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初恋にさよならを
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わたしが、アカツキ殿下と結婚……。
「……それ、は」
拒否はできないわよね。
わたしは、今は貴族の養子になっているとはいえ、元々平民だった。そんな元平民が、聖女に選ばれ、王子と結婚できるのだ。
喜びこそすれ、悲しむなどあってはならない。
けれど……。
まだ残る淡い恋心が、わたしの胸をぎゅっと絞った。
「もちろん、優しい君なら、喜んで嫁いでくれますね?」
あなたに、それを言われたくなかった。
他の誰かから言われたのなら、頷き、光栄です、と言う余裕すらあったでしょう。
……でも。よりにもよって、あなたに、「喜べ」と言われるなんて。
「はい。ナギト神官長」
それでも、微笑んで見せる。
好きなひとに映る最後の表情は、笑顔でありたいから。
……きっと、ナギト神官長は、わたしの恋心に気づいていたのだろう。メグミと恋仲だと噂されるナギト神官長にとって、この想いは迷惑だったに違いない。
その証拠に、アイスブルーの冷たい瞳は、わたしの返事に満足そうに細められただけだった。
「……では、失礼致します」
◇◇◇
ナギトに神官長の部屋を出て、自室に帰ってきた。
あのあと、詳しい説明を神官長補佐のヒルサから聞いた。わたしの結婚式は、数日後に行われるらしい。
一応一国の王子と元聖女の結婚式にしては、あまりにも急すぎるけれど、これは、神官長がゴリ押したスケジュールだとヒルサは言っていた。
元平民の落ちこぼれ聖女のわたしに、侍女はいない。
だから、この部屋にはわたしだけだ。
「……は、はは」
カーペットにシミができる。
ぼろぼろと頬をつたう涙がとめられない。わたしは、本当に邪魔者だったんだわ。
「……は、ぁ。好きだったんだけどな……」
過去には、神官長と聖女が結婚した例もなくはなかった。もちろん、本当に結婚できると思っていたわけではないけれど。それでも、何度か苗字を彼のものと掛け合わせて、想像したことは、あった。
ナギト神官長は、落ちこぼれなわたしに優しかった。
いつだって、大丈夫、君には私がついています、と励ましてくれた。
……まぁ、メグミが現れてからは、一気に冷たくなったのだけど。それも、当然かもしれない。
メグミは、真っ赤な髪色で神の加護が厚く、そして何よりーーナギト神官長の恋人なのだから。
泣くのは今日までだ。
明日になったら、わたしはアカツキ殿下とちゃんと向き合おう。
そう決めて、一人で声を押し殺して、泣く。
「……っ、う」
本当のわたしの名前はユキ、だ。聖女にしては、簡単すぎると、ユキノシアという名前を与えてくれたのも、ナギト神官長だった。
声が好きだった。
いつも、優しく柔らかくわたしの名前を呼んだ人。
瞳が好きだった。
空みたいに、美しく、海のように深い瞳。
手が好きだった。
わたしが、癒せる範囲が大きくなると、一緒に喜んで、頭を撫でてくれた大きな手。
全部、ぜんぶ、大好きだった。
ーー肩を震わせて泣くわたしを、月だけが見ていた。
「……それ、は」
拒否はできないわよね。
わたしは、今は貴族の養子になっているとはいえ、元々平民だった。そんな元平民が、聖女に選ばれ、王子と結婚できるのだ。
喜びこそすれ、悲しむなどあってはならない。
けれど……。
まだ残る淡い恋心が、わたしの胸をぎゅっと絞った。
「もちろん、優しい君なら、喜んで嫁いでくれますね?」
あなたに、それを言われたくなかった。
他の誰かから言われたのなら、頷き、光栄です、と言う余裕すらあったでしょう。
……でも。よりにもよって、あなたに、「喜べ」と言われるなんて。
「はい。ナギト神官長」
それでも、微笑んで見せる。
好きなひとに映る最後の表情は、笑顔でありたいから。
……きっと、ナギト神官長は、わたしの恋心に気づいていたのだろう。メグミと恋仲だと噂されるナギト神官長にとって、この想いは迷惑だったに違いない。
その証拠に、アイスブルーの冷たい瞳は、わたしの返事に満足そうに細められただけだった。
「……では、失礼致します」
◇◇◇
ナギトに神官長の部屋を出て、自室に帰ってきた。
あのあと、詳しい説明を神官長補佐のヒルサから聞いた。わたしの結婚式は、数日後に行われるらしい。
一応一国の王子と元聖女の結婚式にしては、あまりにも急すぎるけれど、これは、神官長がゴリ押したスケジュールだとヒルサは言っていた。
元平民の落ちこぼれ聖女のわたしに、侍女はいない。
だから、この部屋にはわたしだけだ。
「……は、はは」
カーペットにシミができる。
ぼろぼろと頬をつたう涙がとめられない。わたしは、本当に邪魔者だったんだわ。
「……は、ぁ。好きだったんだけどな……」
過去には、神官長と聖女が結婚した例もなくはなかった。もちろん、本当に結婚できると思っていたわけではないけれど。それでも、何度か苗字を彼のものと掛け合わせて、想像したことは、あった。
ナギト神官長は、落ちこぼれなわたしに優しかった。
いつだって、大丈夫、君には私がついています、と励ましてくれた。
……まぁ、メグミが現れてからは、一気に冷たくなったのだけど。それも、当然かもしれない。
メグミは、真っ赤な髪色で神の加護が厚く、そして何よりーーナギト神官長の恋人なのだから。
泣くのは今日までだ。
明日になったら、わたしはアカツキ殿下とちゃんと向き合おう。
そう決めて、一人で声を押し殺して、泣く。
「……っ、う」
本当のわたしの名前はユキ、だ。聖女にしては、簡単すぎると、ユキノシアという名前を与えてくれたのも、ナギト神官長だった。
声が好きだった。
いつも、優しく柔らかくわたしの名前を呼んだ人。
瞳が好きだった。
空みたいに、美しく、海のように深い瞳。
手が好きだった。
わたしが、癒せる範囲が大きくなると、一緒に喜んで、頭を撫でてくれた大きな手。
全部、ぜんぶ、大好きだった。
ーー肩を震わせて泣くわたしを、月だけが見ていた。
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