていたらしい妹だった。
道脇家で一番強は姉だ。次いで妹。妹は、姉を一種の神様だと思っているらしく、姉を崇め、何かと姉と一緒にいたがる。さっきのプールもそうだ。
妹は、姉のことを桜お姉様と呼んでいる。そして、私は楓さん。私もお姉さんらしい振る舞いを妹に対してしたか、と聞かれれば否と答えるので、姉と呼ばれずとも文句は言えない。
「桜お姉様は、あんなに上手に泳いでいらっしゃるのに」
プールで、姉がクロールをしていた。綺麗なフォームだ。とても小学二年生には思えない。
妹は、私と姉を比べたがる。そして、姉と比べて劣る私を見て、ああやっぱりという顔をするのだ。
「……私と話すより、お姉様に泳ぎ方を教えて頂いた方が有益ではないかしら」
それだけ答えて、背を向けた。妹は、まだ何か言いたげだったが、気にしない。
「……はぁ」
妹が入学してくる二年後はさらに面倒になりそうだ。今世になって、どうも私は溜息をつくことが増えた。溜息をつくと、幸せが逃げていくと聞いたことがある。
溜息は少し控えようとは思っているものの、つい漏れてしまう。もっと気を付けないと。そう思いながら、足を動かした。
姉が泳いでいる場所以外にもプールはある。姉が泳いでいるのはメインプールだから、少し人が多い。端っこにある小さなプールで泳ぐことにしよう。
泳ぐこと自体は嫌いじゃない。
軽く準備運動をして、プールに入った。ひんやりとした水が肌に心地いい。
壁を蹴って、仰向けになり背泳ぎをしようとしたら、腕を掴まれ、プールサイドに引き上げられた。
「……!!ゴぼっ!!ごっほぉ!!」
水を飲んでしまいげほげほと激しく咳き込むと、心配そうな瞳と目が合った。
「楓!大丈夫?」
「淳、お兄様?どうしてここに?」
私の腕を掴んでいたのは淳お兄様だった。淳お兄様もプールに来ていたとは。知らなかった。
「どうしてって、楓が溺れていたから慌てて助けに入ったのだけど、本当に大丈夫?」
「お、おぼれ……」
おかしいな。一応泳ぎには自信があったはずなのに。
「だって、明らかに溺れかけていただろう」
「ええとですね、溺れていたのではなく、背泳ぎを……」
「あれは泳ぐとは言わない」
私が必死に誤解を解こうとしたのも空しく、淳お兄様はそう言い切って、私を他のプールに連れて行った。
「……あの」
「ここならいくら泳いでも構わないよ」
わあ、そうですねここなら足がついて安心。
でも、全く楽しくない。
淳お兄様が私を連れてきたのは、水が私の腰ほどもない高さのプールだった。どこからか持ってきた浮き輪も有無を言わさずにつけられた。これなら確実に溺れないだろう。
しかも、淳お兄様の監視つきだ。
「あの、私はもう大丈夫なので、淳お兄様はどうぞ他のプールに行ってください」
「僕がどこかに行ったらまた深いプールに移動する気だろう」
なぜばれた。私が目を泳がせると、笑われた。
「それくらいわかるよ。ほら、泳ぎ方を教えてあげるから練習しよう」
手を差し出した淳お兄様をじっとみる。私がどこかに行ってほしいのは、深いプールに戻りたいからだけではない。わからないのだろうか、さっきから随分と女の子たちの視線を集めているというのに。正直言って、その視線のせいで居心地が悪かった。
なんで、気付かないんだ。あ、そうか。この人、無自覚系人たらしだった。それなら仕方ないな、うん。
「私、教えて頂かなくとも泳げます」
「だったら、もっと上手く泳げるように教えてあげるよ」
淳お兄様は苦笑した。私は今、すごくふてくされた顔をしているだろう。自分でも可愛くないと思う。
こんな私に構わずに、姉のところにいけばいいのに。
私がそういうと、淳お兄様は微笑んだ。
「だって、僕は楓の兄だからね」
「?」
確かに従兄ではあるけど、それなら姉や妹にも言えることではないのだろうか。
私が首を傾げると淳お兄様はそういうことじゃない、と首を振った。よくわからない。
■ □ ■
淳お兄様は、優しそうな顔をしているくせにスパルタだった。
体中が痛い。
「お疲れ様」
「……ありがとうございました」
有難いが、二度と頼みたくない。私は泳げるのだ。
淳お兄様がアイスを奢ってくれた。美味しかった。とても美味しかったので、溺れている発言をされたことも忘れることにした。
淳お兄様は、一人で来ていたらしく、淳お兄様に気付いた父と母の勧めで一緒に帰った。
車の中で、別荘に一緒に行かないか、と勧められた淳お兄様は一瞬だけ私を見て、どこか遠い目をした。一週間後に軽井沢の別荘に行くことになっているのだ。
そういえば、去年も淳お兄様も一緒だったな、と思い出す。
なかなか楽しかったので、一緒にいきましょう、と誘ったら微妙な顔をされた。私は、去年淳お兄様に何かしただろうか。考えたけど、あまり思い浮かばなかった。
