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第4章 激動の冬編

第69話 ルエール隊出立

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 時は1月の半ばを超えた時期。

 極寒といっても差し支えない程の寒さの中、毛皮のマントを羽織った龍牙騎士団の面々が城門前に並んでいた。

 騎士団長ルエール=ヴァルガンダルを筆頭に、女性ながら若きエースと呼ばれるミリアム=ティンカーズなど、騎士団内にその有能さで名が知れ渡る面々。そんな彼ら彼女らのおまけのように付き従っているのは、新人騎士リューイ=イルスガンドと、その先輩にあたる騎士レーディル=プラントだった。

「では留守を任せたぞ、コウメイ」

 出発の準備を終えた馬車を見送るため出てきたコウメイに声をかけるルエール。さすがにこの寒さの中、コウメイはいつものローブの上から厚手のコートを羽織って、それでも寒そうに身を縮こませていた。

「なるべく早く帰ってきて下さいよ。ただの騎士団長付の俺が、いきなり騎士団長代理なんて本当に悪い冗談ですから。そもそも、俺喧嘩弱いのは知っているでしょう? 内乱とか起きたら、どうにも出来ないですからね」

 不貞腐れたように言うコウメイに、ルエールは珍しく頬を緩める。

「そのために、クルーズを残すんだ。上手く使ってやってくれ」

 自分の後進、次期龍牙騎士団長として目をかけている副騎士団長の名を口にするルエール。本当は今回の任務に随行させたかったのだが、結局は留守を任せることにしたのだ。

「アンナのことも、宜しく頼む」

 娘を案じるその言葉には、少し暗い感情が見え隠れしていた。

 コウメイが連れ帰ってから今日まで、アンナは意識を戻していない。

 かけられた強力な呪術を解呪すべく、日々聖アルマイトでも有数の解呪師が治療に当たっているのが現状だ。かけられた呪いの効果は、ほんの少しずつ緩和されているようで、眠るように意識を失っている状態は小康状態ともいえるらしい。

確かに下手に覚醒して暴れられるよりはましな状況なのかもしれないが、根治は難しいだろうという解呪師の言葉をとってみても、良い状況とは言えなかった。

「正直、魔法だの呪いだのってのは門外漢ですから、俺は。出来ることなんて、知れていますよ」

 そうやって自虐的に言うコウメイだったが、ルエールは柔らかい表情のまま静かに言う。

「いや、お前には感謝しているよ」

 年末――年を越す前の最後の大仕事と銘打ち、コウメイは南のファヌス魔法大国へ交渉に赴いたのだった。

 諸外国とは不干渉を決め込み、徹底した中立的立場を守ることで有名な国。その名の通り、独自の魔法研究は大陸で最も進んでおり、それは呪術に関するものも同じだった。

 コウメイが持ち掛けた交渉は無論、ルエールの娘であるアンナ=ヴァルガンダルに掛けられた呪術と思われるものの治療。そのためのファヌスからの人材提供についての交渉を見事まとめてきたのだ。

 ファヌスからの協力は確約されたものの、聖アルマイトからの提供条件がまだ保留のままになっているのが一抹の不気味さが残るものの、ルエールはこの報をいたく喜んだのだった。

 ファヌスの解呪師が来るのは1月末頃の予定でもう少し先。あいにくとルエールは直接面通しをすることはかなわなかったが、大陸一と呼ばれる解呪師が治療に当たってくれるとは心強いことこの上ない。逆にこれでダメなら――という、考えたくない可能性に不安も禁じ得なかったが。

「騎士団長、そろそろ」

 他の男性騎士と同じ格好にプラスして、暖かそうなもこもこのマフラーで口元を隠しているミリアムが、ルエールの背後から呼びかける。ルエールは首だけ振り向いて力強くうなずいた。

「では、行ってくる。カリオス殿下が帰国されたら、報告を頼むぞ」

 そう言って手を挙げながら、他の面々に先に馬車に乗り入れるよう指示するルエール。用意された馬車は2台。今回選ばれたルエール含む8人の騎士たちが分かれて乗ることとなる。

 他の騎士たちが馬車に乗るのを見送るようにしながら、遅れてルエールが動き始める。コウメイに背を向けて、馬車へ歩を歩み始めようとしたその時。

「ルエール団長」

 コウメイが呼び止める。

 呼ばれたルエールは足を止めて、またコウメイに向き変える。

 するとコウメイ自身も、自分でなぜ呼び止めたのか分からないような戸惑ったような表情をしていた。

「あ、いや……あの……なんていうか……」

 コウメイにしては珍しく歯切れの悪い言葉だった。自分が言いたいこと、伝えたいことがうまく整理出来ていないようだった。視線をそらし、頭をぼりぼりと掻いている。

「うまくいえないんですけど、今回は本当に嫌な予感がするんですよ。その……気を付けて」

 そこか不安気な顔。あの軽薄な調子のコウメイがそんな様子を見せることなど、本当に珍しかった。未だかつてあったろうか、と記憶を探る。

 軽薄な態度とは裏腹に、この男は意外に先見の明があり思慮深く聡明だ。そんな人間に身を案じられればこちらも不安になる所だが――

 ルエールは笑った。

「グスタフをお前の前に引っ立ててきてやる。楽しみに待っていろ」

 部下が不安なのであれば安心させてやるのが上司の務めだ。

 そういった、騎士団長としてごくごく当たり前の言葉を、笑いながら吐きながらルエールは馬車に乗り込んだ。

 全員を乗せた計2台の馬車が動き始める。

 ミュリヌス地方調査部隊――通称ルエール部隊。龍牙騎士団の中から選りすぐられたトップレベルの騎士達を乗せて進む馬車。

 グスタフの陰謀を阻み、聖アルマイト王国の平穏を守るための希望を乗せた部隊が、いよいよ黒幕が巣食うミュリヌス地方へ発った。

 残されたコウメイは、極寒の中白い息を吐いて、ただ黙ってそれを見送っていた。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 ミュリヌス地方へ進む馬車の中。

 ルエール部隊に選ばれたリューイ、そして彼の先輩騎士であるレーディルの2人は、部隊の中でも異質と言っても良い。それくらい周りと立場も経験も違っていた。

 彼らが乗っている馬車には2人を含めて5人の騎士が乗っており、もう一方の馬車にルエールとミリアムとあと1人の騎士が乗っているという構成。

 出発してからもう1時間以上が経過して、最初は張り詰めていた空気も良い意味で緩み始めていた。リューイとレーディル以外の3人の騎士も、思い思いに雑談を交わしたり休んだりしている。

 そんな雰囲気の中、リューイは最初から、どこか物憂げな感情で窓の外をボーっと見つめていた。

「よう、どうしたリューイ」

 揺れる馬車の中、レーディルが気軽な口調で話しかけてくる。

 ルエールとミリアム以外も、ルエール部隊に参加している騎士達のメンツはそうそうたるもので、彼らに憧れて龍牙騎士団に入団する者も少なくない。

 自分の場違い感から、最初はすっかり縮こまって恐縮していたレーディルも、すっかり慣れたようだった。声を掛けられてリューイが振り向くと、いつもと全く変わらない能天気にへらへらと笑っていた。

「――愛って、なんですかね?」

「ぶふーっ!」

 リューイなりに真剣に言ったつもりだったが、間を開けずに噴き出すレーディル。ぴくぴくと表情に怒りの色を見せるリューイだったが、何とか堪える。

「本気で悩んでるんですよ」

「いやいや、悪いな。でも、いきなりそんなこと言われたら、俺でなくても笑うぞ」

 本当かなあ?と疑わし気な表情でレーディルを見るリューイ。なんにしても、あんなに即リアクションするのはレーディルくらいのもののような気がするが。

「なんだよ。冬休みにリアラちゃんと何かあったのか?」

「いや、別に何かあったっていうわけじゃ……」

 ミュリヌス学園生徒――ある意味グスタフの手中にいる状態のリアラ。リューイは予定通り冬休みにはまたリンデブルグ邸に滞在し、彼女と直接会ってきた。年越しは実家で母と過ごしたため、滞在期間は夏と比べると短かったが。

 コウメイに言われた通り、リアラもアンナと同様にグスタフに操られているような状態かを、よく観察してきた。その結果――リアラはいつも通りのリアラであったと、ルエールには報告してある。

 それは嘘偽りないリューイの結論だった。夏休みの時と何ら変わないリアラの様子。父シュルツや母イシスやリンデブルグ家に仕える使用人と仲良く談笑する姿、休み期間でも一緒に鍛錬する姿、そして年相応の少女らしく休みを堪能する姿。

 どれもこれもリューイが知っている通りのリアラである、何者かに操られているような様子は微塵にもなかった。

 それはレーディルにも伝えているはずだったが。

「いやー、だってお前が他に悩むことなんてないだろう? ムッツリスケベなお前の悩みなんて、女の子のこと以外考えられないからな……防御っ!」

 きたるべくリューイの突っ込みに備えて防御態勢を取るレーディル。

 ――しかし、数十秒たってもリューイの突っ込みはやってこない。もしかしたら時間差突っ込みなのかなと思いつつ、油断せずにリューイの顔を覗き込むようにしてくるレーディル。

 リューイはレーディルの言葉に特に反応も見せず、深いため息を吐いていた。

「やっぱ男なら、もっとガツガツいった方がいいんですかね?」

「……はぁぁ?」

 予想外の反応に、間抜けな声を出してしまうレーディル。思った以上に大きな声で反応してしまったため、周りの注目を浴びるレーディルが「いやいや、何でもないです」と笑って誤魔化していた。

「お前、何言ってんの? 頭打った? それとも何か悪いものでも食った?」

「いや、俺は至極正常だと思っているですけど……」

 頭を抱えるようにするリューイ。その様子を見てレーディルは事態が深刻だと察したのか、おどけたような態度を止める。

「マジで何があったんだよ。俺に言ってみ。吐き出すだけでも楽になるかもしんねえぜ」

 と、珍しく――ひょっとしたら初めて――先輩らしい言葉をかけてくるレーディルをリューイは見返す。

「実は――」

 そして重苦しそうに口を動かして、リューイは語り始める。

 リアラは以前あった夏と比べて何も変わっていなかった――ただ1点を除いて。

 唯一、性行為に関してはリューイが驚くほどに積極的となっていたのだ。滞在期間は短かったものの、毎晩は当たり前、下手したら一日中ベッドで行為に及ぶこともあった。さらにその内容も非常に濃い上に官能的で、リューイの知識にないような様々な淫戯を繰り返していた。

 あまりに積極的、良く言えば献身的にリューイに快感を与えようとしてくるリアラだったが、リューイの体がもたなかった。若い分回数はこなせるものの、リアラが求めるものに対して返すことが出来る前に果ててしまう。結局休みの間は、1回も直接繋がることは出来なかった。

「それでも、リアラは嫌そうな顔んて見せずに、笑いながら気にしないでって。でも、俺ばっかりが気持ちよくされて、あいつを全然満足させられなくて……不満に思ってないはずがない。俺は、あいつの恋人に相応しい男なんですかね」

 がっくりと肩を落としながらいうリューイ。

 そんなリューイにレーディルは――

「キエエエエエエエっ!」

「あいたぁっ?」

 奇声を上げながら、リューイの頬を平手打ちする。パチンという小気味良い音が馬車内に響いた。

「ぶ、ぶった? 何するんすかいきなりっ!」

 音は派手だったが痛みはあまりない。それよりも驚きが勝っていた、打たれた頬を抑えながらレーディルを見返すリューイ。しかしレーディルの表情を見て、思わず怯んだ。

 手を交差させて、よく分からない構えを取っているレーディル。その表情はまるで鬼か悪魔か。これまでにないくらいの敵意をリューイに向けていた。

「お前っ! 結局惚気かよぉぉぉっ! 本気で心配して損したぞ、俺ぁっ! これから国の大事を背負った任務が始まるの、分かっているのか貴様ぁぁぁぁっ!」

 血の涙を流しながら奇声を発しリューイに襲い掛かろうとするレーディル。ようやく周りの騎士達がただ事ではないと気づき、全員でレーディルを抑えるのだった。

 ■□■□

「何をやっているんですかね、あっちは」

 もう片方の馬車には騎士団長ルエールとミリアム、そしてミリアムの同僚であるランディ=レイコープの3人が乗っていた。

 今は2台の馬車は併走して走っているが、窓からちらちらと馬車内で暴れているような様子が見て取れる。それを見て、ランディが呆れたようにこぼす。

「やっぱり、新人なんて連れて来ない方が良かったんじゃないですか。これ、団長が出張る程の極秘任務でしょう? あれじゃ、子供の遠足と大差ないですよ」

 リューイ達と直接面談をしていないランディは、彼らの動向にいささか不満を持っているのか、不服そうな声でルエールに訴えた。

「緊張のし過ぎで実力が出せないくらいなら、あれくらいの方が良い。若者らしく元気で良いことじゃないか」

 そんなランディの声を、ルエールは静かに笑って流す。

「ランディ、あなたも新人の時はあんな感じで大差無かったわよ。ふふふ、後輩にそんなことを言うようになったなんて、成長したものね」

「む」

 同僚のミリアムにそう言われて、反論する言葉を持てずにうめくランディ。

「別に大事な任務だからって、緊張して神妙にしていないといけない理由は無いわ。生真面目すぎるのよ、あなたは」

「そうは言ってもな。相手がまさか、あのグスタフ様と聞かされてはな……」

 2人の向かい側に腰かけているルエールは、黙ってその2人のやり取りを見つめていた。

 龍牙騎士団内において、純粋な戦闘能力ではルエールを除けばトップ2の2人だろう。今回、ルエールはこの2人を当てにしている部分が多い。

 コウメイが言う通り、万が一グスタフがヘルベルト連合の戦力を手中に収めているのであれば、ヘルベルト連合の猛者との戦闘になる可能性が高い。そうなった際には、この2人に存分に実力を発揮してもらうこととなる。

「2人とも、頼りにしている。あちらに着いたら、宜しく頼むぞ」

 不意にそう言うルエールに、ミリアムとランディは会話を中断してルエールの顔を見返してきた。おそらく、この真面目で厳格な騎士団長が、そのような言葉を部下に言うことなどなかったのだろう。

 その言葉から、改めて今回の任務の重さを感じたのか、2人はルエールに向けて姿勢を正し最敬礼をもって、ルエールの期待に応えることを約束した。
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