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第4章 激動の冬編

第108話 フォルテア森林帯の激闘Ⅱ――王国最強の騎士

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 カリオス達斥候部隊がフォルテア森林帯に入った理由は、リリライトを救出したルエール部隊との合流が目的だ。

 しかしフェスティア率いる龍の爪部隊に取り囲まれて、もはやそれどころではなくなった。いや、そもそもフォルテア森林帯に入ったこと自体が敵に誘い込まれたというのなら、ルエール部隊がリリライトを救出したという話すら怪しい。

 もしかすると、ルエール達もリリライトも、ひょっとすると……

 この激戦の中で、そこまで思考が及んだコウメイは、さすが部隊の頭脳役に選ばれたことはある、といえる。もっとも、彼は先頭を切って戦っているわけではなく、後方で守られている立場だったから余裕があった…というのもあるだろう。

 しかし、カリオスが神器の力を解放し、その無類の力で敵の指揮官を引きずり出した。

 そうして、戦闘が新たな展開を迎えたところで、コウメイは目の前の現実に、思考と意識の全てを持っていかれる。

「そんな……馬鹿な……」

 フェスティアがいる敵本隊とへ向かっていくカリオスやディードらに取り残されるようにして、コウメイは後方からその激闘を見守っていた。

 まるで書物に出てくる戦乙女のような羽根兜をつけている、見目麗しい妙齢の女性――フェスティアを見て、コウメイの眼は驚愕に見開かれた。

「どうしてここにいるんだ? 有り得ない……」

 相変わらずカリオスが放つミョルニルの派手な轟音が響く。しかし、それはフェスティアにまで届かなかったようだ。続いてディードが敵陣に突っ込もうとするが、敵に足止めされた様子。

 そこから、一度は怯んだように見えた龍の爪部隊が再び怒涛のように押し寄せてくる。カリオスは神器を扱う体力が尽きたのか、ミョルニルの電撃はもう放たずに、じりじりと後退を始める。そうしているうちに、また1人騎士が龍の爪の刃に倒れる。

 そんな中でもコウメイは、フェスティアの存在に意識を完全に奪われていた。

「殿下っ! カリオス殿下っ!」

 たまらずコウメイは前方で戦うカリオスに、馬で駆け寄る。

 神器の力を連発したせいか、カリオスの疲労の色は濃い。それでも敵から奪った剣を手に、龍の爪の兵士の攻撃をいなしながら、声だけコウメイに反応する。

「お前は下がっていろって……」

「奴は、あれは本当にフェスティア本人ですか? 影武者とか偽物とか、有り得ないですか?」

 カリオスの言葉を遮って、鬼気迫る勢いで問うてくるコウメイ。カリオスは斬りかかってきた敵兵を剣で斬り捨ててから、彼に向き変える。

「昨日もそんなこと言ってやがったな。どうしてそこにこだわる?」

「だって、有り得ない。どうしてフェスティアがここにいるんですか! よく考えて下さい! そんなの、有り得ないじゃないですか」


□■□■

 紅血騎士団長『王国最強の騎士』ディード=エレハンダーと龍の爪特別任務部隊『黒風』のジャギボーン。

 ディードは相手を強敵と見定めたのか、馬から降りて、地面を自らの足で踏みしめながら、黒一色に身を包んだ暗殺者との戦いに臨んでいた。

 ジャギボーンはその二つ名の通り、黒い風と思わせるような素早さで、ディードをかく乱するように周囲を動き回る。そして少しでも隙を見つけると

「ッシャアア!」

 鎖鎌を投げつけてくる。

 魔術的な制御を受けているのか、鎌は円を描くような歪で不規則な軌跡を描きながら、ディードの顔面に向かって飛んでくる。

 その鎌を槍の柄で防御するディードだったが、その鎖が柄に巻き付く。

「死ねぇっ! ギィヤハハハハ!」

 ギョロリと目玉がこぼれおちるくらいに目を開けながらジャギボーンが突進してくる。鎖で槍を抑えられたディードは無防備だ――

「っおおおう!」

 しかしディードは力任せに、鎖にまかれたままの槍を振り回す。

「おおおお?」

 驚いたような声を上げるジャギボーン。ディードの槍を抑えるために鎖を持っていたため、そのままその痩躯は宙を舞う。

「死ぬがよい、下劣な人殺しがっ!」

 普段は無表情のディードが怒りをにじませて、鎖に繋がれた槍を回す。たまらずジャギボーンは手から鎖を手放すが、宙に放られた身体はそのまま制御がきかない。

 そのジャギボーンの身体を真っ二つにするべく、ディードは槍を振りかぶる。

 ――しかし、ディードは不意に背後に殺意を感じる。

 瞬間、ディードは意識をジャギボーンから背後へと移す。振り向いたディードの視線の先には、剣を振りぬいて笑うフェスティアの姿ーー

 先ほどカリオスに向けて放たれた、フェスティアの風刃が、今度はディードに向けて飛んできていた。

 ディードは即座に反応し、下半身に力を込めて、その場から飛びのく。

 まさに間一髪のタイミングで風刃の回避に成功するディード。風刃はそのまま地面を切り裂きながら、大木をスパっと切り裂くと、その姿を霧散させる。

「最強騎士様は、1対1の正々堂々の勝負しか知らないのかしら?」

 笑みを浮かべながらフェスティアが、挑発の言葉を吐く。

「――ふ、笑止」

 そんなフェスティアに、ディードもまた笑いながら答える。

「この程度の劣勢、これまでの戦いの中でも、中の上程度だ。王国最強の称号――舐めるなよっ!!」

 ディードが凄味を込めて言葉を発すると、まるで彼の身体が巨人のように膨れ上がるような錯覚に陥るフェスティアとジャギボーン。さすがのフェスティアも気圧されて引いてしまう程だった。

「ぎぃあぁぁぁぁっ! コケオドシだろうがぁっ!」

 しかし、常に危険と隣り合わせである暗殺家業の現場で生きてきたジャギボーンは、指揮官であるフェスティアとは違う。圧倒的な威圧感を放つディードに、むしろ懐に潜り込む。

 ディードの獲物は長大な槍――それならば、逆に至近距離がディードの間合いの外となる。

 懐に入り込んんで鎖鎌で首を掻っ切ろうとしてくるジャギボーンの鎌を、ディードは槍の柄で防御する。ディードはそれ以上のことが出来ず、防戦一方に追い詰められているように見える。

「さすがジャギボーン。王国最強の騎士相手にすら優勢ですね」

 ジャギボーンよりも、むしろその采配を下したフェスティアを賞賛するように、きらきらと輝く顔をフェスティアに向けるアストリア。

「そうね。それこそディード=エレハンダーのように名が知れていなくとも、優秀な人材なんて大陸中にゴロゴロいるものよ。――ただ」

 戦う2人が接近したため、援護攻撃が出来なくなったフェスティアは剣を鞘に収めて、アストリアの言葉にうなずく。

 決して崩れない優位の笑みはそのままに、しかしアストリアがジャギボーン優勢と言う戦いに目を細める。

「ぶぎゃああっ……?」

 動物が顔でも潰されたか?――そんなことを思わされる声だったが、実際にジャギボーンの顔がつぶされていた。ディードの膝が、真正面からジャギボーンの顔を打ち据えたのだった。

 鼻血を噴き出しながら、そのまま後ろに倒れようとするジャギボーンの身体を、ディードは服を掴んで乱暴に引き寄せる。そして、槍を投げ捨てると、1発2発と、既につぶれているジャギボーンの顔に拳を叩きつける。

「ぐぼっ、ぼあぁっ、びぎあぁ」

 ディードは自らの顔や鎧に降りかかる血など全く気にもせずに、ただひたすらにジャギボーンを殴り続ける。

 殴って、殴って、殴り続けて、ジャギボーンの身体が全く動かなくなると、そのままゴミでも捨てるように、ポイッと投げ捨てる。

「雑魚が」

 無表情の中、冷たい目で地面に横たわるジャギボーンの身体を見下ろすディード。ピクピクと痙攣しているので、まだ生きているようだ。

 顔色一つ変えずに容赦など微塵もなく暴力を振るうこの光景ーーこれこそが好戦的且つ残忍だという紅血騎士団の騎士団長に相応しい姿といえる。

 ディードは、顔を滅茶苦茶に潰されて地面に倒れたジャギボーンには一瞥をくれただけで、腰をかがめて投げ捨てた大槍を拾うと、今度はフェスティア達に向かって構える。

 それだけで、これまではフェスティアの命令に従い、神器を振るうカリオスにすら突撃していった兵士達がどよめき、距離を取ろうと退がり始める。

「む、無茶苦茶な。あんなの騎士の戦いじゃない……ただの喧嘩殺法じゃないですか」

 アストリアが驚愕する。まだディードとの距離は離れているにも関わらず、そこから手を伸ばされたら、そのまま首根っこを掴まれるようだった。その恐怖に戦慄する。

 しかし、それでも隣のフェスティアの表情は涼しいままだ。

「その型破りさが王国最強足る所以かしら? だからといってただの戦闘狂などではなく、極めて理性的且つ思慮深い常識人。正直、神器を扱うカリオス王子よりも手強いくらいだわ」

