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13話

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「あはは――! はやーい!」
「舌噛まないよう気を付けるのよ~」

 私は空を飛んでいた。
 ごうごうと風が吹きつけるが、汗が乾いてむしろ気持ちいい。

 コレットの呪文で浮遊した私たち。
 行き先は、背中にくっついたコレットが自由に決めているようで、今は地上十メートルくらいの高さを高速で飛行している。
 余りの速さに、並んだ背丈の青草がぼやけてしまって、緑色をした一つの塊みたいだ。

「まほう、すごい……!」

 今まで歩いてきた距離を僅かな時間で更新してしまった。
 草原に映る私の影が置いて行かれないよう必死についてくるのがかわいく感じられて、私は手を振る。


「もっと! もっと上まであがってみて!」
「はいはい、子供ってどうして高い所が好きなのかしら……」

 ぐいんと高度を上げた私たちは羊みたいな雲の塊に突っ込んだ。

「きゃあ――――――♪」

 視界が真っ白になる。
 肺のなかまでシュワシュワとした水蒸気が満たしてクリーンな気分だ。

 分厚い雲に穴をあけた私たちは、青色に染まった空のなかで停止する。

「えーと、どっちだったかしら?」

 目的地を見失ったようで、きょろきょろとするコレット。
 私も地上を見下ろす。
 一面を覆いつくす緑の海にまばらに浮き上がる湖が、空を反射して青色に輝いていた。
 とてもきれいだ。

「あ、あった! たてものあったよ!」
「いい加減落ち着くかしら~。空を飛んだだけでこんなに喜ぶなんて、人間って不思議ね」

 丘の上の宝物庫が視界に入る。
 雲の隙間から見えたそれは、神殿のようだった。 
 高い所からでもはっきりと確認できるほど大きい。
 飛行機の上から見た野球ドームがこんな感じだったなぁ……。
 生身で空を飛ぶなんて私は今、一部のお金持ちにしかできないことをしている。
 正直楽しい。

「いけ――!」

 コレットは私の指さすほうへ加速する。
 その様子はどこか呆れているようにも見えた。


「一気に降りるから口閉じるのよ~」
「あーい!」

 宝物庫の真上、上空五千メートル? あたりでコレットはいつもの調子で言った。
 どうやって降りるのだろうか。
 やっぱり妖精らしく、ひらひらと舞い降りるのだろうか。

 パチン。

 コレットが唐突に、指を鳴らして魔法を解除した。
 ――びゅおん!
 
 浮力を失った私たちは床が抜けたかのように真っすぐに落下する。

「うわあああああ――!!」

 あまりの風圧に唇がめくれかえる。
 ぶるるるるる……。

(アハハ! 変な顔になっているかしら~!)

 逆さまになったコレットが笑う。
 いや、逆さまになっているのは私の方か。頭に血が上って重たい。
 重力に引っ張られてた体は際限なく加速し、とうとうあんなに遠いと思っていた地上が頭のすぐ真上に迫っていた。

(サヨナラ……)

 ――ピタッ。

 頭から激突する寸前で体が停止し、くるんと半回転したかと思うと、足からすとん・・・と着地した。
 真っ黒の影が待ち焦がれたとでも言いたげに私の足にまとわりついてくる。ただいま地上。
 (降りるところを除けば)良い旅でした。

「あんなことするなら先にいって――!」
「びっくりした顔が面白かったわ~」

 私に臨死体験させたコレットは、心底楽しそうに笑っていた。
 この妖精むしけらピン止めにしてやろうか。




 目の前には、大きな神殿にも似た宝物庫。
 幾本もの石柱に支えらえたそれはローマの建造物のようで、不届きな侵入者には触れることも許されないような神聖さを感じさせた。


 その入り口を守る、重厚な扉。
 建物と同じ石材でできており、その表面には大仏くらい大きな老人の顔が彫られている。

「よいしょー」

 力いっぱいに押してみるも、びくともしない。
 真実の口みたいに不気味な顔が突然動いたらどうしようかと思った。

「この扉は物理的な干渉では開かないわ~」

 私が試した後に、コレットがそう教えてくれた。
 そもそも開かない仕組みだと……。
 まあ、力づくで開けろと言われても無理だけど。
 打つ手なしと思ったが、得意げな顔しているコレット。
 ということは――

「どうしたら開くか、しってるんだね」
「もちろん! 王家に伝わる詠唱を読み上げれば道は拓かれるかしら」


 私の肩に降りたコレットが耳元でささやいてくる。

「……それを今から教えてあげるわ~」
「ひゃん、くすぐったい」
「もう、ふざけるときではないのに~」

 仕方ないじゃん。くすぐったいものはくすぐったい。

「少し離れて伝えるから、よ~く覚えてよね」

 コレットの風魔法に乗せられて、声が届く。
 うんうん……よし、覚えた。

「われ、くらら・べる・ぐらん・・・・ふぉーすは、試練にいどみ、ちからを示す!」

 私は扉に向かって宣言した。
 王家に伝わる詠唱の、家名の部分を騎士ナイトから大公グランに変えている。
 これで王族のふりをして鍵を開けるつもりらしい。
 杜撰ずさんなやり方だが、上手くいくのだろうか。

