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第6章 少年パティシエが何かを変える

第7話 和平会議の昼食会メニュー

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 ワール国の最大都市ダメジャンから北西に二五〇キロ。ヤムイモンのカテドラル。
 歴としたバジリック――教皇に特権を与えられたローマ・カトリック教会堂だ。
 水色、青系のステンドグラスの巨大なドーム天井――直径が五六メートルもある――は、じつは頂上部分がわずかに欠けていて、雨漏りがする。スコールのたびに、下のみごとなモザイク模様の大理石に浅い水たまりができる。
 だが、たとえ少々雨漏りがしようとも、世界最大のカテドラルだった。
 ヨーロッパでもなく、北米でもなく、南米でもなく、こんなところにカテドラルの世界一があるとは、知る者は少ないだろう。しかも、バチカン市国の直接所有物だ。
 カトリック教徒の前々大統領が建て、寄進したのだが、建造費が汚いカネだったので最初は受け取ってもらえなかった。その後、なんとかして受け取ってもらえた。――というのは、あくまでも噂だが、そんな悪意ある噂がたったほど巨大で、貧しい国には立派な大聖堂だった。
 外見は白亜。壮麗。熱帯のスカイブルーによく映える。
 詣でる者の少ない、ガランとした、いつもさみしげな世界一の聖堂が、今日はものものしい雰囲気に包まれていた。
「今日の昼食会には、パリから一級の料理人が来ていて、特にガトーは素晴らしく期待できるようですな」
「パリか、なつかしいな」
 会話の上だけの言葉。何も実感などこもっていない。
 四人の指導者たちは、言葉の上では和やかな談笑をしていたが、表情や仕草は緊張に満ち、ピリピリと牽制しあっていた。形ばかりのイベントであるここの見学会が終われば、ヤムイモン・リゾートの絢爛豪華なホテルのメインダイニングでの昼食会。そして昼食会の後が和平会議だが、その会議に向けて、もはや全神経が集中している。
 ワール国人どうしだったが、彼らはフランス語で喋りあっていた。四人は、それぞれ出身部族が違う。自分達の言葉では会話が成立しない。
 ワール国には大きくわけて五系統の民族があり、あわせて六〇以上の部族言語があった。日本の九〇パーセントの面積しかない国土にそれだけの部族があれば、内紛にもなる――と言われている。
 実際には、五系統の民族圏が境を接するちょうどその場所を区切り取って国にした過去のおかげで、フランス語で話し合うしか、彼らには方法がない。
 そんな四人の首領たちの他に、オーギュスト・レミュール顧問。西アフリカ諸国経済共同体ECOWASの議長国である隣国のリマガルナ国からきたECOWAS事務局長ツナオ・アンドゥ。
 要人が揃っているわけで、周囲にはものものしく、警護の兵隊が展開していた。バジリックの身廊には通信兵だけだが、バジリックの周囲にも、外の庭園にも、ヤムイモン市内の通行量の少ないアスファルトの大道路の各所にも。
 公的には中立のECOWAS平和維持軍ECOMOGから差し向けられた、西アフリカ各国出身のエリートで構成、訓練された部隊だ。
 まだ国連は、この国の内紛に関しては動いていない。アフリカ人による地域国際組織であるECOWASによって解決できるものは解決させるというのが、国連の近年の西アフリカに対する姿勢だった。実際、いくつかの国の内紛では、ECOWASの紛争解決・安全保障メカニズムがうまく成功しかけている。ECOMOGが停戦監視団として内戦に介入、その後主体を国連にバトンタッチして国連軍と名を変える例もあるが、まだワール国では、そんな事態は回避されていた。
 だが――。そのとき、周囲五〇キロを視野に納められる観察者がもしいたら、そこらじゅうに迷彩を施した軽装甲車や軽空中機動車がうごめき、自走榴弾砲が設置され、装輪装甲車が、戦車が、攻撃ヘリコプターが待機し、そのバジリックのある市街地を完全に包囲しつつあるのを見つけて、慄然としたことだろう。


 壁面のステンドグラスに、聖書の名場面のエキストラで、黒人の男が一人だけ出現している。
 髭をなでながら、それを複雑な顔で見上げていたレミュールは、秘書官から、唐突に耳打ちされた。
「西に放った〝アフリカ象〟からの通信です」
 携帯電話を渡される。ダメジャンのような近代都市より、ここらの田舎のほうが携帯が便利に使えたりする。有線の電話網が普及しないでいるうちに、携帯電話技術が先進国でどんどん進歩して安い設置料で入ってきたため、アフリカ大陸では、固定電話はなくとも村に一台携帯電話を持っている、という地帯が多い。
 顧問が携帯を耳にあてると、フランス語が流れてきた。
『ムサ・ビトオ派の小物を所持した新大陸産のネズミ、確保しました』
「よかった――。ご苦労様です」
 パリの町にはフランス陸軍のOBがうようよしていて、エリゼ通りの政府筋の各館の事務官からのコンタクトを、いつでも待っていた。彼らと契約を結び、そのネットワークが本領を最もよく発揮するアフリカで、ひと働きしてもらう。臨機応変の傭兵部隊は、キャタピラー・キャピタルの工作員を捕まえ、暗殺計画を阻止できたようだ。
 これで心配はなくなった。ヤムイモンの和平会議は安泰だ――
 顧問も、彼の秘書官もそう思って、胸をなで下ろした。
 だが、次の瞬間、その胸をドンッと大きくひと跳ねさせる衝撃。
 戸外から同時に爆発音が聞こえた。ドコーンというような轟音と共に爆風で、ステンドグラスがパーン、パーンと弾けて降ってくる。色とりどりのガラスの小片の散乱光が嘘のように美しく躍る中、大バジリックが柱ごと、ドームごとグワラ、グワラと煽られるように揺れ、中の人々は立っていられずバタバタと膝をついた。すがりつく壁に、パリパリパリッと亀裂が走っていく。遅れてホコリが天井から大柱頭から二階から、掃き出されるように降ってきた。差し込む陽光に、もうもうと白く。
「な、なんだ?! 何がおこった!!」
 最初に怒号をあげたのが誰だったのか、分からない。


 真っ白なちぎれ雲の浮かぶ青空の下、少し離れた森の影から、一五五ミリ榴弾砲が白煙を吹いて飛んでいった。数秒後、地平線の彼方で土煙があがる。遅れて返ってくる、衝撃音――どこーん!
「た~まや~♪」
 ブッシュの間に止めた軽装甲車のルーフから胸を出し、双眼鏡を目にあてていたフランス人が楽しげに言い、口笛も吹いた。日本語は、外人部隊に残っている友人から先日習った。
 偵察機が上空を飛び、送った後方の指揮通信車からの情報をリンク、自動照準システムで砲の角度、方向を精密に制御されて発射された砲弾は、目標をだろう。
「さて、うちも準備するかね」
 ヘルメットのバンドを絞め直し、よっこらしょと動く。MILAN対戦車ミサイルを積んでいた。
 機関銃もついていたが、こちらは今回出番ナシの予定だ。ブルパップやその他の個人装備も。ただし、個人装備のなかでも、美食の国の自慢のレーションだけはしっかり活躍予定で、何食も用意があり、彼と同乗者は、それをひそかに楽しみにしていた。

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