「だ、代表っ! 落ち着いている場合では」

 のっしのっしという擬音が聞こえてくるかと思うくらい、威圧感たっぷりに1歩1歩近づいてくるディード。

 これまで常にフェスティアと共に戦場にあったアストリアは、そこで恐怖を感じたことなどない。フェスティアが操る戦場は、常に優勢で余裕があったからだ。

 しかし、今初めてアストリアの身体は恐怖に震えていた。

 そんな彼女を諭すように、フェスティアは落ち着きいた声で言う。

「アストリア、こういう戦いもあることを覚えておきなさい。戦場の恐怖を知らない指揮官は、いずれ蛮勇で身を滅ぼすことになるわ」

 フェスティアには一体どんな勝算があるというのか。彼女に無条件に全幅の信頼を寄せるアストリアだが、あまりにも圧倒的過ぎる化物を前に、勝てる算段が存在するとはとても思えなかった。

「勝つ必要はないわ。奴隷を盾にして逃げましょう」

「へ?」

 そんなアストリアの思考を読み取ったように、あっけらかんと答えるフェスティア。既に身を翻して、全部隊に今言った言葉通りの命令を伝える。

「斥候部隊は全滅させる予定だったけど……言ったでしょう? カリオス王子には生きて聖アルマイトに戻ってもらわないといけないの。ここで被害を広げてまで、彼の首を取る必要は無いわ」

「あ……」

 そういえばそうだった。

 本来のこちらの目的は、第2王女による内乱を勃発させて、第1王子との戦争を起こさせることで、聖アルマイト王国を疲弊させることだ。

 短絡的なグスタフの意のままに、カリオスを殺害することは、むしろ望むこところではないのだ。グスタフの思うがままに動いているのは、そのように見せかけているだけのはずだ。

 アストリアはフェスティアに続いて、ディード達に背を向けて戦場を去ろうとする。

 その時――

「なんだ、新手か?」

 その言葉を零したのはコウメイ。

 フェスティア達がいるのとは別方向から、再び大量の人間が押し寄せてくる気配が感じられる。

 カリオス達は勿論、それはフェスティアすら想定外だったらしい。きょとんとしながら、彼女も押し寄せてくる軍勢を見守っていた。

 現れたのは龍の爪とは、全く違う兵士達。

 龍の爪と比べると、高級で豪華で綺麗な白銀の鎧。その全てが女性で構成させられている騎士団。それはフェスティアやアストリアよりも、カリオスやディードの方が馴染み深い騎士の部隊だった。

「白薔薇騎士……だと?」

 聖アルマイト第2王女の近衛騎士団である白薔薇騎士団――しかし、どうもカリオス達の援護に来た様子ではないようだった。

 異様なのは、その白薔薇騎士団に交じって、何故か龍の爪の奴隷兵士が混ざっていることだ。

 何が起こっているのか分からない――カリオスだけではなく、コウメイもディードも混乱していると、程なくしてその部隊の奥から、最悪の悪魔が姿を見せる。

「――うげ。趣味悪……吐きそう……」

 『それ』を見た時、コウメイは本気で嘔気を催し、吐き戻すのを堪えるのに必死だった。

 『それ』を下から支えるのは、屈強な奴隷兵士達十数人。いずれも上半身は裸で、色黒い盛り上がった筋肉を剥き出しにしている。彼らが肩に乗せて支えているのは、5畳分の部屋くらいの大きさがある土台。そしてその上の土台には、金色の調度品やら赤いカーテンやら、趣味の悪い贅沢品で彩られている。

 贅沢の極みを下品に主張しているかの『それ』は、まるで趣味の悪い王様の部屋をまるごとくりぬいて持ってきたようだった。

 コウメイの知識の中で、『それ』と似ているものを挙げるならば『神輿』だ。

 ただそこにいるのは神仏の類ではない。土台の上に乗った部屋のような空間、その中央の豪華な玉座に座っているのは、醜く腹が出て肥え太った豚のような男。

「グスタフっ……!」

 ついに全ての元凶たる悪魔が、カリオス達の前に姿を見せたのだった。
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