9 / 81
第一章 神霊の森
第9話 命の恩人
しおりを挟む
目を開けると目の前に虎の顔があった。
大きく開かれたつぶらな瞳には、獲物を見つけた肉食獣のそれではなく、好奇心が浮かんでいるような気がしないでもない。うん、きっとそうだ。私は食べてもおいしくないだろうしね。
現実逃避をすべく首を右方向へとゆっくりと動かしていく。建付けの悪い扉が開くときの音が聞こえそうな様子でなんとか首を回したけど、そっちにも虎の顔があった。
「ひいぃぃ……」
だけど思ったよりも声が出ない。
なんだか視界がぐるぐる回ってるし、体もうまく動かせない。
『相当衰弱しているようだな。今すぐに栄養摂取しないと本当に死ぬぞ』
「ぇぇぇ……」
キースの声がどこからともなく聞こえてきたが、その内容は端的に今の私を表しているようだった。
一気に目の前にいる虎のことなどどうでもよくなった。うつろな目で周囲を見回すが、相変わらず森の中にいるということくらいしかわからない。
ふと目の前の虎が視界からいなくなる。
なんとかしないといけないとは思うけど、どうすればいいのかもよくわからない。だんだんと頭も回らなくなってきた。
もうすぐ死んでしまうのかと漠然と考えだした時、目の前に虎が戻ってきたかと思えば口元が何かで濡れた。
――甘い。
必死になって口元に注がれる甘い液体を嚥下する。
徐々にクリアになっていく視界の中に、虎が咥えている果物から果汁が自分に向かって滴っている様子が見えた。
「お前……」
ゆっくりと手を伸ばすと虎が顔を寄せてくる。
「グフフフ」
果物を咥えながら発した声は変な声だった。
「はは……、ありがとうな」
わしゃわしゃと顔を撫でると虎は嬉しそうに目を細める。
そのまま果物を受け取るとゆっくりと味わうようにして食べる。直径15センチくらいもある大きな果物だ。ピンクか黄色が混ざったような色でとても甘くておいしい。そして柔らかい。
半分も食べないうちにお腹いっぱいになった私は、再び意識を失うようにして眠りについた。
目が覚めると隣に虎が寝ていた。
びっくりしたけどもう怖くはない。私を助けてくれた、命の恩人だ。
上半身を起こして虎の全身を観察してみるが、私の身長より大きい。
空を見上げてみれば星が瞬いており、すでに夜の帳が下りていた。
そういえば二匹いたなと思い周囲を見回してみると、すぐ後ろで寝そべっているもう一匹の虎を発見した。なんというか、隣で寝ている虎の2~3倍はある大きさだ。もしかして親子なんだろうか。
『ようやく気が付いたか。ひとまず、衰弱からは脱したようで安心した』
「うん。なんとか生きてるよ。あのときはいっしゅんでも、死をかくごしたけどね……」
『こんなところで貴重なサンプルが失われるのかと思ったぞ』
「さいですか」
虎のお腹をやさしく撫でながら適当に返事をする。
「そういえば最初に虎に出会ったとき、なんで大丈夫だろうってわかったの?」
『アイリスには魔物友好因子を多めに注入してあるのだ』
「なにそれ」
魔物友好? 魔物と仲良くなれるってこと?
