親子でクッキング

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餃子作るよ!

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「餃子作るよ!」

 何の前触れもなくそう宣言したのは妻の美紀だ。
 しかし……なにもキッチンじゃなくてダイニングテーブルに広げなくてもいいだろうに。
 いや、そうじゃないな。これはみんなで作るパターンか?

美紅みくちゃんも手伝ってね!」

「はーい!」

 元気よく返事をするのは僕たちの長女である美紅だ。ようやく料理のお手伝いができるようになってきた年の小学校三年生だ。
 たまーに、嬉々とした表情で、危なっかしげに野菜を切ったりする姿を見る。

 テーブルの上に広げられているのは、豚ミンチ、白菜、ニラ、ショウガと餃子の皮だ。
 どうも具から作るらしい。

「美紅、手を洗ってきてね」

「うん」

 母さんの言葉に美紅は頷いてパタパタと擬音語が聞こえてきそうな様子で洗面台へと手を洗いに行く。
 微妙にキッチンの水道には身長の関係で届きにくいから、踏み台の置いてある洗面台へ行くことが多い。

「洗ってきた!」

 洗面台から戻ってきた美紅は、両手を高く掲げて広げてアピールしている。

「よーし、じゃあ美紅はニラを切ってね」

 いつも使っているセラミック製の子ども用包丁を母さんが美紅に渡すと、少し緊張した表情になって頷く。

「……どうやって切るんだっけ?」

 ダイニングテーブルの上に置かれたまな板を凝視しながら切り方を母さんに聞いている。
 まな板の上にはニラが横たわっているが、餃子の具にするならみじん切りだな。

「左手を猫の手にして切るのよ」

「そうだった! 猫の手だったにゃー!」

 傾げていた首をまっすぐ伸ばして語尾が変化する美紅みく
 そのまま猫の左手を添えてニラに包丁を入れていく。左手でニラを押さえているが、あまり力が入っていないのか包丁を前後させるたびにニラも一緒に動いている。

「むー、……切れない」

 だんだんと険しい表情になっていく美紅。

「ほらほら、ちゃんと左手でニラを押さえてね」

「うーん……、こう……?」

 母さんが美紅の左手に自分の手を添えながら、包丁を動かすように指示している。

「そうそう! 上手ねぇ!」

 うまく切れたことを褒めちぎる母さんに、美紅は表情を輝かせている。

「ある程度切れたら、両手でこう包丁を持って、細かくしてね」

「うん!」

 母さんは慣れた手つきで白菜をみじん切りにしていく。そんな様子を観察しながら包丁でニラを切ろうとした美紅は。

「こら、よそ見しながら包丁使っちゃダメよ」

「……ごめんなさい」

 案の定怒られてしょんぼりだ。

「こうやってみじん切りにしてね」

「うん」

 すかさずフォローを入れる母さんに返事をしながら、美紅は右手で持った包丁の背中を左手で掴むと、母さんと同じようにニラをみじん切りにしていく。

「そうそう、上手ねぇ」

 母さんの誉め言葉で、さっきまでしょんぼりしていた表情が嘘のようにはにかむ笑顔に変わる美紅。チョロイな。
 まぁ子どもなんてそんなものだけど。

「切れたらボウルに入れてね」

「はーい」

 ボウルにはすでに豚ミンチが入っており、母さんはそこに白菜をどんどんと追加している。
 美紅も刻んだニラに満足したのか、包丁を置いて両手でニラをボウルに入れ始めた。
 そして母さんがショウガを取り出すと、おろし金を構える。

「えーっ、美紅、辛いのやだー」

 ショウガが目に入ったとたん、口をとがらせて美紅が抗議してきた。やっぱり子どもは辛いのがダメだ。

「大丈夫よ、ちょっとだけだから」

「……ホントにー?」

 母さんの言葉が微妙に信じられないでいる美紅。

「そうよー。前に美紅が食べた餃子もショウガ入ってたのよ? 知らなかった?」

「えっ!? そうなの!?」

 この間食べた餃子を思い出したのか、目を大きく見開いている美紅。
 うん。確かにあれは美紅も美味しそうに食べてたよな。辛くはなかったはずだ。

「じゃあ大丈夫だね!」

 納得した美紅はもう笑顔だ。ホントにチョロイな。
 娘が納得したところで、母さんがショウガをおろし始める。
 シャカシャカシャカと軽快な音が響くが、だんだんとボウルに降り積もるショウガの量に、美紅の表情がまたもや曇っていく。

「ねぇ……、ホントに辛くない?」

「あはは! 大丈夫だよ! 前もこれくらい入れたのよ?」

「……そっか!」

 母さんの言葉は偉大なようだ。あっさりと表情が戻る美紅である。
 ある程度おろし終わったあとにチューブのニンニクも加えると、さっとごま油をボウル一周させる程度に加えると、軽く塩コショウをして餃子の具を混ぜだした。

「美紅もやるー!」

 ひたすら餃子の具を混ぜる母さんに、美紅が右手を上げて参戦を表明する。

「じゃあお願いね。母さんちょっと腕が疲れちゃったわ」

 ある程度混ざったところで美紅に交代すると、母さんはキッチンへと戻っていった。
 手を洗うと流しの下にしゃがみこんで何かごそごそとやっている。――と思っていたら、出てきたのは大皿だ。

 ダイニングテーブルの上のまな板など不要なものを片付けると、かわりに大皿を設置する母さん。
 あとは水の入った小皿とスプーンを二本用意して、餃子の皮も袋を破って中身を取り出した。

「次は餃子を包むから、終わったら石鹸で手を洗っておいで」

「はーい」

 元気よく返事をすると、混ぜることに満足した美紅はまたもや洗面台へと走って行った。

「ふふ。元気ねぇ」

 そんな娘を見送る母さんが微笑ましいものを見るかのように呟いている。

「洗って来たよ!」

 今度は両手を広げることはしなかったが、美紅は次に何をやるのか早く教えてとばかりにハイテンションだ。

「よしよし。じゃあ次はこのスプーンと餃子の皮を持って……」

 母さんがよく見ていなさいとばかりにゆっくりと、餃子の皮にスプーンですくった具を真ん中に乗せる。

「……これくらい?」

「ええ、そうね。それくらいでいいわよ」

「うん!」

 スプーンを置いて小皿に入った水へと人差し指を付けると、餃子の皮の淵へと半周分だけ塗り付ける。
 美紅も母さんを真似して水を人差し指につけてなぞるが、指に着いた水分が途中で途切れたことに気付いていない。

「ほらほら、美紅。水が足りてないわよ」

「あ、ホントだ」

 何度か水をつけてなぞるが、ちょっとつけすぎじゃなかろうか。
 そんな美紅の様子を苦笑しながら見守る母さん。

「じゃあ餃子を包んでね」

 すでに包まれた餃子を見せながら美紅にそう言うが、美紅は包まれた餃子をじーっと凝視したままだ。

「……こうかな?」

 ようやく動き出したかと思うと、餃子の皮を半分に折ってそのままくっつけてしまった。
 そこには餃子特有のひだひだは見られない。

「……あれ? 何か違う……?」

 母さんの餃子と自分の餃子を見比べながら小首を傾げる美紅。とってもかわいい。

「あはは、こうやってひだを作らないとね」

 そう言って二つ目の餃子を作る母さん。美紅もそれにならって一緒に餃子の皮にまた具を乗せていく。
 ……が、ちょっと多くない?

「ほら、こうやって……」

 二人で水をつけて、母さんがひだを作る工程を詳しく解説している。

「うーん……」

 美紅も一生懸命に餃子の皮を閉じて行っているが、如何せん具が多い。
 ひだらしきものはできているが、最後でむにゅっと中身が飛び出した。

「うぅ……。難しいよぅ……」

 何やら泣きそうになっている美紅。

「ちょっと具が多かったね。ほら、こうして……」

 母さんが勢いよく美紅の餃子を、中身を絞り出すように皮を閉じ、はみ出た具をボウルへと戻す。

「ほらできた」

「うわぁー! お母さんすごい!」

「美紅ももう一回やってみなさい」

「うん!」

 またもやスプーンで具を掬うが、今度は量にも気を付けているようだ。
 ちょうどよさそうな分量だけ餃子の皮の真ん中に乗せると、水を皮の周囲へとつける。
 おぼつかない手つきでゆっくりと餃子のひだを作っていく。

「あれー? くっつかないよ?」

 最後のひだを作ったところで皮を合わせるが、つけた水分が少なかったのか途中で乾いたのか、粘着力がなくなったようだ。

「水をもう一度つければいいんじゃない?」

 そんな美紅を見て、餃子を作りながら母さんがアドバイスを送っている。

「あっ、そうか!」

 素直に言われたことを実行して無事に餃子が完成した。

「できたー!」

 若干いびつな形だが、これはまぎれもなく餃子と言っていいだろう。

「綺麗にできたねー。さぁどんどん作るわよー!」

「はーい!」

 調子を上げた美紅のおかげで、大皿にどんどんと餃子が出来上がっていく。
 一皿で四十個くらいだろうか。
 ってよく見たらもうひとつ大皿があるな。
 いったい母さんは何個作るつもりなんだろうか。
 それとも餃子以外におかずがなかったり……?

「終わったー!」

 どうやら餃子の具よりも皮が先に底をついたようだ。

「よーし、じゃあ焼いて食べましょうか!」

「うん!」

 最後に作った餃子はもう、母さんと美紅のどっちが作った餃子かわからないほどだ。
 隣の皿にある最初に作った餃子は、ひだのまったくない綺麗な半円をした餃子が鎮座している。
 これはかなりの成長率ではなかろうか。
 子どもというのはまったく飲み込みが早いものだ。

 娘の優秀さをしみじみと噛みしめていると、キッチンの奥に引っ込んでいた母さんが、ホットプレートを持ってやってきた。
 もしかして焼きながら食べるスタイルだろうか。
 それなら餃子以外におかずがなくてもまぁいいかな。

 ダイニングテーブルの上にホットプレートを置いた母さんが、油をプレートに引いて美紅にまたお手伝いをお願いしている。

「美紅、次は餃子を焼くから並べてね」

「うん!」

 母さんと一緒になって餃子をならべる美紅。
 プレート上に餃子が並べられると、母さんはもうひとつのボウルを持ってきた。
 少しだけ小麦粉を溶いた水が入っているのだ。それを餃子の隙間に流し込むと素早くふたをする。
 じゅわーっという水が沸騰する音が聞こえてきたかと思うと、湯気と共に餃子のいい香りも漂ってくる。

「うわー、いい匂いだね!」

 立ち上る湯気を追いかけるようにして美紅がはしゃいでいる。

「あはは、そうねぇ。美味しそうだね」

 待っている間に母さんがポン酢をベースにした餃子のたれを作り、炊いてあったご飯をお茶碗によそっている。
 しばらくするとホットプレート内の水分もなくなってきたようだ。そろそろ完成かな?

「もういいかしら?」

 母さんが蓋をあけると、大量の湯気がホットプレートから立ち上った。

「美味しそう!」

 美紅は待ちきれないと言った様子だ。

「母さん、早く!」

「はいはい」

 苦笑しながら母さんがお箸を並べている。ふと何かに気付いたように、母さんが美紅に声を掛けた。

「美紅。お父さん呼んできてね」

「はーい」

 元気よく答えると、美紅がとてとてと走って僕の方までやってきた。

「お父さん! ご飯できたよ!」

 やってきたかと思うと、一息にそうまくしたてて僕の返事も聞かずにダイニングテーブルへと戻る美紅。
 そんなに餃子が早く食べたいのか。
 僕は苦笑しながらも、執筆中の原稿を開いているノートパソコンのモニタを閉じて、母さんと美紅が作ってくれた餃子を食べるべくダイニングテーブルへと着く。
 とても美味そうだ。

「「「いただきます!」」」

 三人そろったところで、皆で餃子を食べ始める。
 もちろん僕が最初に手を伸ばしたのは、美紅が最初に作った綺麗に半円になった餃子だ。

「あっ! それ美紅が作ったやつだよ!」

 僕が取った餃子に気が付いた美紅が、嬉しそうに報告してくれる。
 そのまま僕はたれにつけると、美紅が作った餃子を口に入れた。

「美味い」

 娘の愛情がたっぷりと詰まった餃子は最高に美味かった。
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