次女ですけど、何か?

夕立悠理

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小学生編

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 あと三日で夏休みに入ろうかという頃、大魔王様から呼び出しをくらった。
「……道脇、ちょっといいか」
わあ、さすが大魔王様。いいか、という尋ねる口調のはずなのに威圧感が半端ない。
 いや、私も話さなくてはとは思っていた。今まで前川を呼び出さなかったのは、決して勇気がなかったからでは……ゴホン、ゴホン。
 前川の後ろには、赤田がいた。ハチミツに砂糖をまぶしたような笑みを浮かべているけど、こういう顔の人ほど怒ると怖い。
 雰囲気からして、私だけで行くべきなのだろうけど、相手が一人じゃない以上、こちらだって味方をつれていきたい。ちら、と美紀ちゃんと遼子ちゃんを見たら、ガッツポーズを返された。
 小声で、「告白ですわ!」「頑張ってください、楓様!!」と言われたけど、大魔王様に聞こえちゃってるからっ!ああ、ほら睨まれた。
 というか、どうやったら告白なんて言葉がでてくるのだろうか。今までの行動からしてありえないだろう。
 「美紀さんと遼子さんも一緒に……」
「お邪魔するわけにはいきませんから」
「後でお話聞かせてくださいね」
 後ろから私をぐいぐいと押した。
 ついてくれる気はないらしい。でも、目は好奇心で輝いていた。

 嫌だなぁ。

「……あのやっぱり」
「同行は不可だ」
「……ハイ」
 自分は赤田を連れてきているくせに。口に出さなかったのに、なぜかむっとした顔をした。鋭いな。



 ■  □  ■


 放課後に、美形二人に呼び出される。ファンクラブまで作られている二人だから、人によっては羨ましいと思う人もいるのだろうか。いるのなら、変わってほしい。
 それにしても、大魔王様には配慮というものがないのだろうか。話があるにしても、あんな呼び出し方をしたら、目を引く。もう少し、自分の顔について考えてほしい。

 「……ここなら、いいかな」

 前川と赤田についていった先にあったのは、空き教室だった。確かに、ここなら人目はないから話をするにはもってこいだろう。前川とは違い、赤田は場所を選ぶくらいの配慮は出来るようだ。
 教室に入ったのを確認すると、カチリと鍵が降ろされた。そういえばこの教室だけ、セキュリティが甘い。だから、空き教室になっていて今度改装される、と聞いたことがある。
 鍵をかけるということは、あまり他人に聞かれたくない話らしい。あれか、私に対する不満がたくさん積もっていて、今日はそれを発散させるつもりだとか、そういう感じだろうか。
 一応、鞄は持ってきている。これでもお嬢様なので、鞄の中には防犯グッズが入っている。悪口にたえられなくなったら、思いっきりブザーを鳴らしてやろう。
 ――そう意気込んでは、みたものの赤田の表情を見て、そういう話ではないな、と直感する。

 赤田は今にも吹き出しそうだった。

 赤田の表情に気付いていない前川は深刻そうな表情で切り出した。



「あの前川様、もう一度言って頂いても宜しいですか?」



 おかしい。先月行われた聴力検査では異常がなかったはずだ。私がそういうと前川は顔を顰めた。
 前川はもう一度言う気はなさそうだ。前川の代わりに赤田が仕方ないな、と肩をすくめて引き継いだ。赤田はこのための要員らしい。

 「君の鞄につけているクマのストラップをどこで買ったか教えてほしいんだってさ」

「……えっと」
 ああ、聞き間違いではなかったのか。聞き間違いであってほしいと思ったのだけど。
 困惑している私を見て、赤田が説明を付け足してくれる。

「そうは見えないけど、零次は、可愛いものが好きなんだ……ふ」

 ええそうですね。全くそんなものがお好きなようには見えません。
 ……なんて、口が裂けても言えないので曖昧に頷いておく。
 赤田は、堪えきれず最後の方は吹き出していた。前川の顔が余計に怖くなるのでやめて貰えないかな、と心でこっそり呟いておく。

