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エマ王妃の思い
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そろそろ本日の業務を終わりにしようかと思っていた時刻に珍しい訪問者が現れた。
前王妃の息子、第二王子ルカ・アレクサンダー・フィリップである。
彼は姉が王妃であった頃は、ほぼこの部屋にいた。当日、宰相として私もこの部屋で姉と仕事をしてため彼は私に懐いてくれた。姉の死後もそれを理解するまでは王妃席付近にいたが姉ではなく私が王妃席に座るようになってから一切この部屋に近付かなくなった。
そんな彼が現れた。
国王のフィリップが大騒ぎしそうになった食事の件からルカが行動を起こすだろうとある程度想定はしていたがこの部屋に来たのには驚いた。私の横で目を大きく開いている宰相のクリスティーナは私より驚愕しているのかもしれない。彼女に対面して座る法務大臣アーサーは何か知っているようである。
あの日、ルカの事をお願いしましたが報告が来ていませんよ。まぁそれが彼の判断なら仕方ないのですがね。
「突然の訪問申し訳ありません。宰相殿に家庭教師の件でお願いがあります」
ルカは扉の前に緊張した面持ちで立っている。扉の直線上に私の席があるため、必然的に私と対面していた。宰相の席は彼の左側あり、それに対面して法務大臣の席がある。
「それは、私や法務大臣のアーサーも聞いてかまいませんか」
私はルカが緊張しないように優しく伝えたが、彼の床を見つめていた。体の前に手を置き、左手を右手で抑えていた。かなり力が入っているようで右手が赤くなっているように見える。おそらく緊張の表れだろう。
「大丈夫です。私に家庭教師は必要ありません」
ルカは口以外に部分を一切動かさずにいる。
家庭教師の管理をしているのは宰相であるクリスティーナだ。彼女の方を見ると戸惑っているようである。
家庭教師を断る王族は前代未聞だが動揺の原因はそれだけではないだろう。
私は口を出さずに彼女を見守ることにした。
クリスティーナはしばらくルカを見つめるとゆっくりと口を開いた。
「学習はどう進めるのですか」
「図書室を利用します。それでもわからない部分はルイから学びます。それとカミラにあの程度の家庭教師をつけるなら私が彼女の学習をみます」
ルカの言葉にクリスティーナはピクリと眉を動かした。なんか思うことがあるのだろうが一切顔にでないのはさすがであった。
ルカの言葉だけを聞けばとても立派であるが、彼はクリスティーナの方を見ずに身体を私の方に向け視線は床だ。
話している相手の顔どころ体も向けないのは人として問題がある。
しかし、今までの彼を知っている私は“ルカが自分の意見を言いに来た”という事に涙がでそうになった。
クリスティーナは恐らく迷っている。ルカ自身の家庭教師を停止するのはいいがカミラの件についてはすぐに判断できる問題ではない。
果たしてルカに教えられるだけの学力があるのか。
クリスティーナも同じことを思ったようでルカに質問を始めた。それは基礎的ものから応用、法律、歴史などあらゆる分野から抜粋したものだ。
ルカの答えに私は心臓が飛び出るかと思った。すべて正解である。
質問をしていたクリスティーナは勿論のこといつも細い目をしているアーサーも目を大きく開き固まっている。
確かにこれだけの知識があれば家庭教師など必要ない。
ルカの年齢を考えるとできすぎである。
「ひとつ、僕からいいですか」
ずっと黙っていたアーサーが手を挙げた。私とクリスティーナが頷くとアーサーはルカの方を見る。そして、にやりと笑い軽い口調で問いかける。
「我が国の問題はなんだと思いますか」
ここで初めてルカが顔あげアーサーの方を見た。左手の爪が食い込み右の手の甲から血が滲んでいる。きっと彼は今戦っているのだ。彼なりに前に進もうとしている。
痛々しく思ったが私はそれを義母として見守る義務があると思った。
「貧困地域と奴隷です」
ルカの答えは私の予想を遥かに超えていた。クリスティーナはさっきから動くことを忘れてルカを見つめている。
「なるほど。ルカ第二王子殿下の意見を検討してもいいのではないですか」
アーサーは明るく笑った。それに対してルカは戸惑っているように見える。私は頷くとルカに退室を促した。彼もそろそろ限界だと思う。
ルカが退室してからアーサーはずっとニヤニヤと笑っている。楽しくて仕方がないという様子である。その気持ちも分からなくはない。
「エマ王妃殿下、この件は……」
「そうですね。すぐ伝えて下さい。もしあの人が判断するというのでしたらお任せします」
クリスティーナは返事をすると挨拶をして退室した。
あの人に判断を任せても結果は私の考えと同じだ。
私もあの人もルカには甘い。
今回は根拠もあるので話は通りやすいだろう。
しかし、ルカがここまで覚悟を決めた原因が気になった。さっきの様子からアーサーは何か知っているのだろうと考えているとアーサーと目があった。私の視線に気づいたらしい。
「そんな目で見なくても最後の仕上げが終わったら報告しますよ。この後休暇下さいね」
「感謝しています。休んでください」
彼が最近疲れているのは知っていた。アーサーを頼りにして申し訳ないとは思っているがルカの件は慎重にすすめたかった。
「それと、机の上のそれも引き受けますよ」
アーサーの机の上にある山の様な書類を指さした。労いのつもりで仕事を引き受けようとしたのだが”全て確認済みでありクリスティーナ宰相にまかせるつもり”だと言う。
