11 / 23
メイド長と御曹司 編
メイド長とお風呂とその先と
しおりを挟む
獅童邸には住み込みで働く従業員用の大浴場がある。
基本的に男女で交代制になっているが、使用人の男女比は4:12のため、殆どの時間は女性専用と化している。
男性従業員は料理専門であるため、夕食の調理を終えた後一時間以内が暗黙の了解。その後の時間は女性しか入ることを許されていないのだ。
そして更にその中でも役職に基づいて順番が決められている。順番が後者であればあるほど役職が上の人物が入浴を許されるというわけである。
つまり、最後に順番分けされたメイド長は本来気兼ねなく入浴を済ませることができるのだが――――――
「してしまった……」
大浴場に静かにこだまする声。
大理石で覆われた浴槽の中でひとり、私は俯いていた。
もう何度目だろうか、後悔と羞恥が波のように押し寄せ、いじらしくも私を悶々とさせる。
適正なお湯加減。寒さで固まる節々がほとよく解れていく。なのにこの気持ちはいつまで経っても強張ったまま。
溶けることなく、でも何時までも冷めないまま。言葉では表現できない感覚だった。
でも理由はきちんと分かっている。決して浴槽に浸かっているからではない。
「キス、してしまった……」
自制できなかった自分が恥ずかしい。
こういったものには手順があるのだと講釈を垂れていた私がいきなりキスをしたなど、明らかに矛盾していた。
なぜ私はあんなことをしてしまったのか、そんな後悔と羞恥がせめぎ合っていた。
「…………」
口元に指先をあてると、鮮明に思い出すあの瞬間。
いつまでも残る感触に酔いしれているようで、まるで自分が自分じゃないみたいだった。
「キス……したんだ……しちゃったんだ……」
頭がポワポワして落ち着かない。
どうして私はキスをしたのだろうか、そもそもどうしてキスをしてはいけないのか。だんだんと分からなくなってくる。
幻想的なひと時、そして私の初めて。
生涯を集約させても足りないほどに脳内に焼き付いてしまった。
そろそろマズイと分かっている。
司と関係を発展させれば自ずと障害となる問題が押し寄せてくると理解しているのに、それでも先の関係を望んでしまっている。
誰にもバレてはいけないのに、司に抑えるようお願いしたのに、なのに肝心な私が暴走しかけている。
「なんだかもう面倒になってきた……」
もう良いのではないか。
面倒事は全部捨てて、ただ本心に従えば楽しいに決まっている。
そうだ、楽しい日々が待っているのだ。
いつまでも甘くて煌びやかで心から笑顔になれる未来。
彼の隣に添い続け、呆れるほどに彼を味わってしまいたい。
そんな、当たり前の日々を――――――
「…………駄目だよ。そんな夢物語、あるわけないのに」
でも現実はそんな甘くない。
令嬢でもない平民風情が釣り合うわけがないほどに獅童家の肩書きは重い。
使用人を迎え入れたともなれば、忽ち評判が悪くなるのは目に見えている。
その全ての非難や重圧を背負うのは私ではない、次期獅童家当主の司なのだ。
司に背負わせてしまう罪悪感で、きっと私は自分を嫌いになる。
もうあの時みたいに現実を突きつけられたくない。ならば自ら諦めた方がより傷つかなくて済む。
司が望む対等、でも私にはその覚悟がない。
この先もずっと司の隣にいる姿を想像できない。
私には資格がないと、そう思ってしまう。
「…………もう出よう」
静かに音を立てないよう浴槽から出る。
逆波立てず、積み上げたものを溢さないように少しずつ、そっと抱きしめて。
今はまだだとしても、いつかはやってくる選択の時。
限りある時間を大事に想い、これからのことを考えながら今を送れば良い。
その時までに答えを出せれば、それで良い。
高校卒業し、司が当主を継ぐその時まで、私は答えを探し続けよう――――――
◇
「…………澄花さん、なんで司様とキスしてたの?」
でも遅かった。
あの頃と同じ。私は選択を間違えてしまった。
未来を夢見て、現実を思い知って、また繰り返してしまった。
どうしてあの時もっと警戒しなかったのか、どうしてあの時、気が緩んでしまったのか。
今更押し寄せる後悔は私をあざ笑うようにやってきた。
でも、過ぎてしまった時はもう戻らない。
私の運命は初めから決まっていたのだから――――――
