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悪魔の言葉

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部屋に残されたのは、私とアザグリールだ。
「……それでこれからどうしますか、我が主人?」
「どうするって……」

 どうしよう。
 アザグリールと私の従魔契約は完全に結ばれてしまった。
 私の右手の甲とアザグリールの首元には全く同じ模様がある。
 それが、従魔契約が完了した証だった。

「ナツネは、この学園に残りたいですか? みたところ、悪魔召喚師の養成学園のようですが」
「それは……もちろん」

 この学園に入り、一流の悪魔召喚師になることだけが、私の目標であり、生きる意味だった。
 それ以外の生き方を、私は、知らない。

「だったら、あなたを魔界に連れ去るのは――今はやめておくとして」
 今は!?
 なんだか不穏すぎる言葉が聞こえたのは、気のせいかしら。
 いえ、気のせいではないわよね。

「主人の望みを叶えるのも僕の役目ですから、俺は、一旦下位悪魔ということで」
「さすがにそれは無理がありすぎるわ」
 どこからどうみても、高位悪魔じゃない。
「大丈夫ですよ。俺は、たまたまアザグリールに姿が似ているだけの下位悪魔……そうですね、アルとでも呼んでください。俺もあなたの真の名を他の奴に呼ばれるのは癪なので、二人きりじゃないときは、ナツとよびます」
「……ええ」

 そんな設定がまかり通るはずもないけど。
 それに、学園長も逃げてしまったし。

「ええ、じゃなくて、アルですよ」

 アザグリールが黄金色の瞳で私を見つめている。
 これは、そう呼べってことよね。
「……アル」
 アザグリールは、心底嬉しそうに破願した。
 まさか、本当にアザグリールは私を……?

 いや、ないな。
 私は、別に絶世の美女というわけではない。

 だから、私に一目惚れをしたなどというはずがあるわけがない。

 あるとしたら、それはこの悪魔の気まぐれか、人の生活に溶け込むための方便か、もっと別の狙いがあるはず。

「ナツ、世界一愛らしい顔に、皺が寄っていますよ。そんなあなたも可憐ですが」
 ぞっ。
 赤い顔で言われた言葉に、思わず悪寒が走る。

「ねぇ、それ……やめない?」
「それ、とは?」
「その愛らしいとかなんとか言うの、よ」
私は自分の容姿に自信があるほうじゃないし、そもそも……。

「私、そういうの嫌いなの」
「……へぇ」

 アザグリールは興味深そうに微笑むと、私の頬をさらりと撫でた。
「人間の女性は、そういう言葉が好きだと思っていましたが……」
「そういう人もいるでしょうね。でも、私は違うの」
 ――その言葉に意味はないと知っているから。

『ああ、愛しいマリア、君は僕の女神だ』

「っ……」

 いやなことを思いだしてしまい、首を振る。

「ナツ?」
「……いいえ。とにかく、あなたが本当に私を好きなのならやめてほしい」
「わかりました」

 あっさり頷いたアザグリールは、私の手を取った。
「でも、愛は伝え続けることにします」
「……勝手にしたら」

 いくら従魔契約を結んでいるからと言って、高位悪魔相手にこんな態度許されるはずもない。それでも、まるで、人間同士のようにふるまうのは、探るためだ。
 ……この悪魔の狙いを。

 私が好き――は、嘘であることは確定だ。
 それでも、その嘘をつくということは、それなりの理由があるはずだし、しばらくは、その設定に従い、私に危害を加えないだろう。

「ええ、勝手にさせていただきますね、俺のナツ」
 
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