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旅立ち

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なぜと聞かれれば、疲れたから。
城の薬師だった僕は、魔法も少し使えたので多少の治療もできた。
しかし、それが気に障ったのか、同じ薬師の仲間からは疎まれていた。
知り合いぐらいはいたけど、友達と呼べる人はいない。
唯一、魔法騎士のライアスさんは、僕によく声をかけてくれたり、僕の好きなお菓子などを、遠征のお土産に持ってきてくれたりした。
だから僕はいい気になっていたのかもしれない。
城の中でも数少ない、魔力による攻撃を得意とする魔法騎士は皆の憧れの的で、ライアスさんと親しくしていた僕は、更なるやっかみの対象だったみたいだ。
ある日、ネルさんに呼び出され、言われた。

「デニス、ちょっとぐらい魔法が使えるからっていい気になるなよ。ライアス様だって、友達がいないお前を哀れだと思って声をかけてくれるだけだ。
大体、ライアス様をライアスさんだって?もっと敬意を払ったらどうだ!」

と。

「あの人にはもっと相応しい人がいる。お前みたいなちんけな奴じゃない優秀な奴がな。」

そんな事分かっているさ。
僕はライアスさんの方から話しかけてもらえなければ、きっと今頃ははライアスさんに近くにいないと思う。
その後も僕に対する嫌がらせは、日に日にひどくなっていった。

ある日、僕はとうとう耐えられなくなり、薬師長様に辞表を提出した。
薬師長様は僕が辞める事をたいそう惜しんでくれて、考え直せと言ってくれる。せめてあと1週間、よく考えてくれないかとも言われた。
でも弱虫の僕はこれ以上耐えられなくて、次の日の朝、城を後にした。

ライアスさんに、ちゃんとお別れしたかったなあ。
でも、面と向かってお別れするのは辛い。
そうだ、落ち着いてから手紙を書こう。
でも、これから何処へ行こう。
故郷のゴルッシュには、僕を待っている人はもう誰もいない。両親を亡くし兄妹もいない僕は、そこに執着はなかった。
それならいっそ、思い切って、知らない場所で新しい人生を始めてもいいかな。
僕は薬を作れる、少しだけど人を治療することもできる。
それならば、その僕の能力を少しでも必要としてくれる人の所に行こう。
僕は地図を広げ、眺めた。きっと辺境の地なら、こんな僕の力でも喜んでくれるかもしれない。
そう思って王都から東の果て、イズガルドへ行くことにした。

イズガルドは、何日も馬車を乗り継ぎ、終点の村から5キロほど歩き、ようやくたどり着ける村のようだ。
僕は必要であろう物を買いそろえながら、この町ともこれでお別れなんだなと思っていた。
あまりいい思い出はないけれど、でも悪い事ばかりでもなかった。
ライアスさんさようなら。今はそこにいないライアスさんにお別れを告げたくて、城に向かって呟いた。

荷造りをし馬車の停車場に向かう。
王都から2回ほど馬車を乗り換え、1日目の日が暮れた。
今日はここで宿を探そう。
お給料の使い道がなくて、貯金はそこそこあるけれど、これから先の事を考えれば無駄遣いはしないほうがいい。
色々見て回って1泊5000シーリングのウサギ亭という宿に泊まることにした。
もちろん素泊まりなので、部屋に荷物を置き、夕食を食べに食堂に降りていく。
でも、食堂のテーブルは、やはり夕食の時間帯のせいか、すべて埋まっていた。

