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第4章 激動の冬編

挿話 治療経過

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 王都ユールディア。

 ルエール不在の間、龍牙騎士団のまとめ役を任されていたのはコウメイ。そして帰国したカリオスとコウメイが出発した後のその役目を任されたのは、副騎士団長のクルーズ=ルメイラだった。

 クルーズは40を間近にした壮年の騎士。戦闘の腕前は、若手のミリアムやランディに一歩譲るものの、戦術指揮や組織をまとめる力に秀でており、団内の騎士からの信望も厚い。次期騎士団長候補の筆頭で、ルエールの後継者として有望視されている人物だ。

 ミュリヌス地方を巡るグスタフの陰謀についてはクルーズも事情を聞かされた上で、彼は王都の留守に就く役目を仰せつかっていた。

 重要な役目であることは重々に自覚しているものの、グスタフの陰謀と直接関わるような立ち位置ではなかったので、どこか蚊帳の外という意識は拭えなかった。

 しかし、実はグスタフの関わりに、クルーズも対処しなければならない案件を授かっていたのだ。

「容態の方は、いかがでしょうか」

 王宮内のとある一室にクルーズが足を踏み入れて、中にいる人物に声をかける。

 部屋の中には数人の王宮に仕える女性使用人と明らかな異国の服装をまとった人物。そして、ベッドの上で安らかに寝息を立てているアンナ=ヴァルガンダルの姿があった。

 クルーズが声をかけたのは、異国の人物だった。彼は、クルーズの声に身体を振り向かせる。

 頭から全身までを覆っている高級な絹で編まれたローブを羽織ったその人物は、目から下の顔の部分も隠れていた。外から見えるように晒しているのは、目と茶色い前髪。あとは普段は手袋をしているが、今は外しているため手首から先があらわになっている。

 長身痩躯のその人物は、その体つきから男性であることは察せられるが、年齢はいまいちわかりづらい。クルーズが聞き及んだ情報によれば、まだ若く20代半ばとのことだったが。

「良い言い方をすれば安定している。悪い言い方をすれば変化なし、といったところかなー」

 やはり声は明らかな男性の声。どこか鈴を思わせるような綺麗な響きをしているのが特徴だった。

「色々と調べてみたが、このような魔術は見たことがないね。良い言い方をすれば珍しい、悪い言い方をすれば厄介なものだ」

 口癖なのか、この人物が聖アルマイトに来てから、度々このような喋り方をする。最初は違和感を禁じ得なかったものの、今ではクルーズも慣れてしまっていた。

「回復の見込みは……?」

「んー」

 クルーズの深刻そうな問いとは対照的に、どこか能天気そうな色を込めた声を出すその人物は、ファヌス魔法大国第1王子イルギルスという名だった。

「アルマイト家の人間ではないようだけど、この娘はそんなに重要人物なのかい? 僕を呼び寄せてまで治療しようなんてさ」

 クルーズの問いを無視して、イルギルスは逆質問をしてくる。

 彼こそが、コウメイが外交交渉にてアンナの治療を取り付けた解呪師である。

 聖アルマイト王国の南に広がるファヌス魔法大国――その名の通り、魔法にかけては大陸随一を誇る大国家だが、他国とは基本的に不干渉の立場を貫いている、得体の知れない国家。そこの王族であるイルギルスが、アンナの治療のために来国していた。

 協力を取り付けたとはいえ他国の王族――弱みを握られないために、グスタフの陰謀のことは伏せてあり、それに付随するアンナについても一切の情報を与えずに治療を依頼している。

 黙り込むクルーズを見て、イルギルスはヴェールに隠された口元を緩めたようだった。

「まあファヌスの王子である僕に、あんまりペラペラと話せないよね。大丈夫、仕事はやるし約束も守るけど……一体、この娘はどんな術を受けたいんだい?」

 そんなこと、イルギルス自身が分からないのなら誰も答えることなど出来るわけがない。それを知ってか、彼もクルーズに返答など期待せずに、そのまましゃべり続ける。

「良い言い方をすれば、悪くなることはないと思うよ。どうも継続的に術をかけないと、徐々に効果が薄まっていくみたいだね。特にこの娘の場合は、術がかけられてからそんなに時間が経ってないみたいだから、術式が安定していない」

 そのイルギルスの言葉に安堵の息をつくクルーズ。しかしこの男のこの口調には、決まって続きがある。

「悪い言い方をすれば、完治することはないだろうね。そうね、例えるなら毒を追加しなければどんどん薄まっていくけど、消えることはないよ…って感じかな。具体的に言えば、正気は取り戻せると思うけど、エッチになったのは戻らないんじゃないかな」

 内容の割にはどこか緊迫感が抜けたような言い方をするイルギルス。悪気はないのだろうが、上げて落とすというのは、このことだろう。いや、それだけでも喜ぶべきことなのだろうか。

