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第一章 神霊の森

第40話 閑話 『フォレストテイル』

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「この時期はそろそろやめといたほうがよさそうだな」

 どんよりと曇る空を見上げながら漏らすと、重戦士のトールからも「そうですねぃ」と同意の声が上がる。

「そうね。あの谷を行軍中に大雨でも降ったら助からないわよ」

 斥候のマリンも同意見のようで、魔術士のティリィに至っては無言でうなずくだけだ。言うまでもないってことだろう。

「まぁしかし、谷付近まで行かないという選択肢もないな」

「面白いものが流れ着くこともありますからねぃ」

 俺たち『フォレストテイル』のパーティは普段、終焉の森へ入るための谷で獲物を狩って生活する探索者だ。谷以外から森へ踏み入れば険しい山となっており、登ることなどほぼ不可能なのだ。谷であれば緩やかに登っていくだけなので幾分か楽になる。

 ランク5の俺たちにその依頼が来たのはひと月ほど前。単独で森の探索をしていたランク6のダレス・ネイワードが音信不通になったので、探して欲しいという依頼だった。
 谷を越えたことのある探索者となると数えるほどしかいないが、たまたま俺たちに白羽の矢が立ったというわけだ。

 ただし雨の時期となると、谷は通り抜けができる状態ではなくなる。今日みたいに上流で大雨が降ると、谷底が濁流で埋め尽くされてしまうからだ。
 しかし悪いことばかりでもない。いろいろと流れ着くのだ。あの終焉の森の素材が。なので雨が降りそうな悪天候でも、こうして谷の入り口までみんなでやってきている。

 谷から流れる川はいつもより増水が始まっていて、すでに濁り始めている。上流ではとっくに嵐になっているんだろう。

「お、きたきた」

 さっそく上流から濁流が勢いよく流れてくる。ありきたりな流木も流れてきているが、稀に終焉の森にしか生えていない樹木が流れてくると当たりだったりするので侮れない。

「じゃあいきますね。パワーエンチャント、パワーエンチャント」

 ティリィの筋力アップの魔術で俺とトールにバフがかかる。川へと網を投げ込むと、二人で流木を引き上げる。

「うーん、まぁ普通の木っぽいけど、売れないことはないかな」

 どこにでもある種類の木でも頑丈なことが多いのだ。はずれではあるけど問題ない。何しろそこまで危険性もなく稼げるのだから文句は言うまい。
 などと気を抜いていたのが悪かったんだろうか。急に悪寒がしたかと思うと、辺りを経験したことのない威圧感が襲った。

「な……、なんだ……」

 かろうじて声を絞り出して周囲に視線を向ける。トールはまだなんとか立っていたが、マリンとティリィはへたり込んで顔を青くしている。
 川の上流へと向き直ると、こちらとは反対側の川岸を一匹の獣が走ってくるのが目に入った。

「――ッ!?」

 この威圧感の正体はきっとあの獣だろう。近づくたびに威圧感が増してくる。
 白地に黒い縞模様の入った大きな虎だ。俺たちには目もくれず川を注視しながら下流へと走っていったかと思うと、何かを見つけたのだろうか川へと飛び込んだ。そのまま何かを口に咥えると、こちら側の岸へと上がってくる。
 口に咥えていた何かを地面へとそっと横たえると、ひたすら舐める行動を繰り返していた。
 そのころには威圧感も鳴りを潜めており、俺たちも動けるようになっていた。

「……子ども?」

 そこで目に入ってきたのは小さい子どもだ。虎に全身を舐められているが、ぐったりしていて動く様子は見られない。水色の髪は泥と草にまみれてくすんでおり、着ている服もどちらかと言えばただの布を巻きつけているだけにも見える。そしてその体の大きさには似つかわしくない大きな鞄を背負っているようだった。

 助けないとと思い反射で駆け寄ると、虎が気づいたのか舐める行為を辞めてこちらを威嚇してきた。だけどさっきまでの威圧感はさっぱり感じられなくなっている。

「その子を助けたいんだが……、まだ生きてるのか?」

 ゆっくりと近づいて行き、通じるかどうかわからないが話しかけてみる。後ろから恐る恐るパーティメンバーも警戒しながら近づいてきているのがわかる。

「え? もしかしてあの濁流を流されてきたの?」

 マリンがまさかといった声音で驚いているが、確かにそうだ。間違いなくあの子どもは川を流れていたはずだ。

「それって絶望的なんじゃ……」

 ティリィが声を潜めて口にするが、大人ならまだしも子どもがあの濁流に流されたんじゃ……。

「それよりも、あの子は終焉の森からきたってことですかい?」

「「「ッ!!?」」」

 トールの言葉に俺たち三人の言葉が詰まる。
 しばらく固まっていると、何もしてこない俺たちに興味をなくしたのか、虎が子どもを舐める行動を再開する。

「そ、それよりもだ。早く子どもを」

 ハッと我に返って近づくと、今度は虎も警戒を緩めたのか場所をゆずってくれた。体に触れると全身が冷え切っていて顔も青白く、生きているようには見えない。呼吸もしておらず脈も止まっているようだ。

「おい! しっかりしろ! おい!」

「……ヒール! ……キュア!」

 ティリィが治癒魔術を片っ端からかけていく横で、トールが蘇生術を施していく。

「お願い、起きて!」

 マリンも必死になって呼びかけるが、反応する様子を見せない。

「くそっ!」

 誰もが諦めそうになったころ。

「――げほっ! げほっ!」

「「「「!」」」」

 子どもが息を吹き返して意識を取り戻した。

「気が付いたか!」

「よっしゃ!」

「やった!」

「よかった……」

 自分以外にも三者三様の喜びの声が上がり、俺も思わずグッと拳を握る。

「がうがう!」

 虎も叫び声をあげてとても嬉しそうだった。
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