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第六章
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卒業式に、春子さんは来なかった。彼女は卒業後は留学することが決まっており、その準備があるので行かない、とのことだった。彼女が来ないことに少しつまらなさを感じながら卒業式を終え、他の友達と少し話をしてから帰ろうとすると、中岡が声をかけてきた。
「亜由美ー。もう帰んのか」
「中岡?」
振り向くと、彼が駆けてきていた。私と同じく、手には卒業みやげの小さな花束を持っている。それに、各種記念品が入った紙袋もぶら下げていた。結局、彼と同じクラスだったのは二年生の時までで、三年生になったら完全に言葉を交わす機会もなくなっていたのだ。だから声をかけられたのは久しぶりだったし、意外でもあった。
「ずいぶん久しぶりだにゃ」
「んだず。――なあ、この後ヒマか?」
彼は結構な距離を走ってきたのか、私の前で両膝に手をついて息を切らす。あるいは運動不足で、短い距離ももたないのか。
「普通に帰るつもりだっけ」
「んだが。じゃあメシでも食ってんぐべ。うまい餅屋があんなよ」
「餅屋?」
面食らった。さりげなく食事に誘われたのもそうだが、私にとって餅とは持ち帰って食べるか――モチなだけに――あるいは、家でついて食べるものだというイメージしかない。メシを食っていくという言葉と、餅という言葉の組み合わせにちょっと混乱した。
「なんだず、デートに誘ってけんだがした。おれ、ほだな初めでなんだげど」
私が笑うと、彼は「んぐべ、んぐべ」と導いてくれた。道中、「俺も女子と一緒に並んで歩いて帰るのな初めでだ」と、やや緊張気味に口にしていた。
着いたのは池田屋という名前の店で、『もちや』と大きな看板が掲げられていた。私はその店の前を何度も通ったことがあったが、今まで全く気付かなかった。白地に黒で書かれた看板が意外に目立たなかったせいもあるだろう。
「少し前にここでバイトしてよ。どれもこれも絶品なのよ」
中岡はそう言って、お品書きを見せてくれた。三月まで限定で販売しているという雑煮餅を、私たちは頼んだ。恰幅のいい店主に注文して、ほうじ茶を飲みながら私たちは雑談をする。
「中岡はこれからどうすんの」
「俺は静岡の大学。亜由美は?」
「おれは秋田。てか、静岡って遠ぐね?」
「行げねごだぁないべ。秋田は隣の県だから近いんだが」
「意外に遠いんだず。車でも電車でも四時間、高速乗れば三時間」
「マジか~」
などと、まずはお互いの近況を報告。考えてみると、こんな風に方言丸出しでも違和感なく話せるのは家族と中岡だけだ。
しばらくして、雑煮餅が来た。あっさりしたスープに鶏肉、かまぼこ、三つ葉などが入っている。その底にはちょっと焦げ目のついた角切りの餅が数個。なるほど、これが「メシとしての餅」なのか。味も上品で素晴らしかった。
「そういえばよ、一度聞きたいことがあったんだず」
私は餅をモグモグしながら言った。彼も、温かい雑煮餅で頬を紅潮させながら返す。
「聞ぎでごど?」
「んだ。前に幣原春子さんが絡まっでだ時、狙撃したべ」
すると彼の箸がぴたりと止まった。
「見っだっけのが」
「んだよ。あんたに雑誌でさんざん見せらっだライフルの銃口がよ、屋上のフェンスからちょこっと出ったんだもん。あと、あんたの頭も見えだしよ」
「マジか~」
今まで気付かなかったが、これが彼の口癖らしい。
「なんだ、じゃあ俺は麗子ばこっそり撃って、お前はそんな俺ばこっそり見っだっけってごどが」
「あの女の子、麗子っていうんだがした」
「んだ。中学校が同ずなよ。性格われくてよ、困ったもんだず」
