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第4章 激動の冬編
第83話 夢の欠片
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「ぐふ、ぐふふふふ」
気味の悪い不快な笑い声を漏らしながら、グスタフはリリライト邸の中を歩いていた。手に持っているのは、かつてアンナにしようしていた洗脳装置である。
いつまで経っても堕ちないリアラにも使用したものだが、彼女に対してはさほど効果を持たなかった。これはその洗脳装置を、さらにグスタフの「異能」で改造・強化したものだ。
もはやリリライト以上に性の獣になっても構わない。肉棒が無ければ常時理性を失った狂人にすらするつもりで、グスタフはリアラを置いてある部屋へと廊下を歩く。
と、唐突にバタバタとあわただしい気配を感じる。それは気配ではなく、実際に慌てた様子でリリライト邸に勤める使用人が背後から駆けてきていた。
「グ、グスタフ様! 大変です! 龍牙騎士団がいらっしゃいました」
「な、何じゃと?」
グスタフに報告した使用人ーーそのメイドは既にグスタフが自らの虜とした女性である。そのメイドの報告に、グスタフは明らかに動揺する。
「ばばば、馬鹿なっ! どうして龍牙騎士団が来るんじゃあ?」
公式の用事であれば、事前に何かしらの告知があって来訪するはずである。それが何の音さたも無しに急に現れるとは、明らかな異常事態だ。
心当たりが多すぎるグスタフは、狼狽を隠せない。
「まさか、あの小僧生きておったのかっ!」
真っ先に思い浮かんだのは、生死不明とされているコウメイ。奴はグスタフの陰謀に気づいている可能性が高い。仮に行方不明などではなく、何らかの方法でアンナの襲撃を退けて、王都に戻っていたとしたら。
「い、いかんっ! こうしている場合ではないっ!」
「っきゃあ!」
グスタフは持っていた洗脳装置を投げ捨てるようにして、その巨体を揺らして廊下を走り始めると、報告に来たメイドを突き飛ばす。
「ええい。あの小僧が生きておるとすると、あのクソ婆もやはり共犯じゃったか。おのれ、おのれぇぇぇ!」
手玉に取っていたと思っていた相手に、実は自分が手玉に取られていた。その怒りにグスタフはぎりぎりと歯をかみしめるが、今はどうしようもない。正面切って龍牙騎士団にやって来られては、なすすべがない。
今はとにかく、リリライトの身を確保してヘルベルト連合へ逃げ延びることが先決だ。
「どこへ行こうというのか、グスタフ卿」
そして、その場で最も聞きたくなかった声を聞き、グスタフは動きが固まった。そしてぎこちないまま、背後から駆けられた声の方へ顔を向ける。
そこには王国3騎士の筆頭として数えられ、かつては聖アルマイト王国最強の騎士の称号を手にしていた、龍牙騎士団騎士団長ルエール=ヴァルガンダルが、その肩書にふさわしい威風堂々とした様子で立っていた。
「ル、ルエール……」
「本来の予定では、しっかり正規の手続きを踏みながら調査をするつもりだった。しかし、グスタフ卿ーーいや、グスタフ。貴様の悪行は、ここに晒された」
「なんじゃと? ……っ! リリぃ?」
ルエールの影から出てきたのは、純白のドレスに身を包んだ、この国の第2王女リリライト=リ=アルマイト。グスタフとの性に溺れていた様子は微塵にもなく、王女たるにふさわしい、可憐であり凛々しい顔つきでルエールの横に立っていた。
「私も罪を免れることは出来ません……ですが、貴方の陰謀もここまでです。共に罪を贖いましょう」
「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁ! リリ、貴様それでいいのかぁ! こんなことをすれば、ワシとのドスケベ交尾など、今後一生涯――んひぃぃっ?」
唾を飛ばしながら叫ぶグスタフは、突然後頭部をはたかれて、そのまま顔を地面に突っ伏す。
「な、なんじゃあ!」
突然のことに激昂しながら後ろを振りむくと、グスタフはぎょっとする。
そこには、現在の聖アルマイト王国の実質的な最高権力者。王位継承権第1位であり、間違いなく今後の聖アルマイト王国を担うであろう、第1王子カリオスが、グスタフ以上の怒りの形相で見下ろしていた。
「クソ気持ちわりぃ発言してんなよ、このクズ豚野郎が。それと、てめーなんかがリリなんて呼ぶんじゃねえ。聞いているだけで、吐き気が止まらねえよ」
カリオスが、その怒りの形相とはあまりに不釣り合いな静かな口調でそういうと、腰の剣を抜き取り、グスタフの首筋をかすめるようにして床に突き刺す。
「ひ、ひぃぃっ……!」
これまではどんな場所でも常に不気味で余裕な態度を崩すことが無かったグスタフ。その悪魔が、今恐怖の様相を見せながら失禁していた。
今までは異能の強大さにかまけて、常に誰かを盾にして、自らは安全が保証された立場で、相手を見下ろしていたグスタフ。
しかしグスタフの異能にかかっているはずのリリライトが正気を取り戻したのか、カリオスとルエールに即座に罪を告白したところで、瞬く間にグスタフは両者の手にかかる。
強大で凶悪なまでの異能を持った悪魔も、自分が矢面にたてば、こうも脆いものである。
全てが思い通りになると傲慢にふるまい、欲望を尽くした悪魔の行く末は、あまりにも惨めで情けないものだった。
「本当なら、今すぐこの場で八つ裂きにしてやりたいところだが、俺は第1王子だ。きちんと法とルールに則って裁いてやる。ま、ここで死んだ方が良かったと思えるくらいの結果にはなるだろうがな」
ぺっと唾を吐きかけながら、カリオスは無情な言葉を吐く。無情とはいっても、ここまで好き放題やらかしたグスタフにとっては相応のものだ。
「カリオス殿下っ! とりあえず学生の安全は確保出来ましたっ!」
入口の方から、今回の任務に参加した新人騎士のリューイが息を切らして走ってくる。ほかにグスタフの異能にかかり、龍牙騎士団に刃を向けてくる学生がいるかもしれない。その事態収拾に当たらせていたが、どうやらつつがなく処理を終えたらしい。
「ーー捕えておけ」
カリオスは剣を突き刺したまま、遅れてきた龍牙騎士団の面々にそう命じる。
「や、やめろぉ! わしを誰だと思っておる。ワシはグスタフじゃ。この国の大臣じゃぞう!」
騎士達に取り押さえられて、ジタバタともがくグスタフ。
あれだけ狡猾に欲望の限りを尽くしていた悪魔の結末としては、あまりに呆気ない。グスタフはそのまま騎士達に囲まれ、拘束されて、屋敷の外へ連れ出される。
「やりましたね。殿下、団長」
暴れながら外へ連れ出されるグスタフを見ながら、リューイは嬉しそうにカリオスとルエールの両方を見る。
「うまく奴の不意を突けたからな。リリライトも奴の異能から脱していたのもラッキーだった。それに、変な言い方をしちまうが」
グスタフを威嚇していた剣を腰に収めながら、カリオスにしては珍しく言いにくそうに口ごもる。
「お前の恋人が頑張ってくれたみたいでな……奴の異能に抵抗していてくれて、その分時間稼ぎになったらしい。もしお前の恋人まで奴の毒牙にかかっていたら、ひょっとしたらどうにもならなかったかもな」
「っ! そうだ、リアラはっ!」
カリオスの言葉に、その場にリアラの姿が見えないことに焦燥するリューイ。そんな彼に、ルエールが優しく声を掛ける。
「そこの奥の部屋にいるみたいだ。まずはお前が会ってやれ」
「は、はいっ! 失礼しますっ!」
リューイははやる気持ちを抑えられず、まともにルエールに礼も返せずに、示された部屋に向かって全速力で走りだす。
「これで、一件落着ですかね」
邸宅内や学園の方では、まだ騎士団が慌ただしく動いているが、事件の首魁であるグスタフの身柄は確保出来た。やることは残っているものの、とりあえずひと段落したと言っていいだろう。
肩の荷が下りたように、ルエールはカリオスに話しかけた。
「そうだな。アンナの方も、経過良好みたいで良かったじゃないか。時間はかかるが、完治する見込みなんだろ」
「ええ、本当に……」
そのカリオスの言葉に、ルエールは胸をなでおろして安堵の息を吐いた。
「兄様っ! 兄様、兄様、兄様っ! 兄様ぁっ!」
そんなカリオスとルエールの会話に入ってくるように、リリライトは号泣しながらカリオスの胸に飛び込んできた。
「うおっとぉ。はは、相変わらずリリは甘えん坊だな」
「うう、ぐす……ごめんなさい、兄様ぁ。リリは……リリは兄様があれだけ禁止していた奴隷取引を……そ、それに……あの獣に身体を……ぐすっ! リリは取り返しのつかないことを……許されないことをしてしまいました。うええええ」
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、そのままカリオスの胸に顔をうずめるリリライト。そんなリリライトの金髪を、カリオスは優しく撫でる。
「だーいじょうぶだ。お前は何にも悪くない。俺こそ、お前が苦しんでいることに気づけてやれなくて悪かった。何も心配するな。兄ちゃんがついているからな」
とはいっても、第2王女であるリリライトが奴隷取引に関わっていたとなると、いくらグスタフに操られていたとはいえ、罪を免れるのは難しいだろう。それに、グスタフに凌辱されたこともいずれは国民に知れてしまうかもしれない。それがリリライトの将来に少なくはない影響を与えるだろう。
「大丈夫だ。俺が側にいる。だから一緒に乗り越えていこうな」
カリオスは、大事に、最愛の妹の身体を抱きしめる。悪魔に凌辱されて汚されたというその体は、その匂いは、とてもそうとは思えなかった。カリオスがよく知る、大事な妹の温かい感触に、気持ちが落ち着く良い匂いだ。
「おっ、いつの間にか晴れてるなぁ」
リリライト邸突入前には灰色の曇天だったのだが、廊下の窓から差し込む太陽の光に気づいて、カリオスがそうこぼす。
今まで欲望にまみれた悪辣な悪魔の陰謀に支配されていたミュリヌス地方。その暗黒の支配からようやく逃れたこの地の前途を象徴しているかのような、爽やかな青空が広がっていた。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
「リアラ……リアラっ……!」
リアラがいるという部屋のドアを、リューイはほぼ体当たりの勢いで乱暴に押し開ける。
「リューイ……」
中は至って普通の客室。
普通とはいえ、そもそも王族が住まう屋敷の客室である。平民出であるリューイからすれば、どれもが眼も眩むような高級な調度品で彩られている。
リアラは部屋にあるダブルベッドの中央で、リューイに背を向けて座っていた。身にまとっているミュリヌス学園の制服には多少乱れがある。
「リューイ……リューイ、リューイっ! リューイぃぃっ!」
リューイの姿を見て、リアラは緊張の糸が切れたのか、瞳からポロポロと涙をこぼしながら、部屋の入口にいるリューイに飛びつくようにして抱き着いた。
「怖かった……怖かったよぅ。ここに来てから、私が私じゃなくなりそうで……! すごく怖かったの」
「大丈夫、リアラはリアラだよ。何も変わってない」
恋人の無事な姿に、リューイは心底安心しながら、自分の胸の中で泣き崩れるリアラの黒髪を優しく撫でる。
「でも、私……汚れちゃったよ」
泣きじゃくり、腫れた目でリューイを見上げる。涙と鼻水で顔はグチャグチャになり、それはもうひどい有様で、美少女が台無しだった。
そんな情けない顔を見下ろすリューイは、思わずクスリと笑った。
「あ、あう? どうして笑うの? ひどい!」
「ごめんごめん……いや、今のリアラの顔が可笑しくてさ」
これまでリューイが見てきたリアラの印象は、「かっこいい」の一言だった。いつも明るく、朗らかで、自信たっぷりでリューイを引っ張ってくれた最愛の恋人。
こんな状況になってようやく弱みを見せてくれた。そう思うと、こんな状況になるまで弱みを見せるに値しなかった自分が滑稽に思えてしまう。
「あーうー」
そんなリューイの心境など知る由もなく、リアラは意味不明の唸りをもらしながら、ぽかぽかとリューイの胸をたたく。
「リアラにとってはつらいことだったと思うけど、俺はそんなこと気にしないよ。だから、その辛い記憶は、これから2人で乗り越えていこう。もう、リアラをひどい目に合わせるようなことはさせない」
「リューイ……」
リアラの目には、今自分が「かっこいい」と映っているだろうか。
これでようやく恋人としての役目を果たせることが出来る。これまでは、リアラに助けてもらい、支えてもらい、愛をもらってきた。その分を今度は自分が返す番だ。
正直、リアラの身体が凌辱されたことは、リアラと同等以上にリューイもつらい。でも、だからこそリューイはおどけたように笑う。
「それに、リアラの処女は俺がもらったんだしな」
「ば、馬鹿っ!」
そんなリューイの軽口に、リアラは慌てたように顔を赤く染める。周りに誰もいないはずなのに、誰かに聞かれていないかを確認するように部屋を見渡す。
「ばか……ばか、ばかっ! リューイのばか……」
そして、またぽかぽかとリューイの胸をたたく。
「私、頑張ったんだよ。リューイのこと忘れそうに……忘れさせられそうになったけど、必死に頑張った。大好きなリューイのこと、ずっと考えていた。頑張って耐えたら、絶対にいつか助けに来てくれるって信じてた」
そういって、再びリューイを見上げるリアラ。
その表情は相変わらずひどいものだった。涙も鼻水も止まっていない。ひっくひっくと、嗚咽も止まっていない。
しかし、今度のリアラは、そのひどい顔で満面の笑みを浮かべていた。
「助けてに来てくれてありがとう。大好きだよ、リューイ。心の底から愛してる」
Fake End
気味の悪い不快な笑い声を漏らしながら、グスタフはリリライト邸の中を歩いていた。手に持っているのは、かつてアンナにしようしていた洗脳装置である。
いつまで経っても堕ちないリアラにも使用したものだが、彼女に対してはさほど効果を持たなかった。これはその洗脳装置を、さらにグスタフの「異能」で改造・強化したものだ。
もはやリリライト以上に性の獣になっても構わない。肉棒が無ければ常時理性を失った狂人にすらするつもりで、グスタフはリアラを置いてある部屋へと廊下を歩く。
と、唐突にバタバタとあわただしい気配を感じる。それは気配ではなく、実際に慌てた様子でリリライト邸に勤める使用人が背後から駆けてきていた。
「グ、グスタフ様! 大変です! 龍牙騎士団がいらっしゃいました」
「な、何じゃと?」
グスタフに報告した使用人ーーそのメイドは既にグスタフが自らの虜とした女性である。そのメイドの報告に、グスタフは明らかに動揺する。
「ばばば、馬鹿なっ! どうして龍牙騎士団が来るんじゃあ?」
公式の用事であれば、事前に何かしらの告知があって来訪するはずである。それが何の音さたも無しに急に現れるとは、明らかな異常事態だ。
心当たりが多すぎるグスタフは、狼狽を隠せない。
「まさか、あの小僧生きておったのかっ!」
真っ先に思い浮かんだのは、生死不明とされているコウメイ。奴はグスタフの陰謀に気づいている可能性が高い。仮に行方不明などではなく、何らかの方法でアンナの襲撃を退けて、王都に戻っていたとしたら。
「い、いかんっ! こうしている場合ではないっ!」
「っきゃあ!」
グスタフは持っていた洗脳装置を投げ捨てるようにして、その巨体を揺らして廊下を走り始めると、報告に来たメイドを突き飛ばす。
「ええい。あの小僧が生きておるとすると、あのクソ婆もやはり共犯じゃったか。おのれ、おのれぇぇぇ!」
手玉に取っていたと思っていた相手に、実は自分が手玉に取られていた。その怒りにグスタフはぎりぎりと歯をかみしめるが、今はどうしようもない。正面切って龍牙騎士団にやって来られては、なすすべがない。
今はとにかく、リリライトの身を確保してヘルベルト連合へ逃げ延びることが先決だ。
「どこへ行こうというのか、グスタフ卿」
そして、その場で最も聞きたくなかった声を聞き、グスタフは動きが固まった。そしてぎこちないまま、背後から駆けられた声の方へ顔を向ける。
そこには王国3騎士の筆頭として数えられ、かつては聖アルマイト王国最強の騎士の称号を手にしていた、龍牙騎士団騎士団長ルエール=ヴァルガンダルが、その肩書にふさわしい威風堂々とした様子で立っていた。
「ル、ルエール……」
「本来の予定では、しっかり正規の手続きを踏みながら調査をするつもりだった。しかし、グスタフ卿ーーいや、グスタフ。貴様の悪行は、ここに晒された」
「なんじゃと? ……っ! リリぃ?」
ルエールの影から出てきたのは、純白のドレスに身を包んだ、この国の第2王女リリライト=リ=アルマイト。グスタフとの性に溺れていた様子は微塵にもなく、王女たるにふさわしい、可憐であり凛々しい顔つきでルエールの横に立っていた。
「私も罪を免れることは出来ません……ですが、貴方の陰謀もここまでです。共に罪を贖いましょう」
「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁ! リリ、貴様それでいいのかぁ! こんなことをすれば、ワシとのドスケベ交尾など、今後一生涯――んひぃぃっ?」
唾を飛ばしながら叫ぶグスタフは、突然後頭部をはたかれて、そのまま顔を地面に突っ伏す。
「な、なんじゃあ!」
突然のことに激昂しながら後ろを振りむくと、グスタフはぎょっとする。
そこには、現在の聖アルマイト王国の実質的な最高権力者。王位継承権第1位であり、間違いなく今後の聖アルマイト王国を担うであろう、第1王子カリオスが、グスタフ以上の怒りの形相で見下ろしていた。
「クソ気持ちわりぃ発言してんなよ、このクズ豚野郎が。それと、てめーなんかがリリなんて呼ぶんじゃねえ。聞いているだけで、吐き気が止まらねえよ」
カリオスが、その怒りの形相とはあまりに不釣り合いな静かな口調でそういうと、腰の剣を抜き取り、グスタフの首筋をかすめるようにして床に突き刺す。
「ひ、ひぃぃっ……!」
これまではどんな場所でも常に不気味で余裕な態度を崩すことが無かったグスタフ。その悪魔が、今恐怖の様相を見せながら失禁していた。
今までは異能の強大さにかまけて、常に誰かを盾にして、自らは安全が保証された立場で、相手を見下ろしていたグスタフ。
しかしグスタフの異能にかかっているはずのリリライトが正気を取り戻したのか、カリオスとルエールに即座に罪を告白したところで、瞬く間にグスタフは両者の手にかかる。
強大で凶悪なまでの異能を持った悪魔も、自分が矢面にたてば、こうも脆いものである。
全てが思い通りになると傲慢にふるまい、欲望を尽くした悪魔の行く末は、あまりにも惨めで情けないものだった。
「本当なら、今すぐこの場で八つ裂きにしてやりたいところだが、俺は第1王子だ。きちんと法とルールに則って裁いてやる。ま、ここで死んだ方が良かったと思えるくらいの結果にはなるだろうがな」
ぺっと唾を吐きかけながら、カリオスは無情な言葉を吐く。無情とはいっても、ここまで好き放題やらかしたグスタフにとっては相応のものだ。
「カリオス殿下っ! とりあえず学生の安全は確保出来ましたっ!」
入口の方から、今回の任務に参加した新人騎士のリューイが息を切らして走ってくる。ほかにグスタフの異能にかかり、龍牙騎士団に刃を向けてくる学生がいるかもしれない。その事態収拾に当たらせていたが、どうやらつつがなく処理を終えたらしい。
「ーー捕えておけ」
カリオスは剣を突き刺したまま、遅れてきた龍牙騎士団の面々にそう命じる。
「や、やめろぉ! わしを誰だと思っておる。ワシはグスタフじゃ。この国の大臣じゃぞう!」
騎士達に取り押さえられて、ジタバタともがくグスタフ。
あれだけ狡猾に欲望の限りを尽くしていた悪魔の結末としては、あまりに呆気ない。グスタフはそのまま騎士達に囲まれ、拘束されて、屋敷の外へ連れ出される。
「やりましたね。殿下、団長」
暴れながら外へ連れ出されるグスタフを見ながら、リューイは嬉しそうにカリオスとルエールの両方を見る。
「うまく奴の不意を突けたからな。リリライトも奴の異能から脱していたのもラッキーだった。それに、変な言い方をしちまうが」
グスタフを威嚇していた剣を腰に収めながら、カリオスにしては珍しく言いにくそうに口ごもる。
「お前の恋人が頑張ってくれたみたいでな……奴の異能に抵抗していてくれて、その分時間稼ぎになったらしい。もしお前の恋人まで奴の毒牙にかかっていたら、ひょっとしたらどうにもならなかったかもな」
「っ! そうだ、リアラはっ!」
カリオスの言葉に、その場にリアラの姿が見えないことに焦燥するリューイ。そんな彼に、ルエールが優しく声を掛ける。
「そこの奥の部屋にいるみたいだ。まずはお前が会ってやれ」
「は、はいっ! 失礼しますっ!」
リューイははやる気持ちを抑えられず、まともにルエールに礼も返せずに、示された部屋に向かって全速力で走りだす。
「これで、一件落着ですかね」
邸宅内や学園の方では、まだ騎士団が慌ただしく動いているが、事件の首魁であるグスタフの身柄は確保出来た。やることは残っているものの、とりあえずひと段落したと言っていいだろう。
肩の荷が下りたように、ルエールはカリオスに話しかけた。
「そうだな。アンナの方も、経過良好みたいで良かったじゃないか。時間はかかるが、完治する見込みなんだろ」
「ええ、本当に……」
そのカリオスの言葉に、ルエールは胸をなでおろして安堵の息を吐いた。
「兄様っ! 兄様、兄様、兄様っ! 兄様ぁっ!」
そんなカリオスとルエールの会話に入ってくるように、リリライトは号泣しながらカリオスの胸に飛び込んできた。
「うおっとぉ。はは、相変わらずリリは甘えん坊だな」
「うう、ぐす……ごめんなさい、兄様ぁ。リリは……リリは兄様があれだけ禁止していた奴隷取引を……そ、それに……あの獣に身体を……ぐすっ! リリは取り返しのつかないことを……許されないことをしてしまいました。うええええ」
涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、そのままカリオスの胸に顔をうずめるリリライト。そんなリリライトの金髪を、カリオスは優しく撫でる。
「だーいじょうぶだ。お前は何にも悪くない。俺こそ、お前が苦しんでいることに気づけてやれなくて悪かった。何も心配するな。兄ちゃんがついているからな」
とはいっても、第2王女であるリリライトが奴隷取引に関わっていたとなると、いくらグスタフに操られていたとはいえ、罪を免れるのは難しいだろう。それに、グスタフに凌辱されたこともいずれは国民に知れてしまうかもしれない。それがリリライトの将来に少なくはない影響を与えるだろう。
「大丈夫だ。俺が側にいる。だから一緒に乗り越えていこうな」
カリオスは、大事に、最愛の妹の身体を抱きしめる。悪魔に凌辱されて汚されたというその体は、その匂いは、とてもそうとは思えなかった。カリオスがよく知る、大事な妹の温かい感触に、気持ちが落ち着く良い匂いだ。
「おっ、いつの間にか晴れてるなぁ」
リリライト邸突入前には灰色の曇天だったのだが、廊下の窓から差し込む太陽の光に気づいて、カリオスがそうこぼす。