(大丈夫かしら~。この扉だいぶ耄碌もうろくしているから)

 私が疑惑の視線を向けていると、

『約束の子らよぉ、よくぞ参った』

 荘厳な歴史の重みを滲ませる、唸るような低音が響いた。
 なんと扉に刻まれた老人の壁画が目を開き、唇を動かしているではないか。

「しゃべった⁉」
「古代文明の遺産よ~。いろいろガタがきているし、適当に話を合わせときなさい」

 私に挑戦権が与えられている辺り、確かにボケているのかもしれない。

『数年ぶりだな』

 いえ、初対面です。
 おじいちゃんしっかりして! 
 それとも知り合いのフリしたらなかに入れてもらえるだろうか。


『財宝を所有したくば、試練を乗り越えよ。覚悟はできているかぁ?』
「うん」

 私は頷いた。
 というかこの世界が一方通行なら、覚悟ができていなくても挑むしかなくない?

『それでは試練の内容を――るぅれっとで決める』

 ルーレット⁉
 聞き間違いかと思ったが、ゴゴゴと揺れながら、扉の表面に円盤ようなものがせり上がった。
 円の外側には一から百までの数字が振ってあり、中心には金色の矢印が光っている。
 ほんとにルーレットだ……。
 
『るぅ~れっとスタートォ!』

 掛け声と同時に針が回り始める。

「クララ! できるだけ楽な数字を狙うのよ~!」

 楽な数字ってなんだよ……。
 目押しには自信があるが、どこを狙えばいいのかがわからん。
 一から百の数字以外に情報が全くない。

「う~ん」

 先ほどからずっと針の動きを見ているが、回転速度が速くなったり遅くなったりとまばらだ。
 目押し対策だろうか、それともなにか手掛かりが……?


『ぜぇ……ぜぇ……。早く、止めんかぁ……』

 扉が苦しそうに促してきた。苦悶に顔を歪め、相当疲労しているのが分かる。
 その針自力で動かしてるのかよ!
 石でできているのに謎パワーで話しかけてきたかと思えば、矢印は手動。
 ハイテクかアナログかわからない扉だ。

「どうやってとめるの?」
『そこ……真ん前……ボタンあるから、早く……』

 息絶え絶えの扉に言われて探すと、確かにあった。
 地面から出た細い石柱の上に、赤いプッシュ式のボタンだ。

(もう少し待っていたらどうなるか見てみたいかしら~)

 今にも止まってしまいそうな金の針を指さしたコレットが、鬼のようなことを言った。

「おすよ」
『……頼むぅ』

 老人の苦しみを終わらせるべく、私は赤いボタンを人差し指で押した。

 ポチッ。

 ルーレットの針が止まる。
 回転の余韻も残さず静止する姿は、電池が切れてしまったおもちゃみたいだ。
 矢印は18を指していたが、それに何の意味があるというのか。

『ふぅ……ふぅ……』
「「……」」

 息を整える扉と、結果発表を待つ私たち。
 居心地の悪い静寂が一帯を包む。

「もうしゃべれる?」
『――ああ、待たせたな人の子よ』

 先ほどと同じく渋い声で話し始めたが、もはや威厳は感じられない。

『汝に与えられた試練、それは――』

 ゴクリ。

『お友達を連れてくることぉ――!』

 扉が叫んだ。
 空気がビリビリと振動する。

「おともだち?」
『そうだ。友人を連れて扉に触れれば、みっしょんくりあであるぅ』
「ちょっと! こんな原っぱにひとなんているわけ――」
『では検討を祈ぉる』

 言うべきことは言ったとばかりに扉は沈黙し――あっ、目も閉じた。

「おきろー! おきろー!」

 バンバンと扉を叩くも反応しない。
 ……これは詰んだかも。

 ここには草木は飽きるほどあっても、人工物はこの宝物庫しか見当たらない。
 到底人が暮らしているとは思えない風景。
 そのため友人を連れてくるというミッションは達成不可能で、私はここから出られないのだ。

 このまま、自分のことをしっかり者だと思い込んでる妖精と二人で暮らしていくしかないんだ……。

「ちょっと」

 私が嘆いていると、コレットが目の前で不満げな顔をしていた。

「失礼なこと考えているところ悪いけど、諦めるにはまだ早いわ」
「だって……ひといないじゃん」
「それがいるのよ~。とてつもない魔力を持った人間の反応が、あっちにあるかしら!」
「ほんと……?」

 こんな何もない世界に人間がいるなんて。
 地獄に仏とはまさにこのこと。
 この際年齢性別は問わない。私のお友達になってくれ!

「柔らかなる風よ、彼の者を包みたまえ」

 私はコレット風魔法でふわりと浮かび上がると、その場所まで運ばれていく。
 これめっちゃらくー。
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