微妙な顔をしているお兄様を見て、なぜか必死に父と母がストッパーがどうのとか、止められるのは君しかいない、とか言っていた。
一体なんだというのだろう。そんなに暴走するようなものはなかったはずだ。
結局、父と母の迫力に圧されて淳お兄様も、別荘にいくことになった。
「本物がみたいときは、言ってくれたらちゃんと見せてあげるから」
「……?はい」
本物って何のことだろう。内心で首を傾げながら、頷いた。頷かないとマズい雰囲気だった。
楽しい夏になりそうだ。
そういえば、別荘の近くに市民プールはあっただろうか。浮き輪もつけ、水が腰までない状態で溺れかけたが、あれは高級なプールが合わなかっただけだ。普通のプールならちゃんと泳げるはず。
何とかして別荘を抜け出せないかな。
そんなことを考えていると淳お兄様と目が合った。
「何か変なこと考えていない?」
「いえ、何も」
やっぱり、淳お兄様を誘ったのは、間違いだったかもしれない。
いや、でも、淳お兄様が一緒だとお菓子が豪華になるのだ。今日買って貰ったアイスにもおまけがついていた。美形だと、それだけで得である。
夏休みはまだ、始まったばかりだ。
「!!……は」
なぜか、頬が濡れていたのでそれをぬぐった。
いつもよりも遅い時間に首を傾げる。時計の設定時間がギリギリになっている。いや、それよりもなぜ、誰も起こしに来なかったのだろう。この時間だと遅刻してしまう。焦るように視線をカレンダーに向けて気づいた。
ああ、そうか。今日から、夏休みだ。
「……どんな夢、だったっけ」
一気に脱力するのを感じながら、頭を押さえる。泣くような夢ではなく、とても懐かしい夢だったはずだ。ほんの少し前まで、見ていたはずなのにもう消えかかっている。どうにか、思い出そうとしたけれど無理だった。仕方ない。休みだし、もう一眠りしてしまおう。再びシーツに体を沈めようとすると、ノックもなしに扉が勢いよく開け放たれた。
「楓ちゃん、アラームもなったし起きているでしょう。……あら、二度寝とは感心しないわね」
視線だけをそちらに向けると、姉が仁王立ちをしていた。
無視して二度寝に入ろうとすると、シーツをひっぺがされた。
最近、姉のお淑やか、という評価をお淑やか(外面限定)にしようかと真剣に悩む。漫画では、もっと清楚でお淑やかだったはずなのに、現実は少し違うらしい。
私が再び寝ることを防止するために、姉はぽいっと、シーツを放り投げて、女でも見とれるような笑みを浮かべた。
「出かけるわよ」
■ □ ■
夏だ、プールだ、夏祭りだ!……ということで、現在私たちは、プールに来ている。
でも、私にしてみればこれはプールとは言わない。この人口密度はプールじゃない。プールとはもっと人があふれ、いかにして空きスペースを探し楽しむかが醍醐味のはず。
それなのに、このプールはちらほら人がいるが、私が知るプールに比べて圧倒的に人が少ない。
会員制のプールとかいうヤツだ。泳いでいるのは、みんなお金持ちだけ。
姉は、そのお金持ちの子供たちの視線をたくさん集めていた。いや、姉だけではない。姉の近くで浮き輪をつけ、楽しそうに浮かんでいる、我が家のお姫様二号――……、私の妹であり、『三女の彼女』のヒロインである道脇桃どうわきもももだろう。
父と母はその様子を近くで微笑ましそうに見守っていた。
今は、道脇桜の妹、という視線で見られることが多いが、あと二年後にはそれに道脇桃の姉という視線も加えられるのだろう。
そんなことを思いながら、ぼーっとしていると、ちょんちょんとつつかれた。
「楓さんは、泳がないの?」
下に視線を落とすと、いつの間にかプールから上がっていたらしい妹だった。
道脇家で一番強は姉だ。次いで妹。妹は、姉を一種の神様だと思っているらしく、姉を崇め、何かと姉と一緒にいたがる。さっきのプールもそうだ。
妹は、姉のことを桜お姉様と呼んでいる。そして、私は楓さん。私もお姉さんらしい振る舞いを妹に対してしたか、と聞かれれば否と答えるので、姉と呼ばれずとも文句は言えない。
「桜お姉様は、あんなに上手に泳いでいらっしゃるのに」
プールで、姉がクロールをしていた。綺麗なフォームだ。とても小学二年生には思えない。
妹は、私と姉を比べたがる。そして、姉と比べて劣る私を見て、ああやっぱりという顔をするのだ。
「……私と話すより、お姉様に泳ぎ方を教えて頂いた方が有益ではないかしら」
それだけ答えて、背を向けた。妹は、まだ何か言いたげだったが、気にしない。
「……はぁ」
妹が入学してくる二年後はさらに面倒になりそうだ。今世になって、どうも私は溜息をつくことが増えた。溜息をつくと、幸せが逃げていくと聞いたことがある。
溜息は少し控えようとは思っているものの、つい漏れてしまう。もっと気を付けないと。そう思いながら、足を動かした。
