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十五刑

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 ……なるほど。
 最初は、私が言った事をわざわざ論破する為に港町に連れて行ったのかと思ったが、それだけでは無かったようだ。

『犯罪者共は自業自得』

 犯罪者が嫌いなクセに彼らに皇子が執着していたのは、彼自身が犯罪者を憎んでいたからなのか。


「でも皇族なら他にも手はあったはずじゃ……」
「俺は皇族ではない」
「え?」
「母親が死んだその日から、皆が俺に優しく接してくれた。召使いはもちろん、兄達や帝王も妃も、皆以前に比べて優しくしてくれた。心配の言葉もかけてくれた。
……けれど、誰も母の死を一緒に嘆いてはくれなかった。同じ家に暮らしていたはずなのに、誰も一緒に涙を流してはくれない。
俺は、その時初めて自分も母親も皇族だと思われていないのだと気付いたんだ」


 第1皇子は皇太子で次期帝王に、第2皇子はその補佐。では、3番目はどこの枠組みにはまるか。
 ロイ皇子が執行人を選択した理由が、今の話を聞いて何となく分かった気がした。
 本人は気付いていないだろうけど、きっと事故は彼が執行人を選択する単なる理由付けに過ぎない。例え、あの凄惨な事件が皇子に何の関わりが無かったとしても、母親想いの彼は皇族の中で地位を確立する為に、同じ道を選んでいた事だろう。立場が危うかった母親を守る為に。
 次期帝王、王の補佐官に匹敵する権力は、間違いなく死刑執行人だ。皇族として自分の立場を知らしめる為には、彼には執行人の道しか残されていなかったんだ。

 という事は、粗暴な傲慢皇子と謳われた彼の傲慢さはもしかして……味方がいない皇子の強がりか。

だとしたら私たちは、同じ穴の狢……か。


「……そっか。悪かったな。お前の考えを全否定してしまって」
「なぜ謝るのだ」
「私はてっきり、皇子がただの偏見で『自業自得』と言っていると思っていたから。皇子には皇子の理由があったのに、全否定してしまって悪かった」


 居場所も味方もいない彼の境遇は、自分に似ていると思った。だから彼の今までの傲慢さも分かった気がした。

 自分を保ち、強く見せていかなければ生きる事が出来なかったのだ。

 泣いても誰も救いの手は差し伸べてくれない。信じられるのは自分だけ。自分さえも奪われない為に、潰されない為に、必死に生きようとした証だったのだ。


「謝る必要はない。彼らの過去も知らずに言った事実に変わりはない。
今思えば、あの事件の犯人も国に見捨てられた1人なのだろう」


——『クソッたれ貴族共!!』


「自分の命と引き換えにしても尚、成し遂げたかった事なのだろう。母を殺めたあの男は憎いが、お前のせいで憎み切れない部分ができた」


 『死刑囚には敬意を』
 この父様の言葉は紛れもなく、死刑執行人にとって無くてはならないものだ。
 それでも、皇子のように死刑囚によって心に深い傷を負わされた者は?  憎むことはあっても、敬意を払う事が出来ない彼らが死刑執行人となり、犯罪者の首を斬る事は、父が執行人にとって大罪と記した『私刑』と見なされてしまうのだろうか。

 生憎、父様の本にはそこまで追究されたことは書かれていない。
答えのない問い……。それにもし、未熟な私が答えるとするならば……


「死刑囚は皆同じという考えはどうかと思うが、私は皇子の起動力となっているのなら、その憎悪感情は持ち続けるべきものだと思う」
「何故?」
「その感情が近い将来、皇子と同じ境遇になるはずだった人達を救うことができるかもしれないから。それに、皇子も言ってだろう?」


——『死刑になって然るべき罪を犯した者達』


「ただの偏見だったかもしれないが、その気持ちの片隅に、自分と同じ人間を増やしたくないという想いも少なからずあったのだろう?」
「……さあ?」
「皇子はバカじゃないし、他の貴族連中のように、そこまで下衆じゃない。本当のバカなら、『汚い』の一言で一蹴するから」


 公爵がまさにそのいい例だ。
 彼らと比べて、皇子はあの町を見てショックこそ受けていたものの、あそこの住人達を罵倒する言葉は一言も発さなかった。純粋に、現実を理解して衝撃を受けていた。私はそれを見て、彼の傲慢さの奥にある本質が見えた気がしたのだ。


「私の話を聞いてくれて、ありがとう。皇子」
「……は!  『お前の方が裁きを受けるべきだ!!』って言ってたくせに、俺が昔の話をし始めた途端におべっかか?  急にゴミらしくなるじゃねーか」
「何ソレ。照れ隠しのつもり?」


 プライドが高い人間特有の照れを恥と認識している愚かさ。必死に真顔を保っているが、耳が真っ赤かになって照れているのがバレバレだ。

 下衆ではないが、バカは強ち当たっていたのだろうか。


「……そういえば、お前の名前……まだ聞いていなかったな」
「ちょっと待って。今更ながらの衝撃告白。逆に知らなかったの?!  初回の授業でクラス全員自己紹介したのに!?」
「ゴミの名前など一々覚えていられるか。それともお前は、ゴミ箱にあるゴミ一つ一つに名前をつけて覚えるか?」
「うわぁ……」


 ここに来て衝撃の事実。
 貴族の間で名前を忘れるなんて事は信用問題に関わるから、普通は一発で覚えなければならないのに。特に皇子の場合、王室マナーの品位を疑われるから冗談でも名前の二度聞きなどしてはならないのだが……曇りなき眼が嘘をついていない事をきっちりと証明してしまっている。

 仕方なく、私はため息混じりにもう一度改めて皇子に自己紹介をした。


「ラルフ。ラルフ・アーノイドと申します」
「そうか、ラルフか。ゴミのクセして妖精と名乗るとは良い趣味をしている」


二度も名乗らせておいてその言い草とは……

いい度胸じゃない!!  


「言っとくけど!!  いくら皇子でも人の名前を一度聞いて覚えないのは」
「ロイでいい」
「は?」
「俺の事はロイと呼べ、ラルフ!」
「!」


 傲慢が過ぎる皇子の態度は癇に障る。気に食わない人間は容赦なく殴るし、位が下の者はゴミ扱い、人を脅して外に連れ出す上に、名前は一度で覚えない。
 この非常識の権現のような人間とは、絶対に相容れないだろうと私は確信していた。


 それでも、馴れ馴れしく教えたばかりの名を呼ばれることは、何故かそんなに悪くはなかった。
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