「そもそも、これ何なんだろうね。魔術とか呪いとかいった類じゃないと思うんだけど」

「どういうことですか?」

「どういうこと――って、僕が聞きたいよ。んー、少なくとも僕が言えるのは、この世界のものとは思えない力だよ」

 ため息交じりに言うファヌス王子の言葉に、ますます訳が分からなくなるのはクルーズの方だった。

「あのね、良い言い方をすれば、この世界の魔術なり呪いなりなら僕ならどうにでも出来るけど、悪い言い方をすれば、それ以外のものだったら、僕にはどうすることもできないってわけ」

「で、でも貴方が来てくれたお陰で、この娘は――」

「ん、んん……」

 クルーズとイルギルスの会話中、ベッドで寝息を立てていたアンナの意識が覚醒し始める。ぼんやりとしたように、うっすらと瞳を開いていくアンナ。

「……ックス。セックス……セックスしたいよぉ。チンポ、オチンポ欲しい! 死ぬ! 死んじゃうっ! オマンコにオチンポ突っ込まれないと、ボク死んじゃうよぉっ!」

「あーあー、目が覚めちゃったか。はい、急いでー」

 徐々に意識が覚醒しつつ、興奮が高まっていく様子のアンナ。間の抜けた声でイルギルスが手をパンパンと叩いて使用人たちを促すと、その内の1人が慌ててアンナの口に布を当てる。

「――すぅ、すぅ……」

 すると、まるで電源が落ちるように、アンナは意識を失って、再び寝息を立て始める。

「全くもう。年頃の女の子が、あんまり変な言葉使わないでよね。どんな美少女でも途端に冷めちゃうよ。そんなので喜ぶのは変態親父くらいだよー」

 初めて見るアンナの覚醒状態に、クルーズはわが目を疑った。そんなクルーズの驚愕の表情を見て、イルギルスは口を開く。

「ひたすらこれの繰り返し。目覚めたら睡眠香をかがせて眠らせる。まあ、魔術で眠らせてもいいんだけど、睡眠香の方が眠りも深いし身体への負担も少ないからねー」

 クルーズが抱えている疑問とは、微妙にズレた回答をするイルギルス。

 今さっき異常な発言をしながら目を血走らせていたとは思えない、アンナの安らかな寝顔を見下ろしながら、イルギルスは続ける。

「僕は魔術的な治療は何もしていないよ。だって、何の魔術も呪術もかけられてないんだから、何もできないし。やっているのは、今みたいなとりあえずの対症療法だけだよ」

 イルギルスは乱れたシーツを整えて、ポンポンと優しくアンナの身体をさする。

「色々な魔術的な検証はしたけどね。その結果、良い言い方をすれば、何も分からないってことが分かった。悪い言い方をすれば、何も出来ないことが分かった…ってところだね」

「し、しかし良くなっている……とは」

「それは、さっきの覚醒状態のときの様子が変化してきているってこと。最初の頃はあの程度じゃなかった。襲い掛かってきて、首を絞められてさー。あはは、殺されて死姦させられるところだったよ。怖かったなー。ま、その頃に比べると、多少は理性的になっていると思うよ」

 他国の王子を招き入れて殺したとあっては、いや未遂であっても重大な国際問題であるにも関わらず、イルギルスの口調は冗談を言うような軽さだった。しかし周りの使用人の表情を見るに、それは事実だったのだろう。

 当人であるイルギルスがそんな調子であるのならば、わざわざこちらから問題を大きくする必要もないだろう、といまいち釈然としないものの、クルーズはそれを流すことにした。

「というわけで、別に僕じゃなくても、ちょっと魔術に詳しい人間なら分かる程度のことしか僕にも分かりませんでした。だって、別に魔術的なものじゃないんだもの」

 と、まるで見捨てるような口調のイルギルスに、クルーズは目を見張る。

「そ、そんな。それではもう手を打つ余地が無いと…?」

「安心してよー。コウメイ君との約束もあるし、途中で投げ捨てたりしないよ。良い言い方をすれば、何か目途が立つまで出来ることがないか探してみるし、悪い言い方をすれば、別に僕じゃなくてもいいんじゃない?って思うけど」

 いまいちこの王子の思惑が読めないが、クルーズは軽々しい口調のその中に確かな頼もしさを感じた。

 イルギルスはそう言いつつも、やはりこのアンナの現状を打破し得る可能性を持つのは彼を置いて他にはいないだろ、とクルーズは考える。

 しかし、それと同時に新たな不安も重なってくる。

 大陸全土でも魔術の第1人者であるイルギルスをもって「不知」「厄介」と言わしめる力を行使するグスタフとは一体何者なのか。果たしてルエール達は無事であるのか。

 そして、イルギルスをここまでさせている「コウメイとの約束」の内容とは一体どういったものなのか。コウメイからは聞いていないし、相手が他国の干渉を是としないファヌス魔法大国なだけに、クルーズはどうしても不安が拭えなかった。
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