「お兄さん、おひとりですか?」 

「はい、でもいっぱいのようなので、また出直してきます。」

と、部屋へ戻ろうとすると、

「相席は大丈夫ですか?」

と店員さんに聞かれた。

「僕は大丈夫ですが、同じ席になった人が、嫌な気になるんかも知れません。」

「何、馬鹿なこと言ってるんですか、喜ぶならまだしも、嫌な気になるなんてありえませんよ。」

「そうでしょうか……。」

「論より証拠。さあさあ、すいません、このお客さん一人なんですけれど、相席よろしいでしょうか?」

店員さんは4人掛けの席に2人で座って食事をしていた人に声をかけてくれた。

「え、ああ、いいとも。さあ座った、座った。」

相席をしてくれたのは、体の大きな二人の男性。

「俺たちは、町から町へ、頼まれた荷物を運ぶ、荷役を生業にしているんだ。」

「そうなんですか。だから、筋肉がすごいんですね。」

二人ともすごく力がありそうだ。

「おうよ、兄さんは何をしているんだい。」

「僕は薬師です。少しでしたら治療もできます。」

「ふーん。綺麗なだけでなくそんなすごい技術を持っているのか。」

「?僕は綺麗じゃありませんよ?そんなこと言われた事もありません。」

「そんなはずないだろう。兄さんほどの人なら、嫁に貰いたいという人が幾らでもいると思うがな。」

「冗談ばっかり。」

「ハハッ、まあ、すごい技術を持っているなって思っているのは本気だぞ。」

「でも……、薬師って病気を直してお金をもらうんです。つまり、病人に付け込まなければ食べていけないってことでしょ?」

「薬師がそんなこと言ってどうする。人間一生健康という訳にはいかないんだ。確かに安静にしていれば、自然に治る病気もあるが、兄さんみたいな人が助けなければ、完治しない病気だって多いんだ。俺達だってそうだ。人が運べないから俺たちが運ぶ、兄さんの言い方に変えれば、俺達だって、その人に付け込んで金を貰っている事になる。」

「そんな!」

「そう、違うだろ?お互い持ちつ持たれつ。助け合って生きていくんだ。」

「そうでしょうか?」

「そうさ、兄さんの仕事は人を助ける立派な仕事だ。」

「…そう言っていただければ、少しは救いになります。」

「おう、もっと胸を張っていろ。」

「ありがとうございます。」

その後もいろいろ話をし、励まされながら食事を終え、テーブルを離れた。
その時はもう、鬱々とした気持ちは少しは晴れていた。

次の日も馬車に揺られ、徐々にイズガルドに近づいていった。
3日目に一緒になったルルさんは妊婦さんだった。
出産するため、イズガルドにの実家に帰るところだそうだ。

「では、行先は同じ村なんですね。」

「はい、よろしくお願いします。」

でも、妊婦さんが長時間馬車で揺られるなん
て、無茶もいいところだ。
なるべく、ルルさんから目を離さないようにしよう。
その日は何事もなく過ぎ、僕はルルさんと同じ宿を取った。
宿のおかみさんに理由を話し、偶然を装うように隣の部屋を取ってもらった。
そして僕はベッドでは休まず、隣の部屋に隣接する壁に寄り添うよう、毛布にくるまり休んだ。
隣の部屋の様子が少しでもわかるようにだ。
明後日の夕方には最終の村に着く。その後は徒歩なので、その村でもう1泊だ。
ルルさんは、実家から迎えが来ると言っていたから。あと2日、何事もなく過ぎてくれればいいんだけれど。
連日馬車に揺られて大丈夫かな?と思っていたその日、ルルさんの具合が急に悪くなった。
馬車が走り出し、半日が過ぎた頃だろうか。
ルルさんの顔色が徐々に悪くなり、脂汗を浮かべている。

「大丈夫ですかルルさん。」

「ええ……。ちょっとお腹が締め付けられるような気がするけど、大丈夫、今日中には家に帰れるんですもの。」

無理に微笑んではいるが、これ以上放っておける状況ではなさそうだ。
同じ馬車に乗っていた人たちも、心配そうに見ている。
僕は御者さんに病人がいるとのことを伝え、馬車を止めてもらった。
馬車の上に積んであった荷物から、薬を入れた小折を下ろし、中から妊婦に飲ませて大丈夫な安定剤や痛み止めを取り出す。
それをルルさんに含ませ、水筒を口に持っていった。

