2 / 11
第二章
しおりを挟む
2
「幣原春子なんてヤリマンだべ。あんなの口説こうなんて奴の気持ちが知れねえず」
と、話すのはクラスメイトの中岡だ。昼休み、彼は別の男子とパンと牛乳を胃に流し込みながら、ひそひそとそんな内容の会話をしていた。
当人はひそひそ声のつもりだろうが、隣でお弁当を広げていた私にはしっかり聞こえていた。
またその話か、と私は思う。春子さんが、いかにも知的で男を寄せ付けない容姿なのとは裏腹に、先輩や同級生の男子と交際しては別れて……を繰り返しているらしいという噂はだいぶ前からあった。口さがない男子たちはそういう女子を「ヤリマン」とよく呼んでいる。
「ちょっと中岡。あんたさっきのおしゃべり、周りに聞こえったっけぞ。あだな言葉使うなず」
昼休みが終わる直前、中岡が一人になったところで私は声をかけた。全部聞こえていたと言われた彼は一瞬ばつが悪そうな顔をしたが、すぐ開き直る。
「別にいいべ、みんな言っでだで。いくら成績よくても、男をとっかえひっかえの素行不良じゃ誰だってやんだず」
私は中岡に忠告したつもりだったが、春子さんのことを追加で悪く言われたことでカッとなった。だが、何か言い返す前に先生が来たので話はそこで終わった。
方言丸出しでこんな言い方をする男子なんて、さぞ幼稚で意地悪な性格のように思われるかも知れない。だが、私が学校を休んだりすると、きれいにとったノートを翌日に貸してくれる程度には几帳面で親切な性格だ。頭も悪くない。だからこそ――言えば分かる奴だと思うからこそ――私は忠告したのだ。ついでに言えば、彼とは一・二年生と同じクラスで、しかも席替えのたびに頻繁に隣り合わせになるという変な因縁がある。
つまり、ある女子がヤリマンかそうでないかという話題は、こういう分別のある男子をもおかしくさせる効果があるのだ。
(もっと春子さんと仲良くなりたい)
後から思えば、私が急にそう強く考えるようになったのは、中岡の発言がきっかけだったような気がする。言葉にすれば、もっと仲良くなりたい――と、その通りなのだが、実際にはそれは言葉になる以前の衝動のようなものだった。
たぶん、いつも一人で駅のホームに立ち、誰とも会話をすることがないまま、黙々と電車を降りるだけの春子さんの姿に、私は「何か」を感じていたのだろう。その姿は、口さがない同級生たちの噂話と偏見、好奇、嘲笑のこもった目線に対して、孤独にじっと耐えているように見えたのだ。
「あの、こんにちは」
だから私はその日の帰り道、駅のホームで話しかけてみた。休憩時間に、中岡に言い返せずに溜まってしまった感情を、そこで放出したのだった。
「え?」意外そうにこちらを見る春子さん。「ああ、こんにちは」
急に声をかけられたので一瞬びっくりしたようだが、すぐに、友人と朝のあいさつをするような軽めののりで、彼女は返事をしてくれた。実は春子さんも、駅のホームや電車内でよく見かける私の顔を覚えてくれていたのだ。そのことは、この後の電車内でのおしゃべりで知ることになった。
「幣原春子なんてヤリマンだべ。あんなの口説こうなんて奴の気持ちが知れねえず」
と、話すのはクラスメイトの中岡だ。昼休み、彼は別の男子とパンと牛乳を胃に流し込みながら、ひそひそとそんな内容の会話をしていた。
当人はひそひそ声のつもりだろうが、隣でお弁当を広げていた私にはしっかり聞こえていた。
またその話か、と私は思う。春子さんが、いかにも知的で男を寄せ付けない容姿なのとは裏腹に、先輩や同級生の男子と交際しては別れて……を繰り返しているらしいという噂はだいぶ前からあった。口さがない男子たちはそういう女子を「ヤリマン」とよく呼んでいる。
「ちょっと中岡。あんたさっきのおしゃべり、周りに聞こえったっけぞ。あだな言葉使うなず」
昼休みが終わる直前、中岡が一人になったところで私は声をかけた。全部聞こえていたと言われた彼は一瞬ばつが悪そうな顔をしたが、すぐ開き直る。
「別にいいべ、みんな言っでだで。いくら成績よくても、男をとっかえひっかえの素行不良じゃ誰だってやんだず」
私は中岡に忠告したつもりだったが、春子さんのことを追加で悪く言われたことでカッとなった。だが、何か言い返す前に先生が来たので話はそこで終わった。
方言丸出しでこんな言い方をする男子なんて、さぞ幼稚で意地悪な性格のように思われるかも知れない。だが、私が学校を休んだりすると、きれいにとったノートを翌日に貸してくれる程度には几帳面で親切な性格だ。頭も悪くない。だからこそ――言えば分かる奴だと思うからこそ――私は忠告したのだ。ついでに言えば、彼とは一・二年生と同じクラスで、しかも席替えのたびに頻繁に隣り合わせになるという変な因縁がある。
つまり、ある女子がヤリマンかそうでないかという話題は、こういう分別のある男子をもおかしくさせる効果があるのだ。
(もっと春子さんと仲良くなりたい)
後から思えば、私が急にそう強く考えるようになったのは、中岡の発言がきっかけだったような気がする。言葉にすれば、もっと仲良くなりたい――と、その通りなのだが、実際にはそれは言葉になる以前の衝動のようなものだった。
たぶん、いつも一人で駅のホームに立ち、誰とも会話をすることがないまま、黙々と電車を降りるだけの春子さんの姿に、私は「何か」を感じていたのだろう。その姿は、口さがない同級生たちの噂話と偏見、好奇、嘲笑のこもった目線に対して、孤独にじっと耐えているように見えたのだ。
「あの、こんにちは」
だから私はその日の帰り道、駅のホームで話しかけてみた。休憩時間に、中岡に言い返せずに溜まってしまった感情を、そこで放出したのだった。
