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三刑
しおりを挟む貴族の子が16歳を迎えた時、貴族社会では一般的に親元を離れてパブリックスクールに入学し、2年間寮生活を送ることになっている。これは貴族になる為の然るべき教育であり、リアはもちろんのこと、王族である第二皇子も例外ではない。
そして何より、このパブリックスクールを優で卒業することこそ、死刑執行人になる為の絶対条件。当然ながら、私もこのスクールに入学しなければならなかった。
しかし、養女で厄介者の私に公爵が学費を払ってくれるはずもない。父様の遺産とて、あの婚約パーティーを皮切りに半分も豪華な調度品に無駄遣いしている始末。
普通に頼んでも期待値は0であることは目に見えていた。だから私は、彼に取引を持ちかけた。
「死刑執行人になる為に、スクールに通いたいのです」
婚約パーティーの後、私は公爵に話を切り出した。その一言だけで公爵は耳を真っ赤にさせ怒り狂った。予想通りの反応……ここからは、私の演技力で決まる。
「お怒りはごもっともです。しかし、どうか私のお話を最後までお聞きください。私はここまで私を育てて頂いた公爵に恩返しがしたいのです」
「恩返し?」
「養子とはいえ、私は公爵家の人間。私が王室専属の死刑執行人になれば、間違いなく公爵家の名声はさらに国中に轟くはずです」
私は、心の中の煮えたぎるような怒りと屈辱を必死に抑えながら、少し涙ぐんだ声で話しつつ公爵に頭を垂れ続けた。
「この度、めでたくリア様と第二皇子との婚約が決まり、今に公爵家は貴族社会の中で注目の的。さらに私が死刑執行人になる事が出来れば……」
「な、なるほど……しかし、貴様如きが死刑執行人になれるものなのか」
「お忘れですか? 私はオスカー・アルノルト執行人の娘。幼少の時に、父から仕事の話は度々聞かされておりました」
この話は嘘だ。父から仕事の話を聞いた事は一度もない。父は殺生を扱う仕事をしていたからなのか、家族の時間をとても大切にしていた。父も母も、お互い私がいる前では仕事の話は一言たりとも口にしなかったし、私が興味を持ってもいつもはぐらかされていた。
だから私は父がいないのを見計らって、いつもこっそり仕事机を覗きに行っていた。父の仕事机の引き出しの中には、侯爵家に代々伝わる一冊の指南書があった。
私がその本を見つけたのは6歳の時だ。最初は人間の頭部の挿絵があると認識したくらいで、それが何を意味しているのかは分からなかった。
しかし何度も何度も繰り返し読んでいくうちに、その本が人間の首の落とし方を指南した本だと分かったのは8歳の時だった。歴代の侯爵家の死刑人が試行錯誤し、後世に残していったその本には、見慣れた父の字もあった。
その指南書は、公爵家に来る際に私の荷物に忍ばせていたもの。そしてそれは今、リアの手元にある。
「それはそうかもしれぬが、女の死刑執行人など聞いた事がないぞ」
「ですから、在学中はこのまま女である事を隠すつもりです」
「それが上手くいくわけ」
「それに! リア様の為にもこのまま私は男であり続けるべきかと」
「リアの為だと?」
「第二皇子とすでに婚約関係にあれど、されど婚約段階です。もしも私の正体が女である事がバレ、王家が『騙された』と騒ぎ立てでもすれば、欺瞞のつもりがなかったとは言え公爵家の非は否めないでしょう」
「……」
苦し紛れではあるけれど、バカにはいい効き目にはなるでしょう。押しが弱い部分は、とりあえずリアを引き合いに出せば公爵は私の掌で勝手に踊ってくれる。
「分かった」
リアの結婚と公爵家の名声……仮に失敗しても私を切り捨てさえすれば公爵に痛手はない。
『うまい話には裏がある』という諺を知らない公爵を釣る餌には十分でしょう。
下準備は整った。
後はすべて、私の実力次第ね。
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