『文字通り魔物に好かれる因子だ。主にテイマー系の職業に就く者が多く持つ因子でもある。ばったり出会った魔物にいきなり殺されでもしたらもったいない』
とはいえそれでも友好的になってくれない魔物もいるらしい。もともと知力の低い魔物や、アンデッドなどがそうらしい。
「へぇ」
『しばらくはこのあたりでホワイトキングタイガーと療養でもしておくのがいいだろう』
「この虎ってホワイトキングタイガーって言うんだ」
聞いたことのない名前の魔物だな。ラルターク皇国には生息していないんだろうか。
ふと虎の反対側に食べかけの果物が残っていたので手に取って口にする。
うん、とても甘くておいしい。
食べ終わると真ん中に大きい種が一つ残った。何となく残しておきたくて辺りをキョロキョロすると、背負っていた鞄を見つけたので取りに行こうと立ち上がる。
「おっと……」
何とかふらつきながらも立ち上がったが、改めて手を見てみると果汁でべとべとだ。
『川なら向こうにあるぞ』
キースの指す方向に目を向けると、木々の向こう側は暗闇が続いている。じっと目と耳を凝らしていると、川のせせらぎが聞こえてきた気がした。
「ちょっと行ってくる」
よたよたと歩いて行くとぼんやりと川が見えてきた。川幅は二メートルくらいだろうか。穏やかに流れていて川底が見えるくらいに浅い。多少深いところもあるが、それでも私の太ももくらいだ。
手と口元を濯いでついでに種も洗う。川の水はすごく冷たくて気持ちよかった。
『この川の水は飲めるようだな』
後ろをついてきたキースが川の水へと光を照射してそんなことを言う。
「へぇ、じゃあ水筒に汲んでおくか」
またもよたよたとホワイトキングタイガーの親子の元へと戻ると、小さい方の虎が起きてこっちに歩いてきているところだった。私を見つけて小走りで近づいてきたので身構えたが、突進してくることなく私の手前で止まると顔を舐められた。
「うわっぷ。はは……、ありがとな」
高い位置にある顔を撫でてやると、この子虎の顔も果汁でべったりだった。
もう一度川に戻って顔を洗ってやることにした。
大きく開かれたつぶらな瞳には、獲物を見つけた肉食獣のそれではなく、好奇心が浮かんでいるような気がしないでもない。うん、きっとそうだ。私は食べてもおいしくないだろうしね。
現実逃避をすべく首を右方向へとゆっくりと動かしていく。建付けの悪い扉が開くときの音が聞こえそうな様子でなんとか首を回したけど、そっちにも虎の顔があった。
「ひいぃぃ……」
だけど思ったよりも声が出ない。
なんだか視界がぐるぐる回ってるし、体もうまく動かせない。
『相当衰弱しているようだな。今すぐに栄養摂取しないと本当に死ぬぞ』
「ぇぇぇ……」
キースの声がどこからともなく聞こえてきたが、その内容は端的に今の私を表しているようだった。
一気に目の前にいる虎のことなどどうでもよくなった。うつろな目で周囲を見回すが、相変わらず森の中にいるということくらいしかわからない。
ふと目の前の虎が視界からいなくなる。
なんとかしないといけないとは思うけど、どうすればいいのかもよくわからない。だんだんと頭も回らなくなってきた。
もうすぐ死んでしまうのかと漠然と考えだした時、目の前に虎が戻ってきたかと思えば口元が何かで濡れた。
――甘い。
必死になって口元に注がれる甘い液体を嚥下する。
徐々にクリアになっていく視界の中に、虎が咥えている果物から果汁が自分に向かって滴っている様子が見えた。
「お前……」
ゆっくりと手を伸ばすと虎が顔を寄せてくる。
「グフフフ」
果物を咥えながら発した声は変な声だった。
「はは……、ありがとうな」
わしゃわしゃと顔を撫でると虎は嬉しそうに目を細める。
そのまま果物を受け取るとゆっくりと味わうようにして食べる。直径15センチくらいもある大きな果物だ。ピンクか黄色が混ざったような色でとても甘くておいしい。そして柔らかい。
半分も食べないうちにお腹いっぱいになった私は、再び意識を失うようにして眠りについた。
目が覚めると隣に虎が寝ていた。
びっくりしたけどもう怖くはない。私を助けてくれた、命の恩人だ。
上半身を起こして虎の全身を観察してみるが、私の身長より大きい。
空を見上げてみれば星が瞬いており、すでに夜の帳が下りていた。
そういえば二匹いたなと思い周囲を見回してみると、すぐ後ろで寝そべっているもう一匹の虎を発見した。なんというか、隣で寝ている虎の2~3倍はある大きさだ。もしかして親子なんだろうか。
『ようやく気が付いたか。ひとまず、衰弱からは脱したようで安心した』
「うん。なんとか生きてるよ。あのときはいっしゅんでも、死をかくごしたけどね……」
『こんなところで貴重なサンプルが失われるのかと思ったぞ』
「さいですか」
虎のお腹をやさしく撫でながら適当に返事をする。
「そういえば最初に虎に出会ったとき、なんで大丈夫だろうってわかったの?」
『アイリスには魔物友好因子を多めに注入してあるのだ』
「なにそれ」
魔物友好? 魔物と仲良くなれるってこと?
