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最終章 エピローグ編
第136話 大演説(前編)
しおりを挟むその日、聖アルマイト王国の王都ユールディアはざわめき立っていた。
突然の第2王女からの宣戦布告に対して、いよいよ国王代理としてカリオスが声明を発表するというのだ。
聖アルマイトで王族が演説を行う際に、必ず使用されるその場所――広大な庭園には王都中の人間、いやそれ以外からも大量の人間が押し寄せてきて、王国内のすべての国民が集まっているのではないかというくらいの人口密度だ。当然、庭園内に入りきれなかった人間も多い。
それどころか、カリオスの意向で他国の人間――あまつさえ、第2王女派の人間まで馳せ参じることを、堂々と許可していた。
テラスに立つカリオス派慄然とした威風堂々としている。そしてその後ろに控えるのは、現在の第1王子派の最高幹部達。
第1王女『鮮血の姫』ラミア=リ=アルマイト。
龍牙騎士団新騎士団長『堅鱗』クルーズ=ルメイラ。
紅血騎士団騎士団長『王国最強の騎士』ディード=エレハンダー。
内政最高官リューゲル=イマリティ。
龍牙騎士騎士団長代理コウメイ。
(最高幹部……?)
今日のこの演説を開始する前に集められた面々――自分を含めて、カリオスが言ったその言葉に、コウメイは眉をひそめながら、このテラスに出てくる前のことを思い返す。
□■□■
この早々たるメンツの中で唯一「団長代理」というショボい肩書――しかも、その肩書すらコウメイにとっては緊急的に任じられているだけで、身分不相応だというのに。
「あらぁ~、緊張しているのかしら? 兄様の側近ともあろう男が」
「いや、普通に緊張しますし。それに、自分はいつからカリオス殿下の側近になったんですかね?」
演説が始まるにあたって、テラスに姿を現すのを前にして、ラミアにからかわれるコウメイ。
今日の演説に際してそのように側近というのであれば、お門違いもいいところである。
確かに骨子を作ったのはコウメイではあるものの、細かい台本を作ったわけではない。要点や話し方のポイントを、コウメイなりに考えたことをメモとして渡しただけである。
コウメイとしてはぶん投げられたものを、ほとんどそのままカリオスにぶん投げ返しただけで、側近などとはとんでもない。
そんな慌てた様子のコウメイに、ラミアが口元に手を当ててくすくす笑っていた。
どうも、この物騒な『鮮血の姫』に気に入られたらしい。それが良いことか悪いことかは、どうにも分かりかねるが。
「――さて、行くぞ」
それまで、黙って座っていただけのカリオスは、時間がくるとおもむろに立ち上がる。
結局、聖アルマイトの代表者は、今の今まで誰にも己の決断を、覚悟を口にしていない。果たして溺愛していた第2王女の反旗に対して、全国民の前で何を喋ろうというのか。
生真面目なクルーズ、クリューゲルなどは、緊張の余り、最早生きた居心地はしなかった。
無感情なディードは、やはり無表情のままで何を考えているか分からない。
過激な性格のラミアは、この状況を楽しむかのように笑っている。
そして、決して生真面目ではないはずのコウメイは、しかし生真面目組の2人に似た心境だった。
これから始まるこの王子の演説によって、聖アルマイトの運命は大きく変わる。
今日この日を迎えるまでの時間は、カリオスにとって辛苦でしかなかったろう。その苦痛は、よそ者のコウメイにはとても想像できない。
それでも今日という日を迎えて、堂々と「決断した」と言い放ったカリオスの表情は、何かを吹っ切ったように清々しいわけでも無ければ、苦渋の決断をしたように苦々しくも無い。
口数は少なく、ただただ威風堂々と王者らしく振舞っているだけで、その様子から何を決断したのかは、コウメイ始め誰も伺い知ることは出来なかった。
しかし、どうしたって決断は2つに1つしかない。
リリライトを、愛する妹を、助けるか救うか。そのどちらかしかない。。
今、コウメイから見て言えることは1つしかない。
カリオスに、もう迷いはない。
カリオス=ド=アルマイトの、歴史に残る大演説が始まる。
□■□■
天気は晴天。清々しい程の青さが広がったその日の空は、今現在聖アルマイトが抱えている重い事情とはまるで正反対の清々しさだった。
カリオス達がテラスに出てくると、庭園に控える民衆にどよめきが走る。歓声ではなくどよめき――皆が、誰からも愛されていた「純白の姫」の突然の反乱に対する動揺と、それに対して今日まで声明を先延ばしにしてきたカリオスへの不信をあらわにしていた。
「……あー、その。何から話すかな」
ミュリヌスでリリライトが行った演説とはまるで正反対――民衆のどよめきが冷めやらぬまま、ものすごく中途半端なタイミングでカリオスがしゃべり始める。
普段はこういう場所であれば、その場所に相応しい基本的な所作は弁えているはずなのに――コウメイは、肩をこけさせる。