本当に優秀ですこと。
私が王妃になってはじめて天にいる姉にいい報告ができると思うと嬉しくなった。
前王妃の息子、第二王子ルカ・アレクサンダー・フィリップである。
彼は姉が王妃であった頃は、ほぼこの部屋にいた。当日、宰相として私もこの部屋で姉と仕事をしてため彼は私に懐いてくれた。姉の死後もそれを理解するまでは王妃席付近にいたが姉ではなく私が王妃席に座るようになってから一切この部屋に近付かなくなった。
そんな彼が現れた。
国王のフィリップが大騒ぎしそうになった食事の件からルカが行動を起こすだろうとある程度想定はしていたがこの部屋に来たのには驚いた。私の横で目を大きく開いている宰相のクリスティーナは私より驚愕しているのかもしれない。彼女に対面して座る法務大臣アーサーは何か知っているようである。
あの日、ルカの事をお願いしましたが報告が来ていませんよ。まぁそれが彼の判断なら仕方ないのですがね。
「突然の訪問申し訳ありません。宰相殿に家庭教師の件でお願いがあります」
ルカは扉の前に緊張した面持ちで立っている。扉の直線上に私の席があるため、必然的に私と対面していた。宰相の席は彼の左側あり、それに対面して法務大臣の席がある。
「それは、私や法務大臣のアーサーも聞いてかまいませんか」
私はルカが緊張しないように優しく伝えたが、彼の床を見つめていた。体の前に手を置き、左手を右手で抑えていた。かなり力が入っているようで右手が赤くなっているように見える。おそらく緊張の表れだろう。
「大丈夫です。私に家庭教師は必要ありません」
ルカは口以外に部分を一切動かさずにいる。
家庭教師の管理をしているのは宰相であるクリスティーナだ。彼女の方を見ると戸惑っているようである。
家庭教師を断る王族は前代未聞だが動揺の原因はそれだけではないだろう。
私は口を出さずに彼女を見守ることにした。
クリスティーナはしばらくルカを見つめるとゆっくりと口を開いた。
「学習はどう進めるのですか」
「図書室を利用します。それでもわからない部分はルイから学びます。それとカミラにあの程度の家庭教師をつけるなら私が彼女の学習をみます」
ルカの言葉にクリスティーナはピクリと眉を動かした。なんか思うことがあるのだろうが一切顔にでないのはさすがであった。
ルカの言葉だけを聞けばとても立派であるが、彼はクリスティーナの方を見ずに身体を私の方に向け視線は床だ。
話している相手の顔どころ体も向けないのは人として問題がある。
しかし、今までの彼を知っている私は“ルカが自分の意見を言いに来た”という事に涙がでそうになった。
クリスティーナは恐らく迷っている。ルカ自身の家庭教師を停止するのはいいがカミラの件についてはすぐに判断できる問題ではない。
果たしてルカに教えられるだけの学力があるのか。
クリスティーナも同じことを思ったようでルカに質問を始めた。それは基礎的ものから応用、法律、歴史などあらゆる分野から抜粋したものだ。
ルカの答えに私は心臓が飛び出るかと思った。すべて正解である。
質問をしていたクリスティーナは勿論のこといつも細い目をしているアーサーも目を大きく開き固まっている。
確かにこれだけの知識があれば家庭教師など必要ない。
ルカの年齢を考えるとできすぎである。
「ひとつ、僕からいいですか」
ずっと黙っていたアーサーが手を挙げた。私とクリスティーナが頷くとアーサーはルカの方を見る。そして、にやりと笑い軽い口調で問いかける。
「我が国の問題はなんだと思いますか」
ここで初めてルカが顔あげアーサーの方を見た。左手の爪が食い込み右の手の甲から血が滲んでいる。きっと彼は今戦っているのだ。彼なりに前に進もうとしている。
痛々しく思ったが私はそれを義母として見守る義務があると思った。
「貧困地域と奴隷です」
ルカの答えは私の予想を遥かに超えていた。クリスティーナはさっきから動くことを忘れてルカを見つめている。
「なるほど。ルカ第二王子殿下の意見を検討してもいいのではないですか」
アーサーは明るく笑った。それに対してルカは戸惑っているように見える。私は頷くとルカに退室を促した。彼もそろそろ限界だと思う。
ルカが退室してからアーサーはずっとニヤニヤと笑っている。楽しくて仕方がないという様子である。その気持ちも分からなくはない。
「エマ王妃殿下、この件は……」
「そうですね。すぐ伝えて下さい。もしあの人が判断するというのでしたらお任せします」
クリスティーナは返事をすると挨拶をして退室した。
あの人に判断を任せても結果は私の考えと同じだ。
私もあの人もルカには甘い。
今回は根拠もあるので話は通りやすいだろう。
しかし、ルカがここまで覚悟を決めた原因が気になった。さっきの様子からアーサーは何か知っているのだろうと考えているとアーサーと目があった。私の視線に気づいたらしい。
「そんな目で見なくても最後の仕上げが終わったら報告しますよ。この後休暇下さいね」
「感謝しています。休んでください」
彼が最近疲れているのは知っていた。アーサーを頼りにして申し訳ないとは思っているがルカの件は慎重にすすめたかった。
「それと、机の上のそれも引き受けますよ」
アーサーの机の上にある山の様な書類を指さした。労いのつもりで仕事を引き受けようとしたのだが”全て確認済みでありクリスティーナ宰相にまかせるつもり”だと言う。
本当に優秀ですこと。
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