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閑話(第三部)
閑話 ジャン
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「メロウ! メロウはいるか!?」
庭で花の手入れをしていると、ラグローイ侯爵家の玄関から慌てた様子の叫び声が聞こえてきました。この声は旦那様でしょうか。本日はご帰宅の予定はなかったと記憶しているのですが、何かあったのでしょうか。
庭から玄関へと向かうと、ちょうど旦那様が屋敷の中へと入っていくところでした。
「おかえりなさいませ、旦那様。お迎えできず申し訳ございません」
「ああ、ジャンか。メロウはどこにいる?」
どうやらご子息のメロウ様を探されているようですが、城で何かありましたかな?
「確か自室にいらしたはずですが」
「そうか。聞きたいことがあるから執務室へ来るように伝えろ」
「かしこまりました」
機嫌の悪いメロウ様の元へと向かうのは億劫ではありますが、これもお仕事ですので断るわけにもまいりません。
階段を上がって二階にあるメロウ様の私室まで行くと、扉をノックします。
「……入れ」
低い声で入室の許可をいただいたので、扉を開けて中へと踏み入れます。
「失礼いたします。メロウ様、旦那様がお探しでございました」
「む? 父上が?」
どうもメロウ様も心当たりはないご様子です。
「はい。なにやらお聞きしたいことがあるとのことで、執務室に来るようにと」
「そうか。わかった」
私も旦那様のお手伝いをするために執務室へと向かいます。メロウ様の部屋からはすぐ近くです。扉をノックすると旦那様はもういらっしゃったようで、入室の許可と共に部屋の中へと入っていきます。
「父上。お呼びと聞きましたが……、今日は帰る予定ではなかったのでは?」
後ろからついてきたメロウ様が、入室と同時に旦那様へと疑問を投げかけています。旦那様はそれにはすぐに答えずに、ぎろりとメロウ様を睨みつけます。
「……っ!?」
あまりの視線の鋭さに言葉を発せない様子。ただならぬ様相に私の心も引き締まります。
「メロウよ。奴隷を虐待して暴行を加えていたな?」
「――は?」
旦那様からの確認に、何か問題でもあるのかという雰囲気のメロウ様。私としては虐待は控えていただきたいと思っていましたが、旦那様も把握しているはずのことと考えております。
「それを目撃どころか、後始末の依頼をされたという冒険者がいてな。……それを自らの目撃情報として奴隷虐待の罰を与えるよう皇帝陛下に願い出おったのだよ」
「……なっ!?」
驚愕の表情を浮かべるメロウ様を見て、旦那様が大きくため息をつきます。
「その反応は、心当たりがあるのだな?」
「し、Cランクの冒険者ごときが……、皇帝陛下へ直訴、ですと!?」
確かにあの者たちはCランク冒険者だったはずです。少なくともメロウ様が依頼を出されたときは確かにCランクでした。……それが皇帝陛下へ直訴? いったいどのような経緯があったのでしょうか。
「あれはただのCランクではない。……海皇亀を討伐せしめた、Sランク冒険者だ」
「ッ!? Sランク……だと!?」
もはや旦那様に対する口調も崩れているメロウ様を見て、私は天を仰ぎ額を右手で覆い隠しました。海皇亀と言えば巷を騒がせていた魔物でしょう。それを討伐して皇帝陛下へと謁見したのであれば、褒美の話などである可能性が大きいです。そしてその場でメロウ様への罰を希望するなど……。
「皇帝陛下も嘆いておられたわ……! せっかくのSランク冒険者を帝国へ留めておく機会だというのに、しょうもない、上層部の腐敗に、呆れられたとな!」
口調を強めながら怒気を露にする旦那様。果たして本当にそれが原因なのでしょうか? にわかに信じられない気持ちもありますが、口には出しません。
「あ、あれがSランクだというのですか!?」
「うるさい! お前のせいでラグローイ侯爵家の評判も地に落ちた! 即刻この屋敷から出て行け!」
「ち、父上!」
「私は城へ戻る! 侯爵家は次男に継がせるので心配は無用だ」
「お、お待ちを! 父上!」
取りすがるメロウ様を蹴り倒すと、旦那様はそのまま執務室を出て行かれてしまいました。
「メロウ様……。大変申し訳ございませんでした。奴隷への虐待をもっと強くお引止めできていれば……」
過去にそれとなく虐待を止めるよう言葉をかけてきていましたが、今となっては後の祭りです。
「う、うるさい! まるで自分は悪くないような言い方はやめろ! お前も同罪だ!」
メロウ様の言葉が心に突き刺さります。まさにその通りで反論の余地もございません。しかしこうなれば、私も覚悟を決めましょう。
「はい。メロウ様の言葉通り、私も同罪でございます。ですので、メロウ様へついてゆきましょう。差し当たって早く屋敷を出る必要がありますので早速準備をいたします」
「な、なんだと!? なぜオレが屋敷を出る必要があるんだ!」
「皇帝陛下へ直訴されたとなれば、間を置かずに騎士たちがメロウ様を捕らえるべくここにやってくるでしょう。その前に脱出をするのです」
「ぐっ……、そ、そうか。であれば、急がねばなるまい……。準備は任せた」
「はっ。最後のご命令、確かに承りました」
深く腰を折り曲げメロウ様へと理由を告げると、言葉に詰まりながらも今後予想される出来事に思い至ったのでしょう。言葉を飲み込むと素早く行動に移されたようです。
ふう……。もうここまできてしまえば、ラグローイ侯爵家の先も長くはありますまい。長年仕えて参りましたが、私としてもこれ以上メロウ様の我儘に付き合うのは限界です。
本人に気付かれぬように偶然を装ってメロウ様を騎士たちへ引き渡し、ラグローイ侯爵家からは暇をいただくとしましょうか。
庭で花の手入れをしていると、ラグローイ侯爵家の玄関から慌てた様子の叫び声が聞こえてきました。この声は旦那様でしょうか。本日はご帰宅の予定はなかったと記憶しているのですが、何かあったのでしょうか。
庭から玄関へと向かうと、ちょうど旦那様が屋敷の中へと入っていくところでした。
「おかえりなさいませ、旦那様。お迎えできず申し訳ございません」
「ああ、ジャンか。メロウはどこにいる?」
どうやらご子息のメロウ様を探されているようですが、城で何かありましたかな?
「確か自室にいらしたはずですが」
「そうか。聞きたいことがあるから執務室へ来るように伝えろ」
「かしこまりました」
機嫌の悪いメロウ様の元へと向かうのは億劫ではありますが、これもお仕事ですので断るわけにもまいりません。
階段を上がって二階にあるメロウ様の私室まで行くと、扉をノックします。
「……入れ」
低い声で入室の許可をいただいたので、扉を開けて中へと踏み入れます。
「失礼いたします。メロウ様、旦那様がお探しでございました」
「む? 父上が?」
どうもメロウ様も心当たりはないご様子です。
「はい。なにやらお聞きしたいことがあるとのことで、執務室に来るようにと」
「そうか。わかった」
私も旦那様のお手伝いをするために執務室へと向かいます。メロウ様の部屋からはすぐ近くです。扉をノックすると旦那様はもういらっしゃったようで、入室の許可と共に部屋の中へと入っていきます。
「父上。お呼びと聞きましたが……、今日は帰る予定ではなかったのでは?」
後ろからついてきたメロウ様が、入室と同時に旦那様へと疑問を投げかけています。旦那様はそれにはすぐに答えずに、ぎろりとメロウ様を睨みつけます。
「……っ!?」
あまりの視線の鋭さに言葉を発せない様子。ただならぬ様相に私の心も引き締まります。
「メロウよ。奴隷を虐待して暴行を加えていたな?」
「――は?」
旦那様からの確認に、何か問題でもあるのかという雰囲気のメロウ様。私としては虐待は控えていただきたいと思っていましたが、旦那様も把握しているはずのことと考えております。
「それを目撃どころか、後始末の依頼をされたという冒険者がいてな。……それを自らの目撃情報として奴隷虐待の罰を与えるよう皇帝陛下に願い出おったのだよ」
「……なっ!?」
驚愕の表情を浮かべるメロウ様を見て、旦那様が大きくため息をつきます。
「その反応は、心当たりがあるのだな?」
「し、Cランクの冒険者ごときが……、皇帝陛下へ直訴、ですと!?」
確かにあの者たちはCランク冒険者だったはずです。少なくともメロウ様が依頼を出されたときは確かにCランクでした。……それが皇帝陛下へ直訴? いったいどのような経緯があったのでしょうか。
「あれはただのCランクではない。……海皇亀を討伐せしめた、Sランク冒険者だ」
「ッ!? Sランク……だと!?」
もはや旦那様に対する口調も崩れているメロウ様を見て、私は天を仰ぎ額を右手で覆い隠しました。海皇亀と言えば巷を騒がせていた魔物でしょう。それを討伐して皇帝陛下へと謁見したのであれば、褒美の話などである可能性が大きいです。そしてその場でメロウ様への罰を希望するなど……。
「皇帝陛下も嘆いておられたわ……! せっかくのSランク冒険者を帝国へ留めておく機会だというのに、しょうもない、上層部の腐敗に、呆れられたとな!」
口調を強めながら怒気を露にする旦那様。果たして本当にそれが原因なのでしょうか? にわかに信じられない気持ちもありますが、口には出しません。
「あ、あれがSランクだというのですか!?」
「うるさい! お前のせいでラグローイ侯爵家の評判も地に落ちた! 即刻この屋敷から出て行け!」
「ち、父上!」
「私は城へ戻る! 侯爵家は次男に継がせるので心配は無用だ」
「お、お待ちを! 父上!」
取りすがるメロウ様を蹴り倒すと、旦那様はそのまま執務室を出て行かれてしまいました。
「メロウ様……。大変申し訳ございませんでした。奴隷への虐待をもっと強くお引止めできていれば……」
過去にそれとなく虐待を止めるよう言葉をかけてきていましたが、今となっては後の祭りです。
「う、うるさい! まるで自分は悪くないような言い方はやめろ! お前も同罪だ!」
メロウ様の言葉が心に突き刺さります。まさにその通りで反論の余地もございません。しかしこうなれば、私も覚悟を決めましょう。
「はい。メロウ様の言葉通り、私も同罪でございます。ですので、メロウ様へついてゆきましょう。差し当たって早く屋敷を出る必要がありますので早速準備をいたします」
「な、なんだと!? なぜオレが屋敷を出る必要があるんだ!」
「皇帝陛下へ直訴されたとなれば、間を置かずに騎士たちがメロウ様を捕らえるべくここにやってくるでしょう。その前に脱出をするのです」
「ぐっ……、そ、そうか。であれば、急がねばなるまい……。準備は任せた」
「はっ。最後のご命令、確かに承りました」
深く腰を折り曲げメロウ様へと理由を告げると、言葉に詰まりながらも今後予想される出来事に思い至ったのでしょう。言葉を飲み込むと素早く行動に移されたようです。
ふう……。もうここまできてしまえば、ラグローイ侯爵家の先も長くはありますまい。長年仕えて参りましたが、私としてもこれ以上メロウ様の我儘に付き合うのは限界です。
本人に気付かれぬように偶然を装ってメロウ様を騎士たちへ引き渡し、ラグローイ侯爵家からは暇をいただくとしましょうか。
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