「えっと、そうだな。じゃあまず、分かりやすいことから……俺の後ろにいるこいつ、知らない奴が多いと思うから紹介しとく。たった今、龍牙騎士をクビにするから。そして、全騎士団を総括することになった、名前はコウメイ……え~と、ショカツリョウだったっけ? 今日、今からこいつが聖アルマイトの元帥だから。つまり、各騎士団長の上司な」
「ぶふおぉっ?」
その場所にいる大衆の中で一番驚いたコウメイは吹きだす。当然、そんなこと何も聞いていない。というか、そんな紹介の仕方をしたら、ファーストネームすら曖昧な感じの人間に、そんな重職を任せると思われる。
「それで、重傷を負ったルエールの後を継いで、クルーズが龍牙騎士団長に就任した。あとは、そうだな……グスタフがリリライト側についたから、内政関係についてはリューゲルが責任者となる。ラミアとディードは……まあ、今までと変わらずだ。これからも戦争の最前線で活躍してもらう。とりあえず、これからの俺の周りはこんな感じだ」
ざわざわとざわめく庭園内。人数が人数なだけに、そのざわめきだけでもその場の空気を、地面を揺らすようだった。
ちなみに、まだ演説にすら入っていないこの段階で、最も驚愕していたのはコウメイだ。自らが軍事の最高責任者にまさかこの場任命されるとは……そのこともそうなのだが、更にルエールが瀕死の状態であること、グスタフが第2王女側の人間であることは、民衆に動揺と混乱を招くのを防ぐために秘匿することにしていたのに、あまりにも簡単に明かしてしまうとは。
しかし、そんなコウメイの驚愕など置き去りに、カリオスは淡々と話を続けていく。
「えーと、それじゃまず本題に入る前に言っておかないといけないことがある。今回の演説は、勿論先日の第2王女の宣戦布告に対するものだが、それに対して俺からの返事がこんなに遅れたことは、本当に申し訳ない。あれから1週間くらいか……いや、本当に有り得ないな。……申し訳ない」
本来ならば民衆を見下ろす立場であるカリオスは、高い場所に立ちながらも、深々と腰を追って頭を下げる。その王族の謝罪に、庭園に控える民衆は、今度は逆に静まってしまう。
「こんなに、遅くなった理由は……おそらく、皆が想像している通りで間違いない。相手がリリライト……俺が可愛がっていた妹だからだ。私情を挟んで、無駄に時間をかけてしまった。これは第1王子、そして国王代理としてはあるまじき態度だ。謝ったところで許されるかは分からないが、それでも俺は謝ることしか出来ない。――本当に、申し訳なかった」
深々と頭を下げたまま、それでも声は大衆に伝わるように明瞭に謝罪の言葉を述べる。
後ろで見ていたコウメイは、色々な感情が混ざり合って口が開いたままになっていると、ふと視線を感じる。その先へ顔を向けると、このテラスに立つ人物の中で最も老齢な内政最高官リューゲルが、泣きそうな顔をしながら、コウメイに助けを求めるような視線を向けてきていた。
コウメイは引きつった笑いを浮かべながら、首を横に振るしかなかった。
背後でそんなやり取りがされていることなど気づいた様子もなく、カリオスは次の言葉を堂々と言い放った。
「――だけど、もう安心してくれ。いい加減、覚悟を決めた。無駄に時間をかけた分、この決意は絶対だ。もう迷わない。今日は、それをみんなに伝えるために集まってもらった。すっかり信用を失ったかもしれないが、それでも聞いてくれるなら聞いて欲しい」
そう言って、その場を去る者などいるはずもなかった。
この王族らしからぬ不躾な喋り方については、むしろカリオスの美徳として民衆に受け入れられている。その態度に不信を持つ民衆など極少数だ。
何よりも民衆にとっては、今後カリオスが叛意を示した妹――第2王女に対してどのような態度をとるのか。それによっては聖アルマイト王国、ひいては民衆1人1人の今後の生活に重大な影響を及ぼす。
一般的な国の王族であれば、厳粛な態度――武力解決以外には有り得ない。それはすなわちリリライトから第2王女という立場・権限を剥奪し、極刑に処することとなる。
しかし、その決定権を持つカリオスは、王族としては型破りな考えや性格である。更には、当のリリライトを異常なまでに溺愛していることから、この王子がどんな決断を下そうとしているのか、誰にも予想が出来ない。
誰もが息を飲みながら、次に発するカリオスの言葉に集中する。
そして、カリオスは、苦しみ悩みぬいた挙句に決断した覚悟を、今大衆に向けて威風堂々と言い放つのだった。
「聖アルマイト王国国王代理カリオス=ド=アルマイトの名において宣言する。今日これより、聖アルマイト王国王都ユールディアは、リリライト=リ=アルマイト率いる反乱軍を討伐するべく軍事行動を開始する」
それは、つまり――
「此度の反乱に与するヘルベルト連合の一部勢力及び諸侯、白薔薇騎士団――そして、反乱の首謀者であるリリライト=リ=アルマイト本人を討ち、この国に安寧の時を取り戻すことを、国民に誓う」
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