上 下
12 / 19

甘い言葉と密かな決意

しおりを挟む
アンドリューに想いを告げられて、数日後。
「……夜会?」
「ああ、急ですまないが、夜会に出席してもらいたいんだ。俺の婚約者として」

 恒例の朝の挨拶を行ったあと、アンドリューは、意外な提案をして来た。
 アンドリューに婚約者ができたという噂は、一気に広がり、どこかの国のお姫様だとか、はたまた、深窓のご令嬢だとか、とにかく収拾がつかなくなっているらしい。

 「本当は、結婚まで貴女を、人前にさらす気はなかったのだが……」
アンドリューがため息をつく。
「確かに、私まだまだこの国イーデンの作法を何も知りません」
作法を教えてくれる教師をつけてもらってまだ数日だ。サンサカとあまり違いはないものの、まだ王弟殿下の婚約者として人前に出るには、不安が残る。

 「いや、そうじゃない」
私が頷いていると、すぐにアンドリューは否定した。
「貴女の作法はほぼ完璧だと、教師から聞いている。だから、そうではなくて、……貴女を大勢の男の前に晒すのが嫌だったんだ」

 そういって、横を向いた、アンドリューの目尻は、赤い。つられて、私の頬も熱くなる。

 「アンドリュー様」
けれど、アンドリューを安心させたくて、その手をとる。
「私の命と、人生はすべて、貴方のものです」

 「けれど、心は違うだろう。もしかしたら、貴方の心を誰かに奪われてしまうかもしれないだろう」

 そういうアンドリューの瞳は本気だった。本気で私の心を心配している。けれど、アンドリューは、私の容姿を好ましく思ってくれているようだけれども、元婚約者は、妹に靡いたのだし、特段美しいわけではないはずだ。だから、そもそも私に興味をもつ男性がいるとは思えない。

 そのことを要約して、アンドリューに伝える。

 「貴女は、貴女が想うよりずっと、魅力的だ!」
「……ありがとうございます」
なぜか、アンドリューは少し怒りぎみだ。そして、大きな右手で私の頬を撫でる。

 「貴女の魅力に気づかなかった愚かな元婚約者なんて、早く忘れてしまえばいいのに。それでも、貴女の心の大事な部分にいるのだから、妬ましいな」
「心の、大事な部分?」
「ああ。気付かなかったか? その元婚約者の話をするとき、貴女は本当に苦しそうだった」

 そうかもしれない。彼は私の初恋の人だったから。

 アンドリューと見つめあう。この金の瞳に私だけが今映っているように、マルクスの緑の瞳にも私だけが映っていたときもあったのだ。

 そんなことをぼんやりと思っていると、アンドリューは、咳払いをした。

 「……話が脱線してしまったな。夜会は、5日後に行われる。そのためのドレスを用意させたんだ」

 そういって、アンドリューが、使用人たちに持ってこさせたのは、赤色のドレスだった。アンドリューの髪の色と同じだ。
「貴女には、これを着て出席してほしい」
「わかりました」

 ドレスを受けとる。赤だけれど、そんなに派手な赤ではないので、私でも着られそうだった。アンドリューに、夜会の詳細を聞いてから、自室に戻る。




 自室に入ると、なんだか力が抜けて、へたりこんでしまった。

 アンドリューは、あの告白以来、何かにつけては甘い言葉を言ってくるので、そんな言葉に耐性がない私は、なんというか、とても照れてしまう。

 少なくとも、私がアンドリューを恋愛対象として、見てしまっていることは確実だった。
 「……でも、だめ」
私がアンドリューを特別にしてしまったら、アンドリューにとっての、特別が私でなくなったとき、立ち直れない。だから、アンドリューに、私の中身も見てもらえるように、頑張るのだ。

 まずは、そう。夜会から。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

【完結】ごめんなさい?もうしません?はあ?許すわけないでしょう?

kana
恋愛
17歳までにある人物によって何度も殺されては、人生を繰り返しているフィオナ・フォーライト公爵令嬢に憑依した私。 心が壊れてしまったフィオナの魂を自称神様が連れて行くことに。 その代わりに私が自由に動けることになると言われたけれどこのままでは今度は私が殺されるんじゃないの? そんなのイ~ヤ~! じゃあ殺されない為に何をする? そんなの自分が強くなるしかないじゃん! ある人物に出会う学院に入学するまでに強くなって返り討ちにしてやる! ☆設定ゆるゆるのご都合主義です。 ☆誤字脱字の多い作者です。

ご愛妾様は今日も無口。

ましろ
恋愛
「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」 今日もアロイス陛下が懇願している。 「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」 「ご愛妾様?」 「……セレスティーヌ様」 名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。 彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛である俺だけなのだ。 軽く手で招かれ、耳元で囁かれる。 後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。 死にたくないから止めてくれ! 「……セレスティーヌは何と?」 「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですか、と」 ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。 違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです! 国王陛下と愛妾と、その二人に巻きこまれた護衛のお話。 設定緩めのご都合主義です。

外れスキルと馬鹿にされた【経験値固定】は実はチートスキルだった件

霜月雹花
ファンタジー
 15歳を迎えた者は神よりスキルを授かる。  どんなスキルを得られたのか神殿で確認した少年、アルフレッドは【経験値固定】という訳の分からないスキルだけを授かり、無能として扱われた。  そして一年後、一つ下の妹が才能がある者だと分かるとアルフレッドは家から追放処分となった。  しかし、一年という歳月があったおかげで覚悟が決まっていたアルフレッドは動揺する事なく、今後の生活基盤として冒険者になろうと考えていた。 「スキルが一つですか? それも攻撃系でも魔法系のスキルでもないスキル……すみませんが、それでは冒険者として務まらないと思うので登録は出来ません」  だがそこで待っていたのは、無能なアルフレッドは冒険者にすらなれないという現実だった。  受付との会話を聞いていた冒険者達から逃げるようにギルドを出ていき、これからどうしようと悩んでいると目の前で苦しんでいる老人が目に入った。  アルフレッドとその老人、この出会いにより無能な少年として終わるはずだったアルフレッドの人生は大きく変わる事となった。 2024/10/05 HOT男性向けランキング一位。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

処理中です...