「ルルさん、これは赤ちゃんに影響のない薬です。安心して飲んでください。」

「ありがとうございます。」

ルルさんはゆっくり薬を飲み下す。
その後僕はルルさんのお腹に両手を重ね、ゆっくり魔力を込める。
僕の掌がかすかに光る。

「まだだよ、その時が来たら自然にお母さんに会えるから、もう少しお母さんのお腹の中で眠っていてね。」

光が消えると共に、ルルさんから静かな寝息が聞こえ始めた。

「もう大丈夫です。目的地まであと少し、このまま寝かしておいてあげましょう。」

乗客の皆さんも安心した顔をしている。
目的地も近い事から乗客は少ない、皆さんは席を少しづつ詰め、ルルさんが横になれるようなスペースを造ってくれた。
御者さんは、自分の荷物から毛布を出し掛けてくれた。皆優しい人達だな。
やがて目的地に到着したので、ルルさんを起こしす。
皆のしてくれた事を知ったルルさんは、御者さんをはじめ皆さんにお礼を言い頭を下げた。

ルルさんはあらかじめ、凡その到着時刻を伝えていたようで、迎の馬車はすでに来ていた。
馬車と言っても、荷馬車に藁を目いっぱい積んだものだ。

「デニスさんもイズガルドに行くんですよね。」

「ええ、今日はこのトルドネの町で1泊し、明日ゆっくり向かいます。」

「もしよろしければ、うちの馬車で一緒に行きませんか?」

「そんな、ご迷惑かけれません。それに今から行っても宿を探す時間もないでしょうし。」

するとルルさんが笑いながら、

「やだ、デニスさん、イズガルドに宿なんてありませんよ。」

「ええ!本当ですか?」

「本当ですとも。もしかして、宛もなくイズガルドに向かっていたんですか。」

「お恥ずかしい話ですが、その通りです。」

「イズガルドで何を、いえ、そんな話をしていてもきりがありませんね。とりあえず、うちの馬車で一緒に行きましょう?今夜はうちに泊まって下さい。その後の話は着いてからしましょう?」

「そんな……ご迷惑かけられません。」

「私の方こそ、命を助けていただいたのですよ。全然迷惑じゃありません。」

「そんな、大袈裟です。」

「大袈裟なんかじゃありません。」

1歩も引かないルルさん。
宿がないなんて予想外だったけど、とりあえずイズガルドの様子を見てみないと、先に進めないし、
此処はお言葉に甘えよう。

馬車に乗ってきた、ルルさんのお兄さんのゴードンさんは、僕とルルさんを荷馬車に乗せイズガルドに向かった。
わらが敷き詰められたそこは、かなり乗り心地が良く、これなら到着まで乗ってもルルさんは大丈夫だろう。
お兄さんを含めた僕たち3人は、村に着くまででいろいろ話をした。
馬車でルルさんの具合が悪くなった事から、僕が治療もできる薬師だという事。
出来れば、イズガルドで治療院を開きたいという事も伝えた。
物好きだと笑われたが、トルネドですら大した薬屋がないので、とても助かるともいわれた。

「なんたって、デニスさんは、私と赤ちゃんの命を救ってくれたのよ。腕は確か。」

いえいえ、それは買いかぶりすぎです。
そしてルルさんの話通り、イズガルドは小さな村で、宿などなかった。
イズガルドは道の最終地点のようなもので、そこから鬱蒼とした森の獣道を、15キロぐらい歩けば、違う村に付くそうだ。
でもその村には、かなり手前の町から違う馬車が出ているから、その獣道を行く者はほとんどいないと言う。
おまけに、その獣道の森には危険な魔獣などがいるから、イズガルドの人も、いくら近道になると言ってもその道は使わず、かなり回り道をしてその村に行くそうです。

