上 下
3 / 30

三刑

しおりを挟む



 貴族の子が16歳を迎えた時、貴族社会では一般的に親元を離れてパブリックスクールに入学し、2年間寮生活を送ることになっている。これは貴族になる為の然るべき教育であり、リアはもちろんのこと、王族である第二皇子も例外ではない。

 そして何より、このパブリックスクールを優で卒業することこそ、死刑執行人になる為の絶対条件。当然ながら、私もこのスクールに入学しなければならなかった。
しかし、養女で厄介者の私に公爵が学費を払ってくれるはずもない。父様の遺産とて、あの婚約パーティーを皮切りに半分も豪華な調度品燃えないゴミに無駄遣いしている始末。

 普通に頼んでも期待値は0であることは目に見えていた。だから私は、彼に取引を持ちかけた。


「死刑執行人になる為に、スクールに通いたいのです」


 婚約パーティーの後、私は公爵に話を切り出した。その一言だけで公爵は耳を真っ赤にさせ怒り狂った。予想通りの反応……ここからは、私の演技力で決まる。


「お怒りはごもっともです。しかし、どうか私のお話を最後までお聞きください。私はここまで私を育てて頂いた公爵に恩返しがしたいのです」
「恩返し?」
「養子とはいえ、私は公爵家の人間。私が王室専属の死刑執行人になれば、間違いなく公爵家の名声はさらに国中に轟くはずです」


 私は、心の中の煮えたぎるような怒りと屈辱を必死に抑えながら、少し涙ぐんだ声で話しつつ公爵に頭を垂れ続けた。


「この度、めでたくリア様と第二皇子との婚約が決まり、今に公爵家は貴族社会の中で注目の的。さらに私が死刑執行人になる事が出来れば……」
「な、なるほど……しかし、貴様如きが死刑執行人になれるものなのか」
「お忘れですか? 私はオスカー・アルノルト執行人の娘。幼少の時に、父から仕事の話は度々聞かされておりました」


 この話は嘘だ。父から仕事の話を聞いた事は一度もない。父は殺生を扱う仕事をしていたからなのか、家族の時間をとても大切にしていた。父も母も、お互い私がいる前では仕事の話は一言たりとも口にしなかったし、私が興味を持ってもいつもはぐらかされていた。

 だから私は父がいないのを見計らって、いつもこっそり仕事机を覗きに行っていた。父の仕事机の引き出しの中には、侯爵家に代々伝わる一冊の指南書があった。
私がその本を見つけたのは6歳の時だ。最初は人間の頭部の挿絵があると認識したくらいで、それが何を意味しているのかは分からなかった。

 しかし何度も何度も繰り返し読んでいくうちに、その本が人間の首の落とし方を指南した本だと分かったのは8歳の時だった。歴代の侯爵家の死刑人が試行錯誤し、後世に残していったその本には、見慣れた父の字もあった。

 その指南書は、公爵家に来る際に私の荷物に忍ばせていたもの。そしてそれは今、リアの手元にある。


「それはそうかもしれぬが、女の死刑執行人など聞いた事がないぞ」
「ですから、在学中はこのまま女である事を隠すつもりです」
「それが上手くいくわけ」
「それに!  リア様の為にもこのまま私は男であり続けるべきかと」
「リアの為だと?」
「第二皇子とすでに婚約関係にあれど、婚約段階です。もしも私の正体が女である事がバレ、王家が『騙された』と騒ぎ立てでもすれば、欺瞞のつもりがなかったとは言え公爵家の非は否めないでしょう」
「……」


 苦し紛れではあるけれど、バカ公爵にはいい効き目にはなるでしょう。押しが弱い部分は、とりあえずリアを引き合いに出せば公爵は私の掌で勝手に踊ってくれる。


「分かった」


 リアの結婚と公爵家の名声……仮に失敗しても私を切り捨てさえすれば公爵に痛手はない。
 『うまい話には裏がある』という諺を知らない公爵を釣る餌には十分でしょう。

 下準備は整った。
 後はすべて、私の実力次第ね。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...