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第一部

森での洗礼

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「はぁー、生き返ったー」

 水を飲み終えた柚月さんが満足げに伸びをする。ローブ姿ではあるが、さすがに両腕を上げて伸びをすると胸が強調される。その姿を見てドキドキしてしまったのは、手に柚月さんの唇が触れたからだろうか。

「み、水魔法があると便利だね」

「そうだね。今日ほど魔法使いでよかったって思ったことはないよ……」

 苦笑いをする柚月さんを直視できなくなり、視線を前へと戻す。

「はぁ……、なんで俺は無職なんだろ……。『取得経験十倍』ってスキルは取ったはずなんだけどなぁ」

 ある意味どんなスキルも得意になるんじゃねーの? いや確かに野菜の皮むきはすげー上達したけどさ。

「えっ? ……なにそれ? スキル?」

 思わず愚痴った言葉に柚月さんが反応する。

「あー、えーっと……」

 ここで自称神様を名乗る爺さんに会って、スキルを選ばせてもらったことを説明する。特に隠しておく必要もないしね。

「ええぇぇ、そうなんだ……。私はその、神様には会わなかったけど……」

「そうなんだ。……そういえば、普通はランダムにスキルが付与されるとか言ってたような気が」

「へぇ、じゃあ私にも何かランダムに付与されたのかな……。自分じゃわからないけど」

「何かは付与されてると思うよ。……でもスキルの確認ができないんじゃ、自分が何が得意なのかもわからないな」

「そうね……」

 あ、そうか。だから職業という形で得意分野がわかるようになってるのかな? いやそれだと無職な俺には得意なものがないってことに……。

「鑑定スキルなんてのでステータスが見れればいいのに」

 ため息とともに愚痴をこぼすと、耳ざとく聞きつけた柚月さんが反応してくれる。

「鑑定? ……ステータス?」

 柚月さんはあんまりゲームとかしないのかな。

「あー、ゲームじゃよくある設定だよ。人が持つスキルとか、力とか素早さみたいな状態が調べられたりするんだよね」

「ふーん」

 腹は減っているが、喉の渇きが癒されたのは大きかった。今までずっと黙って歩くだけだった俺たちにも余裕が出てきた気がする。こうして柚月さんと話ができることが嬉しく感じる。

 ――なんて思ったのも一瞬だった。

 何者かが歩いてくる音が聞こえてきたのだ。落ちている木の枝を踏みつける音が、徐々に大きくなって近づいている気がしたのだ。

「何……?」

 咄嗟に俺の腕にしがみついてくる柚月さん。俺もすぐに動けるように座っていた倒木から腰を浮かせる。
 と、茂みから一メートルくらいの獣が飛び出してきた。目についたのは額から伸びる一本の角だ。

「うおっ!」

 速度を落とすことなくこっちに近づいて、飛びかかってきた。咄嗟に左腕を胸元の前に持ってくると同時に、手のひらに衝撃を受ける。

「うわあぁっ!」

 激しい痛みと恐怖感に襲われ、咄嗟に獣を蹴り飛ばす。

「水本くん!」

 柚月さんの悲鳴のような叫び声を聞きながら、目の前の獣を睨みつける。蹴りがいいところに入ったのか、こちらを警戒しているだけで飛びかかってはこない。見た目はウサギのような姿だが、大型犬並みの大きさと額の角のせいでまったく可愛げがない。牙をむき出しにしてこっちを睨む様子には、恐怖しか感じない。

「に、逃げるぞ!」

 しがみついてきていた柚月さんの腕を、無事な右手で掴むと走り出す。左手は痛みを訴えてくるが、そっちは無視するようにして逃げることに全力を注ぐ。手のひらを貫通して角が刺さってた気がするけど、きっと気のせいだ……!

 っていうかなんなんだこの森は……! 角の生えたでかいウサギって、魔物とかそういう類の生き物なのか!?
 追いかけてきてる気がするけど、後ろを振り返っている余裕もない。

「あっ!」

 そのとき、うねる木の根に足を取られたのか、柚月さんが体勢を崩してしまう。腕を取っていた俺は踏ん張って柚月さんを支え、なんとか転倒は免れた。振り向くと、追いかけてくるウサギとの距離はまったく離されておらず、好機と見たのかグッと足に力を籠め――

「ギャンッ!?」

 横から飛び出してきた別の獣に首を咥えられたかと思うと、そのまま噛み砕かれてウサギが絶命する。

「な……、何……?」

 飛び出してきたのは、狼のような姿をした獣だった。体高は1.5メートルくらいだろうか。地球には存在しないサイズの狼だ。
 その狼は俺たちを一瞥すると、そのままウサギの腹へとかぶりつく。

「ひっ!」

 さっきまで生きていたウサギの内臓を引きずり出し、骨を噛み砕いて咀嚼する食事風景を見ていると、隣から小さい悲鳴が聞こえてきた。
 何か現実離れした感覚があったけど、どうもこれが本当の現実みたいだ。サバイバル経験のないただの高校生が森の中で生きていくだけでもハードなのに、さらにこんな危険な獣がいるなんてひどすぎる。
 でも嘆いている時間はないのだ。

「今のうちに逃げないと……」

 柚月さんへと声を掛けて肩に手を置くと、小刻みに震えが伝わってきた。どこか遠くを見つめる瞳からは、涙がとめどなくあふれている。

「柚月さん!」

 狼に聞こえないように小さな声で叫ぶと、ゆっくりと目の焦点が合ってきた。

「……水本くん?」

「早く逃げよう」

「う、うん」

 気付かれないようにこの場を離れようと一歩後ずさると、狼がこちらに顔を向ける。

「そんな……」

 絶望的な柚月さんの声が聞こえるが、狼はこっちを追いかける気はないのか、そのまま視線を獲物へと戻して食事を続けている。
 ごくりと大きくつばを飲み込んで、狼が追いかけてこないことを祈りながら、俺たち二人はこの場からできるだけ急いで離れた。
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