『文字通り魔物に好かれる因子だ。主にテイマー系の職業に就く者が多く持つ因子でもある。ばったり出会った魔物にいきなり殺されでもしたらもったいない』
とはいえそれでも友好的になってくれない魔物もいるらしい。もともと知力の低い魔物や、アンデッドなどがそうらしい。
「へぇ」
『しばらくはこのあたりでホワイトキングタイガーと療養でもしておくのがいいだろう』
「この虎ってホワイトキングタイガーって言うんだ」
聞いたことのない名前の魔物だな。ラルターク皇国には生息していないんだろうか。
ふと虎の反対側に食べかけの果物が残っていたので手に取って口にする。
うん、とても甘くておいしい。
食べ終わると真ん中に大きい種が一つ残った。何となく残しておきたくて辺りをキョロキョロすると、背負っていた鞄を見つけたので取りに行こうと立ち上がる。
「おっと……」
何とかふらつきながらも立ち上がったが、改めて手を見てみると果汁でべとべとだ。
『川なら向こうにあるぞ』
キースの指す方向に目を向けると、木々の向こう側は暗闇が続いている。じっと目と耳を凝らしていると、川のせせらぎが聞こえてきた気がした。
「ちょっと行ってくる」
よたよたと歩いて行くとぼんやりと川が見えてきた。川幅は二メートルくらいだろうか。穏やかに流れていて川底が見えるくらいに浅い。多少深いところもあるが、それでも私の太ももくらいだ。
手と口元を濯いでついでに種も洗う。川の水はすごく冷たくて気持ちよかった。
『この川の水は飲めるようだな』
後ろをついてきたキースが川の水へと光を照射してそんなことを言う。
「へぇ、じゃあ水筒に汲んでおくか」
またもよたよたとホワイトキングタイガーの親子の元へと戻ると、小さい方の虎が起きてこっちに歩いてきているところだった。私を見つけて小走りで近づいてきたので身構えたが、突進してくることなく私の手前で止まると顔を舐められた。
「うわっぷ。はは……、ありがとな」
高い位置にある顔を撫でてやると、この子虎の顔も果汁でべったりだった。
もう一度川に戻って顔を洗ってやることにした。
0
お気に入りに追加
278
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
断罪済み悪役令嬢に憑依したけど、ネトゲの自キャラ能力が使えたので逃げ出しました
八華
ファンタジー
断罪済みの牢の中で悪役令嬢と意識が融合してしまった主人公。
乙女ゲームストーリー上、待っているのは破滅のみ。
でも、なぜか地球でやっていたオンラインゲームキャラの能力が使えるみたいで……。
ゲームキャラチートを利用して、あっさり脱獄成功。
王都の街で色んな人と出会いながら、現実世界への帰還を目指します!
ユニコーンに懐かれたのでダンジョン配信します……女装しないと言うこと聞いてくれないので、女装して。
あずももも
ファンタジー
【護られる系柚希姫なユズちゃん】【姫が男? 寝ぼけてんの?】【あの可愛さで声と話し方は中性的なのが、ぐっとくるよな】【天然でちょうちょすぎる】【ちょうちょ(物理】(視聴者の声より)
◆病気な母のために高校を休学し、バイトを掛け持ちする生活の星野柚希。髪が伸び切るほど忙しいある日、モンスターに襲われている小さな何かを助ける。懐かれたため飼うことにしたが、彼は知らない。それがSクラスモンスター、世界でも数体の目撃例な「ユニコーン」――「清らかな乙女にしか懐かない種族」の幼体だと。
◆「テイマー」スキルを持っていたと知った彼は、貧乏生活脱出のために一攫千金を目指してダンジョンに潜る。しかし女装した格好のままパーティーを組み、ついでに無自覚で配信していたため後戻りできず、さらにはユニコーンが「男子らしい格好」だと言うことを聞かないと知り、女装したまま配信をすることに。
◆「ユニコーンに約束された柚希姫」として一躍有名になったり、庭に出現したダンジョンでの生計も企んでみたらとんでもないことになったり、他のレアモンスターに懐かれたり、とんでもないことになったり、女の子たちからも「女子」として「男の娘」として懐かれたりなほのぼの系日常ときどき冒険譚です。
◆男の娘×ダンジョン配信&掲示板×もふもふです。主人公は元から中性的ですが、ユニコーンのスキルでより男の娘に。あと総受けです。
◆「ヘッドショットTSハルちゃん」https://kakuyomu.jp/works/16817330662854492372と同時連載・世界観はほぼ同じです。掲示板やコメントのノリも、なにもかも。男の娘とTSっ子なダンジョン配信ものをお楽しみくださいませ。
◆別サイト様でも連載しています。
◆ユズちゃんのサンプル画像→https://www.pixiv.net/artworks/116855601
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる