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第一部

師匠との別れ

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「どうだ、体の方はもう大丈夫か?」

 師匠の言葉に改めて体の調子を確認してみる。まぁ特に不調と思われるとことは感じられない。あえて言うならば……。

「腹減ったくらいですかね」

「くくく、軽口を叩けるなら大丈夫か」

「ええまぁ」

「それにしても坊主、毒耐性スキルがあってよかったな。あれがなかったら正直ヤバかったかもしれん」

「ええぇぇ、やっぱりアレって毒だったんだ……」

「デスメグの実食っててよかったな」

「よくはないですけど……、今ほどよかったと思ったことはないですね」

 大きくため息をついて苦笑いになるが、人生何が起こるかわからない。人生に無駄な経験はないということか。

「おかげで麻痺耐性と即死耐性のスキルも生えてるぞ」

「そ、そうですか……」

 麻痺はともかく、即死って……。そんなヤバい毒だったのか……。

「許せない……。柊をあんな目に合わせて……、絶対に許さないから」

 隣にいる莉緒からそんな言葉が聞こえてくる。大きな瞳に涙をためて拳をぎゅっと握り込んでいる。俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと落ち着こうか。
 頬に手を伸ばすとハッと我に返ったのか、俺をまっすぐ見つめ返してきた。

「あいつらが誰なのか心当たりはあるか?」

 師匠の静かな声が部屋に響き渡る。心当たりは……。

「『もう一人勇者がいたか』って言ってたから、たぶんアークライト王国の人間だとは思うけど、それ以上はわからないかな」

「……魔の森に飛ばすくらいだから、私たちには生きててほしくないのかも」

 ポツリと莉緒が呟くが、確かにその通りだ。だったら召喚した場所で殺さずに、なぜわざわざ魔の森に飛ばしたんだろうか。俺たちに生きててほしくない勢力は少数派なのか。召喚した側の事情は考えないようにしていたけど、そうも言ってられなさそうだ。

「なるほど……」

 顎に手を当てて考え込む師匠。しばらくして思考から戻ってくるが、続きは翌日ということとなった。



「二人には悪いが、お前たちとはここでお別れだ」

「えっ?」

 翌朝の朝食後、師匠から唐突に別れを告げられた。

「どういうことですか?」

 なんとなく、この家にはもういられないんじゃないかなという予感はしていたが、まさか師匠と離れることになるとは想像していなかった。
 だけど別の見方をすればそれも納得できるというものだ。四か月の間、散々世話になった挙句に、俺たちに巻き込まれて家を破壊されたのだ。師匠に限ってそういう考えはしなさそうだけど、俺からするとそういった罪悪感もある。

「ごめんなさい。私たちに巻き込まれて家が壊されちゃったから……」

 莉緒もその考えに至ったのか、咄嗟に言葉が出たようだ。

「あぁ、そういうことじゃない」

「違うんですか?」

「さすがに襲ってきた奴らには腹立つが、お前らが悪いとは思っていない」

 師匠の言葉にちょっとだけ罪悪感が薄れた気がして、ホッと胸をなでおろす。

「それにだ。ここ最近じゃ新しいスキルもなかなか生えてなかっただろう」

「そうですね」

 少なくとも麻痺耐性や即死耐性といった新スキルが生えたのも四日ぶりだ。

「やはり成長率マシマシといえど、実体験はマシマシにはならんからな。オレと離れて外に出るいい機会なのかもしれん」

「……師匠はどこに行くんですか?」

「オレは一度魔族の国ベルグシュテインに戻る」

 仮にもアークライト王国が戦争を吹っ掛けようとしている国である。国際情勢などさっぱりわからないが、今は民間の人族はベルグシュテインに入れないとのこと。

「そう、ですか……」

 ちょっと行ってみたかったけどそういうことなら仕方がない。そもそも俺はアークライト王国ですらどういう国なのかよく知らないんだから、どこに行っても新鮮さでは一緒である。

「ま、この機会だ。アークライト王国以外にも、いろんな国を回ってみるのもいいかもな」

 と言ってもベルグシュテイン以外なら、ほぼアークライト王国一択だ。もうひとつだけ魔の森に隣接している国はあるが、師匠の家からは遠すぎる。

「はい」

「次に会ったときにどれだけスキルが増えてるか楽しみにしておく」

「ハハハ……」

 だけど師匠の相変わらずの言葉には苦笑いしか出ない。スキルが増えて困ることはないけども。

「あぁそうだ。今お前らが持ってる装備についてだが……、餞別だ。くれてやる。使うなり路銀に変えるなり好きにすればいい」

 俺たちは師匠からいろいろ装備を借りている。各種職業に対応した装備をだ。いろいろ体験すればスキルも生えるだろうって理由だが、まさに師匠らしい理由だ。

「えっ? ……いやいや、そこまで迷惑はかけられませんって」

 というか割と貴重な一品ばっかりで気が引けるんだけど。特にエンシェント赤竜レッドドラゴンの盾とか目立ってしょうがない。見た目がもう煌びやかすぎて一発で高級品とわかるのだ。

「気にするな。どうせ死蔵の品だ。使ってもらえた方がいいだろう。……むしろコレも持っていけ」

 師匠の異空間ボックスから次々とアイテムが飛び出してくる。いやちょっと多すぎませんか。むしろこの機会にゴミ処理しようとしてませんかね。使い方のよくわからないやつもそこそこありそうだ。
 ってか莉緒さんや、そんな急いで自分の異空間ボックスに収納しなくても誰も取りませんて。

「ふむ、こんなもんか。物置部屋に置いてあるやつも好きに持って行っていいぞ」

「あ、はい」

「では、また会える日を楽しみにしている。ではな」

 それだけ言葉を残すと、急ぐかのようにして師匠は旅立っていった。
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