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第三部

亀はぶっ殺す

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「莉緒!」

 海中から伸びる閃光へと手を伸ばす。次第に細くなる閃光の向こう側に現れたのは、無事な姿の莉緒だった。

「あー、びっくりした……」

 聞こえてきた呑気な声に、ホッと胸をなでおろす。どうやらうまく回避できたらしい。
 頭の奥の感触と不安はもう感じなくなっている。なんとなくだが、目の前の危機は去ったんじゃないかという確信があった。

 いやマジで焦ったわ。なんなのあれ。すげー不安に駆り立てられたんだが……。でも事前に察知できてよかった。もしかしたら何かのスキルなのかね。

「柊……、ありがと」

 左手で胸を押さえ、頬を上気させた莉緒がゆっくりと近づいてくる。俺からも莉緒へと近づいていくと、胸の中へと抱き寄せる。

「大丈夫か? 痛むところとかないか?」

「うん……。大丈夫」

「そっか。声掛けが間に合ったようでよかったよ」

 念のため治癒魔法かけておこう。全身に魔力を巡らせると莉緒を包み込む。

「あー、ゴホン。撤収するぞー!」

 不意に響いてきたリンフォードの声に我に返る。
 そういえばBランク以上の冒険者チームで海皇亀襲撃作戦の真っ最中だっけか。
 海上には相変わらず島のような亀が浮かんでいる。甲羅にはヒビが入っており、いくつか撃ち込んだ岩の弾がめり込んでいる。

 鑑定しても……、ってちょっとだけHP減ってるな。500くらいだけど、六桁あることを考えると微々たるものだろう。前にHPを減らした時は反撃なんてこなかったんだが……、あれは甲羅の上で亀の死角になっていたからだろうか。

「わかりました」

 海中から閃光が放たれたわけだが、海はそれほど荒れた様子はみせていない。船に乗っている他の人たちも無事だったようだ。
 船へと戻ると、ニルが尻尾を逆立てて亀を睨んでいた。もう海皇亀からは何も感じないし、脅威は去ったと教えるためにもニルの首元をもふもふしてやる。

「チッ」

 レックスからは舌打ちをもらったが、わざわざ反応してやる気もおきない。他のメンバーからは恐れのようなものを感じるが、サスキアは好奇心たっぷりに目を輝かせている気がする。
 思ったより魔力を使ったし、精神的にも疲れたな。このまま誰も一言もしゃべることなく船は港へと帰還した。



「おお! 無事戻ってきてくれたか!」

 ギルドへと戻ってくると、ギルドマスターがわざわざ一階のロビーで待っていた。

「海から白い光が立ち昇った時はどうなることかと思ったわい」

「街中からも見えましたか」

 リンフォードが代表でギルドマスターにざっくりと報告しているが、詳しいことは別室で行うようだ。以前顔合わせをした会議室へと通される。いつものようにローウェルも書記として待機している。
 ここにきてようやくというか、海皇亀から反撃を受けたことに実感を持ち始めていた。こっちからダメージを与えたことが原因だが、それでも莉緒を危険にさらしたことは看過できない。

 なるようにしかならないと思っていたが却下だ。あの亀はぶっ殺す。

「それで、海皇亀と相対してみてどうじゃった?」

「あれは化け物ですね……。我々の攻撃は一切通じていないようでしたよ」

「お主であってもそうなのか……、やはり記録通りであるか」

「しかし」

 唸りながら顎に手を添えるギルドマスターだったが、リンフォードの続く言葉に顔を上げる。

「あの白い閃光の反撃を引き出したのは、ここにいるシュウとリオです」

「なん……じゃと?」

 鋭くなったギルドマスターの目が俺たちに向けられる。

「ええ。最後に渾身の魔力を込めた魔法をぶち込んだあと、海皇亀の反撃と思われる攻撃を受けました」

「それがあの、白い柱というわけか」

「はい。どうやら海中から放たれたようで、発射直前はちょっとだけ泡が海の中から出てました」

「なるほどのぅ……。そういえば、海皇亀の進路は変えられたかの?」

 全員を見回すと、最後にリンフォードへと視線を固定する。

「どうでしょう……。奴の進行速度は遅いので、ある程度進んでみないとわからないと思いますが……」

「そうか」

 眉間に皺を寄せて答えるリンフォードに、なんとなく察したギルドマスターがポツリと呟く。

「それは明日にでもまた別途調査をするかの。ところで――」

 ローウェルに指示を出すと、真面目な表情で今度は俺たちに向き直る。

「そのまま海皇亀を相手にしたとして、倒せると思うかね?」

 真剣なギルドマスターの問いかけに即答することはできない。おそらく今日与えたダメージも翌日には回復しているだろう。今のままじゃダメなことは明白だ。

 だが――

「全力は尽くしますよ。……ただ、上陸する前に仕留められるかはわかりませんが」

「そうね。今日以上のダメージを与える方法の案はあります」

 莉緒と顔を見合わせると、大きく頷き合う。

「リンフォードさんの魔法を見て思いついた方法があるので」

 俺の言葉にリンフォードの眉がピクリと持ち上がる。

「ほぅ、オレの狙撃魔法か。専売特許というわけじゃないから真似るのはかまわんが……、一朝一夕でできるものじゃないぞ?」

「ありがとうございます。そんなにすぐできるようになると俺も思ってませんよ。あくまで参考にさせてもらうだけですから」

 いくらなんでも今日明日には無理だろう。リンフォードの感覚では年単位なんだろうが、マシマシスキルを持つ俺たちだ。数日でものにして見せる。

 俺の発言に文句を言う者は、この場に誰もいない。
 そしてニルは数名の冒険者たちからもふもふされ、いろいろと餌付けされていた。
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