「え?」意外そうにこちらを見る春子さん。「ああ、こんにちは」
急に声をかけられたので一瞬びっくりしたようだが、すぐに、友人と朝のあいさつをするような軽めののりで、彼女は返事をしてくれた。実は春子さんも、駅のホームや電車内でよく見かける私の顔を覚えてくれていたのだ。そのことは、この後の電車内でのおしゃべりで知ることになった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
百合の一幕 涼香と涼音の緩い日常
坂餅
青春
毎日更新
一話一話が短いのでサクッと読める作品です。
水原涼香(みずはらりょうか)
黒髪ロングに左目尻ほくろのスレンダーなクールビューティー。下級生を中心に、クールで美人な先輩という認識を持たれている。同級生達からは問題児扱い。涼音の可愛さは全人類が知るべきことだと思っている。
檜山涼音(ひやますずね)
茶色に染められた長い髪をおさげにしており、クリっとした目はとても可愛らしい。その愛らしい見た目は、この学校で可愛い子は? と言えばすぐ名前が上がる程の可愛さ。涼香がいればそれでいいと思っている節がある。
柏木菜々美(かしわぎななみ)
肩口まで伸びてた赤毛の少し釣り目な女子生徒。ここねが世界で一可愛い。
自分がここねといちゃついているのに、他の人がいちゃついているのを見ると顔を真っ赤にして照れたり逃げ出したり爆発する。
基本的にいちゃついているところを見られても真っ赤になったり爆発したりする。
残念美人。
芹澤ここね(せりざわここね)
黒のサイドテールの小柄な体躯に真面目な生徒。目が大きく、小動物のような思わず守ってあげたくなる雰囲気がある。可愛い。ここねの頭を撫でるために今日も争いが繰り広げられているとかいないとか。菜々美が大好き。人前でもいちゃつける人。
綾瀬彩(あやせあや)
ウェーブがかったベージュの髪。セミロング。
成績優秀。可愛い顔をしているのだが、常に機嫌が悪そうな顔をしている、決して菜々美と涼香のせいで機嫌が悪い顔をしているわけではない。決して涼香のせいではない。なぜかフルネームで呼ばれる。夏美とよく一緒にいる。
伊藤夏美(いとうなつみ)
彩の真似をして髪の毛をベージュに染めている。髪型まで同じにしたら彩が怒るからボブヘアーにパーマをあててウェーブさせている
彩と同じ中学出身。彩を追ってこの高校に入学した。
元々は引っ込み思案な性格だったが、堂々としている彩に憧れて、彩の隣に立てるようにと頑張っている。
綺麗な顔立ちの子。
春田若菜(はるたわかな)
黒髪ショートカットのバスケ部。涼香と三年間同じクラスの猛者。
なんとなくの雰囲気でそれっぽいことを言える。涼香と三年間同じクラスで過ごしただけのことはある。
涼香が躓いて放った宙を舞う割れ物は若菜がキャッチする。
チャリ通。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~
楠富 つかさ
青春
落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。
世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート!
※表紙はAIイラストです。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
小説女優《ノベルアクトレス》~あたしは小説を演じて、小悪魔先パイに分からされちゃう???~
夕姫
青春
『この気持ちは小説《嘘》じゃないから。だから……ずっと一緒にいてほしい……』
思春期女子が共感できるところが1つはある。涙なくしては語れない至極のモヤキュン青春百合小説誕生!どうぞ御堪能ください✨
※プロローグは前置きで本編は2話から始まります。
【あらすじ】
様々なジャンルの中で唯一「恋愛物」が嫌いな主人公 新堂凛花(しんどうりんか)。
彼女は恋愛物以外ならなんでも好き。小説の中の恋愛はあり得ないと常々思っている。
名門花咲学園に入学した凛花は、必ず部活に入らなくては行けない決まりを知り、見たことも聞いたこともないような部活の「小説同好会」に興味を持つ。
そしてその小説同好会に行くと黒髪で美人な見た目の二年生の先パイ 小鳥遊結愛(たかなしゆあ)がいた。
彼女は凛花を快く迎えいれてくれたが、凛花が恋愛物の小説が嫌いと知ると態度が一変。
そう、ここは小説同好会ではなく小説演劇同好会だったのだ。恋愛経験も乏しく男性経験もない、恋愛物を嫌っている主人公の凛花は【小説女優】として小鳥遊結愛先パイに恋愛物の素晴らしさを身を持って分からされていくことになるのだが……。
この物語は女子高生の日常を描いた、恋に勉強に色んな悩みに葛藤しながら、時に真面目に、切なくて、そして小説を演じながら自分の気持ちに気づき恋を知り成長していく。少しエッチな青春ストーリー。
思春期ではすまない変化
こしょ
青春
TS女体化現代青春です。恋愛要素はありません。
自分の身体が一気に別人、モデルかというような美女になってしまった中学生男子が、どうやれば元のような中学男子的生活を送り自分を守ることができるのだろうかっていう話です。
落ちがあっさりすぎるとかお褒めの言葉とかあったら教えて下さい嬉しいのですっごく
初めて挑戦してみます。pixivやカクヨムなどにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる