上 下
6 / 30

6話

しおりを挟む
「すぴーすぴー」

 午後。
 家族の猛攻を難なくしのぎ切った私。
 誠心誠意謝るだけで許してくれるなんてちょろいぜ……。
 だがお外には行けなくなったので、こうして昼寝している。

「すやすや――」

 ふかふかの子供用ベッドで寝息を立てているが、実は狸寝入りなのだ!
 メイドもいないのに、なぜ寝たふりをしているのか。
 それは、

 ――ぽふっ。

 私のおなかの上になにかが落下した。
 それはとても軽く、意識していなければ存在を感じないほどだ。
 ガサ、ガサ、ガサ。
 正体不明のなにかは、大胆に布団の上を這いずって私の顔へ向かってくる。

 来なすった。
 私はやつに気取られないよう目を閉じたまま、その位置を精密に想像する。
 やつめ、狙われているとは夢にも思っていないだろう。


 この謎の生物を認識したのはもう一年以上前になる。
 寝返りができるようになったころ誰もいないはず部屋で、どこからか視線を感じたのが最初だ。
 気のせいだろうと思っていたが、いつだったか起床したときに枕元からなにかが逃げ出すのを目撃した。
 これ以来、私は睡魔と戦いながら謎の生物の情報を集めている。
 眠ったふりをしている途中に本当に寝てしまうことが多々あり、調査は難航したがある程度の生態はつかめた。

 それがこれだ。
 体重はとても軽く、手のひらサイズ。飛行能力をもちすばしっこい。
 私が眠っていると近づいてくる特性があるようだ。

 私の部屋に住み着いているのは、いったいなんなのか。
 いまだに姿を見たことはない。
 大きな虫か、はたまたしっぽを回転させてホバリングするネズミか。
 その正体を今日確かめる!

 私は素早く両手を布団から出すと、がしっと重みを感じる場所を挟んだ。

「きゃ~! 捕まったかしら~⁉」

 聞こえたのはソプラノの悲鳴。
 手の中でなにかがじたばたと暴れている。
 じんわりと温かなそれは昆虫類の手触りではない。

 私はゆっくりと目を開ける。
 両手に挟まってもがいていたのは、人型の生物だった。

「こび……と?」
「小人じゃなくて妖精ですぅ~! あんな低能生物と間違えないでほしいかしら!」

 小人、もとい妖精は訴える。
 
「そ、それでこんな美少女妖精である私を捕まえて、い、いったいどうするつもりかしら⁉」

 ……どうしようか。
 当初の予定どおりに進めれば、
 捕まえて――

「たべゆ」
「いやああああああああああああ!!」

 妖精は悲鳴を上げた。

「わ、私なんて食べても全然おいしくないわよ⁉ それよりもっとおいしそうな妖精やつ連れてくるから、私だけは食べないで~!」

 私としても意思疎通できる生き物を食べるのは気が引けるんだが……。
 本当に食べられると思ったらしく、同胞を売って助かろうとする妖精。

「ほら、私とあなたって同じ髪の色じゃない? 緑色の髪のよしみで、見逃してほしいかしら!」

 あっ、言ってはならないことを。
 私は無言で両手を口に近づける。
 ……いい匂いがする。本当に食べちゃおうかな。

「後生です! 後生です! あなたのうちに秘められたギフトの使い方を教えてあげるから、どうか食べないでください‼」

 『ギフト』とな? 
 興味を持った私は、両手を離して妖精を解放した。
 気になった! お前を食べるのは最後にしてやろう!
 いや、元から食べるつもりはないんだよ? 本当だよ?


 自由を手に入れた妖精は、膝の上でせっせと服のシワを伸ばしている。
 背丈はタバコのケースと同じくらい。妖精というだけあって綺麗な顔にすらりとした大人の体。白いワンピースみたいな服は、人間のものと作り方が違うのか、縫い目が見当たらない。斜めがけのポシェットを身に着けているがそのサイズでは大したものは入らないだろう。
 そして目を引くのが、私と同じエメラルドで紡いだかのように透き通る緑色の長髪。
 私はこの髪の色をあまり気に入っていないが、その話はまた今度だ。

「ふぃ~。それではあなたのギフトについて教えてあげるかしら」
「まって」

 服を整えた妖精は、さっそく本題を話始めたが、その前に聞きたいことがある。

「な、なによ。気が変わって食べることにしたとか言わないかしら……」

 膝の上から立ち上がり、ファイティングポーズをとる妖精。
 そうじゃなくて、

「なまえなに」

 お互い名前も知らない同士じゃやりにくい。

「私はコレット。妖精のコレットかしら」
「わたしは――」
「知っているわ。クララでしょう?」

 私の言葉を遮るコレット。

「どうしてわたしのなまえ知ってるの?」
「それはずっと覗いていたからに――な、なんでもないかしら~」

 気になっていたことを自分から吐きよった。
 ごまかすように八の字に飛んでみせるコレット。
 妖精はごまかすときに八の字に飛ぶのか?

「なんでわたしのことずっとみてたの?」
「ちがうかしら、たまたま入った部屋に――」
「うそつき。一才のころからずっとみられてたもん」

 見苦しく抵抗を続けるコレット。もういっそ食べてしまおうか――

「見てた! ずっと見てたわ! 珍しいギフト持ちの人間がいたから気になっていたかしら~!」

 コレットはようやく正直に白状した。
 視線の正体は妖精のコレットだったのだ。これで長きにわたる懸念が一つ消える。

 それで、さっきからちょくちょく出てくる『ギフト』ってなんなのさ。

「ギフトは人間種が先天的に持つ不思議な力のことかしら。誰にでも使える魔法とは違ってその人にしか使えない能力なのよ~」

 やっぱりあったんだ魔法。
 ギフトが私の中にあるという話だが、いったいどんなものだろうか。
 目を閉じて『ギフト』と念じるも、当然なにも起こらない。

「どうやってギフトつかうの?」
「今のままでは使えないわ。ギフトは覚醒させるまでなんの役にも立たないかしら~」
「コレットがギフトをつかえるようにしてくれるね」

 使い方を教えるとはそういうことだろう。

「えっ? 私が人間ごときのこまごましたこと知る訳ないわ」

 急に真顔になるコレット。
 知らないの? それではなぜ使い方を教えると言い出したのか。

「ただ人間は『螺旋の宝玉』に触れてギフトを使うようになるから、その場所を教えてあげるかしら」
「どこにあるの?」
「王城の宝物庫かしら~」

 「かしら~」じゃない!
 そんなところに入れる訳がないだろう。
 家から出たこともない私が王城の宝物庫に忍び込むなんて無謀もいいところだ。

「貴族の学校に通えばそのうち触れられるみたいよ~」
「なんさいで使えるようになるかわからない」

 若い方が何事も呑み込みが良いから、すぐにでも開放したい。

「だったら自分から触りに行けばいいかしら」
「じぶんから?」
「宝物庫に忍び込んで、こっそり触ればいいわ」

 コレットは艶っぽく笑う。小さいくせに無駄に美人だ。

「でも……」
「どうせ減るものでもないのだし~」

 そう言ってのけるが、王城に向かう機会がない。
 家を抜け出そうものなら、今朝とは比べ物にならないほどに手酷いお叱りを受けるだろう。
 ようやくファンタジーできるかと思ったが、現実はかくも厳しい。

「コレット……わたしおしろにいけないからむりだよ」

 それを聞いても妖精の表情は晴れやかなままだ。

「それだったら心配ないわ~。あなたは近いうちに王城に行くのだから」

 コレットは自信に満ちた表情でそう告げた。


 その日のうちに、私宛に国王から手紙が届いた。
 母がかみ砕いて説明してくれたところによると、「同い年の王子と仲良くなるかもしれないからよかったら王城うちにこないか」とのことらしい。
 父は行きたくないんだったら断っていいんだぞと何度も言ってきたが、ギフトの件もあるし、なにより私は外に出たい。
 私が登城する意思を示すと、とんとん拍子で準備が進み、明日には父と二人で王城に行くことになった。
 外出は当分無理かと思ったが、一通の手紙で魔法にかけられたように事態は急変した。


 頭上を見上げると、シャンデリアの周りをぐるぐると回っていたコレットがウインクした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

アンチエイジャー「この世界、人材不足にて!元勇者様、禁忌を破って若返るご様子」

荒雲ニンザ
ファンタジー
ガチなハイファンタジーだよ! トロピカルでのんびりとした時間が過ぎてゆく南の最果て、余生を過ごすのにピッタリなド田舎島。 丘の上の教会にある孤児院に、アメリアという女の子がおりました。 彼女は、100年前にこの世界を救った勇者4人のおとぎ話が大好き! 彼女には、育ててくれた優しい老神父様と、同じく身寄りのないきょうだいたちがおりました。 それと、教会に手伝いにくる、オシャレでキュートなおばあちゃん。 あと、やたらと自分に護身術を教えたがる、町に住む偏屈なおじいちゃん。 ある日、そののんびりとした島に、勇者4人に倒されたはずの魔王が復活してしまったかもしれない……なんて話が舞い込んで、お年寄り連中が大騒ぎ。 アメリア「どうしてみんなで大騒ぎしているの?」 100年前に魔物討伐が終わってしまった世界は平和な世界。 100年後の今、この平和な世界には、魔王と戦えるだけの人材がいなかったのです。 そんな話を長編でやってます。 陽気で楽しい話にしてあるので、明るいケルト音楽でも聞きながら読んでね!

妖精王オベロンの異世界生活

悠十
ファンタジー
 ある日、サラリーマンの佐々木良太は車に轢かれそうになっていたお婆さんを庇って死んでしまった。  それは、良太が勤める会社が世界初の仮想空間による体感型ゲームを世界に発表し、良太がGMキャラの一人に、所謂『中の人』選ばれた、そんな希望に満ち溢れた、ある日の事だった。  お婆さんを助けた事に後悔はないが、未練があった良太の魂を拾い上げたのは、良太が助けたお婆さんだった。  彼女は、異世界の女神様だったのだ。  女神様は良太に提案する。 「私の管理する世界に転生しませんか?」  そして、良太は女神様の管理する世界に『妖精王オベロン』として転生する事になった。  そこから始まる、妖精王オベロンの異世界生活。

平凡なサラリーマンのオレが異世界最強になってしまった件について

楠乃小玉
ファンタジー
上司から意地悪されて、会社の交流会の飲み会でグチグチ嫌味言われながらも、 就職氷河期にやっと見つけた職場を退職できないオレ。 それでも毎日真面目に仕事し続けてきた。 ある時、コンビニの横でオタクが不良に集団暴行されていた。 道行く人はみんな無視していたが、何の気なしに、「やめろよ」って 注意してしまった。 不良たちの怒りはオレに向く。 バットだの鉄パイプだので滅多打ちにされる。 誰も助けてくれない。 ただただ真面目に、コツコツと誰にも迷惑をかけずに生きてきたのに、こんな不条理ってあるか?  ゴキッとイヤな音がして意識が跳んだ。  目が覚めると、目の前に女神様がいた。  「はいはい、次の人、まったく最近は猫も杓子も異世界転生ね、で、あんたは何になりたいの?」  女神様はオレの顔を覗き込んで、そう尋ねた。 「……異世界転生かよ」

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...