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4.空野くんの前世

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あれからも、私は空野くんを目で追ってる。

クラスが違うから、廊下で見かけたりすることがほとんどなんだけど。

廊下に生徒がたくさんいる時でも、すぐに空野くんを見つけられるんだよね。

・・・まるで、センサーでもついてるみたいに。

彼の事を見ている女子は多いし、視線を集めてるから分かりやすいというのもあるんだけど。


休み時間、教室に向かう途中で、空野くんを見かけてまた目で追ってしまっていた。

私は小さくため息をついて、彼から目を逸らす。


『空野くんの前世って、どんなんなんだろうね』


この間、カナが言ってた言葉。

きっとカナは、ふとそう思って言っただけ。

なのになぜか、私はその言葉に捕らわれてしまってた。


私は・・・ 運命の人に、出会いたいって、思ってる。

それは、今でも変わらない。


でも・・・・だからこそ・・・・

きっと、空野くんの前世とか視たら、悲しくなっちゃうよ。

そこには、私の知らない人がいるんだろうから。



教室に入り自分の席に向かうと、

「っ!」


私の隣の席の村山くんのところに、空野くんが、いた。


びっくりして一瞬足が止まってしまったけど、それも不自然だなって思って、なにもなかったように自分の席に戻った。

そっか、村山くんも、弓道部だっけ・・・


「えっ、村山も忘れたのか?」

「むしろオレ、空野に借りに行こうと思ってたのに・・・ダメじゃん」

「おまえなー」

2人して笑って。

「あ、そうだ、守崎さん」


急に村山くんに話しかけられたから、びっくりした。

「うん、なに?」

村山くんはちょっと申し訳なさそうなカオをして、

「空野がさ、数学の教科書、忘れたんだって。 良かったら、貸してやってくんない?」

『貸してやろうにも、オレも忘れちゃってさ』って言った。


・・・びっくり、した・・・・

こんなところで、空野くんと接点持てるかも・・・?


村山くんの言葉に、空野くんが慌てる。

「ちょっ、村山、いいって」

そう言って私の方を見た。


うわっ・・・・ 目が、合った・・・!

信じられない・・・・・

空野くんのキレイな瞳が、私のこと見てる・・・!

私は自分の顔が熱を持つのを感じた。


「ごめん。 えっと・・・守崎、さん?
全然知りあいでもない人に貸すなんて、嫌だよな。 オレ、他の人に借りるから」

ごめんねって、空野くんが少し首を傾げた。


えっ、やだ、待って。

せっかく、話せるチャンスなのに。

私は、空野くんとの接点を失うのが嫌だと思った。


「あ、ううん、大丈夫。 使って?」

慌てて机の中を探る。

「え、ほんと、いいの?」

「うん」

私は数学の教科書を差し出した。


「空野、ノートは大丈夫なのか?」

村山くんの言葉に、空野くんはちょっと唸る。

「ノート、も、忘れた・・・・
けど、それはさすがに、いい! なんとかするから」


焦ったように言う空野くん、かわいい・・・・!


私は少し笑いながら、ノートも一緒に差し出した。

「・・・ノートの方は、答え間違ってるかもだけど・・・」

ああー、こんなことなら、昨日宿題もう少し真剣に解いておくんだったな・・・・

間違ってたりしたら、ほんとに恥ずかしい・・・・


空野くんは、差し出された教科書とノート、それから私の顔を交互に見て、

「え・・いい、の?」

おずおずといった感じで聞いてくる表情が・・・ほんとに、かわいい。

空野くんって、こんな表情もするんだ・・・・

「うん。 どうぞ」

顔が赤くなってないか不安になりながらにこって笑うと、空野くんも笑ってくれて、

「ありがとう、守崎さん」

教科書とノートを受け取った。



そのとき



ばちっっっっ!!!!



鼓膜を突き刺すような激しい音が響いて、教科書を差し出していた右手の指に、強い痛みが走った。


「いたっっ・・・!!」


とっさに教科書から手を放し、右手を自分に引き寄せ、左の手のひらで包み込む。

なに・・・・!?

瞬間的に目をつぶってしまっていた私は、そっと目を開けた。



「え・・・・・・!!!???」


そこに広がっているのは、とてもとてもキレイな風景。

眼下には森が広がり、遠くには海が見える。

少し離れた平地には草原が広がり、街があるのも確認できた。


まるで、映画かゲームの世界みたい・・・・


そう、『眼下に』森が広がっている。


私は、

空中に、

浮いていた。



これっ・・・・どういう、こと!?


