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王都の怪人

12話 元恋人と再会

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 賑わってる宿場町の広場の端っこ。
 この辺には誰も食材を買いに来てない。
 こんな早朝に行商人から物を買うのは、自分の経営する店の料理の材料を買う者たちばかりということか。
「新刊はあるかい?」
 かなり若く見える行商人に聞いてみた。
「……」
 少し行商人を観察してみた。
 頭全体にスカーフを巻いて、体全体をマントですっぽりと覆っている。
 顔立ちや少し出てる髪の毛で赤毛でソバカスが少し目立つ若い女性ということはわかるが、体型などはわからない。
「新刊はあるけど、あなたが好むような本は無いわねえ」
「……え?」
「ここに並べてるのは恋愛小説ばかりよ。だってほら、私って旅がてら自分の本を売ってるだけだし」
「その声……ショーナか?」
「そうよ。女たらしのイーモンさん」  
 これは驚いた。
 よく学生時代の旧友に会う日だ。
 目の前の行商人はショーナ・ソマーズ。
 十六の時に恋人だった女だ。
 これは気まずい。
 私の元恋人ということは、もちろんさんざん遊んだ後、飽きたら相手の禁句を連呼して自然に疎遠になるように仕向けた者。
「わ、悪い。立ち去るよ」
「あー、あー別に昔の事なんかいいわよ……むしろあの時は私が悪かったって思ってるのよ」
「そ、そうか」
「本を見に来たんでしょ? 見て来なよ」
 この空気に浸るのはさすがに嫌だ。
 もう本なんかどうでも良くなってるのだが。
「こ、こんな所で本なんか売って儲かるのか?」
 場が持たないので適当な話題を口にした。
「んー、だいたい全部一日で売り切れちゃうよ」 
「へえ、意外だ。宿の客や旅人が買ってくのか?」
「違う。ほとんどこういう宿場町の住人が買ってくの」
「そういうことか」
 ……そのわりに、彼女の言う宿場町の人間は今は目を血ばらせて他の食材を買い込んでるが……。
「ほら来た」
「ん?」
 ショーナが指さした先には、籠いっぱいの食材を積んだ恰幅の良い中年の女性がいた。
 ノシノシとこちらに向かってくる。
「あんた! いつまでここで本を売ってるんだい?」
「んー、午後の三時くらいまでは。読書しながら待ってるわ」
「本当だね? 後から買いに来るから」
「よろしくー」
「……」
 そんな会話のあと、女性は去っていく。
「ね? そういうこと。今は宣伝時間」
「ああ、そうか。彼女たちは客の朝食の時間が終わる頃にまた来るのかな?」
「そう、そういう人が多いね」
 納得だ。
 今は忙しいわけか。
「私はさ、商売してるってわけじゃないんだ。読み終わった本を定価で買ってくれるならそれでいいの」
「おいおい、古本なのに定価で売ってるのか」
「いいじゃん。こういう町の人たちは王都に行く必要なくなるわけだし」
「まあ……そうか」
 考えると相手の足元を見るってほどの小遣い稼ぎでもないか。
「私ね、一度楽しんだものは手元に残さない主義なんだ。家の本棚はいつもガラガラ」
「へえ」
「誰かさんの本棚もそんな感じがするわあ」
「……」
 冷ややかな目で見られた。
 こいつはもちろん私の性格を知ってるわけか。
「飾りになるような本は残す主義だが?」
「ふーん……まあ、いいか。ねえ、あそこにいるゴツいのってたしかアンタの友達よね」
「トレイシーの事か? ああ、昨日たまたまこの町で再会した」
 ショーナは行列に並んでいるトレイシーを指さしている。
「そうそう、思い出した。トレイシーだ。……彼に声かけて見ようかな。学生時代はなんとも思わなかったけど」
「……」
「あいつ、ちょっと素敵になったじゃない?」
「お、おう」
 そう言われて遠目でトレイシーの奴を改めて眺めてみた。
 身だしなみはちゃんとしてるし、顔はゴツいがイケメンの部類だ。
 素敵といえば素敵なのか?
「あいつ、まだ独身って言ってたぞ。声をかけたらどうだ?」
 情報を付け加えてみた。
 反応を見る。
「冗談よ」
 ため息混じりにそう返された。
 女の冗談は本当によくわからない。

†††††

 結局ショーナから本を買うことにした。
「なあ? 最近王都で流行ってるらしい恋愛小説あるかな」
 とりあえず説明を求めた。
「ずいぶん大雑把な質問ね」
「ほら、貴族の娘と平民の男が主役で舞台にもなってるって」
「って、そんな古い本? 去年の本じゃない」
「地方に住んでたら去年出版された本なんて新刊みたいなものだ」
「なるほどねえ。待ってて」
 ショーナはそう言うと、重ねた本の下のほうからゴソゴソとその本を探す。
「あ、あった」
「あるのか」
「え? なんで意外そうなの?」
「意図的に本を仕入れるわけではなく、自分が読んだ本を売るなら……ある可能性は低いと思ったんだが」
「んー、これは何回も何回も読み返したのよね。そのうち人気作品だからみんな入手しちゃった感じで」
「へえ」
 たしかに、彼女が手にした本は少し古くなってる。
 新刊と見分けがつかない他の本とは大違いだ。
「これじゃお金は取れないなあ」
「情報が欲しいだけなんだ。読めればなんでもいい」
「情報が欲しい? まあいいけど……そうだ! その櫛と交換でいいわよ」
「んー?」
 ショーナは私の胸ポケットを指さした。
 そこには櫛をいつも差しているのだが……。
「待て待て、これは価値がないぞ」
「へえ、なんで?」
「男物だし、そろそろ古くなったから交換しようと思ってたし、何より私のネームが彫られている」 
「……何でもいいわ。さっき櫛を落としちゃってね。次の買うまで髪をとかせればそれでいいの」
「そ、そうか」
 まあ本人がいいというならいいか。
 私は古びた櫛をショーナに渡す。
「……?」
 なんだろう。
 彼女の口元が一瞬緩んだ。
 やはり女心はよくわからん。
 だから、相手の心地よい言葉を重ね禁句を避けるくらいが丁度いいのだ。
「はい、交換ね」
「ああ」 
 小説を受け取った。
 そのままショーナは話を続ける。
「そうだ。あんた今執事の仕事してるのよね」
「ああ、それがどうかしたか?」
「怪人、には気をつけな」
「……怪人? まさか行方不明事件に関わってるかもしれないってあれ?」
 彼女は深刻な表情だ。
 これは真面目な忠告か。
 しっかり聞くとしよう。
「あら、知ってるのね」
「地方住みでも新聞くらいは読む」
「なるほどね。それでね、最近は引退した年老いた貴族が何人か行方不明になってるの。この話はまだ知らないでしょ?」
「ああ」 
 年老いた貴族が行方不明……。
 あまり聞かない話だ。
「まあ、宝くじに当たるような話だろうけど」
「ショーナ、お前相変わらずその表現好きだな」  
 なんとなく茶々を入れてしまった。
 ショーナは少し顔を赤らめる。
「と、とにかく行方不明になった年老いた貴族はみんな現場に無人の馬車を残してるらしいの」
「なんだか怖い話だ」
「そうね。そして事件があった場所の近辺では、気味の悪い白い仮面の黒ずくめの男がよく目撃される」
「……忠告ありがとう。気をつける」
「じゃあね」
「ああ」
 私は礼を言い、立ち上がる。
 そろそろベアトリクス様が目を覚ます時間だ。
 行かないと。 
 ショーナはもう私に興味を失ったようだ。
 まだ売り物ではないと思われる本を読み始めた。
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