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第1章 入学の春 編
第8話 その頃彼は……
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リューイ=イルスガンドは平民である。
近代になってから、聖アルマイト王国における身分制度の格差は大分狭くなってきたが、それでも平民に過ぎないリューイが、貴族の中でも割と上流の家系であるリンデブルグ家のリアラを射止めたのは、彼にとって幸運だった。
リアラにとっては滑り止め、リューイにとっては必至に努力をした結果、お互いは一般の高等教育学校にて出会いを果たし、恋人関係となることとなった。
貴族であるリアラだが、リューイとの関係については自由恋愛で、両親も認めている。このまま将来は、リューイがリンデブルグ家の家督を継ぐことになるだろう。勿論それが目的ではないものの、平民が高等教育の学校へ進むには、それなりの費用がかかる。様々な苦労をして育ててくれた両親への大きな恩返しになるとリューイは考えていた。
「ふぅー、ノルマは達成かな」
高等教育を卒業して2か月程――リアラもリューイも、新しい場所でそれぞれの居場所をを作っていた。リューイは王国騎士団へ入団を果たしており、今は隣国との国境線の都市レイドモンド駐留部隊に配属されていた。
現在は大陸全土において安穏が保たれており、直接的な軍事行動は王国騎士団には課せられていない。今の騎士団の主な任務としては、有事の際に備えることが主だった。
新人であるリューイの今の任務は、レイドモンドの施設整備――特に外敵から街を守護するための外壁の修復作業である。憧れの騎士鎧は、入団式以来着る機会に恵まれず、今日もラフなシャツの上から作業着を着て、作業に従事していた。
「おう、もうそこまでやったのか。じゃあ、少し早いけど昼飯にしようや」
リューイの教育係にあたる先輩騎士が、豪快な口調でそう話しかけてくると、リューイは笑いながらうなずく。
所属している部隊が休憩場所としている木陰に入り、汗を拭きながらリューイが座って休んでいると、ポツポツと同じ部隊の同僚や先輩が集まってくる。
「そうかぁ、もう昼時なんだなぁ」
夢中で作業していたからか、時間の流れに気づかず、リューイは木の下から上空を見上げた。天気は晴天、もうすっかり暖かくなり夏の訪れを感じさせる気候。
リアラとは卒業以来会えていない――それは別に分かっていたことだが、今まで毎日会っていたのが、こうまで顔を見る機会が減ると、ここまで寂しい気持ちになるものか。
今頃、あいつも頑張っているんだろうな。
「リューイさぁん」
恋人のことに思いを巡らせていると、トテトテと駆けてくる少女が一人。両手でバスケットを持ちながら、リューイの近くへやってくる。
「リーファ」
その少女の名前を呼ぶと、リューイは微笑む。
栗色の髪をおさげにしており、健康的な肌艶をしている。いかにもな田舎娘といった雰囲気を持った少女だが、いつも笑顔を振りまく彼女からは健康的な魅力を感じる。
「お弁当、持ってきましたよ。食べて下さい」
「あ、あぁ……ありがとう」
バスケットの中からサンドイッチを取り出すと、リューイは周囲の視線を気にしながらそれを受け取る。
施設修繕のため駐留しているリューイ達の身の回りの面倒を見ているのが、レイドモンドの代表貴族であるダイグロフ家なのだが、リーファはダイグロフ家に仕える使用人だった。
リーファ以外の使用人も多数おり、献身的に部隊全員のケアをしてくれるのだが、ことリーファに関してはあからさまにリューイをひいきしていた。それを心悪く感じる者はいないものの、逆に面白がってにやにやとからかわれることがしばしばだった。
「あ、ありがとうリーファ。他の人たちにも配ってあげてよ」
「え~、リーファはリューイさんのために作ってきたんですよ。他の皆さんも、私はリューイさんのお弁当作ればいいからって言ってくれたんです」
頬を可愛らしく膨らませてそういうリーファ。周りの団員は、そんな二人のやり取りをにやにやと見守っており、リューイは頭を抱えた。
「あのさ、リーファ。前にも行ったけど、俺は付き合っている相手がいて……」
「そうそう。リューイさんあてにお手紙が届いていましたよ」
すっぱりとリューイの言葉を切り捨てて、両手で手紙を差し出してくる。笑顔で。
決して悪い娘ではないのだが、ふわふわしているようで主張がやたらと強い。そんな彼女を、リューイは持て余してしまっていた。
とりあえず彼女が持ってきてくれたという手紙を受け取る。
「あ」
リアラからだった。
なるべくなら連絡は多く取りたいと思っていたが、逆にそれがお互いの邪魔になってしまってはいけない。過度に連絡を取るのはしないけど、必ず定期的には手紙を送り合おう、というのが二人の約束だった。これは、リアラが寮に入った後――初めての手紙だった。
リューイは顔が笑うのを抑えられず、やや興奮気味に手紙を開封する。
『リューイへ。元気にしていますか? 私は変わらず、元気にしています。早速報告があります。この間の実技テストで、上位5席に入れたんだよ。すごいでしょう? この調子で首席になれるように頑張るね。友達も出来たし、ルームメイトの先輩も仲良くしてくれるし、こっちはとても充実しているよ。そうそう、リリライト王女殿下がよく学園にいらっしゃるんだけど、今度お茶に誘われたんだ。ちょっと変わったというか、すごく気さくなお姫様だった。こう言ったら不敬かもしれないけど、仲良くなれそう! とても楽しみだよ。そっちはどう? ご飯ちゃんと食べてる? 風邪とか引いてない? 友達とかできた? 今は戦争とかないから危険なことはないと思うけど……無理しないでね? もっと色々書きたいことがあるんだけど、キリがないからやめておくね。リューイも忙しかったら、無理して返事を書かなくてもいいからね。――早く会いたいな。夏休みが今から楽しみ。リアラ=リンデブルグより』
「は、はは……すごいな」
長すぎず、短すぎないその手紙を、一気に読んだリューイ。
あのミュリヌス学園で上位5席? そこから首席を目指す? さらに、第二王女殿下とお茶??