「暗殺でもする気で狙ってだっけのが」
「んねんね。まさか。――もう卒業だがら言うげどよ。俺、屋上から葉っぱば狙ってよく遊んでだんだっけ」
「葉っぱ?」
「んだ。サバゲーの練習」
「人とか動物とか狙ったりしてねべね」
つい気になって聞くと、彼は強く首を横に振った。
「ほだなごど、すねず。昔の剣豪って、落ち葉ば斬って修行したっていうべ。んだがら俺も倣ってみだなよ。……ほしたら、あん時は真下で麗子がギャーギャー騒いっだがら、雰囲気がやばいなって思って見でだんだっけ。で、いぎなり手ぇ上げだべ。いくら何でもはいづは……どって、咄嗟に撃ったんだ」
「にしてもよ、腕だげさ当でるってすげえな」
「銃の性能がいいっけなよ」
「あれって、絡まってだなが春子さんだがら助けたな?」
「んねず。ただの暴力反対」
と答えたものの、中岡はちょっとだけ黙ってから、改まって言った。
「まあ、亜由美に言われて俺も反省しったんだず。俺だづがヤリマンヤリマンって噂すっから、あの人も面倒な目に遭っでだっけわげだべ。んだがらな……」
そして雑煮の餅を頬張る。最初、私が彼に何を言ったのか、咄嗟には思い出せなかった。だが二年生の時のあのやり取りかとすぐに思い至り、「へええ」とつい声が出ていた。
「なんだず。へええ、って」
「いや、ちょっと感心した」
食べ終えてから、彼は提案してきた。
「腹くっついか? あのよ、この店は他の餅もうまいぞ。甘いのもあっからデザートになんた。ほれ、この餅三味(もちさんみ)っていうメニューだと、通常より少し少ないけど三種類の餅が味わえる」
甘いものは好きだ。おごってくれるというので馳走になった。くるみ餅、あんこ餅、安倍川餅の三種類を二人で分けて食べたら本当にお腹いっぱいだった。
「あのよ。秋田は遠いから行げっかどうか分がんねげど、よかったら連絡先おへでけろ」
食後、連絡先交換を持ちかけられたので承諾した。
卒業式に、春子さんは来なかった。彼女は卒業後は留学することが決まっており、その準備があるので行かない、とのことだった。彼女が来ないことに少しつまらなさを感じながら卒業式を終え、他の友達と少し話をしてから帰ろうとすると、中岡が声をかけてきた。
「亜由美ー。もう帰んのか」
「中岡?」
振り向くと、彼が駆けてきていた。私と同じく、手には卒業みやげの小さな花束を持っている。それに、各種記念品が入った紙袋もぶら下げていた。結局、彼と同じクラスだったのは二年生の時までで、三年生になったら完全に言葉を交わす機会もなくなっていたのだ。だから声をかけられたのは久しぶりだったし、意外でもあった。
「ずいぶん久しぶりだにゃ」
「んだず。――なあ、この後ヒマか?」
彼は結構な距離を走ってきたのか、私の前で両膝に手をついて息を切らす。あるいは運動不足で、短い距離ももたないのか。
「普通に帰るつもりだっけ」
「んだが。じゃあメシでも食ってんぐべ。うまい餅屋があんなよ」
「餅屋?」
面食らった。さりげなく食事に誘われたのもそうだが、私にとって餅とは持ち帰って食べるか――モチなだけに――あるいは、家でついて食べるものだというイメージしかない。メシを食っていくという言葉と、餅という言葉の組み合わせにちょっと混乱した。
「なんだず、デートに誘ってけんだがした。おれ、ほだな初めでなんだげど」
私が笑うと、彼は「んぐべ、んぐべ」と導いてくれた。道中、「俺も女子と一緒に並んで歩いて帰るのな初めでだ」と、やや緊張気味に口にしていた。
着いたのは池田屋という名前の店で、『もちや』と大きな看板が掲げられていた。私はその店の前を何度も通ったことがあったが、今まで全く気付かなかった。白地に黒で書かれた看板が意外に目立たなかったせいもあるだろう。
「少し前にここでバイトしてよ。どれもこれも絶品なのよ」
中岡はそう言って、お品書きを見せてくれた。三月まで限定で販売しているという雑煮餅を、私たちは頼んだ。恰幅のいい店主に注文して、ほうじ茶を飲みながら私たちは雑談をする。
「中岡はこれからどうすんの」
「俺は静岡の大学。亜由美は?」
「おれは秋田。てか、静岡って遠ぐね?」
「行げねごだぁないべ。秋田は隣の県だから近いんだが」
「意外に遠いんだず。車でも電車でも四時間、高速乗れば三時間」
「マジか~」
などと、まずはお互いの近況を報告。考えてみると、こんな風に方言丸出しでも違和感なく話せるのは家族と中岡だけだ。
しばらくして、雑煮餅が来た。あっさりしたスープに鶏肉、かまぼこ、三つ葉などが入っている。その底にはちょっと焦げ目のついた角切りの餅が数個。なるほど、これが「メシとしての餅」なのか。味も上品で素晴らしかった。
「そういえばよ、一度聞きたいことがあったんだず」
私は餅をモグモグしながら言った。彼も、温かい雑煮餅で頬を紅潮させながら返す。
「聞ぎでごど?」
「んだ。前に幣原春子さんが絡まっでだ時、狙撃したべ」
すると彼の箸がぴたりと止まった。
「見っだっけのが」
「んだよ。あんたに雑誌でさんざん見せらっだライフルの銃口がよ、屋上のフェンスからちょこっと出ったんだもん。あと、あんたの頭も見えだしよ」
「マジか~」
今まで気付かなかったが、これが彼の口癖らしい。
「なんだ、じゃあ俺は麗子ばこっそり撃って、お前はそんな俺ばこっそり見っだっけってごどが」
「あの女の子、麗子っていうんだがした」
「んだ。中学校が同ずなよ。性格われくてよ、困ったもんだず」
「暗殺でもする気で狙ってだっけのが」
「んねんね。まさか。――もう卒業だがら言うげどよ。俺、屋上から葉っぱば狙ってよく遊んでだんだっけ」
「葉っぱ?」
「んだ。サバゲーの練習」
「人とか動物とか狙ったりしてねべね」
つい気になって聞くと、彼は強く首を横に振った。
「ほだなごど、すねず。昔の剣豪って、落ち葉ば斬って修行したっていうべ。んだがら俺も倣ってみだなよ。……ほしたら、あん時は真下で麗子がギャーギャー騒いっだがら、雰囲気がやばいなって思って見でだんだっけ。で、いぎなり手ぇ上げだべ。いくら何でもはいづは……どって、咄嗟に撃ったんだ」
「にしてもよ、腕だげさ当でるってすげえな」
「銃の性能がいいっけなよ」
「あれって、絡まってだなが春子さんだがら助けたな?」
「んねず。ただの暴力反対」
と答えたものの、中岡はちょっとだけ黙ってから、改まって言った。
「まあ、亜由美に言われて俺も反省しったんだず。俺だづがヤリマンヤリマンって噂すっから、あの人も面倒な目に遭っでだっけわげだべ。んだがらな……」
そして雑煮の餅を頬張る。最初、私が彼に何を言ったのか、咄嗟には思い出せなかった。だが二年生の時のあのやり取りかとすぐに思い至り、「へええ」とつい声が出ていた。
「なんだず。へええ、って」
「いや、ちょっと感心した」
食べ終えてから、彼は提案してきた。
「腹くっついか? あのよ、この店は他の餅もうまいぞ。甘いのもあっからデザートになんた。ほれ、この餅三味(もちさんみ)っていうメニューだと、通常より少し少ないけど三種類の餅が味わえる」
甘いものは好きだ。おごってくれるというので馳走になった。くるみ餅、あんこ餅、安倍川餅の三種類を二人で分けて食べたら本当にお腹いっぱいだった。
「あのよ。秋田は遠いから行げっかどうか分がんねげど、よかったら連絡先おへでけろ」
食後、連絡先交換を持ちかけられたので承諾した。
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