ぞくって、背筋に寒気が走る。

この高さ・・・・ 落ちたら即死だよ・・・・!!!


でも一瞬の死の恐怖とは裏腹に、私が落下することはなかった。


なにが起こってるのか、全く分からない。

もしかして、前世が視えてるの・・・?


私は左手で右手の指をさすった。


あの瞬間、触ったとすれば、空野くんの、手。

じゃあこれは、空野くんの前世なの・・・・・?


だけど今まで視てきた前世とは全く違う。

今まではスクリーン越しに視ているような感覚で、自分自身がその情景の中に入り込むということはなかった。

でも、今は、


私は改めて周りを見回してみた。

360度広がる風景。

風や日差しも感じるし・・・

「きゃっ!?」

私のすぐ近くを、鳥が飛んで行った。


これ・・・空野くんの、前世、なのかな・・・・

でも私は浮いてるし、人影なんてなにも見えない・・・


浮いたままの私に、引力がかかるのが分かった。

ぐって、引っ張られる感覚。

「な、なに!?」

抵抗のしようもなく、私の体は引っ張られ始めた。

落ちるわけではなく、空中を移動する。

飛ぶように移動した先は・・・・


「弓道・・・場? じゃないよね・・・」

土の広場。 的が設置してあり、少し離れたところから弓を引く人たち。

子供から年配の男性まで、いろんな年齢の男の人が、弓の練習をしている。

私はその上空に留まった。

見ると弓を引いている人たちの服装は私がよく知っているものではなく、まるで映画でみる中世の衣装のようだった。


・・・時代が、違う。

ということは、やっぱり、空野くんの前世・・・?


また体が引っ張られて、上空から弓の練習をしている所に近づく。人の顔が確認できるくらいの距離まで、降りてきた。

わって歓声が上がる。

そちらを見ると、金髪の、すごいイケメンの人が、弓を引いていた。

背が高くて、金髪碧眼、彫が深くて顔は映画俳優のように整っていた。


すごーい。 こんなキレイな人、いるんだ・・・


その人が歓声を浴びている理由が分かった。


弓が、全部、命中してる。


『さすが! ルーカスは外さないな!』

『百発百中じゃないか!』

『どんだけ上手いんだ、こいつは!』

みんなの称賛を受けて、ルーカスと呼ばれた彼は、輝くような笑顔を見せた。


・・・この人、が、空野くんの前世の人・・・・


イケメンで、弓の名手。


空野くん、ばっちり引き継いでるってことだね・・・


『おい、ルーカス! リーファが来てるぞー!』

誰かがそう、ルーカスに声をかけると、彼はとてもうれしそうな表情になった。


リーファ・・・・

それが、ルーカスの大切な人なんだって、その表情を見てわかった。

どんな人なんだろう・・・・



ふっと、幕が下りるように辺りが真っ暗になった。

ああ、終わる。



ばさばさっ!

私の教科書とノートが、床に落ちる音。


「わっ、ごめん!」

空野くんが慌ててしゃがんで、教科書とノートを拾ってくれた。

表紙を手ではらって、折り目がついてないか確認してくれてる。

「ごめん、貸してくれるのに、落としちゃって」

「あ、ううん、大丈夫! 私こそ、ごめんなさい・・・・」

びっくりしたとはいえ、急に手を放したから。

空野くんは立ち上がると、私を見て笑った。

その笑顔に、胸がきゅんってしてしまう。

「静電気かな? 冬じゃないのに、珍しいよな」


空野くんも、痛みを感じた・・・?


今まで、私が前世を視るために触れても、相手は触れられてる以外の感覚を感じることはなかった。

ましてや、静電気程度とはいえ、痛みなんて。


でもさっきは、私も感じたことないくらいの、激しい音と痛みだった・・・

だから、空野くんが少しくらい痛みを感じることはあるのかも・・・

・・・音は聞こえてなかったみたいだし。


♪~

授業の開始を告げるチャイムが響く。


「わ、やべっ」

空野くんはもう一回私を見て、

「守崎さん、ありがとう!」

さわやかな笑顔で、教室を慌ただしく出ていった。



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