「残念ですが、教えることはできません」

 「――それは、プレミアとかそういう……」

「いえ。これは私が作ったものなので、売ってはいないのです」

 私は前世、見た目が少々、男子よりだった。そこら辺の男子よりもカッコよかった自信はある。……全く嬉しくないが。
 そのせいかどんなに可愛い小物も手を出そうとは思えなかった。そんな私の心を掴み、購入までつぶらな瞳で至らせたのが、くまくま☆シリーズというシリーズ名の適当さだけでなく、名前もクマ男おくんクマ美みちゃん……と適当なクマたちだった。
 今世には存在しないようなのでなるべく、それを忠実に再現できるように頑張って作ったのだ。
 くまくま☆シリーズは、可愛い。可愛いのだが、なかなかリーズナブルな値段ゆえ、すぐに解れたり、布が裂けて綿が飛び出てしまう。その度に鍛えられた裁縫の腕は、前世で私が獲得した唯一の女らしさと言っていいだろう。
 ただ、残念なのは生地が豪華になってしまったことだろか。百円ショップに売ってある布で事足りるのだが、家にはそんな布は置いていない。必然的に、高級な布になってしまった。
 百円ショップに連れて行け、と言っても聞いてくれそうにないので、今度は塾に行かせてくれないか頼んでみようかと考えている。休憩時間を使って抜け出せばばれないだろう。

 「……こんなものでよろしければ差し上げます」
「――いいのか」
「ええ。また作ればいいことですし」

 鞄から取り外し、前川に差し出した。躊躇うような視線を向けられたが、私が大きく頷くとようやく受け取った。クマをじっと見つめると、顰めていた顔がふにゃ、とした笑みに変わる。
 なんだ、そういう顔もするんだ。

「……ありがとう」
「でも、可愛いものが好きなことをお隠しになる必要はないのでは?」
何だっけ、女の子たちはギャップがどーのとか言って、余計に人気が上がりそうな気がする。
 私がそういうと、前川は笑顔をひっこめて、横を向いた。
「一樹兄さんに知られたくない」
 ああ、なるほど。そういうことか。

 一樹兄さん、というのは前川の兄だ。そういえば、漫画で結構なブラコンだった気がする。憧れの兄にそんなことを知られたくない、ということだろう。
 ちなみに、一樹様は淳お兄様と同級生で親友だ。二人とも今は、鳳海学園ではなく、翠川東学園みどりかわひがしがくえんに通われている。
 一目くらいしかお見かけしたことはなかったけど、とても優しそうな方だった。


 「じゃあ、私が今まで睨ま……、少しきつめの視線で見られていたのは、クマのことを聞きたかったから、ですか?」
「そういうこと。四月の最初に先輩方がたくさんクラスに来られて、その時に零次が道脇さんのストラップに気付いたみたいなんだけど……。怖がらせてしまってごめんね。零次は目つきが悪いから、余計怖かったんじゃないかな」
 胃がきりきりする程度には。
 「うるさい」
「ごめんごめん」
 なんだろう、この二人って親友なのだろうけど、どっちかっていうと……。
「……その、悪かったな」
「気になさらないで下さい。でも、胃に悪いので今度から気をつけて頂けると嬉しいです」
 では、と一礼して帰ろうとすると、赤田に止められた。
「……わかっていると思うけど、このことは秘密にしてもらえないかな」
 笑顔だけど、迫力がある。自分だって、面白がっているくせに親友が嫌がることはしないらしい。

「もちろん。では、これで失礼させていただきますね」

 胃薬に頼らなければいい生活が送れるのなら、万々歳である。

 今度こそ、一礼して教室を出た。

 ■  □  ■

 「それで、どうだったのですか、楓様!?」
「告白は、前川様、それとも赤田様、どちらから……」

 クラスの教室に戻ると、美紀ちゃんと遼子ちゃんに詰め寄られた。
 他の子も口には出さないが、気になっているようだ。ちらちらと視線を感じる。
 それもそうか。あの二人はファンが多いから。

「……強いて言うなら、前川様と和解をした、というところでしょうか」

 本当は知らなくてよかった秘密を知ることになった、というところだけど。
 和解、というのも嘘ではないし。

 告白では、断じてない。と美紀ちゃんと遼子ちゃんに念を押した。二人はつまらなそうな顔をしたけど、すぐに頷いてくれた。よし、これで変な噂が立つことはないだろう。


 それにしても、意外だった。あの大魔王様が可愛いもの好きとは。漫画では、クールなキャラだったのに。

 でも、この件で

  私が、前川と赤田に喧嘩で勝ったらしい、という事実とは全く異なる噂が流れることになる。
  幸い、すぐ夏休みに入ったので、あまり広まらなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。


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