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死ぬはずだった日
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「お前が――私の『人間』か?」
この世界に私以外の人間はいない。
――ルビーのような深紅の瞳に、月色の髪。そして、長く伸びた犬歯。
いるのは、そんなヴァンパイア、ただ、それだけ。
……それなのに、ヴァンパイアしかいない世界で生まれた私は、人間そのものだった。
もっというと、『前世』の日本人そのものの姿をしていた。
血を吸うための牙としては短すぎる犬歯に、真っ黒な髪とおそろいの瞳。
全くと言っていいほど、この世界で生まれる特徴を持っていない私。
……けれど、私は、15歳を迎える今日この日まで大事大事に育てられた。
理由は単純で、私が今年で御年18を迎えるヴァンパイアの王……フェリクス陛下の贄だからだ。
私のような『人間』――王の為の贄は、次代の王が生まれる時代に、ひとりだけ、生まれるらしい。
そんな贄を輩出することは、名誉であり、これ以上ない一族の繁栄を意味する。
だからこそ私は今日まで物質的になにひとつ、足りないものがないほど、大事に育てられたのだ。
人間の血は、ヴァンパイアにとって、一番おいしく感じるのだという。
その一滴たりとも、零すことがないように。
誰かに噛まれることのないように、ただそれだけを徹底して育てられた。
目の前のヴァンパイアを見る。
退屈そうに、深紅の瞳を細めた彼は、恐ろしいほど顔が整っていた。それもそうだ。
ヴァンパイアは、見た目がよければよいほど、異性の気を惹きやすい……つまり、血を吸いやすい。同性よりも異性のほうが血は美味しいらしいが、この目の前のヴァンパイアは、ヴァンパイアの頂点に立つ存在だ。
だから、顔がいいのだろうな、と思いつつ、彼を見つめる。
「お前が、私の人間か?」
もう一度、問われた。
そういえば、さっきの問いに返事をしていなかった。
「……はい」
小さく、頷く。
「そうか」
無感動に頷くと、ヴァンパイアの王、フェリクス陛下は、玉座を離れ、私の前まで歩いてきた。
その様子からは、極上の餌を前にした捕食者らしい熱……はまったくといっていいほど感じられない。
「……?」
おかしい。
もっと、……なんというか、勢いよく噛みつかれたり、とか首元を守っている固い首当てをはぎ取られたり。
そんなことを想像していたけれど……。
フェリクス陛下は、私の前に来ても相変わらず、無感動な瞳で私を見つめているだけだ。
この場には、私と彼以外、いない。
なので、この反応が正常か異常か、他に判断をつける相手もいないのだ。
「あ、の……?」
「そなた、名は何という?」
赤い瞳でまっすぐに私を見つめながら、名前を尋ねられる。
今からどうせ、貧血で死ぬのに。
名前なんて、尋ねてられても……。
答える必要を感じられない。
「名は?」
それでも、二度も尋ねられ、仕方なしに口を開いた。
「すみれ……です」
前世の私の両親がくれた名前。
こちらでは、『人間』としか呼ばれなかったので、名前がない。
「……そうか。スミレ」
フェリクス陛下は、私の名を呼びながら、右手で私の頬を撫でた。
ぞわぞわとした感覚が背中を這い上がる。
……私、死んでしまうのね。
長かった、15年間を思い出しながら、おとなしく目を閉じると――。
「……!?」
口づけをされたのだと、気づくまで数秒かかった。
思わず、顔をのけぞらせようとしても、いつの間にか、顎を掴まれていて、動かせない。
「――つ、」
唇を執拗に舐められ、噛み締めていた唇わずかに開いてしまった。
そこを逃さず、唇の隙間から、舌が侵入し……。
途端に口の中で広がった、鉄の味を飲み込んだ。
「……っは、はぁ」
ようやく解放され、まともに呼吸ができる。涙目になって、酸欠で死ぬところだった原因の相手をにらみつけた。
「……こんな、ものか」
けれど、フェリクス陛下は相変わらず無感動な瞳でそういうと、ぺろり、と自身の濡れて艶めいている唇をなめる。
なぜ、こんな仕打ちを……。
そう、問おうとしたときだった。
「!!?」
盛大でこの場にかなりそぐわない……前世で言う、テーマパークで流れている音楽みたいな音楽が、爆音で流れ始めたのだ。
そして、玉座の間の閉じられた扉がばたん、と開く。
「ようこそ、フェリクス陛下の花嫁様―!!!!」
この世界に私以外の人間はいない。
――ルビーのような深紅の瞳に、月色の髪。そして、長く伸びた犬歯。
いるのは、そんなヴァンパイア、ただ、それだけ。
……それなのに、ヴァンパイアしかいない世界で生まれた私は、人間そのものだった。
もっというと、『前世』の日本人そのものの姿をしていた。
血を吸うための牙としては短すぎる犬歯に、真っ黒な髪とおそろいの瞳。
全くと言っていいほど、この世界で生まれる特徴を持っていない私。
……けれど、私は、15歳を迎える今日この日まで大事大事に育てられた。
理由は単純で、私が今年で御年18を迎えるヴァンパイアの王……フェリクス陛下の贄だからだ。
私のような『人間』――王の為の贄は、次代の王が生まれる時代に、ひとりだけ、生まれるらしい。
そんな贄を輩出することは、名誉であり、これ以上ない一族の繁栄を意味する。
だからこそ私は今日まで物質的になにひとつ、足りないものがないほど、大事に育てられたのだ。
人間の血は、ヴァンパイアにとって、一番おいしく感じるのだという。
その一滴たりとも、零すことがないように。
誰かに噛まれることのないように、ただそれだけを徹底して育てられた。
目の前のヴァンパイアを見る。
退屈そうに、深紅の瞳を細めた彼は、恐ろしいほど顔が整っていた。それもそうだ。
ヴァンパイアは、見た目がよければよいほど、異性の気を惹きやすい……つまり、血を吸いやすい。同性よりも異性のほうが血は美味しいらしいが、この目の前のヴァンパイアは、ヴァンパイアの頂点に立つ存在だ。
だから、顔がいいのだろうな、と思いつつ、彼を見つめる。
「お前が、私の人間か?」
もう一度、問われた。
そういえば、さっきの問いに返事をしていなかった。
「……はい」
小さく、頷く。
「そうか」
無感動に頷くと、ヴァンパイアの王、フェリクス陛下は、玉座を離れ、私の前まで歩いてきた。
その様子からは、極上の餌を前にした捕食者らしい熱……はまったくといっていいほど感じられない。
「……?」
おかしい。
もっと、……なんというか、勢いよく噛みつかれたり、とか首元を守っている固い首当てをはぎ取られたり。
そんなことを想像していたけれど……。
フェリクス陛下は、私の前に来ても相変わらず、無感動な瞳で私を見つめているだけだ。
この場には、私と彼以外、いない。
なので、この反応が正常か異常か、他に判断をつける相手もいないのだ。
「あ、の……?」
「そなた、名は何という?」
赤い瞳でまっすぐに私を見つめながら、名前を尋ねられる。
今からどうせ、貧血で死ぬのに。
名前なんて、尋ねてられても……。
答える必要を感じられない。
「名は?」
それでも、二度も尋ねられ、仕方なしに口を開いた。
「すみれ……です」
前世の私の両親がくれた名前。
こちらでは、『人間』としか呼ばれなかったので、名前がない。
「……そうか。スミレ」
フェリクス陛下は、私の名を呼びながら、右手で私の頬を撫でた。
ぞわぞわとした感覚が背中を這い上がる。
……私、死んでしまうのね。
長かった、15年間を思い出しながら、おとなしく目を閉じると――。
「……!?」
口づけをされたのだと、気づくまで数秒かかった。
思わず、顔をのけぞらせようとしても、いつの間にか、顎を掴まれていて、動かせない。
「――つ、」
唇を執拗に舐められ、噛み締めていた唇わずかに開いてしまった。
そこを逃さず、唇の隙間から、舌が侵入し……。
途端に口の中で広がった、鉄の味を飲み込んだ。
「……っは、はぁ」
ようやく解放され、まともに呼吸ができる。涙目になって、酸欠で死ぬところだった原因の相手をにらみつけた。
「……こんな、ものか」
けれど、フェリクス陛下は相変わらず無感動な瞳でそういうと、ぺろり、と自身の濡れて艶めいている唇をなめる。
なぜ、こんな仕打ちを……。
そう、問おうとしたときだった。
「!!?」
盛大でこの場にかなりそぐわない……前世で言う、テーマパークで流れている音楽みたいな音楽が、爆音で流れ始めたのだ。
そして、玉座の間の閉じられた扉がばたん、と開く。
「ようこそ、フェリクス陛下の花嫁様―!!!!」
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