基本的に男女で交代制になっているが、使用人の男女比は4:12のため、殆どの時間は女性専用と化している。
男性従業員は料理専門であるため、夕食の調理を終えた後一時間以内が暗黙の了解。その後の時間は女性しか入ることを許されていないのだ。
そして更にその中でも役職に基づいて順番が決められている。順番が後者であればあるほど役職が上の人物が入浴を許されるというわけである。
つまり、最後に順番分けされたメイド長は本来気兼ねなく入浴を済ませることができるのだが――――――
「してしまった……」
大浴場に静かにこだまする声。
大理石で覆われた浴槽の中でひとり、私は俯いていた。
もう何度目だろうか、後悔と羞恥が波のように押し寄せ、いじらしくも私を悶々とさせる。
適正なお湯加減。寒さで固まる節々がほとよく解れていく。なのにこの気持ちはいつまで経っても強張ったまま。
溶けることなく、でも何時までも冷めないまま。言葉では表現できない感覚だった。
でも理由はきちんと分かっている。決して浴槽に浸かっているからではない。
「キス、してしまった……」
自制できなかった自分が恥ずかしい。
こういったものには手順があるのだと講釈を垂れていた私がいきなりキスをしたなど、明らかに矛盾していた。
なぜ私はあんなことをしてしまったのか、そんな後悔と羞恥がせめぎ合っていた。
「…………」
口元に指先をあてると、鮮明に思い出すあの瞬間。
いつまでも残る感触に酔いしれているようで、まるで自分が自分じゃないみたいだった。
「キス……したんだ……しちゃったんだ……」
頭がポワポワして落ち着かない。
どうして私はキスをしたのだろうか、そもそもどうしてキスをしてはいけないのか。だんだんと分からなくなってくる。
幻想的なひと時、そして私の初めて。
生涯を集約させても足りないほどに脳内に焼き付いてしまった。
そろそろマズイと分かっている。
司と関係を発展させれば自ずと障害となる問題が押し寄せてくると理解しているのに、それでも先の関係を望んでしまっている。
誰にもバレてはいけないのに、司に抑えるようお願いしたのに、なのに肝心な私が暴走しかけている。
「なんだかもう面倒になってきた……」
もう良いのではないか。
面倒事は全部捨てて、ただ本心に従えば楽しいに決まっている。
そうだ、楽しい日々が待っているのだ。
いつまでも甘くて煌びやかで心から笑顔になれる未来。
彼の隣に添い続け、呆れるほどに彼を味わってしまいたい。
そんな、当たり前の日々を――――――
「…………駄目だよ。そんな夢物語、あるわけないのに」
でも現実はそんな甘くない。
令嬢でもない平民風情が釣り合うわけがないほどに獅童家の肩書きは重い。
使用人を迎え入れたともなれば、忽ち評判が悪くなるのは目に見えている。
その全ての非難や重圧を背負うのは私ではない、次期獅童家当主の司なのだ。
司に背負わせてしまう罪悪感で、きっと私は自分を嫌いになる。
もうあの時みたいに現実を突きつけられたくない。ならば自ら諦めた方がより傷つかなくて済む。
司が望む対等、でも私にはその覚悟がない。
この先もずっと司の隣にいる姿を想像できない。
私には資格がないと、そう思ってしまう。
「…………もう出よう」
静かに音を立てないよう浴槽から出る。
逆波立てず、積み上げたものを溢さないように少しずつ、そっと抱きしめて。
今はまだだとしても、いつかはやってくる選択の時。
限りある時間を大事に想い、これからのことを考えながら今を送れば良い。
その時までに答えを出せれば、それで良い。
高校卒業し、司が当主を継ぐその時まで、私は答えを探し続けよう――――――
◇
「…………澄花さん、なんで司様とキスしてたの?」
でも遅かった。
あの頃と同じ。私は選択を間違えてしまった。
未来を夢見て、現実を思い知って、また繰り返してしまった。
どうしてあの時もっと警戒しなかったのか、どうしてあの時、気が緩んでしまったのか。
今更押し寄せる後悔は私をあざ笑うようにやってきた。
でも、過ぎてしまった時はもう戻らない。
私の運命は初めから決まっていたのだから――――――
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる