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第3章 欲望と謀略の秋 編
第41話 その時は目前に
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「どういうことですかっ!」
ミュリヌス学園内監査役室――リリライトはそこで、以前と同じような言葉を吐き出していた。しかし今回はいつぞやの時よりも感情を剥き出しにして、激昂していた。
「いやはや、なんとも……」
そんなリリライトの怒りの対象となっているのは、グスタフだった。いつもリリライトにどれだけ叱責されようと、のらりくらりとかわしながら、気味悪い笑みを浮かべている彼は珍しく戸惑っているようであった。
「ヴァルガンダルの娘の成績は、下がるどころかグングン上がっているじゃないですか! 一体あれはなんだったんです? どうせアンナ本人ではなかったのではないですか」
「い、いや……あれは間違いなくアンナ嬢ですじゃ」
「それでは、どうしてあの地下であんな色狂いになっていたのが、今じゃ学園トップクラスの優等生なんですかっ!」
激昂するリリライトに、グスタフは何も言い返せないで唸るだけだった。
「やはり、所詮あなたの存在価値なんて、その程度のものですね。なんだかんだ言いましても、小娘1人もいいように出来ないなんて」
あの夜からグスタフと一緒に奴隷を凌辱するようになって、リリライトはますます増長していた。勿論普段の表の生活では今まで通りの、控えめで穏やかな振舞いは変わらないが、ことグスタフと対面している時に限っては、とにかく自分の思い通りにならないと、すぐに怒りを面に出すことが顕著になってきていた。
そもそものリリライトの望みは、リアラに首席を勝ち取って欲しい、というものだったはず。にも関わらず、リアラの成績不振には一切触れていない。
あれだけ余裕を持っていたにも関わらず、アンナを堕落させることが出来ないグスタフへその怒りの感情をぶつけるばかりだった。
「ぐ、ぐぬぬ……」
実際、リリライトに言われる通り結果を出せていないグスタフは唸るしか出来ない。
確かに記憶は消した――しかし、あの地下監禁室での出来事は確実に彼女に雌の本能を目覚めさせて、身体は忘れ得ぬ快感を刻み付けたはずだ。記憶は失っても、潜在意識にはしっかりと淫欲を刷り込んであるはず。
(あれ以上、洗脳深度を深めれば廃人になってしまうかと思い、多少手加減はしたが――)
彼女にかぶせていた“帽子”――洗脳装置で、記憶が消えても性に対する欲求は何倍にも高めておいたはず。それなのに、表面上に全くの変化が出てこないということは。
(常人とは比較にならない程の強靭な精神力――というわけじゃな……)
リリライトの小言など、右から左に聞き流して、グスタフはひたすらアンナの堕落が上手く進んでいない原因を分析していた。
さすがは、1年首席――今や学園始まって以来、ステラに続く天才と称される程の人間である。もしかすると、神とかそういった類の存在に選ばれた世界を救う英雄的な存在なのかもしれない。
「――ぐふふ」
「な、なんですか」
今までリリライトの言葉にただ押し黙っていたグスタフが、突然いつもの気持ち悪い笑みを浮かべると、リリライトはぎょっとして言葉を止めた。
(面白い。それならば、道具なぞに頼らず、直接ワシの力を使ってやるとするかの。ちと身体が貧相だったから、あまり食指が動かんかったが……あれはあれで……)
「じゅるる」
「――っひ」
リリライトの言葉など全く届いておらず、唾液を垂らしながら歪んだ笑みを深めるグスタフ。その気持ち悪さにリリライトは小さな悲鳴をこぼした。
「よろしい、リリライト殿下。御前試合はちょうど3日後――改めて約束しましょうぞ。アンナ嬢めを、殿下の前で醜態を晒すようにしてみせましょうぞ。ぐふふ、ぐふふふふ」
グスタフの思考がよめないリリライトにとっては、最初と最後のグスタフの態度の変化が不可解極まりない。
しかし、最後にそうやって醜く笑う時のグスタフの言葉は、必ず現実になる。理由も根拠も何もないはずなのに、リリライトにはグスタフのこの笑みがそういうものだと条件付けされてしまっていた。
「――期待していますよ、グスタフ」
そのグスタフの笑みを見ながら、リリライトも歪んだ笑みを彼に向けたのだった。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
翌日――。
明後日に迫った御前試合の準備で慌ただしくなる学園内。御前試合に選抜された生徒達は本番に向けてコンディションを整え、選抜から漏れた生徒達も教師と一緒になって様々な準備を進めている。
不調の一途を辿るリアラも、結局は予定通り御前試合に出ることとなった。いくら不調とはいえ、やはりアンナの相手がまともに務まるのはリアラしかいない……という、シェリーの苦肉の決断だった。
本番2日前になっても本調子に戻るどころか、まずます絶不調のリアラ。この状態で御前試合に出たところで、リアラにとってプラスになることはないだろう。他人はおろか本人でさえ、それを自覚していた。
(――どうして、こんなことになっちゃったんだろう)
今、リアラは学園内の図書館にいた。
選抜に選ばれた生徒達は、本番までは基本自習となっている。御前試合本番に、最高のコンディションを発揮するための措置であり、身体を動かすものや休養をする者など、様々だ。
リアラは、こういう大きなイベントの際は、本調子であれば軽く身体を動かすタイプなのだが、今はそんな気になれずに座学の自習をしようと思ったのだが、内容が全く頭に入ってこない。
図書館内の椅子に座り、手に持つのは魔術書――しかしそれをボーっと眺めているだけで、読んではいなかった。
(このままじゃ、私ダメになっちゃう。家に、帰ろうかな……)
魔術書をパタンと閉じて、リアラは笑顔で自分をミュリヌス学園へ送り出してくれた父と母、リューイのことを思う。
ミュリヌス学園への入学という快挙を成し遂げたリアラを祝福し、まるで自分のことのように喜び応援してくれている。期待してくれている。
リアラ自身も、白薔薇騎士になることは光栄で栄誉あることだと思っているし、何よりリリライトの人柄に触れて、彼女を側で守る騎士になりたいと切に願う。
しかし――このまま、ステラと一緒にいてはダメになる。
現に今、リアラはダメになっている。
確かに1度は快感に溺れてしまった。開き直ることで、ステラとの関係について目をつむることで学業に専念して、成績が一気に上向いた。
――だけど、自分で勝手に決めていた「最後の一線」だったが、それをステラに破られて冷静に戻った。
やはりあのような女同士の行為はおかしい。快感となってしまっているのは、もう否定出来ないが、だからといって開き直ることが出来ない。何よりも、同性同士とはいっても、リューイに対する立派な裏切りだ。
それなのに、そう思っている心は嘘偽り無いはずなのに、今はもう24時間ステラとの行為を考えずにはいられない。ステラを見るだけで、匂いを嗅ぐだけで、もういるでもあの行為が鮮明に思い出される。そして、何も考えずに、その欲望に身を任せたいと思ってしまう自分がいることに気づく。
リューイの愛を裏切りたくない。父と母の期待を裏切りたくない。それなのに……
―――私は、白薔薇の騎士になって、リューイと結婚して、幸せになるはずだったのに。
「う……うぅ……ぐす……」
ポタポタと涙が溢れて、魔術書の表紙を濡らしていく。
白薔薇の騎士になりたい。今、この場所から去りたくない。
だけどそれ以上に、ステラによって自分が変えられるのが怖い。今だってこれだけリューイのことを愛しているのに、いつか本当に彼のことなど忘れさせられて、ステラに溺れてしまうようで、自分が変わるのが怖い。
そうなるくらいであれば、帰りたい。
リューイを愛せなくなるなら、もう騎士にならなくたっていい。父と母は悲しむだろうが、普通の貴族の娘として、家庭的な人生を選ぶのもきっと喜んでくれるはずだ。
ちょうど、もうすぐ御前試合だ。そこで結果が振わなければ、退学する口実も出来る。せっかくよくしてくれたリリライトには悪いが、もうリアラは限界だった。
「リンデブルグさん、ですよね?」
突然背後から声を掛けられて、リアラはハッとして振り向く。
そこにいたのは、リアラは見た事が無い生徒。腕章の赤色から上級生だろう。
リアラはごしごしと袖で涙を拭きながら、返事をする。
「ご、ごめんなさい。ちょっと御前試合が近くてナイーブになってしまって……」
微妙に、嘘でも本当でもない言い訳を口にするリアラ。上級生は「そう」と心配そうな声と表情をしながら、用件を伝えてくる。
「ステラさんに言伝を頼まれたんですが……何でもお話したいことがあるから、生徒会室まで来て欲しい、とのことです」
「ステラお――先輩が?」
ついつい2人きりの時の呼び方をしてしまう自分に、内心嫌になりながらも、表面上は冷静に取り繕うリアラ。
「あの……どういった内容かは……?」
「ごめんなさいね。伝言を頼まれただけなので、私も詳しくは分からなくて。では、伝えましたよ。宜しくお願いしますね」
上級生は優雅に笑って、軽く頭を下げながら図書室を後にする。
そして1人残されたリアラ。
嫌でも察しはつく。夏休みが終わってからは、夜の寮の部屋だけではなく、昼間の学園内でも行為を行うようになっていたのだ。開き直っていリアラから求めることもあったが。
気が重い――でも、逆らうわけにはいかない。この呼び出しを無視した後、ステラがどうしてくるのか……今までずっとリアラが従順だったということもあるが、彼女が暴力的なふるまいをしてきたことはない。しかし、それ故に何を仕出かすかという恐怖感が、リアラを襲う。
まあ、でもいい。おそらくこれが最後だろう。例え最後ではなくても、もう何度もないことだ。耐えて、我慢していれば終わる。あと少しだけの辛抱だから、頑張ろう。
ミュリヌス学園を去ることを決意したリアラは、自分を励ますように頭の中でそう考える。
「え、と……確か生徒会室は」
ほとんど行ったことがないその部屋への道筋を頭の中で考えるリアラ。
入学時の案内で立ち寄っただけの生徒会室。ここからそこへたどり着くには――
「……から、3Fに上がって。学園長室を奥に行ったところ、か」
ルートを組み立てたリアラは、手に持った魔術書を本棚に返し、そして生徒会室へ向かおうと図書室を出た。
そこで、思い出す。
「そういえば、アンナは学園長に呼ばれてたんだっけ」
自習前、アンナに一緒に走り込みをしようと誘われたのだが、シェリーから学園長――グスタフがアンナを呼んでいるということを聞かされた彼女は、学園長室にいるはずだ。
あの本能丸出しで、女性を性的な目線でしか見ない醜悪な男――本音で言えばリアラも好きではなかった。
正直、彼に呼び出されたというアンナが心配だったが、どう見ても1年首席であるアンナが、あんな肥満中年に力づくでどうのこうのという話にはならないだろう。ましてや成績や進路を弱みに――などといったら、逆にアンナは激昂して、グスタフを吊るし上げるだろう。彼女はそういった性格だ。
何の用件かは気になるところではあったが、リアラが心配していることは杞憂だ。それよりも自分のことを何とかしないといけない。
リアラは大きく深呼吸をして、生徒会室へと歩を進めていった。
ミュリヌス学園内監査役室――リリライトはそこで、以前と同じような言葉を吐き出していた。しかし今回はいつぞやの時よりも感情を剥き出しにして、激昂していた。
「いやはや、なんとも……」
そんなリリライトの怒りの対象となっているのは、グスタフだった。いつもリリライトにどれだけ叱責されようと、のらりくらりとかわしながら、気味悪い笑みを浮かべている彼は珍しく戸惑っているようであった。
「ヴァルガンダルの娘の成績は、下がるどころかグングン上がっているじゃないですか! 一体あれはなんだったんです? どうせアンナ本人ではなかったのではないですか」
「い、いや……あれは間違いなくアンナ嬢ですじゃ」
「それでは、どうしてあの地下であんな色狂いになっていたのが、今じゃ学園トップクラスの優等生なんですかっ!」
激昂するリリライトに、グスタフは何も言い返せないで唸るだけだった。
「やはり、所詮あなたの存在価値なんて、その程度のものですね。なんだかんだ言いましても、小娘1人もいいように出来ないなんて」
あの夜からグスタフと一緒に奴隷を凌辱するようになって、リリライトはますます増長していた。勿論普段の表の生活では今まで通りの、控えめで穏やかな振舞いは変わらないが、ことグスタフと対面している時に限っては、とにかく自分の思い通りにならないと、すぐに怒りを面に出すことが顕著になってきていた。
そもそものリリライトの望みは、リアラに首席を勝ち取って欲しい、というものだったはず。にも関わらず、リアラの成績不振には一切触れていない。
あれだけ余裕を持っていたにも関わらず、アンナを堕落させることが出来ないグスタフへその怒りの感情をぶつけるばかりだった。
「ぐ、ぐぬぬ……」
実際、リリライトに言われる通り結果を出せていないグスタフは唸るしか出来ない。
確かに記憶は消した――しかし、あの地下監禁室での出来事は確実に彼女に雌の本能を目覚めさせて、身体は忘れ得ぬ快感を刻み付けたはずだ。記憶は失っても、潜在意識にはしっかりと淫欲を刷り込んであるはず。
(あれ以上、洗脳深度を深めれば廃人になってしまうかと思い、多少手加減はしたが――)
彼女にかぶせていた“帽子”――洗脳装置で、記憶が消えても性に対する欲求は何倍にも高めておいたはず。それなのに、表面上に全くの変化が出てこないということは。
(常人とは比較にならない程の強靭な精神力――というわけじゃな……)
リリライトの小言など、右から左に聞き流して、グスタフはひたすらアンナの堕落が上手く進んでいない原因を分析していた。
さすがは、1年首席――今や学園始まって以来、ステラに続く天才と称される程の人間である。もしかすると、神とかそういった類の存在に選ばれた世界を救う英雄的な存在なのかもしれない。
「――ぐふふ」
「な、なんですか」
今までリリライトの言葉にただ押し黙っていたグスタフが、突然いつもの気持ち悪い笑みを浮かべると、リリライトはぎょっとして言葉を止めた。
(面白い。それならば、道具なぞに頼らず、直接ワシの力を使ってやるとするかの。ちと身体が貧相だったから、あまり食指が動かんかったが……あれはあれで……)
「じゅるる」
「――っひ」
リリライトの言葉など全く届いておらず、唾液を垂らしながら歪んだ笑みを深めるグスタフ。その気持ち悪さにリリライトは小さな悲鳴をこぼした。
「よろしい、リリライト殿下。御前試合はちょうど3日後――改めて約束しましょうぞ。アンナ嬢めを、殿下の前で醜態を晒すようにしてみせましょうぞ。ぐふふ、ぐふふふふ」
グスタフの思考がよめないリリライトにとっては、最初と最後のグスタフの態度の変化が不可解極まりない。
しかし、最後にそうやって醜く笑う時のグスタフの言葉は、必ず現実になる。理由も根拠も何もないはずなのに、リリライトにはグスタフのこの笑みがそういうものだと条件付けされてしまっていた。
「――期待していますよ、グスタフ」
そのグスタフの笑みを見ながら、リリライトも歪んだ笑みを彼に向けたのだった。
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翌日――。
明後日に迫った御前試合の準備で慌ただしくなる学園内。御前試合に選抜された生徒達は本番に向けてコンディションを整え、選抜から漏れた生徒達も教師と一緒になって様々な準備を進めている。
不調の一途を辿るリアラも、結局は予定通り御前試合に出ることとなった。いくら不調とはいえ、やはりアンナの相手がまともに務まるのはリアラしかいない……という、シェリーの苦肉の決断だった。
本番2日前になっても本調子に戻るどころか、まずます絶不調のリアラ。この状態で御前試合に出たところで、リアラにとってプラスになることはないだろう。他人はおろか本人でさえ、それを自覚していた。
(――どうして、こんなことになっちゃったんだろう)
今、リアラは学園内の図書館にいた。
選抜に選ばれた生徒達は、本番までは基本自習となっている。御前試合本番に、最高のコンディションを発揮するための措置であり、身体を動かすものや休養をする者など、様々だ。
リアラは、こういう大きなイベントの際は、本調子であれば軽く身体を動かすタイプなのだが、今はそんな気になれずに座学の自習をしようと思ったのだが、内容が全く頭に入ってこない。
図書館内の椅子に座り、手に持つのは魔術書――しかしそれをボーっと眺めているだけで、読んではいなかった。
(このままじゃ、私ダメになっちゃう。家に、帰ろうかな……)
魔術書をパタンと閉じて、リアラは笑顔で自分をミュリヌス学園へ送り出してくれた父と母、リューイのことを思う。
ミュリヌス学園への入学という快挙を成し遂げたリアラを祝福し、まるで自分のことのように喜び応援してくれている。期待してくれている。
リアラ自身も、白薔薇騎士になることは光栄で栄誉あることだと思っているし、何よりリリライトの人柄に触れて、彼女を側で守る騎士になりたいと切に願う。
しかし――このまま、ステラと一緒にいてはダメになる。
現に今、リアラはダメになっている。
確かに1度は快感に溺れてしまった。開き直ることで、ステラとの関係について目をつむることで学業に専念して、成績が一気に上向いた。
――だけど、自分で勝手に決めていた「最後の一線」だったが、それをステラに破られて冷静に戻った。
やはりあのような女同士の行為はおかしい。快感となってしまっているのは、もう否定出来ないが、だからといって開き直ることが出来ない。何よりも、同性同士とはいっても、リューイに対する立派な裏切りだ。
それなのに、そう思っている心は嘘偽り無いはずなのに、今はもう24時間ステラとの行為を考えずにはいられない。ステラを見るだけで、匂いを嗅ぐだけで、もういるでもあの行為が鮮明に思い出される。そして、何も考えずに、その欲望に身を任せたいと思ってしまう自分がいることに気づく。
リューイの愛を裏切りたくない。父と母の期待を裏切りたくない。それなのに……
―――私は、白薔薇の騎士になって、リューイと結婚して、幸せになるはずだったのに。
「う……うぅ……ぐす……」
ポタポタと涙が溢れて、魔術書の表紙を濡らしていく。
白薔薇の騎士になりたい。今、この場所から去りたくない。
だけどそれ以上に、ステラによって自分が変えられるのが怖い。今だってこれだけリューイのことを愛しているのに、いつか本当に彼のことなど忘れさせられて、ステラに溺れてしまうようで、自分が変わるのが怖い。
そうなるくらいであれば、帰りたい。
リューイを愛せなくなるなら、もう騎士にならなくたっていい。父と母は悲しむだろうが、普通の貴族の娘として、家庭的な人生を選ぶのもきっと喜んでくれるはずだ。
ちょうど、もうすぐ御前試合だ。そこで結果が振わなければ、退学する口実も出来る。せっかくよくしてくれたリリライトには悪いが、もうリアラは限界だった。
「リンデブルグさん、ですよね?」
突然背後から声を掛けられて、リアラはハッとして振り向く。
そこにいたのは、リアラは見た事が無い生徒。腕章の赤色から上級生だろう。
リアラはごしごしと袖で涙を拭きながら、返事をする。
「ご、ごめんなさい。ちょっと御前試合が近くてナイーブになってしまって……」
微妙に、嘘でも本当でもない言い訳を口にするリアラ。上級生は「そう」と心配そうな声と表情をしながら、用件を伝えてくる。
「ステラさんに言伝を頼まれたんですが……何でもお話したいことがあるから、生徒会室まで来て欲しい、とのことです」
「ステラお――先輩が?」
ついつい2人きりの時の呼び方をしてしまう自分に、内心嫌になりながらも、表面上は冷静に取り繕うリアラ。
「あの……どういった内容かは……?」
「ごめんなさいね。伝言を頼まれただけなので、私も詳しくは分からなくて。では、伝えましたよ。宜しくお願いしますね」
上級生は優雅に笑って、軽く頭を下げながら図書室を後にする。
そして1人残されたリアラ。
嫌でも察しはつく。夏休みが終わってからは、夜の寮の部屋だけではなく、昼間の学園内でも行為を行うようになっていたのだ。開き直っていリアラから求めることもあったが。
気が重い――でも、逆らうわけにはいかない。この呼び出しを無視した後、ステラがどうしてくるのか……今までずっとリアラが従順だったということもあるが、彼女が暴力的なふるまいをしてきたことはない。しかし、それ故に何を仕出かすかという恐怖感が、リアラを襲う。
まあ、でもいい。おそらくこれが最後だろう。例え最後ではなくても、もう何度もないことだ。耐えて、我慢していれば終わる。あと少しだけの辛抱だから、頑張ろう。
ミュリヌス学園を去ることを決意したリアラは、自分を励ますように頭の中でそう考える。
「え、と……確か生徒会室は」
ほとんど行ったことがないその部屋への道筋を頭の中で考えるリアラ。
入学時の案内で立ち寄っただけの生徒会室。ここからそこへたどり着くには――
「……から、3Fに上がって。学園長室を奥に行ったところ、か」
ルートを組み立てたリアラは、手に持った魔術書を本棚に返し、そして生徒会室へ向かおうと図書室を出た。
そこで、思い出す。
「そういえば、アンナは学園長に呼ばれてたんだっけ」
自習前、アンナに一緒に走り込みをしようと誘われたのだが、シェリーから学園長――グスタフがアンナを呼んでいるということを聞かされた彼女は、学園長室にいるはずだ。
あの本能丸出しで、女性を性的な目線でしか見ない醜悪な男――本音で言えばリアラも好きではなかった。
正直、彼に呼び出されたというアンナが心配だったが、どう見ても1年首席であるアンナが、あんな肥満中年に力づくでどうのこうのという話にはならないだろう。ましてや成績や進路を弱みに――などといったら、逆にアンナは激昂して、グスタフを吊るし上げるだろう。彼女はそういった性格だ。
何の用件かは気になるところではあったが、リアラが心配していることは杞憂だ。それよりも自分のことを何とかしないといけない。
リアラは大きく深呼吸をして、生徒会室へと歩を進めていった。
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