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第四部

真の敵は

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「ふっ……」

 眉をひそめる黒ローブから感じられる警鐘が鳴りやまない。重力フィールドに囚われているにもかかわらず高まってくる黒ローブ男の魔力に、莉緒が作ってくれた隙に乗じて飛び出そうと足に魔力を込める。

「あっ……」

 その瞬間、後ろから小さく莉緒の声が聞こえたかと思うと、どさりとくずおれる音が届いた。

『行って!』

 今更飛び出すことをキャンセルできないところまできていたが、莉緒の念話と、莉緒から警鐘が響いてこなかったことから黒ローブへと一直線に飛び出す決意をする。倒れる前に空間遮断結界を張っていたようだし、ニルも飛び出してきたからきっと大丈夫。
 莉緒の重力フィールドが消えたので、こちらも反重力を展開する必要がなくなった。飛び出すと同時に魔力攪乱フィールドを相手周辺に展開すると、念のため空間遮断結界を前面に張っておく。

 莉緒のおかげで隙をつけたかと思ったが、お互いの手は黒ローブ男の方が早そうだ。
 魔力が高まりニヤリと相手の口元が歪むが、俺が接近するにつれて驚愕に変わっていく。魔法を発動させようとしたんだろうが甘い。魔法職には絶大な威力を発揮する魔力攪乱フィールドがしっかりと仕事をしているのだ。それをわかった上で大量に魔力を込めないと発動しない。

「終わりだ」

 回収した刀を腰だめに構えると、逆袈裟に斬りあげる。一瞬フォースフィールド発動の兆候が見えたが、もちろん攪乱フィールドが仕事をしたので発動するはずもない。あえなく黒ローブ男は右わき腹から左肩にかけて切断され、血しぶきと臓物をまき散らして倒れ込んだ。

「ふぅ……」

 その間、並列思考で莉緒の様子も確認済みである。
 ゆっくりと振り返ると、床に倒れ込む莉緒と、切断された右手首を抑えるライラさんと、大きなサイズに戻ったニルに押さえつけられたメサリアさんが目に入ってきた。

「まさか女将さんとライラさんまで、そっち側・・・・だとは思いませんでしたが……」

 大きくため息をつくと左手で眉間をもみほぐす。さきほどまで感じていた、頭の奥に響く警鐘はもう聞こえてこない。おそらくこれで本当に終わりだ。

「あー、ホント残念だわね……。まったく動けないわよ……」

 莉緒は倒れ伏しているが意識はあるようで、空間遮断結界を周囲に張っている。ライラさんの切断された右手首はその結界の中だ。

「くっ……」

 ゆっくりと莉緒の方へと歩いていくと、右手首を押さえたライラさんが下がっていく。

「柊。ちょっと腰に刺さってる針を抜いてくれないかしら」

 周囲の安全を確保できたところで莉緒から声がかかる。莉緒の言葉通り、よく見れば腰に細い針が刺さっている。これが莉緒が動けないでいる原因か。
 さすがに細長い針はメタルスパイダーのシャツでも防げないか。布だからなぁ。

「ああ……、ほいっと」

「あぅ」

 結界を解除してもらってからゆっくりと針を引き抜くと、小さい悲鳴と共に莉緒がピクリと反応する。ただすぐには動けないようで、治癒魔法で腰を癒しているようだ。
 どうやら、ライラさんに針を刺された瞬間に莉緒が空間遮断結界を自分の周りに張ったようである。手首の上から結界が張られたことにより、手首が切断されたようだ。

 空間遮断結界は魔力を込めれば物体の上に無理やり顕現させることが可能なのだ。そもそも空気中に顕現させるのだって、その場にある気体を押しのけていることに変わりはない。顕現させるのに必要な魔力量は、気体、液体、固体と上がっていくだけの話なのだ。

「お二人とも、最後の最後まで敵とはまったく気が付きませんでした」

 刀をまっすぐに相手に向けて語り掛ける。

「私も、針で刺されるまで全然気が付かなかったわ」

 ゆっくりと莉緒が立ち上がると俺の隣へと並び立つ。

「もう大丈夫なのか?」

「うん、問題ないわ」

「よし。……じゃあ、どういうことなのか話を聞きたいところではあるけど、リビングに移動しようか」

 俺の言葉に莉緒が頷くと、素早くライラさんを空間遮断結界を応用させて捕まえる。同じようにメサリアさんも捕まえるとリビングへと引きずっていった。



「じゃあ話を聞かせてもらいましょうか……、と言いたいところだけど」

「そうだな」

 メサリアさんはともかく、ライラさんの顔色がどんどん悪くなってきている。手首を切断されて放置されればそれはそうなるだろうという結果だ。

「な、何を……」

 ライラさんが青い顔で呟いているが、反論はすべてスルーする。
 拾ってきた手首とライラさんの右手首を莉緒が魔法で浄化すると、切断面同士をくっつける。

「……ッ!」

 莉緒から魔力が溢れると、治癒魔法が発動する。
 みるみるうちに青かったライラさんの顔が赤みを増していき、切断された手首がつながった。

「は? ……痛みが」

 意味が分からないという表情で呟きが漏れる。
 隣でその様子を見ていたメサリアさんも、目を見開いてライラさんの右手を凝視している。
 握ったり開いたり動きに違和感がないことを確認したのか、ライラさんが莉緒の顔へと視線を移したあとにまた自分の手首へ戻す。

「…………普通こんなに早く、手首がくっついたりしまへんえ」

「体力もある程度戻ってると思うけど、どう?」

 莉緒の言葉に、自分の状態を確かめるように身じろぎをする。

「ありえへんことですが、確かに戻っとりますね……」

「それはよかったわ」

 ふむ。体力の回復か……。そこまで意識して治癒魔法を使ったことはないけど、あとで莉緒に聞いてみるか。

「……」

 メサリアさんはただただ黙って、莉緒とライラさんとのやりとりを聞いているだけだった。
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