姉が泳いでいる場所以外にもプールはある。姉が泳いでいるのはメインプールだから、少し人が多い。端っこにある小さなプールで泳ぐことにしよう。
泳ぐこと自体は嫌いじゃない。
軽く準備運動をして、プールに入った。ひんやりとした水が肌に心地いい。
壁を蹴って、仰向けになり背泳ぎをしようとしたら、腕を掴まれ、プールサイドに引き上げられた。
「……!!ゴぼっ!!ごっほぉ!!」
水を飲んでしまいげほげほと激しく咳き込むと、心配そうな瞳と目が合った。
「楓!大丈夫?」
「淳、お兄様?どうしてここに?」
私の腕を掴んでいたのは淳お兄様だった。淳お兄様もプールに来ていたとは。知らなかった。
「どうしてって、楓が溺れていたから慌てて助けに入ったのだけど、本当に大丈夫?」
「お、おぼれ……」
おかしいな。一応泳ぎには自信があったはずなのに。
「だって、明らかに溺れかけていただろう」
「ええとですね、溺れていたのではなく、背泳ぎを……」
「あれは泳ぐとは言わない」
私が必死に誤解を解こうとしたのも空しく、淳お兄様はそう言い切って、私を他のプールに連れて行った。
「……あの」
「ここならいくら泳いでも構わないよ」
わあ、そうですねここなら足がついて安心。
でも、全く楽しくない。
淳お兄様が私を連れてきたのは、水が私の腰ほどもない高さのプールだった。どこからか持ってきた浮き輪も有無を言わさずにつけられた。これなら確実に溺れないだろう。
しかも、淳お兄様の監視つきだ。
「あの、私はもう大丈夫なので、淳お兄様はどうぞ他のプールに行ってください」
「僕がどこかに行ったらまた深いプールに移動する気だろう」
なぜばれた。私が目を泳がせると、笑われた。
「それくらいわかるよ。ほら、泳ぎ方を教えてあげるから練習しよう」
手を差し出した淳お兄様をじっとみる。私がどこかに行ってほしいのは、深いプールに戻りたいからだけではない。わからないのだろうか、さっきから随分と女の子たちの視線を集めているというのに。正直言って、その視線のせいで居心地が悪かった。
なんで、気付かないんだ。あ、そうか。この人、無自覚系人たらしだった。それなら仕方ないな、うん。
「私、教えて頂かなくとも泳げます」
「だったら、もっと上手く泳げるように教えてあげるよ」
淳お兄様は苦笑した。私は今、すごくふてくされた顔をしているだろう。自分でも可愛くないと思う。
こんな私に構わずに、姉のところにいけばいいのに。
私がそういうと、淳お兄様は微笑んだ。
「だって、僕は楓の兄だからね」
「?」
確かに従兄ではあるけど、それなら姉や妹にも言えることではないのだろうか。
私が首を傾げると淳お兄様はそういうことじゃない、と首を振った。よくわからない。
■ □ ■
淳お兄様は、優しそうな顔をしているくせにスパルタだった。
体中が痛い。
「お疲れ様」
「……ありがとうございました」
有難いが、二度と頼みたくない。私は泳げるのだ。
淳お兄様がアイスを奢ってくれた。美味しかった。とても美味しかったので、溺れている発言をされたことも忘れることにした。
淳お兄様は、一人で来ていたらしく、淳お兄様に気付いた父と母の勧めで一緒に帰った。
車の中で、別荘に一緒に行かないか、と勧められた淳お兄様は一瞬だけ私を見て、どこか遠い目をした。一週間後に軽井沢の別荘に行くことになっているのだ。
そういえば、去年も淳お兄様も一緒だったな、と思い出す。
なかなか楽しかったので、一緒にいきましょう、と誘ったら微妙な顔をされた。私は、去年淳お兄様に何かしただろうか。考えたけど、あまり思い浮かばなかった。
微妙な顔をしているお兄様を見て、なぜか必死に父と母がストッパーがどうのとか、止められるのは君しかいない、とか言っていた。
一体なんだというのだろう。そんなに暴走するようなものはなかったはずだ。
結局、父と母の迫力に圧されて淳お兄様も、別荘にいくことになった。
「本物がみたいときは、言ってくれたらちゃんと見せてあげるから」
「……?はい」
本物って何のことだろう。内心で首を傾げながら、頷いた。頷かないとマズい雰囲気だった。
楽しい夏になりそうだ。
そういえば、別荘の近くに市民プールはあっただろうか。浮き輪もつけ、水が腰までない状態で溺れかけたが、あれは高級なプールが合わなかっただけだ。普通のプールならちゃんと泳げるはず。
何とかして別荘を抜け出せないかな。
そんなことを考えていると淳お兄様と目が合った。
「何か変なこと考えていない?」
「いえ、何も」
やっぱり、淳お兄様を誘ったのは、間違いだったかもしれない。
いや、でも、淳お兄様が一緒だとお菓子が豪華になるのだ。今日買って貰ったアイスにもおまけがついていた。美形だと、それだけで得である。
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