「森にはいろいろな薬草が生えているらしいが、できれば、いや、絶対入らないほういい。」

森に入るのは、力がある狩人か、よっぽどの命知らずだとゴードンさんに言われました。
でも、そう聞いてしまったら、薬草を探しにぜひ行ってみたいです。
何とか方法がないか、考えてみよう。
何やかやと話をしていて、あっという間にイズガルドに着いてしまいました。
そうだ、今日の寝場所を考えてなかった。

「だから、今日はうちに泊まってくださいてば。この先の事も、父さんたちに相談すれば、何とかなると思いますよ。」

どうやらルルさんのお父さんは、村長さんだそうです。
僕はまたまた、お言葉に甘えるしかありませんでした。

「話はゴードンから聞きました。ルルが大変お世話になったようで、何とお礼を言ったらいいか。」

マイケルさん(ルルさんのお父さん)に家の中に通されました。

「そんな、僕はできることをやっただけです。」

「いえいえ、どうぞ此処にいる間は、我が家だと思って寛いでください。」

「ありがとうございます。」

その後、マリアさん(ルルさんのお母さん)の手料理をごちそうになりました。
野菜が中心の料理でしたが、僕には十分でとても美味しかった。

「さて、このイズガルドで治療院をしたいとのことですが、本気ですか?」

「はい。」

「この村は人口も少ない。隣町から客が来るかもしれないが、さほど儲けがあるとは思えませんが。」

「儲けなど考えていません。僕一人が生活できて、原料が仕入れられるぐらいのお金が入ればそれでいいんです。」

「それでいいんですか?」

「ええ、僕だってそんなに腕がいい訳ではありません。多分たいして皆さんの助けになれないと思います。」

「そんな事ないわよ。」

ルルさんが言った。

「実際治療してもらった私が言うのよ、すごかったわ。もう、痛くて、苦しくて、赤ちゃんが苦しがっているって分かるの。
それが薬をもらって、お腹に手を置いてもらっただけで、すうっと気持ちが良くなってああもう大丈夫だって分かったの。その後は寝ちゃったけどね。」

大きなお腹を摩りながらアハハとルルさんは笑う。

「私たちとしては願ったり叶ったりですが、本当に、此処で治療院をして戴けるなら、ちょうどいい家が村のはずれにありますよ。」

「本当ですか?」

「ええ、1年ぐらい前まで一人暮らしの婆さんが住んでいたんだが、こんな年をとった体じゃあ此処で暮らしていけないと言って町に行ってしまったんです。二度とここには戻ってこないから、この家は煮るなり焼くなり好きにしてくれと言ってね。」
「それでは、そのお婆さんは何処に行ったか分かりませんか?ぜひ貸していただきたいのでお話に行きたいのですが。」
「それがねぇ、行先も告げず行ってしまったから分からないんですよ。ただ、家の権利書というか、書付と鍵を村長の私に預けて行ったから、あそこは私の判断で好きにしてくれという事だと思います。」

「それでは……。もしよろしければ…。」

「ええ、ぜひそこで治療院を始めてください。」

「ありがとうございます。僕も少しでしたら蓄えがありますし、お家賃もできるだけ払わせていただきます。」

「言ったでしょ。あの家は、その婆さんが捨てて行った物だって。私が家賃をもらうわけにはいきません。それにこれから私たちがあなたにお世話になるんです。どうか気にせず使ってやってください。」

「そんな訳にはいきません。では、お家賃は貯めておいて頂いて、おばあさんに会った時渡していただけますか?」

「あの婆さんはきっともうここには帰ってきませんよ。なんたってもう94歳だったんですから。そんなこと気にせずお使いなさい。ただ、もう1年間も放ってあるので、中がどうなっているのか分かりません。
たぶんかなり手入れが必要になると思いますよ。」

「そんなの構いません。ただで貸してもらえるなんて、それだけですごい幸運なんですから。僕、できる限り皆さんの力になれるよう頑張ります。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

なんてラッキーなんだ。宿がないと聞いたときはどうしようと思ったけど、一気に開業できる家まで見つかってしまった。
明日さっそく場所を教えてもらおう。
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