今まで欲望にまみれた悪辣な悪魔の陰謀に支配されていたミュリヌス地方。その暗黒の支配からようやく逃れたこの地の前途を象徴しているかのような、爽やかな青空が広がっていた。
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「リアラ……リアラっ……!」
リアラがいるという部屋のドアを、リューイはほぼ体当たりの勢いで乱暴に押し開ける。
「リューイ……」
中は至って普通の客室。
普通とはいえ、そもそも王族が住まう屋敷の客室である。平民出であるリューイからすれば、どれもが眼も眩むような高級な調度品で彩られている。
リアラは部屋にあるダブルベッドの中央で、リューイに背を向けて座っていた。身にまとっているミュリヌス学園の制服には多少乱れがある。
「リューイ……リューイ、リューイっ! リューイぃぃっ!」
リューイの姿を見て、リアラは緊張の糸が切れたのか、瞳からポロポロと涙をこぼしながら、部屋の入口にいるリューイに飛びつくようにして抱き着いた。
「怖かった……怖かったよぅ。ここに来てから、私が私じゃなくなりそうで……! すごく怖かったの」
「大丈夫、リアラはリアラだよ。何も変わってない」
恋人の無事な姿に、リューイは心底安心しながら、自分の胸の中で泣き崩れるリアラの黒髪を優しく撫でる。
「でも、私……汚れちゃったよ」
泣きじゃくり、腫れた目でリューイを見上げる。涙と鼻水で顔はグチャグチャになり、それはもうひどい有様で、美少女が台無しだった。
そんな情けない顔を見下ろすリューイは、思わずクスリと笑った。
「あ、あう? どうして笑うの? ひどい!」
「ごめんごめん……いや、今のリアラの顔が可笑しくてさ」
これまでリューイが見てきたリアラの印象は、「かっこいい」の一言だった。いつも明るく、朗らかで、自信たっぷりでリューイを引っ張ってくれた最愛の恋人。
こんな状況になってようやく弱みを見せてくれた。そう思うと、こんな状況になるまで弱みを見せるに値しなかった自分が滑稽に思えてしまう。
「あーうー」
そんなリューイの心境など知る由もなく、リアラは意味不明の唸りをもらしながら、ぽかぽかとリューイの胸をたたく。
「リアラにとってはつらいことだったと思うけど、俺はそんなこと気にしないよ。だから、その辛い記憶は、これから2人で乗り越えていこう。もう、リアラをひどい目に合わせるようなことはさせない」
「リューイ……」
リアラの目には、今自分が「かっこいい」と映っているだろうか。
これでようやく恋人としての役目を果たせることが出来る。これまでは、リアラに助けてもらい、支えてもらい、愛をもらってきた。その分を今度は自分が返す番だ。
正直、リアラの身体が凌辱されたことは、リアラと同等以上にリューイもつらい。でも、だからこそリューイはおどけたように笑う。
「それに、リアラの処女は俺がもらったんだしな」
「ば、馬鹿っ!」
そんなリューイの軽口に、リアラは慌てたように顔を赤く染める。周りに誰もいないはずなのに、誰かに聞かれていないかを確認するように部屋を見渡す。
「ばか……ばか、ばかっ! リューイのばか……」
そして、またぽかぽかとリューイの胸をたたく。
「私、頑張ったんだよ。リューイのこと忘れそうに……忘れさせられそうになったけど、必死に頑張った。大好きなリューイのこと、ずっと考えていた。頑張って耐えたら、絶対にいつか助けに来てくれるって信じてた」
そういって、再びリューイを見上げるリアラ。
その表情は相変わらずひどいものだった。涙も鼻水も止まっていない。ひっくひっくと、嗚咽も止まっていない。
しかし、今度のリアラは、そのひどい顔で満面の笑みを浮かべていた。
「助けてに来てくれてありがとう。大好きだよ、リューイ。心の底から愛してる」
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