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悪役令嬢との恋

7話 達成感と征服感

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 少しの間無言で考えた。 
 おそらく、ベアトリクス様は麻疹のようなものにかかっている。
 会って一ヶ月も経ってない男に告白する少女とか、大抵それだ。
 動物的な本能を制御できない状態。
 つまり……どうせすぐ冷める。
 恋に盲目的になってる少女。
 それは私のような人間にはとても都合の良い存在だ。
 さんざん遊んだ後、勝手に向こうから別れ話を持ち出すケース。
 それは……ふくらんだ相手への理想と現実が違う事を知る、少女が大人になるうえでの通過儀礼。
 せいぜい利用させてもらうとするか。
「ベアトリクス様」
 手を強く握り返した。
「……」
 少し目を見開いて驚かれた。
 良い傾向だ。
 本来女を攻略して最後の詰めに使う台詞。
 それがもう有効そうだ。
「実は私もずっとベアトリクス様をお慕いしていました」
「え? ほ、本当ですか?」
「はい。身分違いの想いゆえ、決して口にする気はなかったのですが……」
「……」
 表情が変わった。
 私の言葉の後に、ベアトリクス様の表情は美しくも恍惚なものとなる。
 なんだか勝手に事が進んでいてつまらないが、攻略完了だ。
 長年の経験からそれはわかる。
「……?」
 つまらない?
 自分の中で湧いて出た思考に驚く。
 なぜこの最高の状況でそんな事を私は思ったのだろう?
 自分で自分がよくわからない。 
 しかし私の頭の中は、すぐに圧倒的な征服感と達成感で満たされた。
「どうしたのですか?」
「……!」
 かなり長い間無言だったか。
 ベアトリクス様の表情が不安そうなものに変わる。
 これはよくない。
 私は立ち上がる。
「イーモン? ……キャッ!」
 戸惑うベアトリクス様にかまわず、座ったまま後ろから抱きしめた。
 経験上、恍惚な表情になった女にはこのくらい大胆なほうが上手くいく。
「ベアトリクス様……愛しています」
「え? あ、はい。あの……私もです」
「……」
「こ、断られるかもって思っていたので……この展開は少し意外ですわ」
 ベアトリクス様はしどろもどろになりつつも、身をよじり見つめ返してきた。
「……」
 そのまま自然の流れで口づけをかわす。
 柔らかい唇の感触。
 少女の熱い体温。
 それらが伝わってくる。
 貴族の娘を落とした。
 再びその達成感と特別な意識が私の中をみたしていく。
 これは……たまらないな。

†††††

 そこからは本当に展開が早かった。
 歯の浮くような台詞を並べ立て、ベアトリクス様をその気にさせた。
 その辺の駆け引きは自信があった。
 時間をかけて少女の不安感を取り除き、好奇心を刺激し、身を委ねさせていく。
 その結果、私は十六の貴族の娘をベッドの上に連れ込んでいた。
 そして……すべてを終えていた。
「……痛かったし、疲れましたわ」
 ベアトリクス様はそうつぶやく。
 口ではそういいつつも、表情は恍惚なままだ。
 しかし、まさかこんなに上手く行くとは。
 地下室のベッドの上で、私はベアトリクス様と裸で抱き合っていた。
 きめ細かな肌の感触、若い清らかな匂い。
 それらすべてが、事後も心地よさを持続させている。
「ベアトリクス様……愛しています」
 何度目だろうか、強く抱きしめた。
 向こうも私首に回した腕に力を入れる。
「ベアトリクス、でいいですわ」
「え?」
「二人きりのときは、ね?」
「……はい」
 いい傾向だ。
 完全に落ちている。
 この少女とは何度も何度も楽しめそうだ。
 ……お互い、飽きるまでな。
 私も疲れていた。
 いつの間にか、意識が遠くなっていた。
 ベアトリクス様の存在をそばに感じながら……。

†††††

 迂闊だった。
 今日はベアトリクス様の新学期の登校日だった。
 つまり……フィオナが早めに屋敷に来る事くらい、予測すべきだった。
「まったく……少し目を離した隙に」
「……」
 私とベアトリクス様は無言でプレッシャーをかけられていた。
 事もあろうに、早朝地下室のベッドで裸で抱き合いながら寝ていたのをフィオナに見られてしまったのだ。
 その状況で何をしていたかは明白なわけで……。
「お、お、お姉さま。イーモンは悪くありませんわ。これは私のほうから……」
「い、いえ。私が」
 しどろもどろになる。
 今は着がえて大広間にいる。
 二人でフィオナに睨まれている。
「……」
 地下では気付かなかったが、窓から差し込む光はまだ弱い。
 鳥の鳴き声もまばらだ。
 フィオナ……なぜこんなに早く来るのか。
「どちらが誘ったとか、そこは問題ではないのですよ」
「え?」
「イーモン殿、避妊具は使用したのか?」
「……」
 使ったに決まってる。
 こちらとしては、貴族のお嬢様の暴走行為にありがたく便乗させてもらっただけ。
 妊娠などさせては大変な事になる。
「も、もちろんです」
 少しうつむきながら語る。
「ん、よろしい。これからも避妊はしっかりしてくれ。少なくともあと二年は」
「え!?」
 ベアトリクス様と同時に叫んでいた。
 フィオナの言葉はそれほど衝撃的だった。
「あ、あの……お姉さま。私とイーモンの昨晩の行為を怒っているのではないのですか?」
 ベアトリクス様はおそるおそる尋ねる。
「いえ? 怒るも何も恋愛は当人同士の自由でしょう」
「……」 
「むしろ旦那様は世継ぎを早く作れとベアトリクス様に申してるわけですし」
「……」
 さっきの話、本当だったのか。
 半信半疑だったのだが。
「しかし、在学中に身ごもることはなりませぬよ」
「は、はい」
「とにかく、朝のうちに体を洗ってください。今湯を沸かします」
「……はい」
「お忘れでないですよね? ベアトリクス様。今日は学園への登校日ですよ」
「はい」
 そのまま、解放されるかと思った。
 しかし、フィオナは今度は私に声をかける。
「イーモン殿、こうなったからには……近々旦那様に会っていただくので」
「え!?」
 また変な声をあげてしまった。
 昨晩の一件をフィオナに知られてしまった事……。
 もしかしてこれ、想像以上に大事に繋がるのか?
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