知っていたつもりだったが、つくづく自分が惚れた相手はとんでもない相手だったんだなと痛感するリューイ。いやはやとんでもない。
そしてこちらを気遣いながらも、早く会いたいと思ってくれていることが書かれているのを、もう1回丁寧に読み直して。
「俺もだよ……」
返事を書かないわけがない。今の自分も充実していること、元気でいること、そして同じように早く会いたいと思っていることを伝えよう。
「じー……」
「な、なんだいリーファ」
思わずにやけている顔を隠すようにして、ジト目で睨んでくるリーファを見返すリューイ。
「なんか、リューイさん嬉しそう。もしかして、例の恋人さんですかぁ?」
「ま、まあね。そうだ、今夜返事を書きたいんだけど、紙とインクを兵舎に持ってきてもらっていいかな?」
「んー、別にいいですけど」
不満を顔じゅうに出しながら、じーっとリューイを見つめる。リーファが自分に好意を向けていることは素直に嬉しいが、だからといって彼女の気持ちに応えることは出来ない。これは気持ちの問題だから仕方ない。
それならせめて、彼女に関わることはリーファの前では口に出さないことがせめてもの気遣いだろうか。そんな風にリューイが思っていると、リーファは「よっ」と立ち上がり笑顔を作りながら。
「にゃははは。いいですよ~。彼女さんに、ラブラブなお手紙を送って下さいね」
そんな風に笑顔でリューイを見つめるリーファの笑顔が、どこか白々しく感じられた。
近代になってから、聖アルマイト王国における身分制度の格差は大分狭くなってきたが、それでも平民に過ぎないリューイが、貴族の中でも割と上流の家系であるリンデブルグ家のリアラを射止めたのは、彼にとって幸運だった。
リアラにとっては滑り止め、リューイにとっては必至に努力をした結果、お互いは一般の高等教育学校にて出会いを果たし、恋人関係となることとなった。
貴族であるリアラだが、リューイとの関係については自由恋愛で、両親も認めている。このまま将来は、リューイがリンデブルグ家の家督を継ぐことになるだろう。勿論それが目的ではないものの、平民が高等教育の学校へ進むには、それなりの費用がかかる。様々な苦労をして育ててくれた両親への大きな恩返しになるとリューイは考えていた。
「ふぅー、ノルマは達成かな」
高等教育を卒業して2か月程――リアラもリューイも、新しい場所でそれぞれの居場所をを作っていた。リューイは王国騎士団へ入団を果たしており、今は隣国との国境線の都市レイドモンド駐留部隊に配属されていた。
現在は大陸全土において安穏が保たれており、直接的な軍事行動は王国騎士団には課せられていない。今の騎士団の主な任務としては、有事の際に備えることが主だった。
新人であるリューイの今の任務は、レイドモンドの施設整備――特に外敵から街を守護するための外壁の修復作業である。憧れの騎士鎧は、入団式以来着る機会に恵まれず、今日もラフなシャツの上から作業着を着て、作業に従事していた。
「おう、もうそこまでやったのか。じゃあ、少し早いけど昼飯にしようや」
リューイの教育係にあたる先輩騎士が、豪快な口調でそう話しかけてくると、リューイは笑いながらうなずく。
所属している部隊が休憩場所としている木陰に入り、汗を拭きながらリューイが座って休んでいると、ポツポツと同じ部隊の同僚や先輩が集まってくる。
「そうかぁ、もう昼時なんだなぁ」
夢中で作業していたからか、時間の流れに気づかず、リューイは木の下から上空を見上げた。天気は晴天、もうすっかり暖かくなり夏の訪れを感じさせる気候。
リアラとは卒業以来会えていない――それは別に分かっていたことだが、今まで毎日会っていたのが、こうまで顔を見る機会が減ると、ここまで寂しい気持ちになるものか。
今頃、あいつも頑張っているんだろうな。
「リューイさぁん」
恋人のことに思いを巡らせていると、トテトテと駆けてくる少女が一人。両手でバスケットを持ちながら、リューイの近くへやってくる。
「リーファ」
その少女の名前を呼ぶと、リューイは微笑む。
栗色の髪をおさげにしており、健康的な肌艶をしている。いかにもな田舎娘といった雰囲気を持った少女だが、いつも笑顔を振りまく彼女からは健康的な魅力を感じる。
「お弁当、持ってきましたよ。食べて下さい」
「あ、あぁ……ありがとう」
バスケットの中からサンドイッチを取り出すと、リューイは周囲の視線を気にしながらそれを受け取る。
施設修繕のため駐留しているリューイ達の身の回りの面倒を見ているのが、レイドモンドの代表貴族であるダイグロフ家なのだが、リーファはダイグロフ家に仕える使用人だった。
リーファ以外の使用人も多数おり、献身的に部隊全員のケアをしてくれるのだが、ことリーファに関してはあからさまにリューイをひいきしていた。それを心悪く感じる者はいないものの、逆に面白がってにやにやとからかわれることがしばしばだった。
「あ、ありがとうリーファ。他の人たちにも配ってあげてよ」
「え~、リーファはリューイさんのために作ってきたんですよ。他の皆さんも、私はリューイさんのお弁当作ればいいからって言ってくれたんです」
頬を可愛らしく膨らませてそういうリーファ。周りの団員は、そんな二人のやり取りをにやにやと見守っており、リューイは頭を抱えた。
「あのさ、リーファ。前にも行ったけど、俺は付き合っている相手がいて……」
「そうそう。リューイさんあてにお手紙が届いていましたよ」
すっぱりとリューイの言葉を切り捨てて、両手で手紙を差し出してくる。笑顔で。
決して悪い娘ではないのだが、ふわふわしているようで主張がやたらと強い。そんな彼女を、リューイは持て余してしまっていた。
とりあえず彼女が持ってきてくれたという手紙を受け取る。
「あ」
リアラからだった。
なるべくなら連絡は多く取りたいと思っていたが、逆にそれがお互いの邪魔になってしまってはいけない。過度に連絡を取るのはしないけど、必ず定期的には手紙を送り合おう、というのが二人の約束だった。これは、リアラが寮に入った後――初めての手紙だった。
リューイは顔が笑うのを抑えられず、やや興奮気味に手紙を開封する。
『リューイへ。元気にしていますか? 私は変わらず、元気にしています。早速報告があります。この間の実技テストで、上位5席に入れたんだよ。すごいでしょう? この調子で首席になれるように頑張るね。友達も出来たし、ルームメイトの先輩も仲良くしてくれるし、こっちはとても充実しているよ。そうそう、リリライト王女殿下がよく学園にいらっしゃるんだけど、今度お茶に誘われたんだ。ちょっと変わったというか、すごく気さくなお姫様だった。こう言ったら不敬かもしれないけど、仲良くなれそう! とても楽しみだよ。そっちはどう? ご飯ちゃんと食べてる? 風邪とか引いてない? 友達とかできた? 今は戦争とかないから危険なことはないと思うけど……無理しないでね? もっと色々書きたいことがあるんだけど、キリがないからやめておくね。リューイも忙しかったら、無理して返事を書かなくてもいいからね。――早く会いたいな。夏休みが今から楽しみ。リアラ=リンデブルグより』
「は、はは……すごいな」
長すぎず、短すぎないその手紙を、一気に読んだリューイ。
あのミュリヌス学園で上位5席? そこから首席を目指す? さらに、第二王女殿下とお茶??
知っていたつもりだったが、つくづく自分が惚れた相手はとんでもない相手だったんだなと痛感するリューイ。いやはやとんでもない。
そしてこちらを気遣いながらも、早く会いたいと思ってくれていることが書かれているのを、もう1回丁寧に読み直して。
「俺もだよ……」
返事を書かないわけがない。今の自分も充実していること、元気でいること、そして同じように早く会いたいと思っていることを伝えよう。
「じー……」
「な、なんだいリーファ」
思わずにやけている顔を隠すようにして、ジト目で睨んでくるリーファを見返すリューイ。
「なんか、リューイさん嬉しそう。もしかして、例の恋人さんですかぁ?」
「ま、まあね。そうだ、今夜返事を書きたいんだけど、紙とインクを兵舎に持ってきてもらっていいかな?」
「んー、別にいいですけど」
不満を顔じゅうに出しながら、じーっとリューイを見つめる。リーファが自分に好意を向けていることは素直に嬉しいが、だからといって彼女の気持ちに応えることは出来ない。これは気持ちの問題だから仕方ない。
それならせめて、彼女に関わることはリーファの前では口に出さないことがせめてもの気遣いだろうか。そんな風にリューイが思っていると、リーファは「よっ」と立ち上がり笑顔を作りながら。
「にゃははは。いいですよ~。彼女さんに、ラブラブなお手紙を送って下さいね」
そんな風に笑顔でリューイを見つめるリーファの笑顔が、どこか白々しく感じられた。
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